嘘つき天使
刀を向けられ泣いていた女神は死地を抜けた、と言わんばかりに安心する。
そしてセラフィールを射るように睨みつける。
「…………話を聞いていたのでしょう?なんです?人間という生き物は立ち聞きをする下劣な人種なのですか?」
「貴様「ッ、申し訳ございません…………わたくしははしたなく、聞いてしまいました…………」
また剣を構えようとしたアダムを、セラフィールは泣きながらも近くまで来て止めてから、頭を下げた。
しかし、それは逆効果だったらしく女神は饒舌になった。
「泣けば許されると思っているの?頭を下げれば許されると思っているの?
私に何を言われてもアダム様に愛してもらってるという余裕?
しんっじられませんわ!貴方みたいな下劣で淫乱な人間がこのアダム様に見初められているわけがない!身の程を知りなさい!
それに…その格好はなんなのよ!?お得意の色じかけでアダム様を誑かそうとしているの?
はっ、自惚れもいいところだわ!貴方みたいな化け物がアダム様を幸せにできる筈ないじゃない!!」
息継ぎもせずに放った毒舌を、何も言い返さずにセラフィールは聞いた。言い終わった女神はゼェゼェと息を切らしている。
女神をただ見つめるセラフィールに、柄にも無く痺れを切らしたアダムが言う。
「…………女の嫉妬とはこうも醜いものよ。
おいセラ、気を悪くするな。私が今お前の前で処断して「アダム様、やめてくださいまし」…………?」
しばらくぶりに口を開いたセラフィールはとんでもないことを言い放った。
「…………申し訳ございません。貴方の言う通りです。
決めました。わたくしはもうアダム様とは会いません!」
「……………セラ!」
* * *
「…………セラ!」
アダム様がわたくしの名前を呼んでくださった。
___嗚呼、お慕いしている御方に呼ばれる名前というものは、他御方に呼ばれるよりも温かく、心に染みるものですね。
………………でも、もう呼ばれることもない。会うこともないでしょう。
女性が言ったことは身に覚えのないものばかりでしたが、一つだけ見に覚えがありました。
『化け物』
_____その通りだ。
わたくしは人間ではない。半人間。龍になれて、魔力も人間より500倍も多く、………アダム様と同じ血を持つ者。
お慕いしている御方と結ばれるなんて、夢物語でしかないのです。
なんで、こんな簡単なことも見えなくなって、浮かれていたのでしょうか。
「………………アダム様、明日から此処に来てもわたくしはおりません。わたくしには仕事がございますし」
……………嘘。ずっと忙しくてもわたくしはいつもここに来ていました。
「…………セラ」
「それにわたくしは恋など不必要です。アダム様も早く婚約者を迎えましょう。
そこにいらっしゃる御方、わたくしは凄くお似合いだと思いますよ?とても美しいです」
これも嘘です。
わたくし以外の女性と話してるだけで凄く悲しくなりました。先程、アダム様の腕に女性の腕が絡まっただけで、涙が出ました。
「セラ」
「もうわたくし達は子供じゃないでしょう?
沢山お話して、沢山遊んで………もう、することなんてありません」
あれもこれも全部嘘です。話したいことはまだ沢山ありますし、聞きたいこともあります。
今日だって、庭園のひまわり畑を一緒に見に行きたいって、思ってたのですよ?
アダム様と会えるのが唯一の楽しみだったのですよ?
「セラ!」
「…………っ」
わたくしはこの時やっと、アダム様の顔を見た。
いつも見てきたその美しい顔には、「何勝手なことを言っている、僕がそのようなこと認めるはずがない」と言わんばかりの顔です。