スーパースター不知火達也の現在
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後半アディショナルタイム五分、スコアは二対二。勝利以外ではW杯出場は叶わない。
日本は窮地に陥っていた。
「アウェーでオーストラリアが勝利していますので、日本のW杯への道は勝利以外に残されていません。さあ残り五分、ゴールをこじ開けることはできるのか」
グラウンドの選手には焦りが広がり始めていた。そんな中で、ただ一人腕に黄色い腕章をつけた男がチームを鼓舞し続ける。男は日本代表のキャプテン松岡泰弘だった。
「焦るな! まだ時間はあるぞ!」
松岡はフィールドを見渡す。五歳からサッカーを始めて三十年、こういう窮地を打開できるやつは目を見れば判別できた。そして、見つけた。
「よりによってお前か」
思わず笑みがこぼれる。
これまでの予選では一度も召集されず、今日が初出場の若干二十歳の若造。だが、誰よりも勝利を欲し、ゴールを目指していた。
残る時間は二分、この攻撃が失敗すれば本当に終わりだろう。中盤の松岡にボールが入る。
松岡はちらりと前線に位置取る若造を見る。少々遠いが、松岡の技術であればパスを通せる。上手くトラップすればシュートも打てる。
「頼むぞ!」
松岡が託したパスはきれいに若造へ通る。そして、松岡の考えた通りのきれいなトラップからシュートを放つ。あれだけ騒がしかったスタジアムが一瞬静まり返る。
ゴールネットが揺れ、それから大歓声に包まれた。
「ゴール! 日本、土壇場で勝ち越しゴール! W杯を大きく引き寄せるスーパーゴールが決まりました! 決めたのは二十歳の不知火! 代表戦初出場で大仕事をやってのけました」
そして、直後にホイッスルが鳴り響く。その瞬間、日本代表のW杯出場が決まった。
後に伝説の三二三決戦と呼ばれて語り継がれる一戦の主役、不知火達也はその後も活躍を続け、スーパースターとなった。
十一年後、スーパースター不知火達也は子育てに忙殺されていた。
「こら瑠美、服ぐらいちゃんと着なさい。髪も乾かさないと風邪ひくぞ」
「やーだー! 暑いもん」
瑠美と呼ばれた少女は風呂上りにもかかわらず全裸で走り回っていた。
「パパ、ドライヤーやって」
「あーはいはい、ちょっと待ってな」
瑠美と同じ顔をした少女に頼まれるも、瑠美の対応に追われてそれどころではない。
不知火瑠美と不知火亜美。二人は達也の双子の娘である。
瑠美は明るく活発で、子供らしい子供だった。一方で亜美は静かでおとなしく、手のかからない親としては非常にありがたい良い子だった。
二人は五才で自分の足で動き回るため、親は非常に神経を使って見守る必要があり、達也は苦労していた。
ちなみに二人の母親、つまり達也の妻はというと最近男を作って逃げてしまった。幼い二人の娘を置いて浮気したクズであることに違いはないが、達也はサッカーばかりして妻をほったらかしにしてしまった自分も悪かったと考え、現在は一人で子育てに励んでいた。
「パパ、こっちこっち!」
「パパ、ドライヤー」
「あー、もう、ちょっと待ってくれ」
スーパースター、不知火達也の朝は早い。
朝五時に起床して、さっと身支度を済ませ、洗濯を回す。そして、三人分の朝食を準備している間に洗濯が完了するためベランダに干す。家事に不馴れな達也はここまでで六時半になる。
ここで双子ちゃんを起こしにむかう。
「おーい、瑠美、亜美起きろ。朝だぞ」
「……パパ、おはよう」
亜美は目を擦りながらも起きる。問題はもう一人の方で、瑠美である。この少女ピクリともしない。
