ep.12|モリア家|ワミ鉱山奪還戦3
テオはケンゴの戦う姿が見たいとわがままを通し、第二分隊に配属された。坑道に転がる無数の蝙蝠の残骸を避けるように行軍がスタートする。足元には砕けた岩や骨の破片が散乱し、靴底を通して不快な感触が伝わってくる。
「各員、足元警戒。地形障害に注意」
「了解」
先頭を行く騎士が後方に向かって低声で命令を発した。後方を行くテオは短く返事をし、再びケンゴに視線を戻す。
(見極めなければならない……ケンゴの真の姿を、この目で……)
決意を胸に秘めながら、テオはケンゴの背中を見つめていた。その姿は不思議と頼もしく見える。しかし、同時に謎めいた雰囲気も漂わせている。
──『イグニス』で鉱山内を照らした際もケンゴは驚いていた。
「明るい! すごいな!」
「え? 初めて見たの??」
世話役を買って出てくれたアコシアがケンゴの横を歩いている。
「これも学校で初めに習う火属性の一般魔法ですよ⁇ 本当に何も知らないんだから……」
アコシアは呆れ声をあげている。
彼女が苦言を言うのも無理はない。そう、これは誰もが知っている一般魔法なのだ。
「ヴェントス・バリア!」
「ヴェントス・カッター!」
先頭を行く部下たちが防御魔法と攻撃魔法を駆使して、スムーズに魔獣を討伐していく。狭い坑道をライトで照らし、攻撃的に直進してくるモンスターをバリアで防ぎ、中距離からカッターで効率的に殲滅していく。流れ作業かのように進む行軍。
「すごい、圧倒的ですね……」
「そうだね……すごい順調。まあ、これも日頃の訓練の賜物かな⁉︎」
ケンゴの問いかけにアコシアが無邪気な反応をしている。
ただし、魔獣は普段、ここまで直線的な動きに終始しない。
(魔獣の様子もちょっと変だよな……)
そのイレギュラーにテオは一人、緊張感を高めていく。
──鉱山入り口での戦闘が効いたのか、魔獣とのエンカウント自体も少なく、行軍は順調だ。途中、魔力消費のバランスをとりながら、先頭を行く分隊の交代を繰り返す。
「想定よりずっとスムーズに進軍できてる。中央広場でペイディアス様たちと合流する予定だけど、ちょっと待機することになると思う」
アコシアが丁寧に行軍全体をマネジメントしてくれている。
(とはいえ、魔獣の動きがいつもと違う。ケンゴというイレギュラーな存在もいる、いつもより数段集中して作戦に挑むべきだな……)
一行は警戒レベルを徐々に上げながら鉱山内を進んでいく。
光と影が入り混じり、坑道特有の風景が広がっている。ライトの光が岩壁を照らし、その陰影がまるで生き物のように動く。時折、風魔法が巻き起こす涼しい風が鉱内の湿気を和らげるが、それでも不気味な空気は消えることはない。
魔獣の出現も減り、静かな行軍が続く中、その静寂を破るようにケンゴが口を開いた。
「……アコシアさん、魔法の発動についてもう少し詳しく教えてくれませんか?」
テオはケンゴの変化を見逃さないように、その表情を視界に入れ直す。
「……魔法の発動には、まず魔法陣を空中にイメージするの。そしてそこに自分の魔力を流し込む、これもイメージね。魔法陣の設計が重要で、精霊の力を効率よく引き出すために緻密な図形を描くのよ。これはお家とか学校で勉強してみんな身に付けてるわね。イメージできるかどうかは属性との相性と、あとは努力ね。それに、魔力の流し方や集中力も大事。当然、使う人やその時のコンディションによって、同じ魔法でも威力や効果が全然違ってくるわ。真実は状況によって異なり、その顔は一つではない……ってところね」
ケンゴは興味深げに頷いている。
アコシアと会話している中で、彼の緊張も少しずつ和らいでいっているのがわかった。
ケンゴが更に質問を重ねる。
「さっきテオさんがやった固有魔法っていうのも同じように発動? するんですか?」
「固有魔法も発動ステップは一緒ね。魔法陣があって、それを覚えて、自分と上手にシンクさせて、そこに魔力を流し込んで……ドン!って感じね。一般魔法や攻撃魔法はこれまでの歴史の中で体系化されたものが広く一般に普及してるわ。学校とか家で学べるくらいにはね。それとは別に先祖代々、その一族によって開発され、洗練され、秘匿されてきた魔法陣というものがあって、それが固有魔法と呼ばれてるものね」
「アコシアさんも固有魔法を持ってるんですか?」
「あ! ケンゴ君! それはマナー違反だから気をつけてね! 一族の秘伝だから、そう簡単にあるとかないとか、どんな魔法だ、とかは聞かれるのを嫌がる人も多いからね」
「すみません……」
「……まあ、私の場合は全然隠してないけどね。魔法陣は教えてあげられないけど(笑)。私の固有魔法見てみたい?」
「見せてもらえるのなら……ぜひ」
「よおし! 特別だよ! ──ペイパー・パレード!」
そう唱えると、冊子とペンを持ったアコシアの手元がうっすら光った。
「なんと、雑記帳を持ちながらページをめくると……『最後にもう一枚、綺麗なページが追加』されてます!」
坑道内にアコシアの自慢げな声が響き渡る。周りの騎士たちも苦笑している。
「えっと……新しい紙が、増える魔法……??」
「ケ、ケンゴ君……ま、まさか呆れてる?! そりゃテオ様みたいに派手な固有魔法じゃないけど、これだって便利なんだから! 書記官兼軍師見習いの私の活躍にはなくてはならない相棒なんだから!」
アコシアが頬を膨らませながら熱弁している。その姿は可愛らしくもあり、少し滑稽でもあった。テオは思わず吹き出しそうになった。
そして生真面目なアバスが優秀な書記官をフォローする。
「一族が置かれたその時代の環境によって、どんな魔法陣を開発すべきかは当然異なるわけで、それがもたらした多様性が固有魔法なんだ。笑ってやるな」
「なるほど……いろんな進化の形があるんですね……」
ケンゴは偽りなく、真剣に受け答えをしているように見える。その素直さに、テオは少し心を動かされた。
「あ……この狭道を抜けた先が中央広場ですね! そこでペイディアス様たちと合流します。それまでは警戒を怠らずに進みましょう!! 総員、警戒を維持し前進!」
照れた顔を隠すようなアコシアの言葉に、分隊の全員が頷いた。しかし、先ほどまでの緊張感は戻ってこないようだった。ぶつぶつと言いながら、アコシアがノートに何か書き込んでいた。
(──どうしても……悪いやつには見えないんだよね……)
テオは自分の直感と、これまでに見たことのない異質な存在とを天秤にかけながら、その難題を解くために、頭を悩ませ続けている。暗い坑道の中、彼の心の中でも光と影が交錯していた。
アコシアはかわいくって頼りになるんです!
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