第3話
「えー、このクラスに転校生が加わることになりました。……百合園さん、自己紹介を」
「は、はい! 百合園叶実です。えっと……」
百合園さんと呼ばれた女生徒は典型的な自己紹介を淡々と進めていく。少し緊張しているのが見てとれる。
彼女は、この魔法学校の地方支部からの転校生らしい。担任が言っていたが、そもそも魔法学校に転校してくること自体が珍しいという。前例はあっても、海外から2人来た程度で国内では彼女が初めてだと付け加えていた。たしかに地方支部にいるならそこでもここと同じように学べるはずだ。私だけでなくクラス皆がこの転校を不思議に思っていたが、担任の最後の一言ですべて合点がいった。
「百合園さんは……このクラスの有沢さんと同じく、魔法を上手に扱うことができません」
急に名前を呼ばれて肩が少し跳ねる。
魔法が使えない? ……私と同じ『半端者』?
「地方支部ではなす術なく、本校には百合園さんと同じように扱えない生徒がいるということで、ここに転校してきました」
自分以外にも魔法がろくに使えない人がいたんだという衝撃と、一人じゃないんだというかすかな喜びとで頭の中がグルグルする。私の席の周りの女子がこちらを見ながらくすくす笑っていることも分からないくらいに。
担任がこちらを指差したことで、百合園さんと目が合う。ロングの黒髪は毛先に少しウェーブがかかっており、可憐と表現するのにぴったりでどことなく儚げな佇まいを感じる。だけど、瞳の奥はどこか芯があるようにも思える。こんな完璧そうな子でも、『半端者』なんだ。
「有沢さんと百合園さんは放課後、職員室まで来てください」
「……は?」
担任の言葉に強制的に現実に引き戻される。今さら私が授業をサボってるのを叱りたくなったのだろうか。
転校生の紹介でHRは終わり、同じクラスの達輝が席までやってくる。
「礼香以外にもいたんだな」
「私もびっくりしてる。でも……」
「でも?」
「ここに来たところで魔法使えるようになるわけないじゃん。私に喧嘩売ってない?」
「……そんなことない、と思いたい」
「そこはないってはっきり言ってほしいところだよ」
はは、と自嘲気味に笑う。
放課後に職員室には行きたくないが、卒業がどうこうとか言われたら困るし、と言い聞かせて、その日は珍しく全部の授業に出席した。……心の奥底では、自分と同じ悩みを持った人と話してみたいと思っていたのかもしれない。
――放課後。
「……というわけで、今後補講を行っていきます」
「は? いや、拒否したいんですけど。授業じゃないなら出る必要ないですよね?」
「もちろん、強制ではないですが……有沢さん。あなた、今までどれだけ欠席しているか分かっていますか?」
「……たくさん?」
「はぁ……この補講を受けないなら、卒業できないと同義になりますよ。それどころか、退学の可能性もありますが、どうしますか?」
どうしますか、って言われても、どうしようもない。
魔法が使えないならこの学校に必要ない。そう何度も周りから言われてきた。私だってそう思う。でも、誰もが魔法を当たり前に使えるこの国では、魔法学校卒業は今後の人生において必須条件だ。というか、人間である=魔法学校卒業と言っても過言ではない。社会に出て魔法と関係ない生活を送るにしても、魔法学校卒業の資格は当然持っていなければならない。
つまり、卒業できないことも退学になることもどちらも困るということ。
「……あーもう、分かりましたよ。受ければいいんでしょ!」
「では、今後の日程は……」
補講の担当になるという教師は私からの言葉を聞いた後、すぐに百合園さんの方だけを見て話し始めた。
私はもう諦めていて、魔法が使えるようになる見込みがないと判断されているのだろう。同い年の彼女が使えるようになるかと言うと、私とそう対して変わらない可能性のはずなのに。
話を熱心に聞く彼女の横顔を見遣る。……真剣さとか性格の問題かな。心の中で、自分の歪んでしまった性格を思い浮かべながら笑った。