第4話
それから放課後は、魔法の練習という補講が始まった。担当の教師の予定もあり、毎日じゃなかったのは救いだった。
暇だから、と達輝もたまに見学に来た。何をするでもなくただ座って私と百合園さんが練習するのを見ていた。暇だからで来ているのにより暇になっていないかと聞くと、別にと返ってきた。やっぱり変人。
「……はぁ」
何度呪文を唱えても箱は消しゴムひとつ分の高さで十数秒浮くだけだった。どうせ、今さら何かやっても変わらないのよ……。
「あ、有沢さん、これよかったら……」
椅子に座って休憩していると、百合園さんはお菓子が入った箱を差し出してきた。見たことのないそれは、どこか高級感が漂っていた。
訝しげに彼女から受け取ると、達輝は「あ」と何か思い出したように口を開いた。
「どっかで聞いたことあると思ったら、百合園ってあの百合園財閥の……」
「え、ええ、はい」
「なに、百合園財閥って。お嬢様ってこと?」
「この国でも指折りの財閥だから、そうだな」
「いえ、そんな……!」
百合園さんは慌てて否定する。ただものじゃない雰囲気は纏っていたけど、まさかお嬢様とは。……同じ『半端者』でも私とは何もかも違うのね。だから教師も彼女の方だけ見ていたのか。恩を売っておこう、と。
「再開しますよ」
「……はいはい」
何度も、何日も補講をした。普通の人は練習をすることで上手く扱えるようになるかもしれない。でも、『半端者』はそういう次元じゃなかった。
私はまた、諦めた。
卒業を人質にされているので補講には出るが、教師の話は適当に聞き、魔法の練習も手を抜いてやった感だけ出すようにした。今までの私を教師も知っているからなのか、特に咎められることもなかった。元々、百合園さんを目にかけていたから、正式に見捨てられただけかもしれないけど。
百合園さんが休憩に入り私の近くに座り、またお菓子を差し出してくる。私は何にもしてないのに。
「……なんで、そんなに頑張れるわけ? もう諦めた方がよくない?」
「少しでも使えるなら、可能性はゼロじゃない、と思うから……」
「あっそ。さすがお嬢様は志が高くあらせられますねぇ」
どうせどれだけやっても無駄なのに。
彼女が頑張れば頑張るほど、諦めた私が惨めに思える。私が私でいられるために、彼女を傷付けるような言葉を投げ掛けてしまう。
百合園さんは、私がどんな嫌味を言っても、申し訳なさそうに微笑んで練習に戻っていった。
それからも補講は続き、相変わらず私は適当に、百合園さんは真剣に、練習に取り組んでいた。
よく飽きもせずにやれるもんだ。そんなことを思いながら、お手洗いに行こうと魔法の練習をする彼女の後ろを通り過ぎようとしたその時、私の存在に気付いていなかった百合園さんが後退してきてぶつかってしまった。
その瞬間、百合園さんの杖から大きな炎の玉が出現した。
「あっつ! は? え、なに――」
「な、なんで、今――」
彼女と声を合わせて驚いていると、教師が大慌てで私たちに駆け寄ってきた。とても嬉しそうな表情をして。
「百合園さん、すごいじゃない! 一生懸命練習したからできるようになったのよ、きっと!」
「あ、ありがとうございます」
「それに比べて……」
百合園さんに向けていた表情と真逆の嫌そうな顔をして、私を一瞥した。
「っ! ……やっぱり、お嬢様だからそもそもの出来が違うのよ。ただ発現が遅かっただけじゃない……っ」
「そんなこと……ないと思うから、有沢さんも、練習――」
「別に、私は『半端者』のままでいい。そういう運命なのよ」
「そうかもしれないわね。さ、百合園さん、もう一度出してみましょう」
私を守るための自虐に、遮るように教師が言葉を被せてくる。百合園さんは私の方を気にして戸惑いながら教師に連れて行かれた。
言われた通りに何度も試みていたが、先ほどのような上級に近いものどころか初級魔法でさえも出る気配はなかった。
「ははっ! なに、まぐれで喜んでたってわけ? お嬢様も『半端者』のままかもね」
「一度も出せていない有沢さんとは雲泥の差があるわ。きっとまだ不安定なのね、よくあることよ。魔力も減ってきているだろうし……」
少し落ち込んでいる様子の百合園さんを見て、教師は補講をいつもより早く切り上げた。
その日の夜は、不思議な夢を見た。
「……さんは、やっぱすげえなぁ……」
「何回見ても、惚れ惚れする魔法だよなぁ」
明らかに私が住むこの国じゃない場所で、この国の人じゃない男たちが私の方を見ながら小声で会話をする。夢特有の三人称視点のおかげで彼女の外見が分かるが、どう見ても私じゃない。髪型や顔のつくりはもちろん、年齢も多分私より年上だ。
それでもなぜか彼女は自分だと思う。だけど、夢だからか思った通りには身体は動いてくれない。
彼女は小高い丘に立ち、敵と思われる群衆に向けて何かを小さく唱えた。次の瞬間、日が出ている時間にもかかわらず、辺りが一際輝き群衆をなぎ倒していく。おそらく魔法が使われたのだろう。でも、私の知っている4元素のどれにも当てはまりそうになかったし、上級魔法以上の威力や質量だった
先ほどの男たちや仲間と思われる軍服のような格好をした人たちが勝どきをあげたところで、アラームの音に起こされた。
「、なに……」
夢なのは理解している。だって今、自分が起きたから。でも、どこか遠い国でこういうことが起こったのではないかと思わされるほど、リアルな戦いのワンシーンだった。とはいえ、小さな紛争はあったかもしれないが、夢で見たような大規模な魔法戦争があったなんて聞いたことがない。
それに最も不可解なのが、夢に出ていた彼女がどうしても自分だと思ってしまうことだ。絶対にあり得ないのに、本能がそうだと言っている。外見は全然違うし、それに。
「あんな魔法……」
圧倒的な魔法。『半端者』の私に出せるわけがない。
あれが私だとしても、今ここにいる私は初級魔法すら出せない。潜在意識が見せた願望なのだろうか。
「……所詮、夢は夢なんだから……馬鹿馬鹿しい」
記憶を消去したかったが鮮明で鮮烈で一向に消えそうになかったので、とりあえず頭の片隅に追いやって、学校へと行く準備を始めた。




