第2話
「有沢さんは、まだ魔法に慣れていないようね」
「……すみません」
「入学してすぐは、発現しにくい人も稀にいますから、焦らないでいきましょう」
「はい」
教室内を見渡すと、誰もが杖を振って机の上の箱を浮かせていた。
自分の目の前にある箱に視線を落とし、もう一度呪文を唱えるが、箱はびくともしなかった。
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「わあ! 火だ! もう初級使えるの?」
「うん、入学前からパパとママと練習してたんだー!」
この魔法学校にはほとんどの人に魔法が発現する10歳前後で入学する決まりになっている。入学時に発現していなくても通うことはできる。遅くても入学後半年で物体を浮かせる浮遊魔法を扱うことができ、優秀だと火・水・土・風の4元素のどれかの性質の初級魔法を出せる子もいた。
一方、私は――。
「有沢さん、まだ浮かないかしら」
「……少しなら」
「少しって、数ミリ浮いた程度だと浮遊魔法を扱えたうちには入らないわよ」
「……すみません」
頭上から先生のため息が聞こえる。
私も、別にわざとやっているわけではない。きちんと呪文も唱えているし、杖だってそこそこいい物を両親が買ってくれた。なのに、浮いてせいぜい数ミリ。クラスメイトは教室の天井に届くくらい余裕に出来ている。
きっとまだ魔法の発現が弱いだけだ。この時は、そう遠くない未来にまだ希望を持っていた。
――およそ5年後。
「あ、『半端者』だ」
「ほんとだ。『半端者』なんだから、この学校いる必要なくない?」
「だよねー」
女生徒の集団の横を通った時に、くすくすと笑われる。ちらりと彼女たちの方を少し見るが、特に気にせず通り過ぎる。もう慣れたもんだ、『半端者』と呼ばれるのは。
「……はいはい、私は『半端者』ですよ。不出来な人間ですみませんね」
この学校に入学したてのあの頃、物も満足に浮かせられなかったが、驚くことに今もろくに浮かせることはできていなかった。4元素のどれかの性質が出ていないのも私だけだった。もちろん、初級魔法なんて扱えるわけがない。
2年生までは遅れているだけだと言い聞かせ、日々魔法の練習をした。その結果、できたのは小さな箱を数秒少し浮かせることだけだった。周りのみんなは、箱なんてとうの昔にマスターしており、練習場に置いてある人間3人を縦に並べたような土でできた大きな柱を自由自在に扱っていた。初級魔法も私以外全員使えており、中には中級魔法を出せていた子もいた。
3年生に進級する時、私は悟った。どれだけやっても無駄なんだと。
それまでも、クラスメイトにまだ浮遊魔法すらできないなんてと何度も笑われていたが、私が全てを諦めた瞬間、周りの態度は一変した。……両親ですら、私への接し方が変わった。
「どうしてこんな魔法も使えない子に育っちゃったのかしら……」
それが母の口癖になった。父親も私を見るとき、憐れみと蔑みの感情を込めた視線を向けてくる。
これでも、小さい頃はとても可愛がってくれていた。かわいい服に、おいしいご飯。休みの日はたくさん遊んでくれた。でも、魔法学校に入学してから徐々に私に冷めた態度をとるようになり、今や家での会話も母に愚痴を言われるくらいしかない。
家でも学校でもいらない人間のように扱われ、私の周りから人がどんどん離れていった。
――でも、一人だけ離れなかった物好きがいた。
「……礼香、やっぱりここにいた」
「達輝、授業はいいの」
「礼香こそ」
「私はやったところで意味ないしー。サボりはだめだぞ、少年ー」
「同い年の幼馴染に少年、って」
彼は小さく笑う。
学園の周りにある非常用の外階段に座ってボーっとしていたら、彼――飯島達輝がドアを開けてやってきた。ここは誰も訪れない静かな場所だったけど、なぜか彼だけは私の居場所が分かっていたようで、初めて見つかった時はとてもびっくりしたのを覚えている。
達輝は、家がすぐ近くで親同士が仲良かったため小さい頃からの知り合い、つまり幼馴染だ。
誰もが私から離れていったが、彼だけはなぜかずっと隣にいてくれた。理由は分からないけど、私はそれが心地よかった。唯一の安心できる場所だったから。
「私といたら、また言われちゃうよ、変人だって」
「言いたいやつには言わせておけばいいよ。礼香は家族みたいなもんだし、今さら関係ない」
「その実の家族にすら見放されてるんですけどー」
「……そうだった、悪い」
「はは!」
バツの悪そうな顔をする達輝に思わず笑い声をあげる。
悪気があって言っているわけではないことは百も承知だ。周りに裏切られ――先に裏切ったのは魔法が使えなかった私の方かもしれないけど――、誰も信じられなくなって見事に性格は歪んでしまった。だから、こうやって傍にいてくれる彼につい悪態をついてしまうことが多々ある。それでも、離れないからやっぱり変人なのかもしれない。
そんな授業もサボりがちなある日、この魔法学校に転校生がやってきた。