「おい瑠美、遅刻するぞ。起きろ」
「むにゃむにゃ、おにくおいひい、じゅるり」
「おい、いい加減に」
「パパ待って。アミに任せて」
父を制して亜美が瑠美の耳元でささやく。
「今日は焼き肉だよ」
「やきにく!」
がばっと瑠美の体が起きる。
「あれ? 焼き肉は?」
「おはよう瑠美。準備しないと遅刻するぞ」
瑠美は聞こえているのかいないのか、肩をわなわな震わせる。そして、
「うわーん、アミのバカ! イジワル! 最低!」
「起きないルミが悪い」
「うるさいうるさい!」
取っ組み合いの喧嘩が始まってしまった。朝から元気なのはいいことだが、これ以上時間をロスすれば本当に遅刻してしまう。
「二人ともいい加減にしなさい! 喧嘩するなら準備してから!」
「「……はい」」
父の圧に負け、二人はおとなしく支度をする。
洗面台で並んで歯を磨く二人のボサボサの髪をとかし、着替えを見守ってから少し冷めた朝食を食べる。
「パパ、玉子焼きしょっぱい」
「え、マジ?」
べーっと舌を出す瑠美を見て、達也も一口食べる。
「うわ、まじだ。すまん、砂糖と塩間違えた」
「ルミいらないからアミにあげる」
「……もらう」
亜美はあまり美味しくないはずの玉子焼きを二人分ぺろりと完食する。なんといい娘なのだろう。達也は少し泣きそうだった。
朝食が終わる頃にはもう七時半で、そろそろ家を出る時間である。バタバタと達也は朝食の片付けをし、娘たちは幼稚園に向かうための鞄を背負う。
「よし、じゃあ行くぞ」
「おはようございます、藤村先生」
「不知火さん、おはようございます」
幼稚園の入り口に立っていたのは瑠美と亜美の組の担当をしている藤村翔子である。若くて美人で面倒見がよく、子供たちからも非常に人気のある先生だった。
「翔子ちゃんおはよう!」
「ルミちゃん、藤村先生でしょ?」
「しょ、……藤村先生おはようございます」
「おはようアミちゃん。ほらルミちゃんもアミちゃんを見習いなさい」
「はーい、翔子せんせー」
「だーかーらー」
瑠美に困らされているものの、翔子は楽しそうだった。
「じゃあ藤村先生、すみませんがよろしくお願いします。瑠美と亜美も先生の言うことを聞いていい子にするんだぞ?」
「「はーい」」
「不知火さん、いってらっしゃい」
「「パパ、いってらっしゃい!」」
「いってきます」
こうして娘二人と翔子に見送られ、達也も職場へと急いだ。
不知火達也の職場は言うまでもなくクラブハウスだ。五年前、瑠美と亜美の誕生を機にイングランドの名門リバプールから日本の古巣川崎FCへと戻ってきた。
十七歳から海外でプレーし、これからさらなるステップアップというところだったが、達也はキャリアよりも家族を選んだ。当時世間からは逃げだとかいろいろ批判はあったが、そのすべてを代表戦の活躍ですべて黙らせてきた。
「お、イクメンスーパースターのご登場だ」
「うっせえ。山崎、お前はさっさとグラウンドにでも行ってろ」
冷やかしてきた男は山崎颯。同じ川崎FCのチームメイトで、不動のセンターバックとして君臨している。達也とは同級生で川崎FCのジュニアユースのときからのチームメイトである。ちなみに日本代表でもレギュラーに定着している川崎FCでは達也と並ぶスター選手でもある。
「独身男の僻みくらい軽く流してくれよ」
「は、女食い漁ってるくせに独身とはよく言うぜ」
「いやあ、モテる男はつらいぜ」
昔は彼女欲しいと嘆いていたのにと達也は懐古する。
「そういや来週は鹿島か」
「ああ。ここらで叩いとかねえと」
