ep.14|モリア家|伯爵領ヨシア城への帰還1 ★キャラ画公開
「今夜はジャワシープだよ! たくさんおあがりなさい!」
ペイディアス軍に従軍して6日目の夜。料理番のおばちゃんが作ってくれる異世界料理は謙吾の楽しみの一つになっていた。
「──これは、、、ジンギスカンのカレースープ……なの、、かな?」
深い土鍋から立ち上る湯気に乗って、スパイスと肉の豊かな香りが漂ってくる。大ぶりに切られたジャワシープの肉とその独特の香りは、まるで遠い昔に忘れられた記憶を呼び覚ますかのようだ。一口含むと、肉の脂が溶け出したスープが舌の上で踊り、そのコク深さに心が満たされる。スパイスの効いたその味わいは、体の奥底から温めてくれるような滋味深さがある。辛さと甘さが絶妙に絡み合い、一度口にすれば、豊かな味わいが忘れられない、そんな幸福をもたらしてくれる一杯。
──サンドワームとの戦闘後にペイディアスから申し出があった。
「ぜひこのまま我々の拠点、『ヨシア城』まで足を運んでほしい。少なくない御礼と歓待をさせていただこう。それに、城の陰陽師たちに話を聞ければ、君のその不思議な力も、何かわかるかもしれない」
「ケンゴ! 絶対そうしてくれよな! もう、聞きたいことしかないよ(笑)」
「……わかりました」
行く宛もない謙吾はその申し出を受け入れ、ワミ鉱山からヨシア城までの帰路に帯同している。道中、テオやアバス、アコシアからこの国の事情や常識について改めて教えてもらう機会に恵まれたのは幸いだった。
ここウェトマ皇国は「神皇」と呼ばれる王が治め、六つのエリアに分かれているとの事だ。それぞれのエリアは国司と呼ばれる複数の貴族たちが治めているらしい。そしてテオたちはウェストと呼ばれる地域で最大級の領主であるモリア伯爵家に仕えている。
現当主の名前は『アンティオコス・モリア』、彼には四人の男子がいる。長男は数年前に魔族との戦争で戦死したため、次男のペイディアスが家督相続権の筆頭となっている。テオは側室の子供で末っ子の四男ということで、自由奔放に育てられたらしい。
(──伯爵家のご子息たちって……すごく偉い人たちじゃないか……)
改めてその身分を聞いた時、謙吾は身が引き締まる思いだった。アバスやアコシアも、モリア家の中では名家と謳われる出らしい。
そして、鉱山でアバスが放った魔法「マッドチェイン」も、やはり固有魔法だったようだ。一定範囲の土を泥に変える魔法ということで、大群の足止めには最適だろう。テオの固有魔法である「シルバーインテンシオ」と併用することで、足止めした敵軍に、無数の光の矢を上空から降らし撃退することができる。その効果と相性は抜群だ。
──道中でも、謙吾の願いを聞き騎士の一人が自身の固有魔法を披露してくれた。
「おいトーマス! お前の必殺技もケンゴに見せてやれよ!」
「わっかりました! トーマス三等兵! やらせていただきます!『ラッフル・ヘア』!」
トーマスと呼ばれる若者の頭が虹色に輝き、宴の夜を照らす。
「ぎゃっはっは!! 見ろケンゴ! 」
「お前それ、もう髪型の限界超えてるだろ(笑)!!」
それは、頭をかくと髪型がランダムに変わる便利? 魔法だった。これは、宴会芸としてその夜の宴を大いに沸かせてくれた。
モリア家やアバスのように、固有魔法が戦闘に使えるケースは限られているらしい。そして、そのような魔法を開発した一族は大いに戦果を上げ、出世することが多いのだという。その夜はアコシアも「ペイパーパレードで出世するんだ!」と酒に酔いながら熱弁していた。
ワミ鉱山からモリア家の居城、ヨシア城までは全7日間の行程で、明日には城下に入れるという。
この旅路で謙吾は、寝食を共にする騎士たちとはだいぶ打ち解けることができた。何より、人の温かさに触れている事を素直に実感する日々だった。毎日の食事を準備してくれる飯炊きおばさんや、細やかな気配りを欠かさないアコシア、誠実で頼りになるアバス、そして、周囲に溶け込めるようにといつも気にかけてくれるテオ。
突然この世界に投げ出され、戦闘に巻き込まれ、伯爵家の貴族に見初められる、というややこしい事態になっているのは事実だが、魔獣の群れの真ん中や、衣食住が限られた砂漠の荒野に放り出されなかったのは、ひとえに運が良かったのかもしれない。
── ヨシア城到着前夜、焚き火を囲んだ騎士たちの輪の中で、謙吾は静かに周囲の会話に耳を傾けていた。笑い声や冗談が飛び交う中、時折交わされる真剣な議論にも引き込まれ、この世界の人々の温かさを肌で感じていた。
夜が更けるにつれ、酒も進み、テオの頬は赤く染まっていた。テオは上機嫌な様子で立ち上がり、ケンゴの隣に腰を下ろした。焚き火の光が揺らめき、テオの瞳に温かな光が宿る。
「ケンゴ、記憶がなくても、お前は今ここにいる。それが全てだ」
テオは照れくさそうに笑いながら続けた。
「新しい日々は、恐れるものじゃない。それは可能性に満ちた冒険なんだ」
騎士たちはクスクスと笑いながらも真剣に耳を傾けている。
「人生とは、与えられた今を受け入れつつ、自分の未来を創っていくものさ」
テオは顔を真っ赤にしながら、真剣な表情を保とうとしている。
「記憶がなくても、これからの人生は自分で選び、築いていける。俺たちがお前の味方だ。一緒に、お前の新しい物語を紡いでいこう!」
テオは少し照れた様子で「酔ったわ」と言い残し、自分のテントに戻っていった。
星空の下、焚き火の光が揺れる中で交わされたテオの言葉は、ケンゴの心に深く刻まれる。異世界に投げ出された不安と戸惑いが、新たな出会いを経て、期待と希望に少しづつ変わっていくのを感じながら、ケンゴは静かに頷いた。
──ただ、この出会いが得難いものだと感じる一方で、心のわだかまりが消えることはない。
(紗英、詩乃さん、鉄平さん、竜之助さん……他のみんなは無事にやっているのだろうか。特に、紗英のことは気掛かりでならない……テオたちのように優しい人との出会いが紗英にもあって、あの調子で現地の人たちとも仲良くやっていると、そう信じたい……)
彼女の明るい笑顔が頭に浮かぶと、謙吾の顔は自然と曇っていった。
このままヨシア城まで同行すると、陰陽師という人たちに話を聞けるらしい。アコシアは「マザイ先生っていう人が力になってくれるかも……」というとっかかりもくれた。
自分のこの不可思議な力、不可解な状況に、何か新しい光が差すのかもと思うと、その行軍の足が自然と速くなる。道中、さまざまな景色が目に映り、そのすべてが新鮮で魅力的だったのも確かだ。明日にはヨシア城の壮麗な姿を目の当たりにすることもできるのだろう。
旅の疲れを感じながらも、心は前へと向かっている。城で待つ新たな出会いと発見に胸を膨らませながら、謙吾はこの旅の一歩一歩を大切に踏みしめた。
Character File. 12
ラッフルヘアの次の登場機会が待ち遠しいです!
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