天使はデートのお誘いをする
「ふ、フィア………ど、どうしてここに……?」
「さっき、ちゃんとノックしました。けれどお姉様の呻き声が聞こえたから、勝手に入りました」
そう静かに言うフィアラセル。まだ8歳なのにわたくしより大人な雰囲気を持った不思議な弟です。……そして、アドラオテル同様アダム様のことを知っている。
セラフィールはぺたり、と机に顔を押し付けて言う。
「そう。………フィア、わたくしはどうしたらよいと思いますか?」
「何がですか?」
「………アダム様を、『花火大会』にお誘いしたいのです」
「普通に『行こう』でいいのでは無いですか?」
「そのような言い方でよろしいのでしょうか?…………淑女が殿方を誘うのは無礼では?」
「でも、お姉様は行きたいのでしょう?………無礼かどうかを決めるのはアダム様ではないでしょうか?」
「…………」
セラフィールは黙る。
たしかに、その通りである。どんな誘い方をしたって、どう捉えるのかはアダム様次第です。わたくしがああだこうだ考えて、動かないのが一番よくない………気がします。
そこまで考えて、顔を上げた。
「___ありがとう、フィア。わたくし、明日頑張って誘ってみます!」
「うん。……でも、注意してね。僕もほんの少しお父様とお母様と祭りに行くから、見つからないように」
「…………あ」
セラフィールは再び座って頭を抱える。
そうでした…………。今年はお父様とお母様が祭りの視察をするのでした………み、見つかったらお父様がきっと泣いてしまわれる。先程も馬車の中で少しだけ泣いていたので。殿方と祭りになんて言ったら次はなんて言われるか……
そう考えて、身震いした。
* * *
「やあ、セラ」
「ごきげんよう、アダム様」
次の日、わたくしが『運命の場所』に来たら既にアダム様はいらっしゃった。泉にパンを投げています。……まだ出会って間もない頃に、アダム様が神の力で生み出した鯉がこの池に住んでいます。
そ、それよりも、今日は重大な任務があるのです!
セラフィールはそう心を奮い立たせて、口を開いた。
「アダム様ッ!」
「わっ!」
大きな声に、アダム様は驚く。しかし、セラフィールはそれに気を配る余裕はなく、顔を真っ赤にしながら宣言するように続けた。
「一緒に、花火大会に来てください!」
「…………は?」
ポチャン、と鯉が跳ねた。
* * *
……………は?
僕は何を言われた?
アダム様は呆然としながら今の状況を整理する。いつもよりちょっとだけ来るのが遅かったセラフィール。
待っている間鯉の世話をしていたら真っ赤なセラフィールが現れて、しばらくモジモジしてから『一緒に花火大会来て!』と言われた。
………うん。わからない。
サクリファイス大帝国は話を聞いている限り前世で言うヨーロッパみたいな世界だ。ヨーロッパに花火大会があるのは初耳だし、何より響きが日本感がある。そして突然どうした?
けれども、それを深く考える余裕が無い。セラフィールが目の前で顔を赤くして涙目である。
つまりこれは…………デートのお誘いの気がしてならないのだ。
「……………ッ」
そう自覚すると顔に熱が集中した。顔だって逸らしてしまう。
セラフィールとデートなんて嬉しいしかない。どうしようもなく嬉しくて感情を上手く処理できない。
「………だめ、でしょうか?」
「う…………」
そう寂しそうに言うセラフィール。
ちらりと顔を見ると綺麗な黄金と緑の瞳に涙が溜まっている。物凄く可愛くて、ニヤけそうになる。勿論ダメなわけがない。
「し、仕方ないから、行ってやる」
「………!本当ですか!?」
「!?」
できる限り素っ気なく言ったのに、セラフィールは泣きそうな顔を満面の笑みに変えてアダムの手を両手で包む。
____この天使、可愛すぎる………。




