ep.10|モリア家|ワミ鉱山奪還戦1
太陽が昇ると同時にモリア軍は目覚めた。
朝露に濡れた草の香りが漂い、兵士たちは静かに目を覚ます。簡単な朝食が配られ、火の消えかけた焚火の周りに集まった兵士たちは、硬いパンと昨夜の残りのスープをすすりながら今日の作戦について話し合っていた。
モリア軍は第四王子テオと、第二王子ペイディアスの2つの軍に分かれている。
テオと一部の側近は、夜明け前に少し離れたペイディアス軍の陣地まで足を運び、作戦会議に参加していたようだ。薄明かりの中、帰陣する彼らの影が長く伸び、静寂の中に陣地は緊張感を漂わせた。
目標はワミ鉱山の魔獣からの奪還だ。鉱山内に巣食った魔獣は、聞く限りでは巨大なコウモリに近い。奪還後はすぐに鉱山を稼働させる必要があり、可能な限り現状を維持した形での魔獣討伐が求められている。そのため、近接戦闘に特化した小隊が組まれている、らしい。
「これから予定通り、3隊に分かれて鉱山に向かう。ペイディアス隊との鉱山内での合流があるので、道中の害獣駆除の優先順位は低い。イレギュラーが生じた際は分隊長の現場指示を優先する。また鉱山前で会おう! 以上だ。みんなよろしくっ!」
──テオが兵士たちにこれからの流れを簡単に説明し、部隊は鉱山に向けて出発した。
皆、テオやペイディアスを信用しているのか、重々しい空気はない。魔獣の討伐は、緊張を伴う任務であるようだったが、それ以上に歴戦の騎士たちは動じていないようだ。
謙吾は3つある分隊の中で、中央に位置する第二分隊で、アバスと行動を共にすることになった。有事の際には、先頭を行く第一分隊を助け、後方を行くテオの第三分隊をサポートする役割の配置とのことだ。この配置は、彼らにとって未知の存在である自分を監視し、その影響を最小化する狙いもあるのだろう。
──山道を進む間にも、様々な動物たちの気配があったが、彼らは交戦的に人類に攻撃してくる今回の討伐対象である魔獣とは異なる存在と定義されているらしい。
そして道中、兎や猪のような動物を見かけたが、その姿は謙吾の知るものとは微妙に異なっていた。兎は耳が長く鋭く、猪は体がまるで岩のように硬そうな皮膚を持っている。異世界に来たのだという実感が、じわじわと胸に広がっていく。
謙吾の横を行くアバスはこの異世界の生態や植生についても詳しく、何を聞いても答えてくれる。その親切さは謙吾にとって心強かった。ただ、その鋭い目で謙吾の一挙手一投足を観察し、時折何かを考え込んでいる様子だった。
(警戒、されてるんだろうなあ……)
「どうだ? 何か思い出したか?」
「あ、すみません……いやあ、まだなんとも……それにしても、あと、どれくらいですかね!?」
誤魔化すように尋ねる謙吾。
謙吾は疲れを感じにくくなった体で異世界を歩いていたが、いつ戦闘になるかわからないという不安が心に影を落としていたのも事実だった。
「──もう、間も無くだよ」
アバスが答えると、山道が開け、鉱山の入り口が姿を現した。
第一分隊がすでに先着し、待機している。これからテオの第三分隊を待ち、編成を変えて鉱山内に挑むようだ。
謙吾が所属する第二分隊は短い休憩を取ることになった。
騎士たちは武器や防具の整備に余念がない。甲冑の金属が擦れる音が耳に響き渡り、その音はまるで嵐の前の静けさをかき乱すように緊張感高めていく。剣の刃が鳴り、鋭利な光を放つ。周囲の騎士たちはそれぞれの準備に集中し、時折見交わす目には無言の連帯感と、これから始まる戦いへの覚悟が宿っているようだった。
(テオさんがいないと気まずいなあ……)
見知らぬ顔に囲まれ、ただでさえ緊張に慣れない謙吾。手持ち無沙汰を感じ、ふらふらと一人、暗い鉱山の入り口を覗き込んだ。
(これからこの中に入っていくのか……不気味すぎるだろ……)
鉱山の入り口は、まるで世界の裂け目のように暗く、冷たい風が吹き抜けている。その風が遠くから低く唸る音を運び、謙吾の背筋を冷やす。
何かが潜んでいる、そんな気配が濃厚に感じられた。
目を凝らしても見えない影が不安を煽る。心の奥底から湧き上がる不安と、未知への好奇心が交錯する中、謙吾の手は自然と剣の柄に触れていた。
──その刹那、目の前から夥しい数の巨大な蝙蝠が飛び出してきた。
彼らの羽ばたきは狂ったように激しく、眼前の闇を切り裂き、不気味な音が響き渡る。
暗闇から現れたその姿に、一瞬の恐怖が謙吾の体を硬直させる。心臓は激しく鼓動し、呼吸が乱される。
「──急襲!」
騎士たちの方から声が聞こえたようだった。その声は随分と遠くから聞こえた。
──謙吾は剣の柄を握り、そのまま抜剣し、目の前の蝙蝠を薙ぎ払う。
謙吾のその無意識の挙動は、大きな衝撃波を巻き起こし宙空を斬撃が切り裂いた。
目の前の無数の蝙蝠が両断され、返り血が霧のように広がる。視界が血で遮られていく中で、それでも蝙蝠たちによる不気味な前進は止まらない。
謙吾は腕を上げ耐えようとするが、その腕にぶつかる無秩序な衝撃は無遠慮にその勢いを増していく。
──蝙蝠たちは止まることなく、謙吾とその先の鉱山の外を目指して飛んでくる。
魔獣は外に出ると旋回し、再び謙吾の背中に突進する。黒い影が謙吾の周りを埋め尽くし、視界を奪う。アバスを中心とした熟練の騎士たちが助けに入ろうとするも、外を旋回している蝙蝠に阻まれ近づけない。
謙吾は無我夢中で全方向に剣を振る。剣が蝙蝠の肉を切り裂く感触が伝わり、身体の芯まで無数の生暖かい手応えが上ってくる。
「──うわあああああ!」
謙吾の雄叫びが響き渡り、蝙蝠の叫び声と血しぶきが交じり合う。斬撃が壁と地面を削る音がこだまする。
──どれくらいの時間が経っただろうか……やがて、謙吾の周囲が静かになった。
鉱山奥から新たに飛んでくる蝙蝠は、もういなかった。目の前には無数の肉塊が転がっている。突然の出来事に思考が定まらない。
(何が起きた? 僕は何をした??)
謙吾は状況を確認しようと周囲を見渡す。後方にはまだ無数の蝙蝠が上空を旋回し、地上の騎士たちが必死に応戦している。
「助け、なきゃ……」
漂う想念の中、謙吾が鉱山外の蝙蝠に向かって剣を振ろうとした瞬間──
「シルバーインテンシオ!」
遠くから咆哮と共に銀色に輝く光が閃いた。
上空に無数の矢が放出され、その矢はゆっくりとした軌道から急激にスピードを上げ、空中に彷徨う蝙蝠たちを次々と貫き地面に突き刺さっていった。
──砂埃が舞い上がり、静寂が訪れる。
戦闘が終わったことがわかった。謙吾は重い息を吐きながら、血まみれの剣を地面に突き立て、呆然と戦場の静寂を感じ取っていた。
デカ蝙蝠が無数に体当たりしてくるって、そりゃパニックですよね。
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