修羅場
「ふん、知るか。媚を売るのなら我が父にでもしてくればいい。私にソレは通じないぞ」
「…………」
女神は黙り込んだ。この女神が何を思おうと僕には関わりのないこと。そんなことよりこの絡んできている腕を離して何処かへ行けばいいものを、と心の中で愚痴を零していると、女神は静かに、私の顔を見上げて言った。
「それは………セラフィール、と申す人間が今ここにくるから、ですか?」
どうやら、僕達の事は自分たちが思うよりも多くの者に知られているようだ。だが、僕はもう子供ではない。神で10代はまだ子供だと言う奴も居るけれど、自分で考えることができるのだから大人でもいいと思う。
「…………ならば、どうする?」
「ならば止めてみせます。貴方にあのような人間と会わせるわけには参りません」
女神は、いつものその甘ったるい声からは考えられぬほど低く、恐ろしい声で言い続ける。
「私はゼウス様の言い付け通り、こちらの世界の様子を見ています。
あの人間は龍神という浅ましい生き物でございます。穢れた化け物なのです。可愛い顔をして男に媚びを売り、か弱いふりをして人間共を狂わせております。
アダム様もあの女と会うのはお止めになった方がよろしいですわ。絶対その方がいいと存じます。
信じられぬのなら、もっと詳細にあの女のことをお教えますわ。あの女は…………」
女神は赤裸々に詳細を述べ始めた。真実だと言っているが、嘘は嘘。どうしたらこのような下劣な嘘をぺらぺらと語れるのかそちらのほうが不思議なくらいである。
……………父上がこの女神をユートピアに放っていたのは知らなかったが、セラフィールとはもう何年もの付き合い。
セラフィールは心がとても綺麗で、名声や家柄に無頓着、すぐ泣く泣き虫ではあるが存外強いセラフィールがそのような人間ではないのはとうの昔にわかっているのだ。
だが…………女神ごときの戯言ながら、自分以外の神があの天使___セラフィールを悪く言うのは我慢にならない。
「それで、あの女は___「…………もう、いい」…………え?」
アダムは、パキパキと音を立てて氷で剣を作った。
その冷たすぎる冷気で草木が凍っていくのを見てこの賢い女神はそれが何を意図するのかわかり、笑顔を含んでいたその顔は引き攣った。
「なっ…………アダム様、お辞めください。
私は、貴方のために…………」
貴方のために、と言う奴に限ってその者の為ならぬ自分のために、だと言う事を知っているアダムにはそんな言葉が通じる筈もなく。
恐怖に腰が抜けたのかその場にへたり込む女との距離を縮め、前に立つ。
「ご、御無礼申し訳ございませ…………お、お慈悲を………!」
「……………慈悲?そのようなものが、私にあるわけがなかろう。
お前は、いらぬことを喋りすぎた。
____その罪は、重いぞ」
「ひっ……………キャアアア!」
女の悲痛な叫び声が響く中、アダムは氷の剣を____「やめてくださいましッ!」……!
アダムが女神の頭の手前まで剣を振り下ろした時、聞き慣れた声がした。見ると…………セラフィールが涙目で、身体を震えさせていた。
「………セラ…………」
「もうっ……やめてくださいまし……その御方を殺さないでくださいまし………」
セラフィールはとうとう涙を零した。泣きじゃくるセラフィールに、アダムは少し迷ってから、剣を下ろした。