9 女神の閃き
冒険者登録を済ませた俺たちは、ひとまず金を稼ぐことにした。
金は生きていく上で絶対必要だし、移動に同行してくれる冒険者を雇わないといけないからな。
「うーん、何がいいのやら……」
俺たちは今、Fランクの依頼が貼られているクエストボードで受ける依頼を探していた。
冒険者にはランクがあって最低のFランクから最高のSランクにまで格付けされている。
俺たちは最低ランクのFランクスタートのため、現状Fランクの依頼しか受けることができないという説明を受けていた。
「そういや何で俺は書かれている内容を理解できるんだ? 不思議な感覚なんだが」
「いまさらですか。そのままでも不自由でしょうからデフォルトで異世界言語に対応できるシステムを付与してあるんです。わかりますか?」
「ああ、なるほどね」
そういうことになっていたのか、納得だ。
確かにコミュニケーションが取れないとかなったら生きていくのに相当苦労するだろうしな。
「それにしてもカスみたいな依頼しかありませんね」
「そうだな……まあ当然かも、最低ランクだし。てか俺たちじゃ魔物すら倒せないからド底辺の依頼しか受けれないっていうな」
貼られている依頼用紙に一通り目を通してみるも、金額的にもマジでマシな依頼がない。
因みに受付嬢に聞いてみたところ、宿に飯抜きで一拍泊まれるお金は最低レベルでも1000リッチかかるらしい。価値的には日本円とそれなりに近いのか? で、それはいいのだが貼られている依頼のどれもが『薬草採集』や『ネズミ退治』などのしょうもない依頼ばかりで金額も数千リッチ程度って感じだ。
これでは食いつなぐのにやっとで、とても貯金などできたものではない。
「……まあそう簡単に稼げてりゃ、街のみんながこぞって殺到してるか」
世の中そう甘くはないということだ。
これは困ったな。
「……もうお金を稼ぐより、冒険者の誰かに直接交渉した方が早い気がします」
「あー確かに余計なこと考えなくても、それが成功するだけで転生者に会いにいけるもんな……ってそれどんなご都合主義だよ。あまりにも美味しい話すぎて、一瞬良いアイデアだと錯覚したわ」
一文無しのがきんちょ二人に無償で協力してくれるお人好しがどこにいるというのだろう。
「まあ普通の人じゃ取り合ってくれないかもしれませんね。普通女神のお願いなら、我こそと協力を申し出てくれなければおかしいのですが……くそったれな輩どもです」
「なんか段々悪口がエスカレートしてないか…………まあいい。やっぱ大事なのは戦闘力ということなのかねえ」
せめて魔物が倒せるのならもう少しは違ってくるのだが。
てかこれじゃ俺がいざスローライフを送ろうと思った時も困るんじゃないか?
全然金が稼げなくて毎日やっとで過ごしてたら、それはスローライフとは言えないのではないだろうか?
……マズいな。
「あーあ。俺の能力が戦闘系の能力ならなあ。誰かさんのせいで残念系の能力になっちゃったし」
「残念なのはあなたです。能力はただのボーナスにすぎません。あなたがザコすぎるがゆえに起きてる事態ですよ。それを人のせいにして自分はただ突っ立って文句を言うだけ。責任転嫁は多少なりとも努力をした後にしてください」
「…………」
ぐうの音も出なかった。
女神はあくまで俺の能力のおまけで、俺が主体だとか自分で言っときながらこの醜態。
今のはちょっとなかったな。反省反省。
――もう文句はやめだ。必死に頭を捻ろう。
「うーん、戦闘力がないなら自分で鍛えるとかするしかないか……転生する過程でなんか俺の体に異変が起こったりとかしてないの?」
「ないですね。全てが生前の残念で無能なあなたのままです」
「……そっか。だったら魔法とかを修行で身につけたりとか」
「それもあなたじゃ厳しいですね。魔法というものは、この世界だけでなく魔法が存在する世界では大抵習得難度が高いです。才能がある人が研鑽を積んでようやく身につけれるレベルでしょう。才能もない、努力もしないあなたに何が期待できるというんですか」
ぐっ。努力に関してはこれから頑張る。
「結局ガチの凡人の俺に望みは薄いということか…………女神はどうなんだ? 女神の力が抑えられてるとか言ってたけど、神エネルギーを感じたりはできるんだろう?」
「女神の力を失ったとはいっても、私は紛れもなく偉大なる女神ですからね。当然です」
「答えになってないんだが……」
まあ力は奪われたが、女神として本質的なことはできるといったところか。
それでもよく分からんがな。
「戦闘面でダメなら、他を考えるしかないぞ……」
「はぁ、これだからぐずはダメですね。結局は私のぬきんでた考察力に頼るしかないということですか」
「何かいい策を思いついたのか?」
俺が尋ねると女神は真顔ながら機嫌の良さそうな表情でこちらを見る。
「今思えば簡単な話だったんです。金を稼ぐなんてまどろっこしいことをしなくても、他人に頼ればよかったんですから」
「ん? 頼るってつまり交渉するってことだろ? それは結局のところ無理だって話だったじゃないか」
それだと先程までの会話を繰り返すだけだ。
「はぁ。いいですか? ここで大事なのは人を選ぶということです」
「人を……選ぶ……?」
「そう。つまり普通の人に交渉しても無理だというのであれば、普通じゃない人にすればいいんです。つまり――チョロい人を見つけて取り入ればいいんです」
迫真のどや顔で女神は言い放った。
「うーん、最低だけど、言ってることは、まぁ……なぁ」
確かにもしチョロい人がいるとして必死にお願いすれば、交渉は成立するかもしれない。
いや、チョロいんだからきっと成功するだろう。
だが最大の問題はそのチョロい人とやらが本当にいるのかということだ。
「普通そう簡単にいるわけないんじゃ……」
「私が考えなしに発言するとでも思ってたんですか? 心外ですね。あれを見てください」
めっちゃ考えなしに発言してそうだなーなどと思いながらも、女神が小さく指さす方向に顔を向けてみる。
するとそこには数人の武装した女たちが建物の中に入ってきているところだった。
よく見れば俺たち以外の冒険者たちも、彼女らに視線を向けている。
「『青の深窓』……」
他の冒険者がそう呟く声が聞こえてきた。
なんだ? なにか有名な人たちなのか。
しかしそれはともかく女神がなぜ彼女らを指さしたのかがいまいち分からない。そう思っていると――
……その女たちの中に一人、オロオロした小さな少女がいた。
青の髪で、大きく丸っこい瞳の色も青。
手には良い感じの杖を持っており、美少女ではあったが、誰がどう見てもキョドっているようにしか見えなかった。
――チョロそうなやつ、あいつじゃん……!