ep.1 プロローグ1 ★キャラ画公開
都内の私立高校に通う17歳『藤野 謙吾』は、窓際からぼんやりと外の様子を眺めていた。
金曜日の午後、教室から見える外の景色。世界は初夏に移り変わるこの季節特有の生命力で溢れかえっている。新緑が校庭を飾り、新入生たちの無邪気な笑い声が風に乗って飛び交っていた。
ただ、教室の一角からその光景を眺める謙吾の表情には季節の明るさがない。彼の目はいつも通り、外の景色を冷めた目で見つめていた。
「活発なことで……」
謙吾には外資系メーカーに勤務する母と、フリーカメラマンの父がいる。上流のやや下の方の家庭で不自由なく育ち、忙しい親からは人並みの愛情を受け、勉強も運動もそれなりにできた。
何事も卒なくこなし、周囲との衝突や非効率を避けてきたその言動で、高校からは「物ぐさ」のあだ名を授かるに至った。御伽草子を出典としてくれた事に誇りを感じつつも、その安直なネーミングには疑問を感じている。
『普通に大学に行って、普通に就職、普通に結婚して、普通に暮らしたいよね』
それが彼の口癖であり信条だったが、この日は自分でも抑えられない興奮の火をその目の奥に灯していた。
──週末の明日、謙吾は怪しげな古文書のコピーを携えて、富士山北麓に行く。オンラインゲームで知り合った仲間たちと、失われた日本の古代王朝の謎に迫る、そんな週末だ。
歴史や都市伝説、オカルト好きな彼らと目指すのは、忘れ去られた日本史の断片をつなぎ合わせる旅。そんな大きくもささやかな冒険。この計画に思いを馳せると、退屈な学校生活で忘れかけていた情熱の灯火がほのかに輝く。
謙吾がそんな小さな興奮に心を寄せていると、隣のクラスから『越野 紗英』が明るく教室に入ってきた。
彼女はいつも通り、その場にいる全員に元気な挨拶を投げかける。その明るいエネルギーは、すぐさま教室全体に広がっていく。謙吾はその能力を揶揄し、コミュ力おばけと陰で呼んでいた。
──紗英は金髪の髪を窓からの風になびかせ、謙吾の机に近づいてくる。学校一とも言われている笑顔は、初夏の陽光が舞い降りたようだ。
「謙吾! 私、明日が本当に楽しみ!」
「はいはい……でもお前、古代王朝とか興味ないでしょ?」
謙吾は心の中でため息をつきつつ、冷静に言葉を返す。
「それよりも謙吾と一緒の山登りが嬉しいの! 久しぶりに週末も一緒だね!」
「ちょ……おいおい勘弁して……」
彼女の声が教室中に響き、残っていた生徒たちが謙吾と紗英を見て小声で話し始める。紗英は周りの視線に気付き、顔を赤くして照れ笑いを浮かべていた。
(また変な誤解を生むだろ……)
謙吾はしかめ面をしつつも、昔から変わらない紗英の無邪気な美しさに苦笑いがこぼれた。
「とにかく! 明日は朝6時には迎えにいくから! 寝坊しないように! あと忘れ物もないように! 酔い止めもしっかり飲んできてね!」
再び挨拶と笑顔を振りまきながら紗英は教室を出ていく。
彼女の後ろ姿を見送り、謙吾はまた教室の外に目線を戻した。明日の非日常を、新しい仲間たちとの出会いを、何かが起きてしまうかもしれないそのわずかな可能性に思いを馳せた。
謙吾は柄にもなくその胸を高鳴らせている。
「明日は、ただの登山じゃない。新しい冒険だ──」
そう小さく呟いた後、謙吾はひっそりと赤面した。
(中学生じゃあるまいし……)
興奮しすぎる自分を静めるように、謙吾はまた無愛想な顔で、風に乗った新入生たちの現実味のない笑い声に耳を傾けていた。
* * *
新宿から高速バスに揺られること2時間。窓の外に広がる風景は、徐々に都市の喧騒から自然へと変わっていった。バスは富士山五合目へと向かっており、車内はインバウンドの外国人観光客や登山客の興奮で満たされている。