きゅっとスパイクの靴ひもを結んで達也は立ち上がり、待っていた山崎と一緒にグラウンドへと出る。
達也を待っていたのかグラウンドにはすでにチームメイトは集まっており、達也が出てきたのを合図に監督のもとへと集まる。
監督の名はステファン・ロペス、元ドイツ代表の名手であり、晩年は達也とプレーした経験ももつ。
「来週はいよいよ鹿島戦だ。まだシーズン中盤ではあるが、首位の鹿島からこれ以上離されるわけにはいかない。次の試合、絶対に取りに行くぞ」
ロペスの話が終わるとチーム練習に入る。基本的にはウォーミングアップから戦術練習、そしてミニゲームで実戦感覚の調整をする。シーズンオフはもっと体力面のトレーニング、つまり走り込みなどもするが、シーズン中は疲労回復と次戦の対策が重要視される。
だが、そこはプロの練習というだけあり時間こそ短いが、とにかく濃密で頭も体もフル稼働しなければついていくことはできない。それは第一線で活躍してきた達也も例外ではなく、周りを常に見て、適切な場所へ動き、ボールを受ければ最適な味方へボールを繋ぐ。単純でありながら素早い判断が求められる。
「はい、終了だ。お疲れさん」
大抵の選手は肩で息をしたり、倒れこむほど疲れきっていた。だが、達也と山崎は当たり前のようにボールを手にしてゴール前へむかう。
「不知火、次の試合のフリーキックは俺が蹴るからな」
「だったらまずは枠に飛ばせよな」
「誰がパワーゴリラだ!」
「言ってねえよ、パワーゴリラが!」
「言ってんじゃねえか!」
言い合いをしながら二人は永遠とボールを蹴り続ける。いつしか真剣にお互いに黙々とボールを蹴る。
山崎はディフェンダーで達也はミッドフィルダーでポジションこそ違うが、二人は幼い頃から常に高めあってきたのだった。
「はあ、そろそろチビたちを迎えにいかねえと」
「もうそんな時間か」
ただ何も気にせずサッカーに打ち込めるときはとっくに過ぎてしまった。
「んじゃ俺はそろそろ上がるわ」
「あいよ、俺はこのあと由美ちゃんと約束あるからそれまで蹴るわ」
「あんまり遊んでステファンに怒られないようにな」
「わかってるよ。もうグラウンド以外のことで干されるのは勘弁だからな」
過去に女遊びが原因で練習に遅刻した山崎は、ロペスの怒りを買い、五試合もの間ベンチにもいれてもらえなくなった。さすがに反省したらしく、それ以来遊んだ翌日でも遅刻だけはしなくなった。
「瑠美ちゃんと亜美ちゃんにもよろしくな」
「あいよ」
シャワーを浴びて着替えた達也は急いで幼稚園へ向かう。
「すみません、遅くなりました」
「不知火さん、お疲れ様です」
朝と同じく翔子が出迎えてくれた。奥には遊び疲れたのか瑠美と亜美が布団の上で並んで眠っていた。
「さっきまで起きていたんですけど限界を迎えまして」
「そうですか」
翔子がとんとんと瑠美と亜美の肩を叩いて起こす。
「ルミちゃん、アミちゃん、お父さん迎えにきたよ?」
「あ、パパだ! おかえり!」
瑠美がガバッと抱きついてくる。
「おおー、瑠美ただいま。いい子にしてたか?」
「うん!」
達也が瑠美の頭を撫でていると、達也の服の袖がくいくいと引っ張られる。
「おお、亜美もいい子だったか?」
「ん」
こくりと頷く亜美の頭も撫でる。
「よし、じゃあ帰るか」
「「はーい」」
帰り際、瑠美と亜美は翔子に挨拶を欠かさない。
「翔子せんせーバイバーイ!」
「藤村先生さようなら」
「はい、さようなら」
達也も最後にぺこりと頭を下げて礼を告げる。
「ありがとうございました。また明日もよろしくお願いします」
「はい」
こうして不知火達也の一日は終わる。