闘いの後で
闘技場のVIPルームの一室で、端正な顔をした銀髪の若い男が大きなガラス窓に寄りかかり、ワイングラスを片手に先程まで莉愛たちが闘っていたアリーナを見下ろしている。アリーナではメロディアの勝者インタビューが行われていたが、男の興味はそこへは向いていなかった。
「いやあ、彼女、やっぱり良いね。凄く良い。彼女こそ、闘技場での僕のパートナーに相応しいよ」
上機嫌に笑うその若い男を、傍らに控える燕尾服を着こなした初老の男が訝しげに見上げる。
「アキリア、でございますか? 見た目は並ですし、強さは新人女性としては頑張っておりましょうがその程度かと存じます。恐れながら、勝者であるドリーミィメロディアの方が琉輝様のお相手として相応しいのではございませんか?」
「分かってないね。輝いているから美しいんじゃないんだよ。輝かせるから美しいのさ。僕を飾るものは全て、一から作り上げないとね。出来合いのジュエリーじゃ駄目なんだよ。この手で磨き上げた僕だけのために輝く宝石でなければ、僕には相応しくないのさ」
琉輝様、と呼ばれた若い男は苦笑を浮かべた。そしてやれやれ、と軽く息をつき、
「それに彼女はこの湾岸地区のIRを取り仕切る雨園代議士のお嬢さんだよ。非公開だけどね。これから消えて貰う相手の一人だから、組むわけにはいかないだろう?」
と言ってワインを呷った。
「……全ては琉輝様の御心のままに。して、アキリアをどうやって引き入れるおつもりですか?」
「これを彼女の事務所に届けてきてよ。今いきなり僕が出向くのも面白くないでしょ? 将を射んと欲すれば、だよ。もっと僕と出会うに相応しいステージを整えなきゃ」
琉輝はいたずらっぽく笑い、黒い封筒を執事らしき初老の男に手渡す。
「仰せのままに」
執事はうやうやしくその封筒を受け取ると、早速主人の命令を果たすべく退出した。
試合終了後、とぼとぼと力ない足取りでロッカールームに戻ってきた莉愛はベンチに腰掛け、スーツのファスナーに手を伸ばす。
「あたし……負けたんだ。強くなれたと思ったんだけどな……。あんなに、頑張ったのに……」
だが、どっと疲れが莉愛を襲い、スーツを脱ごうとするが中々動けなかった。
「強くなったですって? 言いましたわよね、勘違いだって。頑張るだけなら、誰だってしていますのよ」
すぐ後ろから聞こえて来た辛辣な声に振り向くと、アリーナでのインタビューを終え、着替えも済ませたメロディアが荷物を持って通り掛かるところだった。莉愛は随分長いことぼんやりとしていたらしかった。
「あたしの努力が足りない、か。専属スタッフがいて、スーツのカスタマイズにトレーニングに、きっちりやっているあなたと比べたら、そうでしょうね」
莉愛はぷい、とメロディアから視線を逸らした。
「整えればいいだけですわ。ファンから出資を募っても、ここで稼いだファイトマネーを投資しても良いでしょうし、やりようはあるはずでしょう? あなたの努力と工夫が足りないだけですわ。わたくしを妬むのは筋違いでしてよ。今日わたくしが勝って、あなたは負けた。それが全てですわ」
メロディアはそれだけ言うとくるりと踵を返し、コツコツと足音を響かせ颯爽と去っていく。
(確かに、今のままじゃ勝てない。メロディアの言うことは正しい。正しいけど……。でも、どうしたら……? ううん、悩んで止まっていても仕方ない。まずは、着替えてここから出る。体をいつも通り動かす!)
莉愛はようやくベンチから身体を起こし、てきぱきと着替えて荷物をまとめる。
「いいところまで行ったのに、惜しかったね。やっぱりメロディアは強いねえ……」
闘技場を出たところで、待ち構えていた安恵がバシバシと莉愛の肩を叩いた。
「安恵? あ、見ててくれたんだ。ありがとう。うん……強かった。いけると思ったんだけど、向こうの方が上手だった。悔しいけど、やっぱりメロディアは強かった」
莉愛は噛み締めるように答えた。ふと何か気配を感じて見回すと、莉愛に声を掛けようか迷っている様子の飛鳥を見つけた。
「あ、飛鳥! 飛鳥も見に来てくれたんだね! ありがとう! 結果、出せなかったけど……」
「ううん、試合、すごかったよ。結果は残念だったけど……でもスゴイいい試合だったよ! それにしても、レディ・タイガーといつの間にか仲良くなってたんだね! ええと……覚えてないかもですけど、準々決勝で対戦した、『はとりん』こと羽鳥 飛鳥です。これからもよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしく。ねえ、アンタたちこの後空いているかい? 良かったら、残念会って事で飲みにでも行かないかい?」
安恵の誘いに、莉愛も飛鳥も二つ返事で応じた。
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