こちら、勇者救出部隊
一○○三、事件発生。田村さんちのコウ君が誘拐された。至急出動準備せよ。繰り返す。至急出動準備せよ。また、本件容疑者は、異世界番号○○四である。前出動時最終通告済みにより、今出動時にて救出と合わせて十三番を執行せよ。繰り返す。救出と合わせて十三番を執行せよ。本件タイムリミットは、80分である。繰り返す。タイムリミットは80分である。転移開始まで、残り59秒。至急準備せよ。
ぼくはあの時何が起きたのかわからなかったんだ。気づいたら、立派なイスに座ったこわい顔をしたおじさんがぼくをじっくり見てた。チンジュウを見るみたいにジロジロ見られて、あんまりいい気分じゃなかったし、ぼくはびっくりしたんだ。だって、近くの山でカブトムシを取ってたのに、気がついたらギラギラした建物の中にいたんだもん。外国のお城みたいな所に、ぼくを囲んで知らない大人たちが立ってて、ボソボソ話してた。びっくりしたけど、すぐにこわくなった。みんな目を大きく見開いて、嬉しそうに嗤ってた。嬉しそうに嗤ってたけど、ぼくにはそれがすごくこわかった。だから、すぐにおうちに帰りたかった。おかあさんのところに帰りたい。勇気を出して、おうちに帰りたいってぼく言ったんだ。そうしたら、干からびちゃったみたいなシワシワのおじいさんが出てきて、君は選ばれた勇者だからお家に帰っちゃ駄目だって。なんで？って言ったら、勇者だからその義務があるって。義務ってなに？って聞いたら、やらなくちゃいけないことなんだって。でも、そんなの、ぼく知らない。なんで、ぼくが勇者にならなくちゃいけないの？おかあさんのところに帰りたい。おかあさんに会いたい。会いたい。おかあさん。悲しくなって、涙がでてきて、泣いちゃったら、シワシワのおじいさんがボクをぶってきて、痛くてもっと泣いたらもっとぶってきて、ぼくは痛いの嫌だからどうにか涙をひっこめた。それからは、ずっとこわくて、何もしゃべれなくなっちゃった。おかあさん。おかあさん。助けて。ぼくをたすけて。いいこにするから。わがままもいわない。好き嫌いしないで、なんでも食べるから。だから、おねがいぼくをたすけて。おかあさん。おかあさん。会いたい。会いたいよ。おかあさん。
現場より報告。誘拐されていたコウ君を発見。憔悴が激しく、意識混濁あり。記憶障害も併発している可能性あり。我々を正確に認識できていない模様。高度救護班、高度精神療法班、帰還に備え準備願います。
こわい。こわい。こわい。くるな。くるな。くるな。やだ。やだ。やだ。やだ。やだやだやだやだぁぁぁぁ。いたい。いたい。くるしい。くるしい。こわい。こわい。こわい。あああああああぁぁぁぁぁ。
だれか。だれか。ぼくを。助けて。たすけて。タスケテ。
現場より報告。コウ君奪還成功。これより十三番執行します。
ぼんやりする。でも、きょうはいつもよりスッキリしてるきがする。いつもどこもかしこもいたいけど、いまはいたくない。ゆらゆらゆれる。きもちいい。やさしいにおいがする。おかあさんのにおいに、にてるきがする。おかあさんのにおいがよくおもいだせないから、たぶんだけど。ぼく、だっこされてる？あしがじめんについていないきがくる。いつからか、たっているのかどうかさえあいまいだから、よくわかんないや。きれいなおとがする。とおくにきたないおとがするけど、きれいなおとがきたないおとをさえぎってくれるから、きもちわるくない。ぼくのまわりにはきたないおとしかなかったから、おかあさんのやさしいこえがこいしい。きれいなおとがおかあさんのやさしいこえに、にてるきがする。ことばじゃなくて、おとなのにおかしいね。でも、ぼくにはなしかけてるみたいに、きこえるんだもん。なにをいっているのかわからないから、ことばじゃないとおもうんだけど、おかあさんにほめられたみたいにあったかいきもちになる。ひさしぶりにあったかいきもちになったからかな。おかあさんにあいたくて、かなしくなっちゃった。はながつんとして、なみだとことばがこぼれちゃったから、ぼくはぎゅっとまるまって、いたいのをまってたんだけど、きょうはいたいのがこなかった。ぼくがないたり、くちからおとをだすとすぐにいたいのがくるのに、きょうはどうしたんだろう？まるまってまってたら、ぽたぽたってあったかいのがてにふってきて、ちょっとくるしそうな、きれいなおとも聞こえてきた。こわかったけど、めをひらいて、てをみてみたら、みずみたいのがついてた。なみだみたい。じっとみてたらまた、ぽつぽつぼくにあったかいのがふってきた。どこからふってくるんだろう？うえをみあげたら、くしゃくしゃなかおをしたきれいなおねえさんが、ないてた。どこかいたいのかな？だいじょうぶ？ってきいたら、おねえさんがもっとないちゃった。おねえさんがなにかいってるんだけど、わかんないや。きれいなおとはするのにおかしいなぁ。くびをひねってたら、ぎゅっとされてびっくりしちゃった。おねえさんからやさしいにおいがして、きれいなおとがした。だからかな、ぼくはなんだかねむくなっちゃって、ひさしぶりにぶつってなるんじゃなくて、すぅってねむることができたんだ。
現場より報告。十三番執行完了。異世界番号○○四、関係国および周辺諸国、殲滅確認。なお、10名捕縛。これより捕虜として連行する。洗脳班待機願います。勇者救出部隊、救出および十三番執行任務完了。帰還します。
本部より伝達。洗脳班準備完了。本件より異世界番号○○四、準消滅執行対象と認定。帰還時、世界樹の種を植えてから帰還せよ。
現場より報告。了解。世界樹の種を植えてから帰還します。
緊迫していた本部の空気が救出部隊の任務完了報告を受け、和らいだ。異世界より勇者召喚と呼ばれる誘拐が多発するこの村では、救出活動は日常の一部ではあるが、慣れることなどない。誘拐後、すぐに部隊が動いたとしてもあちらの世界では、何ヵ月もたっているなどざらである。今回召喚をした異世界番号○○四は、その時空のずれがもっとも大きい世界である。被害者であるコウ君が生きていたことは僥倖であった。以前召喚された子は間に合わず、救出部隊がついた時には、冷たくなっていた。救出部隊が、亡骸を抱え帰還したのはまだ記憶に新しい。救出部隊が帰還後、報復部隊が編成され報復活動および、最終通達をしたにも関わらず、またしても勇者召喚をした異世界番号○○四は、準消滅対象となった。捕縛した捕虜を洗脳後、再度もとの世界へ放流し勇者召喚の情報があがれば、我々は容赦なく、世界樹の種を発芽させる。世界樹が発芽すれば、世界の生命力を吸い取られ、苦しみながら滅びるだろう。異世界の子供を一人の誘拐したぐらいで、世界滅亡など釣り合わないなどとは言わせない。我々は古くより、異世界人どもに幼い子供を、愛しい我が子を奪われてきた。我々は、勇者救出部隊、勇者召喚がなくなるまで、我々の存在が消え去ることはないだろう。
閲覧いただきありがとうございました。
