ep.15|モリア家|伯爵領ヨシア城への帰還2 ★キャラ画公開
ペイディアス軍一行は長い田園風景を抜け、馬車の車輪を石畳にゆっくりと響かせながら、城近くの賑わいの中へと入っていった。
謙吾にとってはこの世界に来て初めての大都市ということもあり、その顔は少年のような期待に溢れている。
ヨシア城へ続く広い通りは、整然と敷かれた石畳が道を彩り、両側には無数の店や屋台が軒を連ねていた。海峡を挟んで魔族と緊張関係にあるとのことだったが、市場は生き生きとした活気に満ち溢れ、人々の声や喧騒が交錯していた。これでも近年は不作が続き、地方に行くほどに食料の供給が追いついていないのだというが、新鮮な野菜や果物が色鮮やかに並び、嗅ぎ慣れない香辛料が風に乗って漂ってくるその体験は、まるで一枚の絵画の中に迷い込んだようだった。
「おーい、若様! 今日は一段とカッコいいですねー!」
「ははは! お前こそ相変わらずだな!」
「テオお兄ちゃん! お帰りさない!」
「ありがとう! 帰ってきたよー!」
テオは軽快に返事をしながら、片手を挙げて住民たちに応えていた。
ペイディアスとテオは特に住民からの人気が高く、行く先々で歓待の声がかけられている。ペイディアスはその威厳ある佇まいを崩さず、冷静かつ丁寧に応じた。その一方で、テオは住民一人一人に対して軽妙な口調で返事をし、親しみやすい笑顔を振りまいていた。その姿は、まるで二人が太陽と月のようにバランスをとっているように見える。
「──見ろケンゴ、これが俺たちが守り、幸せにしなければならない領民たちだ」
自分の使命を確認するようにテオが言う。
その言葉に、初めて会った夜にテオが熱弁した情熱が思い起こされた。その目には、領民一人一人への深い愛情と責任感が宿っていた。その視線は、まるでこの町全体を優しく包み込むかのようだ。
「テオ様の民からの人気はなかなかのものだ。普段の軽率な姿からは想像もできないだろう?」
アバスがふくみ笑いをしながら謙吾に問いかける。
「ええ、とても。なんだか、美しく見えます」
謙吾は率直に、自分が置かれた状況を思いながら、テオに抱いた印象、この場の光景への率直な感想を口にした。アバスは満足そうに頷いている。
──一行は城下町に入った。
そこには様々な店が立ち並び、そのどれもが個性豊かだった。鍛冶屋の音が響き渡る一角では、屈強な男たちが武器や農具を鍛えている。香ばしい匂いを漂わせるパン屋の前には、子供たちが嬉しそうに焼きたてのパンを頬張っていた。通りを行き交う人々の中には、異国からの商人や旅人、獣人と思しき人種も多く見受けられ、その多様な文化が交錯する様はまさに異世界都市の魅力を象徴していた。
物珍しそうな目で獣人の通行人を見るケンゴに、アコシアが反応する。
「ケンゴさんは獣人族の方々が珍しいんですか??」
「あ、はい……あんまり見たことなかったので」
「そうでしたか。ここから南の『ダオラ領』は、当主の『アソン・ダオラ』様を中心に、獣人の方々が治める国ですからね。ここヨシア城下にもたくさんいらっしゃるんですよ」
「へえ。獣人が治める国……」
「ダオラ領はね、とっても興味深い国なんですよ。アソン様が若くして当主になってから、画期的な経済政策を次々と打ち出して、急速な発展を遂げたんです」
「経済政策?」
「そう! 特に有名なのが『楽市楽座』という政策ですね。これは関税の大幅な引き下げや、商業規制の緩和を行ったもので、まさに自由貿易の先駆けとも言えるんです。これによってダオラ領の総生産が、わずか数年で倍増したと言われています」
「へぇ、すごいですね。経済の天才みたいな人なんですね」
謙吾は感心した様子で答えた。
「それだけじゃないんですよ。アソン様は軍事面でも革新的でした。従来の重装歩兵主体の軍隊から、機動力を重視した騎馬隊や弓兵部隊の強化を図ったんです。さらに、魔法部隊の編成にも力を入れました」
「魔法部隊?」
「そうなんです。従来は個人の力量に頼りがちだった魔法使いたちを、専門の部隊として組織化したんです。火炎魔法隊や防御魔法隊など、役割ごとに分けて運用することで、戦術の幅が大きく広がりました。これはワミ鉱山で私たちも採用しているのを見ましたよね?」
アコシアは目を輝かせながら続けた。
「特に注目されたのが、魔法と従来の軍隊を組み合わせた統合戦術です。例えば、騎馬隊の突撃に合わせて雷魔法で敵陣を混乱させたり、弓兵の矢に炎の魔法を乗せて威力を増大させたり。これらは画期的な戦術進化として皇国全土にすぐに広がっていきました」
「すごいですね……革命児だ」
謙吾は感心しながら聞いていた。
「この革新的な軍事力と経済政策は、実際の戦闘ではなく、むしろ平和的な発展に大きく貢献したんです。ダオラ領の安全が確保されると、各地から商人や職人、学者、冒険者たちが続々と流入してきました。多様な人材と文化が交わることで、さらなる技術革新や経済発展が促進されたんです」
(魔法と従来の軍隊の融合……まるでファンタジー小説の中の話みたいだ)
謙吾は心の中で感嘆しながら、この世界の複雑さと奥深さを改めて実感していた。
アコシアは熱心に続ける。
