チュートリアル
「うふふ……スーツ、ぴったりみたいね。じゃあ早速、調……訓練を始めましょう。ヘルメットを付けて頂戴。システムのスイッチを入れるわ」
訓練室、として通された先は五メートル四方くらいのスタジオで、壁際の天井近くにぐるりとカメラが並んでいる。その中心に、莉愛と同じくパワードスーツを着たアンが待ち構えていた。莉愛と違うのは、起伏に富んだボディラインだろうか。そんなアンの姿にどぎまぎしながらも、莉愛は言われた通りにヘルメットを装着する。
「スイッチって……えっ⁉ 社長が女王様⁉ あれ、でもパワードスーツにヘルメットをかぶってたはずで……」
莉愛の目の前には、黒いエナメルのぴったりとしたボディースーツに真っ赤な裏地の襟付きのマントを着、同じ素材のピンヒールのロングブーツを履いた、豊かな金の巻き毛の女性が妖艶な笑みを浮かべて立っていた。
「髪型は3Dデータから、表情はヘルメット内部のセンサーで読み取って、映像として再構築しているのよ。アナタの驚いた顔も、よーく見えるわよ」
「わあ、あたしも腕……スーツじゃなくて、パフスリーブ? あっ、スカートもふわっとしてる! ……何かステージ衣装みたいっていうか……魔法少女みたいな感じ⁉ それにこの部屋……石の壁にろうそくの明かり……RPGのお城の地下って感じ!」
突然目の前にあらわれた、先程まで自分の目で見ていたのとは異なる景色に莉愛は更に驚く。自分の体と周囲を見回した後、彼女はもっと見ようと一歩踏み出す。
「うわ! なんか体が軽い‼ すごい! このスーツの力?」
彼女は普段と違う体の感覚をもっと試したいのか、走ったり、跳ねたり、くるりと回ったりと、ピンク色のフリルスカートの裾をふわふわさせながら、せわしなく動いていた。
「そう。グループ会社の丸楠電機が開発したスーツは、関節部分につけられたアクチュエータが闘士の動きをサポートしてくれるの。って、まあワタシは詳しいことは知らないけど、とにかく着れば、人間離れした動きが出来ちゃうわけよ」
アンが大きな胸を反らし得意気に答えた。
「でもアキリアちゃん、凄いわね。普通はもう少しスーツのアシスト力に戸惑うものよ。でもおかげで手間が省けたわ。じゃ、早速実戦に移りましょう。そうね……動けるなら接近戦の方がいいわね。大抵のコは遠距離だから、それと違うのは有利よ。じゃ、剣持って。ま、最初はこれで、慣れたら必要に応じて武器を変えたり、サブの武器を持ってみたりすればいいわ」
アンは莉愛にショートソードを手渡した。
「わあ、凄い、剣だ! ホントにRPGみたい! こんな感じですか?」
莉愛は受け取った剣を両手で握り、身体の正面に構える。剣と言っても実際には模造剣であり刃はないのだが、拡張現実システムのお陰で二人には鋭い剣にしか見えなかった。
「いいわね。ま、後は斬り上げたり下したり、それっぽく振れば、攻撃出来るようになるわ。じゃ、ワタシに打ちかかってきなさい! まずは真っ直ぐ、上から下に!」
そう言って、アンも剣を構えた。
それからしばらく、アンに指示されたように、莉愛は剣を打ち込んで行く。最初はぎこちなかったが、莉愛も次第に慣れていき、剣を振る姿もサマになってきた。
「あら、筋が良いわね! 素晴らしいわ! これならすぐに戦えそうね。じゃ、早速次の試合に出て貰うわ。Cクラス女子のバトルロイヤルよ!」
剣を振るう莉愛に、アンが嬉しそうに言った。だが、莉愛は困惑顔だ。
「えっ、ちょっと待って下さい! いきなり試合なんて、そんな――」
「大丈夫よ。ファイトマネーはちゃんと払うわ」
「いやそう言う事じゃなくて……」
アンのピントのズレた回答に、莉愛の困惑はますます深まるばかりだった。
「大丈夫よ。普通はもうちょっと練習が必要なんだけど、アナタは今の感じだとCクラス中位の女子闘士くらいには動けるみたいだから。それに実戦を積んだ方が上達も早いわ」
アンはそう言ってにっこり笑うや、早速闘技場の試合管理部門に連絡する。そしてあっという間に登録が済んだようだった。莉愛は何を言っても無駄だと覚悟を決めたのか、ふうと大きく息を吐くと、こくりと頷いた。
「あと注意点は……そうね、もしやられちゃったら、速やかにアリーナの隅に寄って、そこから退場ゲートを目指して頂戴。戦闘不能になると、観客からは見えなくなっちゃうの。闘士からは位置だけは見えて、ぶつからないように避けてもらうことにはなるんだけど、彼らの邪魔にならないようにするのは敗者の努めなのよ。もし邪魔したら、ペナルティで出場停止処分もあるから、気を付けて」
アンがふいに思い出したようにそう付け足した。
「はい、気をつけます」
莉愛は神妙な顔で頷いた。
「頑張ってね、アキリアちゃん。期待しているわ。控室はこの部屋を出て右、階段を上って真っ直ぐ進んだ先よ」
アンがパチンとウィンクして莉愛を送り出す。莉愛はただ黙って、しっかりした足取りでアンの指差した控室に向かった。
「さて、あの子、どうかしらね。闘技場の新しいアイドルになって、ワタシの野望に役立ってくれるかしら? それとも十羽一絡げのアイドル崩れで終わるかしら?」
トレーニングルームに一人佇むアンが、薄い笑みを浮かべて呟いた。
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