ep.18|モリア家|明かされる陰陽五行の力1 ★キャラ画公開
美しい竹林を越えると、庵のようなこじんまりとした建物が姿を現わす。
竹の葉が風に揺れ、鳥たちの囀りが遠くから聞こえてくる。静寂が佇み、ここだけ時間がゆっくりと流れているような、そんな印象を受ける。
ここは、アコシアの軍学校の講師であり、モリア家が抱える陰陽師集団セキ二十五家当主の一人、マザイ・セキ先生の自宅兼研究室だ。
「学生の頃以来だなあ……」
「セキ家の中でも変わり者で有名だからなあ……」
アコシアは建物を見つめ感慨深く呟くと、テオが微笑を浮かべながら続けた。テオの言葉には、どこかワクワクしたような響きがある。まるでこれから始まる冒険を予感しているかのように。
「──『違気四限素論』だっけ?」
テオが興味深そうに尋ねる。
「そうです。その論文のせいでマザイ先生はセキ二十五家の筆頭当主の座を追われ、軍学校の閑職に追いやられたと聞いています。でも……学校では、授業がわかりやすいで評判の素敵なおじいちゃん……だったんですけどねえ……」
アコシアの声には思わず不憫さが滲む。
理解が追いついていないのだろう。ケンゴが助けを求めるような視線をアコシアに送る。
「ごめんねちゃんと説明してなかったかもね。改めてケンゴ君にもわかりやすく説明すると──そもそもこの世界は四つの元素で形成されていると言われているわ。火、風、水、土の四元素ね。それらは万物の根源であり、あらゆる物質の原初的要素。ここまではいいよね?」
「はい……」
「そして、その元素にはそれぞれ精霊が宿っている。その精霊の力を魔法陣という術式を使って呼び出して、私たちは魔法を使っているの。ちなみに、その精霊にも種類があって、上位精霊と呼ばれる存在もいるわ。この精霊とは個別に契約を結ぶことができて、それに成功すると英雄と呼ばれるほどの力を宿すことができると言われているの」
常識のない不思議な少年は、頼りない顔で小さく頷く。
「で……そこに異端と呼ばれる考え方をしたのがマザイ先生なの。そもそもこの世界は四元素で構築されている理と、五行の力で構築されている理とが別々に存在し『互いに反発しあっている』という考え方ね」
「『四元素』と『五行』は反発し合っている……?」
「そう。この世界の理の解釈として、四元素以外に『陰陽五行』という考え方もあるの。これは万物を陰と陽、そして五つの要素に分けるという考え方。私たちが使う魔法とは違って、陰陽師がその力を発揮する時に採用しているロジックで、神皇様が執り行う祭事にもこの考え方は採用されているわ。ただそれらはあくまで四元素の理を別の形で解釈しただけ、って考えられるんだけど……マザイ先生は『それらは全くの別のものであり、反発している』としたのが異端だったのよね」
「うーん……」
ケンゴからは頼りない唸り声が聞こえた。
「ちょっと難しいよね、ごめんね」
少年にウィンクで謝罪した後、アコシアは足を止めた。
「……ここからは、マザイ先生本人に聞いた方がいいかもね」
──竹林を抜けて現れる庵は、古びた木の扉と苔むした灯篭と共に佇んでいる。扉には複雑な文様が彫り込まれており、それは研究途中の魔法陣なのだとアコシアは知っている。
(さあアコシア! 最善を望み、最悪に備えよ!)
