第10話
「いくらミアでも、それ以上するなら……」
「ちょ、だめだって!」
本当にやりかねない達輝の目を見て、慌てて氷の柱を掴んだ。その瞬間、手に激痛が走ったと思ったら一気に痛みが引いていく。というより、痛みの感覚が失われていく。たしか、魔法で作ったものには魔力が含まれているから、触れるだけでも攻撃になっちゃうんだっけ。
手が真っ赤を通り越して紫色になりかけたその時、達輝は凍結魔法を解き、氷の柱がただの水として地面に落ちていった。
「初めて触ったけど、結構やばいね、これ」
「馬鹿! 当たり前だろ!」
「はは、上司に向かって馬鹿かぁ」
「! 申し訳ありません……」
「嘘嘘、というか正直、ルイス・サロモンのことはそんなに覚えてないから」
前世の私は軍に新しく所属した人物の資料を見る習慣があった。これも閣下に言われてやっていたことだ。そのなかで、ルイス・サロモンという名前を一度見た記憶がある。ただ資料として認識しただけで、当人とは対面したことがない、と思う。その資料の中には、戦いでの死亡時や敵国のスパイではないか等、交友関係や家族について記載されていたので、ミアの名前も書いてあったはず。だから、あの転生ゲートで名前を聞いた時に引っ掛かったのか。
「っそんな薄情な女! わたしはずっと、ルーからの手紙を待ってたのに!」
「そうだよね。自分が信頼してて、自分のことを分かってくれてる存在が自分から離れていくのは、辛くて苦しいよね」
「あなたに何が――」
「『半端者』だから」
「っ!」
それに、前世の私はあの人にも……。道具だと、利用されているだけだと分かっていても、見捨てられたのだと分かった瞬間はとても悲しかったし、腹部だけでなく心も痛かった。
「入学当初は友達だった子もみんな離れていった。学校に入るまではあんなに可愛がってくれた両親も、今や私に『なんでこんな出来損ないに育っちゃったの?』って言ってくる。そりゃ、性格も歪むわ、はは」
「……」
百合園さんは何も言葉を発しなかった。
魔法の練習の時、たくさんのお菓子を持ってきてくれたところを見ると、きっと百合園さんは家族と良好な関係なんだろう。少し遠慮気味に話していたのも、私が彼女を拒絶していたからであって、他の人とは楽しそうに話していた。地方支部でも、友達がたくさんいたに違いない。だから、私みたいに性格がひん曲がらなくて済んだのかな。まあ、元の性格も多少影響しているだろうけど。そう心の中で少し自嘲する。
「……でも、ずっと傍にいてくれた物好きな変人がいたんだよ。前世の影響かもしれないけど、それでも、私はこの変人と一緒にいると安心したし、隣は居心地がよかった」
「礼香……」
「ルイス・サロモンを覚えていない私にとっては、この感情は今の、この時代の、有沢礼香のものだと思うんだけど……」
「そんなの……いくらでも、言えるでしょ……」
彼女の言う通り、覚えていないかどうかは私の主観であるし誰もこのことを証明できない。そもそも彼女はそれを証明してほしいわけではない。前の人生が上手くいかなかった要因が目の前にいて、この怒りにも似た感情をどうにかして収めたい。そういう気持ちがあるんだと思っていた。
「まあ、そうだね。……都合のいいこと言っちゃうとさ、私は百合園さんとようやく仲良くなれた、というか嫌味言わないで接することができるようになったし、これからも変わらず3人でいられたら――」
「できるわけないでしょ! 全部知った今、元通りになれるわけないじゃない!」
「はは、うん、だよね。じゃあ――」
――でも、百合園さんは違った。
「私は元の学校に戻る」
「うんうん……ふぇ?」
「ここにいて、あなたたちが一緒にいるところを、ただ見てることなんてできないから。今は……無理矢理納得させようとしているけど、いつ心変わりするか、自分でも分からない。……だから、前世も有沢さんのことも、……飯島くんのことも、全部忘れて百合園叶実としての人生をまた歩むことにする」
「百合園さん……」
あの転校してきた日、彼女の瞳の奥に見えた芯のようなもの。彼女の心の強さの現れだった。
「だから! 勝手に仲良くやっていればいいわ! 馬鹿! 浮気者!」
「浮気……!?」
百合園さんは最後に達輝を罵って、屋上を去って行く。かと思ったら、屋上の扉の前で足を止めた。
「……有沢さんとの、魔法の練習、わたしも楽しかった。――さようなら」
そう小さく呟いて、今度こそ屋上から去って行った。
百合園さんに浮気者と言われて、私の隣で達輝が呆然と立っていた。少しショックを受けている達輝がおかしくて、笑いを堪えられなくなる。
「ふ、ふふ、ははは! 浮気者って……ふっ」
「わ、笑うなよ! だいたいしてないし!」
その日の夕方の学校には、笑い声が響き渡っていたとかいなかったとか……。




