天使は笑顔を失う
「セラ………何勝手なことを言っているの、僕がそのようなことを認めると思っているの?」
ほら、言いました。伊達に長く共にいるわけじゃないのです。
セラフィールは場にそぐわぬ笑みを浮かべる。勿論、泣かぬよう精一杯強がって。
「アダム様、セラフィール・リヴ・レドルド・サクリファイスは貴方と共に様々なことをしてとても楽しかったです。
貴方はとても優しい御方、きっと貴方の妻になる女性は幸せです。
…………幸せになってください、アダム=ブロセリアンド=ガーデン様」
「………………!」
セラフィールはそれだけ言って、走る。
後ろなんて、振り向かない。
振り向いたら、決意が鈍ってしまう。わたくしは決めたのです。もう会わないと、自分で決めたのです。
____でも、何故ですか?
_____何故、涙が出るのですか。
天使は途中で足を止める。そこは丁度アダムと来るつもりだったひまわり畑。
そんなに風も吹いていないというのにひまわりの花びらは宙を舞っている。
それが悲しくて。辛くて。
「…………っ、ひっく…………」
溜めていた涙が一気に溢れ出た。
そのままその場に膝をついて、声を殺して泣いた。
* * *
____セラフィールの様子がおかしい。
それに気づいたのは、家族だった。
「……………」
「………セラ………」
サクリファイス大帝国・皇族専用食堂。
セラフィールはぼうっとして、一言も喋らない。いや、喋らないどころか泣き顔も、笑顔も見せなくなった。ただぼんやりとご飯を食べている。
ご飯を食べている時だけではない、何をしてても変わらない表情で黙々と執務をやっている。趣味だった庭園の水やりもお菓子作りも刺繍も読書もやらなくなった。
勿論、理由を聞き出そうとした。けれど『なんでもありません』と無表情で言うものだから、誰も聞けなくなっているのだ。
「…………ご馳走様でした。わたくしは自室にて過ごします」
「………うん」
それだけ言って去っていった後、家族は顔を合わせる。
「………セラ、どうしてしまったのでしょうか………」
そう呟いたのは、紅銀の長髪、黄金の瞳のサクリファイス大帝国皇帝であり母親のアミィール・リヴ・レドルド・サクリファイスだ。アミィールの言葉に夫・セオドアは唸る。
「私にもわからないんだ。……セラにいくら聞いても教えてくれなくて。
セラフィールが笑わなくなってから城の士気は落ちているからどうにかしたいのだけど………何が原因だかわからなくて 。
アド、フィア、何か知らないかい?」
父親に言われて、弟達は顔を合わせる。
そして、2人は声を揃えて言った。
「…………知らない」
「…………知らない」
そう言った2人は、『ご馳走様でした』と言って姉と同じように部屋を出た。
* * *
「アダムの事だよな」
「アダムの事だね」
アドラオテルの部屋にて。大きなソファに身体を預けながらアドラオテルとフィアラセルは向かい合っていた。
アダムの事を知っている人間は少ない。
そして、アダムを明らかに慕っていたセラフィールが『運命の場所にはもう行かないと言っている』と侍女のコトから聞いている。
アドラオテルは気だるげに声を上げた。
「ぜ~~~ったいアダムじゃん。何やったのアダム?フィア知らない?」
「僕が知るはずないよ。いつもジャスティスに居るんだから」
「はぁ、分かってるけどさ、得意の美顔で聞き出せない?」
「そういう使い方をしないで、お兄様」
フィアラセルはツン、と顔を背けながらも考える。……あの誰にでも分け隔てなく笑みを向ける、大変でも笑うセラフィールが今ではすっかり笑わない。
それは由々しき事態で、兵士も従者も戸惑っている。セラフィールの笑顔はこの城の支えなのだ。