第9話
先ほどまでの強い頭痛が徐々に和らいでいく。
そうだ、私は、私の前世は、エステラ・ガルシア。ここではない、どこか別の世界で軍人だった女性。夢で何度も見たあの女性は、自分の前世の姿だった。
「そうだ、命からがら逃げて……」
「……俺も、あの日現場に駆り出されて、魔法を放ったんだ。――礼香に向けて」
「っ!?」
「っ違う! 俺は何も知らなくて……! エステラ・ガルシアの姿が見えなくなったから戦いは終わり、勝利だって告げられた時に、全部分かって……」
達輝が同じ世界にいたどころか、同じ国の同じ軍に所属していたなんて。しかも――。
「レイナルド派閥にいたんだ……」
「ああ、いや、正確には強制的に、だけどな。俺によくしてくれていた人が、レイナルド派閥だったから」
「そっか……」
軍にいる時はしがらみが多かったが、達輝もそうだったってことか。私も閣下がいたから、そっちに入っていた、いや入らされていただけだから、似たようなもんだ。
「あの騒動の後に、転生ゲートでの不正受理が発覚して、俺はその後を追った。同じ世界に行けるかは賭けだったけど」
「……上にたとえ転生先でも私を処分しろ、との命令でも下った?」
達輝の言うように、転生先は選択できるわけではない。だから、転生先で始末しろ、なんて命令をされるわけはない。でも、敵対派閥にいて私に魔法を放った相手を全く疑わないとは言えない。
「そんなんじゃ! ……お前が標的だって分かってたら、俺は参加しなかったし、多分、お前をどこかに匿ったと思う。それか、今みたいに転生させてた」
そう真剣に言う達輝におかしくなって思わず笑ってしまう。
「はは! どうして、そこまで……ああ、この世界でいうアイドルのファンクラブみたいなものがあったんだっけ。ほとんどこっちの派閥の人だったって聞いたけど、達輝も入ってたの?」
「……たしかに、その強さに憧れていたし、尊敬もしていた。……でも、それだけじゃなくて――」
言葉を詰まらせながら紡いでいく達輝の声を遮るように屋上の扉が勢いよく開いた。そうだ、ここは屋上だった。前世の記憶を見たからか、自分がどこにいるか忘れていた。前世の話なんて、こんなところでするようなものじゃないし帰ろうかと思ったら、開いた屋上の扉の向こう側には百合園さんがいた。
「百合園さん……? どうし――」
「……ルー、やっと会えた」
百合園さんは私の方に目もくれず、達輝の元へと駆け寄る。というか、ルーって、もしかして。
「え、百合園さんも転生者なの? 多すぎない?」
「……エステラ・ガルシア、あなたのせいで、わたしは、ルイスは……!」
普段の百合園さんからは考えられない語気の強さに驚く。それに、どうやら私のことを百合園さんの前世は恨んでいるらしい。正直、思い出せない。前世で女性の知人はいなかったから。女性だけでなく、男性も軍の人しか知らない。彼女にその旨を伝えると、睨み付けられた後、ぽつぽつと彼女の前世――ミア・フローレスについて話し始めた。
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「ルーのおとうさんとおかあさん、しんじゃったの?」
「……ああ、そうだよ。だから、今日からルイスくんは家族だ。ミア、分かったかい?」
「かぞく……」
「この村にはルイスくんくらいしか同年代の子はいないから、友達であり家族、特別な存在だよ」
「とくべつ……! ルー、よろしくね!」
「……うん」
「あの人が一番戦果あげたんだって! 女の人で、わたしたちとそう年も変わらないのにすごいね!」
「ああ……本当に、すごい……」
「ルー……?」
「おじさん、俺、軍に入りたいんだ」
「それはまた……ルイスの魔法は上手だけど、軍に入れるほどかどうか……」
「無理だったらそれでいい、諦める。だから、挑戦させてほしい。……だめ、かな?」
「だめなんて言うと思うかい? この村から軍人が出るなんて、とんでもない快挙だよ」
「まさか、本当に軍に入ってしまうとは……いやはや、ルイスは優秀だね」
「おじさんがあの時許してくれたからだよ。ありがとうございます」
「ルー遠くに行っちゃうの……? やだよ……」
「手紙、書くの好きだろ? いっぱい送ってくれよ。俺もミアにいっぱい返事書くから」
「……! うん! 書く!」
「あ! 返事来てる! えっと……」
「今日は……まだ来てない。明日にはきっと来るよね……」
「……もう半年も手紙がない。軍の仕事、忙しいのかな」
「なんで手紙返ってこないの……もう、わたしのことなんて、忘れちゃったのかな……っ」
「おとうさん、おかあさん、ごめんね。……でももう、決めたの」
「……そうか。ミアがそうしたいならそうしなさい」
「そうね。ミアの人生だもの。私たちに止める権利はないわ」
「……ありがとう。大好きだよ……っ」
「とうとう今日がやってきたのね……町が騒がしい気がするけど、都会だからかな」
「ここに、転生ゲートが……! あれ、あの人、なんだか調子悪そう……」
「――あの、大丈夫ですか?」
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「あなたのせいで、わたしとルーの生活は壊れた。……でも、あなたのおかげで、またこうやってルーと出会えた。それだけは感謝してる」
「……ミア、俺は――」
「黙って! ずっと、言い聞かせてきたの! 手紙が来ないのは忙しいからだって! そうしないと、わたしは……!」
百合園さんは瞳を潤ませながら、再度私は睨み付けた。彼女の言うことは一理ある。私が彼らの前で凱旋しなければ、今も元の世界でミアとルイスは一緒に暮らしていたかもしれない。彼女はきっとそう思っているのだろう。
「……あのー、ごめん、ちょっといい?」
「あなたが口出す権利あると思うの!?」
「原因が私にあるなら、多少はいいんじゃない? ……とは言っても、私も前世でいきなり殺されそうになった被害者ではあるんだけどね」
「っ! あなたなんて、エステラなんて死んじゃえばよかったのよ! そうだ、今ここでわたしが――」
そう言って、百合園さんは持っていた鞄から杖を取り出そうとしたその時、彼女の喉元に氷の柱が宛がわれた。達輝の水魔法を凍らせたものだ。