ep.11|モリア家|ワミ鉱山奪還戦2
(そんなことある……⁇)
ケンゴが蝙蝠の骸の中、惚けたように一人立ち尽くしている。テオは目の前に広がる光景を疑うことしかできない。
(あの大量の魔獣の残骸……全てケンゴがやったっていうのか……?)
残りの魔獣もテオの固有魔法により一掃された。鉱山前の広場に残った混沌と静寂を、テオは呆然と眺めていた。
──この静寂の少し前、テオ率いる第三分隊は何事もなく、順調に工程を消化していた。足元の落ち葉を踏む音が耳に心地よく響く。木々の間から漏れる陽光が、時折目を眩ませる。テオは鼻腔をくすぐる土の匂いを深く吸い込んだ。
──突然、風向きが変わった。
耳を澄ますと、かすかに金属の擦れる音が聞こえてくる。前方からの異様な鳥の羽ばたき、金属のひしめき、鋭い剣の響きがテオの耳を刺した。
(前方で戦闘が始まっている……!)
全身の筋肉が一斉に緊張し、アドレナリンと共に思考が全身を駆け巡る。次の瞬間には激しく再開した鼓動と共に、自然と駆け出していた。
「急げ! 前方で戦闘状態だ!」
その叫び声が森に響き渡る。テオは全速力で駆け出した。心臓が激しく鼓動し、息が荒い。木々の間を縫うように走り抜ける。枝が頬を掠め、落ち葉が舞い上がる。
やがて森が開けた。
そこでテオは、息を呑んだ。
目の前に広がる光景に、全身の血の気が引く。そこは戦場で、想像を遥かに超える惨状が広がっていた。
──洞窟の前には、空を舞う魔獣、交戦する部下たち、そして、吸い込まれるように剣戟に倒れていく魔獣の姿があった。それも異常な量の。
異質な、そして異様な光景が広がる戦場で、大量の魔獣がトグロを巻いている。
その中心には剣を振るうケンゴが見える。
その流れるような剣筋は、空中を踊るように滑らかに弧を描いている。魔獣を斬り続けるその姿は神々しくさえ感じられた。ただ、それに呆けている暇はない。テオは最大効率で敵を殲滅するために自身の固有魔法を放つ。
──後に残る静寂には、戦闘が終了した時の高揚はなく、異様な少年への畏怖に満ちている。
「これは……ヤバイよなあ……(笑)」
テオは喉の渇きを感じながら、声を絞り出した。
「インテリウスバッドって、事前調査だと鉱山全体で数十羽の予想じゃなかったっけ? もう全部出てきちゃってない?」
努めて明るく振る舞ったつもりだったが、その問いかけには誰からの返事もなかった。沈黙が、戦場の異様さをより一層際立たせる。
(やばい、みんな固まってる……)
返り血を浴びて正体を失ったケンゴを、皆が遠巻きに見ている。まるで恐怖そのものが形を持ったかのような姿に、皆が圧倒されていた。空気が凍りついたようだ。
「──とにかく、怪我人がいないか確認しようぜ(笑)」
テオは無理に明るい声を出す。自分の声が虚ろに響くのを感じた。
(落ち着け、俺。ここで動揺してちゃいけない、間違うな。)
戦場にはイレギュラーがつきものだが、これは重大なインシデントだ。分隊を預かる身として、この異様な少年の今後の取り扱いを、早急に定義しなければならない。テオはある種の願いと共に、ケンゴに話しかける。
「──それと、ケンゴ? 話しかけて、大丈夫(笑)?」
心臓が高鳴るのを感じながら、テオは息を潜めて返事を待った。
「あ……大丈夫です……」
ケンゴの声は、驚くほど落ち着いていた。
「せっかくお借りした装備、汚しちゃいましたね、すみません」
(えっ? なんだその反応は?)
