第1話 プロローグ
「転生をご希望の方はこちらへどうぞー」
職員と思われる声を聞きながら、傍にあった椅子へと腰かける。腹部が熱を持ってズキズキと強く痛む。思ったより傷が深いようだ。
「無理もない、か……っ」
「――あの、大丈夫ですか?」
「!」
長くさらさらとした茶色い髪を揺らめかせながら、女性は私の顔を覗きこんだ。
変装魔法を施していると言っても、傷を負っている今の状況ではどこか綻びが出てきているかもしれない。そう思い、彼女から不自然にならないように目をそらす。
「苦しそうだったので……どこか具合でも悪いんですか?」
「い、いえ、大丈夫です。もう、行きますね」
そう言って、椅子から立ち上がりその場を離れようとしたら、「待って!」と彼女に腕を掴まれた。身体中に傷があり、掴まれた箇所もちょうど傷の位置で、バレないように顔を顰めた。前髪を長めの変装魔法にしておいてよかった。
「あの! ここにいるってことは、あなたも転生希望ですか?」
「え……あ、ああ、はい、そうですが……」
「それなら、一緒に行きませんか! わたし、緊張してて……」
痛みで分かりにくかったが、彼女の手はかすかに震えていた。
一緒にいて私の正体が知られてしまったら、と迷ったものの、誰かと一緒の方が周りから見た時に怪しまれないのではないか、と思い、同行することにした。
「一人だと怖くて……同年代っぽいあなたを見かけて、勇気出して声をかけてよかったぁ」
「……私も、です」
「転生の決心はもうだいぶ前からあったんですけどね。あなた――えっと……」
こちらを窺うように彼女は言葉を詰まらせる。文脈から察するに名前を聞きたいのだろう。本名を名乗るわけにもいかず、転生の申請に出す偽造の身分を彼女に伝える。
「わたしの名前は、ミア。ミア・フローレスです。転生しちゃうから、すぐに忘れてしまうけど」
にっこりと柔らかく微笑みながらミアはそう言った。
ミア? どこかで聞いたことがある名前だ……。記憶を辿りたいが、腹部の痛みが思考を遮る。
「それじゃあ、申請に行きましょうか」
「そう、ですね……っ」
転生の申請はこちらから、と書かれた窓口へ向かう。
もしものために用意してあった偽造の身分証を提出し、職員が確認をしているしばしの間、緊張が走る。バレることは絶対にない。変装魔法もまだ保てているはず。だけど、こんな悪いことをするのは初めてだったから、冷や汗が背中を伝う。
「確認が終わりましたので、こちらの証明書を持って、指定された転生ゲートまで向かってください」
「っは、はい」
無事に申請が通ったことで、少し声が上擦る。怪しい言動はしないようにしないと。
少し混雑している施設内で辺りを見回すと、同じように私のことを探していたミアと目が合う。
「あ! 申請終わりました?」
「はい、ミアさんも?」
「ええ! えっと、ゲートは……」
「この階段から行くみたいですね」
申請窓口と同じように、ゲートを指し示す看板を見つけ彼女に伝える。
それほど長くない階段だけど、身体中傷だらけの私にとってはそれなりにキツく、時折足を止めてしまう。その度にミアは心配そうに私を気遣ってくれた。
「ここが、転生ゲート……」
何度も話には聞いていたが、見るのは初めてだった。
大きな鉄格子の向こう側には、何とも形容しがたいものが広がっていた。暗黒の渦の中にわずかな光が散らばっている。宇宙空間のようにも見えるそこに入れば、たちまちこの世の人生を終え、いくらかの時を経て次の人生が始まる。来世に行くまでの時間は個人差があると聞いたことがある。
「……あー! やっぱり、まだ、すぐには行けないです……!」
「私も、もう少し、休憩します……」
「本当に大丈夫ですか? ……それとも、病気で余命いくばくもないから転生したい、とか?」
「っいえ、そういうわけでは……」
追手がいつここに来るか気が気ではなかった。早く飛び込むべきことは頭では理解していた。
ミアの方をちらりと見る。
先ほど知り合ったばかりの彼女に、来世まで迷惑をかけるかもしれないことに罪悪感を覚えるが、もう何もかもが嫌だった。
「ふぅ……何とか落ち着いてきた。じゃあ、わたし、行きますね!」
「ぁ、わ、私も、ミアさんの次に行こうかな」
「わぁ! もしかしたら、同じ場所に転生するかもしれないですね!」
転生ゲートを囲う鉄格子から少し離れたところに、最終確認の窓口に二人揃って証明書を提出し、無事に受理された。職員は私たちの顔を交互に見て、小さく頷いた後、口を開いた。
「最後に……何度もお聞きかもしれませんが、注意事項です。転生ゲートには必ず一人ずつ入っていってください。複数人で入った場合、転生後に何かしらの影響が及ぶ危険性がありますので」
「はい、分かりました! ……じゃあ、行きましょうか」
ミアは元気よく返事をして、私の方へと手を伸ばし腰を支えてくれる。
「……ありがとう」
こんなに優しい人なのに。たまたま私を見つけて、たまたま私に声をかけたばかりに。
本当に、ごめんなさい。
腰に当てられている手に自分の手を添えると、ミアは少し驚きながら嬉しそうに笑う。
鉄格子が音を立てて開く。この転生ゲートがある部屋には、私とミアだけ。
「先に行きますね! ……どうか、お元気でっ」
ミアはそう言って、渦巻くゲートへと踏み入れていく。
彼女の半身がゲートへと飲み込まれた瞬間に、私も一気に飛び込んだ。
「なっ!? 複数人は、だめって……え、顔が!? あなたは――」
「……ごめんなさい、でも――」
私をミアのように自由に生きさせて。
新連載です。
全11話の毎日投稿です。
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