彼らの期待に満ちた表情とは対照的に、謙吾はいつも通り無表情に窓の外を眺めていた。隣には、幼馴染の紗英が窓際の席を陣取っている。彼女は朝からの長旅にも関わらず、子供のように無邪気な興奮を隠さずにいる。
「謙吾、見て! 富士山! 見えてきたよ!」
まるでこの瞬間を永遠に留めようとするかのような紗英の声は、バスの中に広がっていく。
紗英が指さす先には、次第に姿を現す富士山があった。彼女のテンションは午前6時の集合から少しも変わっていない。このままTシャツ短パンの外国人観光客とハイタッチしそうな勢いだ。
「それが今回のお宝の地図なんだっけ⁈」
小気味よく音を立てながらスナック菓子を食べ、紗英が楽しげに尋ねてくる。
「……そうだよ」
謙吾は手にしていた古地図を見つめ直す。
神保町の古びた古本屋で見つけた『フジ大噴火史録』から始まったこの冒険について、謙吾は面倒臭そうに口を開いた。
この古い文献こそが今回の旅のきっかけであり、謙吾とそのオンラインゲーム仲間が探し求める、超古代王朝の神器についての道標だった。
富士山北麓に『小室神社』という神社がある。そしてその宮司である坂下家には『フジ・サカシタ文書』という古文書が代々受け継がれていた。
その古文書がSNSで話題になったのは、つい最近のことだ。この古文書には、初代天皇とされる神武天皇よりも遥か昔、富士山麓に栄えたとされる日本の超古代王朝『富士高天原王朝』の伝承が記されている、とされている。
SNSではオカルトや都市伝説として扱われ、ほんの一瞬『失われた日本の古代史の秘密がそこに!』とか『空白の二百年を解く鍵だ!』などと話題になっただけだったが、謙吾たちにとっては、その一瞬がこの冒険へと誘ってくれた。
フジ・サカシタ文書には、『神器』とされるアイテムが超古代王朝の象徴として今なお、富士山北麓のどこかに眠っていると記載がある、らしい。
謙吾たちもオンラインゲーム上で「レガリア見つけたらどうする⁉︎ 世界救える⁈」と、冷やかし半分で盛り上がっていた。
そんな折、謙吾は唯一の趣味である週末の神保町古本屋巡りで『フジ大噴火史録』という古書を手に取った。そしてその中に、王朝の神器の在処を示す古地図が挟まっているのを見つけたのだ!
書店で偶然手にした古書。そこには時を超えた神話が息づいてるようだった。古代の霧の中に浮かぶ神器はその時、確かに謙吾の前に現れ、手招きしたのだ。
──ある日のゲーム終わり。徹夜明けで全員がおかしなテンションだった。
謙吾が古地図の発見を仲間に報告すると、「みんなで行ってみよう!」と元気に言い出したのは『SHINO』。「絶対行きましょう!」と即賛同したのは『リュウ』。「面白そうだな!」と力強くまとめたのは『軍曹』だった。
頼もしい大人たちは、貴重な土日を冒険の旅に費やすことに、力強く賛同してくれた。
これからの人生、普通に大学に行って、就職して、結婚してと退屈な時間が待っているのかと辟易していた謙吾だったが、働きながらも徹夜でゲームに勤しみ、週末の冒険登山に目を輝かせ、馬鹿話に大真面目に向き合う真摯な大人たちもいるのかと思うと、これからの単調な人生にも光が差したようだった。
──目指すは富士山北麓、探求するは超古代王朝が残した神器。横には可愛い幼馴染、そしてこれから加わるであろう気の知れた仲間たち。
遠くに聳える富士山を見ながら、謙吾はひっそりと、しかし確かにその心を躍らせていた。インバウンド観光客と同じくらいには。
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