学校での教えを思い出しながら、自分を奮い立たせ、扉を押し開ける。
中からはかすかな香が漂ってくる。内部には大量の書物や古文書が所狭しと並び、古い家具が並ぶ。その一角には、深く座り込むマザイと、背の高い少女の姿があった。
彼らの周りには、まるで結界が張られているかのような、独特の空気が漂っている。
* * *
「おおおおお! アコシア君、久しぶり! 優秀な生徒が活躍している噂は聞いているよ! 四男坊のお守りはどうだね(笑)?」
神秘的な空気を破るように、マザイが広い笑顔で迎えた。
「先生お久しぶりです!」
アコシアは恩師に元気に挨拶を返す。
「爺さん、お守りはないだろお守りは(笑)」
テオも軽快に会話を繋げる。
「そして……話に聞いていた不思議な少年が君か──」
マザイはケンゴをじっと見つめた。
老人の目には興味と洞察が混ざり合い、その細い目で少年の内面を透かし見るかのようだった。
「初めまして、ケンゴと言います。あの……自分のことが何かわかるかも、ということで今日はお邪魔しました」
ケンゴは少し緊張した様子で深く頭を下げた。
「随分としっかりした生徒じゃないか(笑)」
マザイは満足げに微笑んだ。
──アコシアは一連の自己紹介が終わるのを待ち、マザイの隣に立つ長身の少女について恐る恐る尋ねる。
「あの……先生、こちらの女性は?」
「ああ、これは『マラミ』じゃ。わしの遠縁でな。来年からセキ二十五家の末席当主になる予定じゃ。最近はわしの研究を手伝わせておる。挨拶しなさい」
マザイは優しく促した。
「……マラミです」
マラミと名乗った少女はゆっくりと視線をあげ、無愛想に返事をした。
上目使いでこちらを見据え、その瞳には何を考えているのかわからない不気味さが漂っている。表情は冷たく、まるで内側に秘めた何かを守るかのように閉ざされていた。
「──で、なんじゃったかな? この少年の不思議な力を見てほしいと?」
マザイは再び話を振り返った。老人の目に、好奇心の光が揺れているのがわかる。まるで未知の力を探求する少年のように。
「そうなんだ! 先生聞いてくれ! 戦場では魔獣がケンゴだけを標的にする場面が幾度となくあった。まるでケンゴの存在を危険なものと本能的に理解しているように! そしてケンゴが戦闘でその神秘の力を発揮する時、彼の瞳と右手には神々しい紫の光が現れるんだ!」
テオが興奮しながら解説し、アコシアが補足する。
「魔獣がケンゴ君を標的にするシーンを私も目の当たりにしました。これは先生が提唱していた『魔獣の存在こそ四元素の象徴であり、その四元素の力と五行の力は反発する』という考え方にと繋がるんじゃないかと思いまして……」
「ふーむ……魔獣が忌避するケースか。実に興味深い……ケンゴ君、その神秘の力とやらを私たちに実際に見せてもらってもいいかね? 危ないものではないのかな?」
マザイは慎重な口調で尋ねた。
「はい、多分、危ないものではありません。実際にやって見せれます」
──ケンゴは深く息を吸い込み、ゆっくりと目を閉じた。
周囲の空気が急に張り詰めたように感じられる。少年の心臓の鼓動が、一拍一拍と周囲に響き、その鼓動は徐々に速まり、体内に力が集まり始めたのがわかる。微かな振動がケンゴの足元から広がり、周囲の空気が微かに震え、ざわめき、建物の壁がかすかに揺れた。
──次第に少年の右目が紫色の光で覆われる。そのエネルギーが瞳から溢れ出し、渦巻くように広がっていく。右手の甲には神秘的な五芒星が浮かび上がり、その輝きはまるで夜空の星々が集まったかのように、冷たくも美しい光を放った。
「こ、これは⁈ 五芒、五芒星‼︎ 五行の力が宿っておる‼︎」
マザイは驚愕の表情を浮かべ、その光景に目を奪われる。
「これはっ……!」
無表情を決め込んでいたマラミの顔も紅潮し、その目に驚きを宿している。
「この力、そしてこの現象……」
マザイは小さな声で呟き、覚悟を決めたようにマラミと目を合わせた。
(やっぱり……世紀の大発見的な話になるわよねぇ……)
アコシアはこれから明かされるであろうケンゴの秘密に胸を躍らせつつも、事の重大さ次第ではそれを受け止め切れるか不安でならない。
Character File. 16
Character File. 17
アコシアはがんばり屋さんの素敵な生徒だったようです!
ここまで読んでいただいてありがとうございます。ブックマークと☆のワンクリックが本当に励みになります! 楽しんで読んでいただけるように頑張りますのでどうぞよろしくお願いいたしますmm
※Xでキャラと遊んでいます。ぜひこちらもお立ち寄りください
@fujikoshinoryuu