場違いな程に冷静な返答に、テオは一瞬戸惑った。だが、すぐに表情を取り繕う。
「随分と、頼もしいじゃないの(笑)」
テオも場違いな笑顔で返してみせる。
(大丈夫。彼は敵ではない。大丈夫……)
この惨状に、不安と恐怖で押しつぶされそうだったが、自分に言い聞かせるように、分隊でのケンゴの取り扱い方針を固めていく。
「おいおい、アコシア!」
テオは唐突に明るい声を上げた。その声には、わざとらしい冗談めいた調子が含まれていた。
「我が分隊の期待の新人様が戦闘後処理を要する状態だ。衛生管理を頼む!」
突然の呼びかけに、アコシアはビクッと肩を震わせた。彼女の大きな瞳が驚きに見開かれ、戸惑いの色が浮かぶ。
「え、えっと……」
「シャワー係だよ(笑) 水魔法で返り血を洗ってあげて」
「り、了解……しました」
「まったく、作戦初日からこの戦果か。早くも今回の遠征の最大功労者じゃないか。こりゃあ軍監への報告書が大変だぞぉ」
テオは眉をひそめつつも、口角を上げて見せる。軽口を叩きながら、内心では場の空気を和らげようと必死だった。
(──命を預かる部下たちにとって、モリア領にとって、ケンゴの存在は有益なものでなければならない。この力とは、友好的な関係でいなければならないんだ)
部下たちはまだ、信じられないものを見るような目でケンゴを見ている。彼の周囲には蝙蝠の死骸だけでなく、壁や地面が剣撃によって削り取られ、荒々しい爪痕として残っていた。
(控えめにいって……人間の技じゃないよな……)
戦場に散らばる無数の魔獣の死骸。壁や地面に刻まれた、人間業とは思えない爪痕。そして忘れられそうにない、その中心に立つ、返り血に染まったケンゴの姿。
「おい、各員! 戦闘後の標準作業手順に従って行動開始だ。被害状況の確認と、区域の安全確保を急げ!」
部下たちに「考えすぎ」させないために、テオは周囲にテキパキと指示を与える。分隊長として、部隊の動揺を最小化し、士気回復に努めなければならない。ただし、テオの思考は当然止まることはない。
最初は、少年の怪しげな瞳に無限の可能性を感じた。深い闇のような、しかし星空のように輝くその瞳。ただそれは、テオの想像を遥かに超えた、超常の存在だった。まるで神話から抜け出してきたかのような力。
(ひょっとしたら自分の手に余る存在なのかもしれない。自分の手で少年を導けるのか、それとも彼の力を借りて自分が導かれるべきなのか?)
その境界がひどく曖昧で、テオは笑顔の裏の苦悶を悟られない事に必死だった。額に浮かぶ冷や汗を拭おうとする手を、必死に押さえる。心臓が早鐘を打つ音が、自分にも聞こえそうだ。
──ケンゴは水魔法で水浴びを済ませ、着替えと装備を付け替えている。そして、自身の両手を何か得体の知れないものを見るように、じっと見つめている。その眼差しは遠く、まるで自分の手が別の生き物であるかのようだ。
(どうした? 何を考えている? 自分の力を確認しているのか?)
テオは些細な表情の変化も見落とすまいと、ケンゴの一挙手一投足に目を凝らす。
アコシアの一般魔法『ウォトレ』を使って水浴びをする際、まるでそれを初めて見たかのように驚いていた。学校や家庭で覚えさせられるような基本中の基本の魔法陣に、だ。
その後の会話でも、モリア領の領民なら知らないものがいないであろう、『モリア家の固有魔法』についても知らなかった。数世代前に我がモリア家を伯爵家に押し上げるほどの戦果をあげた、子供たちが英雄譚として大好きな、あの魔法の存在を知らなかったのだ。
(そんなことあるのか?)
テオは首を傾げた。
(少なくともこの土地の人間ではない……本当に記憶が喪失しているのか、大陸から流れてきたのか、他国の間者か、もしくは……)
思考を濁しながら、テオは最後の可能性を考え、呟いた。
「やはり、魔族の類か……」
──テオが思慮を巡らせる中、騎士たちが静かに周囲の整理を始め、戦いの痕跡を片付けている。刃こぼれした剣や割れた盾が集められ、血に染まった地面が水で洗い流されていく。その光景を横目に見ながら、テオは再び自分の直感に立ち返った。
(……ケンゴの力は、邪悪なものではない。魔族のはずがない! 俺たちを導いてくれる、そんな力のはずなんだ……!)
テオはケンゴを初めて見た時に包まれていた暖かい紫色の光、どこか既視感と安心感に満ちた光柱の存在を思い返す。その記憶は鮮明で、心の奥底に刻まれていた。自分の直感は正しいはずだと、テオは自分に言い聞かせ、改めてその決意を固めた。
夕暮れの空が赤く染まり始める中、テオはケンゴの謎を解き明かすという使命感と、未知なる力への畏怖が入り混じった複雑な思いを胸に秘めながら、今後の行動を考え始めていた。
テオは責任感強いですね!
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