「今では、ダオラ領は皇国内でも特に先進的な経済圏として知られています。首都には活気あふれる商業区画が広がり、世界中の珍しい品々が取引されています。さらに、最先端の魔法研究所や、皇国最大の冒険者ギルドなども設立され、新しい知識や技術が次々と生み出される革新の地となっているんです!」
「──おいおいアコシア……ライバル国を持ち上げすぎじゃないか(笑)?」
テオが夢中になるアコシアを苦笑いをしながら牽制する。
「す、すみません……」
「アコシアはダオラ領に留学してたから、本当にあの国が好きなんだよなあ」
「そうなんです……つい夢中になっちゃって……」
「いや、いいんだ。最近の教科書にも載ってる事だからな。俺たちも隣国としてその恩恵を授かりつつ、より一層モリア領の発展のために頑張んなきゃな!」
「はい! おっしゃる通りです!」
「俺は一度しか行ったことないけど、ダオラの街を歩くと、本当に多様な人々が行き交ってるんだよな。獣人はもちろん、エルフやドワーフなんかも普通に暮らしててさ。みんなが活発に商売や冒険に励んでる。見習わなきゃな」
テオも素直に隣国の素晴らしさを口にする。
「当主のダオラ様は、そんな経済大国を築き上げた革新的な英雄として超有名人なんだ。獣人の英雄として皆から尊敬されている……が、ケンゴは、知らない……?」
「あ……なんかすみません」
「ふーん……」
テオとアコシアは訝しんだ目でケンゴを見ている。
(まずかったかな……わっ……あっちには本物の猫耳がいる! これはやっぱり……俺、異世界に来ちゃってるな……)
彼らの視線を他所に、目に映る全てが新鮮な謙吾は、改めてその光景に圧倒されていた。
──城下町を抜け、荘厳なヨシア城正門をくぐり、城内の正面広場に到着する。
広場は広大で中央には美しい噴水があり、その周りには様々な植物が植えられている。謙吾はそのままペイディアスとテオらと共に、城の内部へと足を踏み入れた。
城内は重厚な西洋風の造りで、石造りの廊下が続いている。壁には古の英雄たちの肖像画や戦争の記録が飾られており、その歴史の重みを感じさせた。豪華なシャンデリアが天井から吊り下げられ、その光が大理石の床に反射して煌めいている。
(まるでハリウッド映画のセットだよ……)
ケンゴはその荘厳さに思わず息を呑んだ。
「──このまま父上に報告を入れる」
先頭を行くペイディアスが言うと、アバスとアコシアに緊張が走ったのがわかった。驚きを隠せずにケンゴも思わず反応する。
「え? 今からですか?」
「……ああ、早いほうがいい。イレギュラーもいることだからな」
ペイディアスの鋭い視線から、ケンゴはその原因が自分であることだとすぐにわかった。
* * *
大広間に漂う荘厳な雰囲気に、謙吾も否応なく緊張させられている。
(職員室に呼び出される比じゃないな……)
元の世界を思い浮かべ、まさに現実逃避してしまう謙吾。
──広間の奥に鎮座するのは、鋭い目つきの初老の男性、現当主アンティオコス・モリア伯爵。彼の視線は冷徹で、まるで部屋全体の埃の一つ一つまで掌握しているかのようだ。周囲には忠実な側近たちが整列し、緊張感が肌に刺さるように感じられた。
(アンティオコス伯爵……怖すぎでしょ……)
助けを求めるように横に送る謙吾の目線に、テオは笑みを浮かべて返す。
──ペイディアスとアコシアによる報告が終わると、伯爵は静かに頷き、その冷たい瞳にわずかな暖かさを宿し「よくやった」と短く称賛の言葉を述べた。その声は低く、だが確かな威厳を持って広間に響く。
報告の最後にペイディアスが謙吾の取り扱いについて触れる。
「約束通り、今回の行軍で最も戦果を上げたケンゴ殿を歓待したいと思っています。できれば客将待遇での城下への滞在を許可いただけないでしょうか」
(き、客将? 客将ってすごい偉い人の待遇じゃなかったっけ……?)
謙吾は思わず目を丸くした。
ペイディアスの申し出に、伯爵は一瞬考え込むように眉をひそめたが、すぐに承諾の意を示した。その一瞬の間に、彼の鋭い目つきは謙吾を貫くように見つめていた。
(う……見られてる……)
謙吾は思わず背筋を伸ばす。
そしてアコシアが力強く続ける。
「彼の不思議な力の解明のために、マザイ先生に謁見したいと思っています。私が同行します!」
「面白そうだから俺も!」
テオも興奮気味に、この雰囲気にそぐわない楽しげな声を上げる。
(な、なんなんだ次々と……?!)
謙吾はその場に呑まれ、戸惑いを隠しきれない。
──伯爵は厳しい表情を崩さず追加の沙汰を下した。
「客将待遇にするのは構わないが、その不思議な力が我が国の不利益にならないように、よくマザイと話をすること。そして、少年を拾ったテオが責任を持つように」
声には揺らぎがなく、その言葉には一切の無駄がない。伯爵の威厳に謙吾は圧迫され続けていた。
「はっ! 承知いたしました」
テオは珍しく真面目な表情で返事をし、謙吾を横目にニヤリと笑って見せた。
Character File. 13
早くダオラ領に行かないかなあ(笑)
ここまで読んでいただいてありがとうございます。ブックマークと☆のワンクリックが本当に励みになります! 楽しんで読んでいただけるように頑張りますのでどうぞよろしくお願いいたしますmm
※Xでキャラと遊んでいます。ぜひこちらもお立ち寄りください
@fujikoshinoryuu