1.転生
新作を投稿していきます。短編になる予定です。
「今日も仕事かぁ」
何不自由ない生活。しんどすぎない仕事、それなりに楽しい人間関係、上手い飯、程よく揺れる帰りの電車、家につけばお風呂に健やかなベッド。
気持ち良く寝たんだ……本当に。
......
ほんわりと漂う緑の匂い、包まれるような柔らかい風に「ここは何処だ?」ふと我に返る。
目開くと真っ暗。漆黒の黒だ。とても何かが見えたもんじゃない。目を凝らしていると突然風が吹き、反射的に目を閉じる。
「気がつきましたか?」艶やかな女性の声だ。何が起こっているかよくわからないが、人間不思議なもので、未知の状態では目の前に全力で反応するらしい。今は女性の声に全神経を集中している。
「いけませんでした、見えないですよね」パチンッと指を鳴らす音とともに、僕の視界は潮の満ち引きのように明るくなる。自然に周囲に目を凝らす。
明らかに普通の状態ではない。アニメやゲームに出てくる異空間というイメージが最も近い、その異空間に僕はいる。足が地面についている感触はないが浮いているともいえない、落ち着かない感覚だ。
目の前には声をかけてきて指慣らししたであろう女性がいる。玉座のようなものに姿勢良く座り、こちらを微笑みながら見据えている。
「あなたは死んだ、ということになりました」
「えっ?」
なにその、架空の物語を作るような言い方。死んだ、という設定ってこと?
「えぇ、そうですよ」にこりと微笑む。なんかこの人、僕の頭の中を盗み見してない? 今、言葉発してないんだよね。それに人の死を伝えながら微笑むとは、なんかこの人正気じゃないことだけは感じる。
それから女性はいくばかの説明をしてくれた。自分は神であること、僕の突然の死は理由があること、神の意志によるものであること。
「当然、私は透視もできます。あなたの心の中を見ることもできます」
どうやら本当らしい。そりゃ神様なら簡単にできるんだろうな。というのも、生前僕はちょっとした霊感体質だった。人に関係なく生き物、空間から心の声のようなものを感じることは度々あったのだ。だから神様がその能力を発揮できても不思議はない。現に、今僕の心は見透かされたしね。
改めて思う、人は自分ができてしまうことは不思議にならないものだ。逆に自分ができない感知できないことには恐怖心を抱く。霊感なんて、感じない人からすれば幻想や嘘のような扱いを受けるからだ。よく変な人扱いされたものだ。
「先程、突然の死は理由があると言いましたね。あなたにはやってほしいことがあります。あなたにしかできないことです」
なんのことなのか、なんだろう? と考えていると「それはまだ言えません。神の世界におけるルール上、詳細を伝えてはならないのです」
それなら仕方がない、神様にも事情はあるのだろう。と思いつつ、どう足掻いてもこの状況が変わりそうにないことに諦めの心情であることが、逆らわない大きな理由だ。人の身であった僕の命を突然に亡くす。生殺与奪の自由を取られている、こんな極地的な状況で逆らおうなんて碌なことがない。
そう、僕は無意味だとわかったらとっとと諦めて、別の道を模索するタイプだ。
「あなたには急な展開、悪いことをしたと思っています。代わりといってはなんですが、悪いようにはしません。前世よりも快適楽しい日々をお約束致しましょう」
そこまでいってもらえるならこの船に乗ってみようじゃないか。前世でもそこそこ気分良く充実した日々だったと思うが、それ以上と来るなら、ね。
「それでは、参りましょうか」
しまった、と思った。1つでもお願いを聞いてもらう方が徳だった。よくある異世界転生的な流れじゃんこれ、お願い1つくらい叶えてもらえたのに。
そう思う頃には激しい眩暈に襲われた。気持ち悪くはないが視界は定まらないし平衡感覚もない。強烈な螺旋を描くエネルギー渦の中に巻き込まれながら、どんどんと気が遠のいていく。
......チュンチュンと鳥の囀りが聞こえる。頬に止まっているのか、チクチクするけど、なんか悪くない。
そこには自然が広がっている。森の中、青々しい匂いが鼻をつんとつく。日中なのかとても明るく、太陽が眩しい。明るさに目が慣れないが、少しすると目を凝らせるようになってきた。
遠くを見ると、街が見える。家屋があり人もいる。「ここにおいで」といわれ呼ばれているような懐かしさも感じる。ひとまず歩いて、街まで行ってみよう。
道中、はっきりと前世の記憶があることを認識した。神様と会ったこと、会社で仕事していたこと、気持ち良く眠りについたこと。子どもの頃の記憶まである、これは本格的に異世界転生物語的な、摩訶不思議なものに巻き込まれたな、確実に。
まぁ楽しいならそれもよし。あのまま会社員やり続けて過ごすよりも、変化という名のスパイスを貰ったと思っておこう。
派手な異世界物でありませんが、こんな世界があってもいいな、という内容を作りました。
今後ともお楽しみに。