8 冒険なんてしたくないんだけどな
「転生者に会いに行くったって、流石に手ぶらじゃなあ……」
結局、俺はひとまず今すぐスローライフを送るというのは諦め、女神の頼みを聞くことになった。
それというのが転生者に会うことなのだが、めちゃくちゃ遠いらしく流石に今のままじゃ無理だろという話になったのだ。
「因みにさっきどこ向かおうとしてたんだ?」
「冒険者ギルドへ依頼をしにいこうかと」
「……冒険者ギルド?」
「世界的に展開している機関ですね。国とは独立していて、魔物を狩ることを専門にしている冒険者達の集まりです」
「なるほど。そこでどんな依頼を出すつもり――ってああ、転生者のところまで連れて行って貰おうってことか」
「その通りです。あなたレベルでもたまには頭が回るんですね」
それは余計なお世話ではあるが、なるほど。
その冒険者とやら達を雇って同行して貰えれば、確かに心強いだろう。
「でもそんな必要あるのか? 俺たちだけで馬車とかに乗って行くのはやっぱダメか?」
「まず間違いなく無理ですね。魔物の一体にでも襲われればその時点で壊滅するでしょう」
「マジか……この世界魔物ってそんなに多いのか?」
最初の森の中では遭遇することはなかったけどな。
まあ小さな森とか言ってたし、そのせいもあるかもしれないが。
「……冒険者ギルドとやらが立ち上がるくらいですからね。地球でも人間以外の動物が多く生息していたでしょう? それが凶暴化して襲ってくると考えればちょうどいいです」
「……確かにそりゃおっかねえな」
魔物はやっぱり多いらしい。
で、移動中そんな魔物を蹴散らすためにも、戦える人材が必要というわけだ。
それで女神は冒険者ギルドに……。
思ったよりも考えてたんだな。
「でも雇うにしてもお金がいるだろ? それはどうするんだよ」
「それは女神の私がお願いすれば大丈夫です」
うん。やっぱ考えなしだったわ。
「無理に決まってんだろ。街に入る時のこと忘れたのかよ」
「忘れてませんよ。あれは図々しい方でしたね。人間のくせに。やっぱり今の私だと舐められるのでしょうか」
……いや今気付いたのかよ。チビだし舐められない方がおかしいと思うんだが。
「本来の力があれば余裕なんですが」
「無い物ねだりしてもしょうがないだろ。とにかくお前の考えは浅はかだ。ここは堅実に金を稼ぐところだと思うぞ?」
「はぁ、不自由なものですね。この世界というのも」
そして女神は少し俯いた。
柔らかな肩までの白髪が、風に煽られさらさらと流れる。
その顔は相変わらず無表情のままだが、そこには少し諦めのような感情が入っている気がした。
「仕方ないだろ。お前が自分で引き起こしたことだ。で、結局冒険者を雇う方向性でいいのか?」
「そうですね。とりあえずそれが一番手っ取り早いでしょうし」
「問題はどうやって金を稼ぐかだな……」
さっきも考えていたが、俺たちにできる仕事なんかそうそうあるだろうか。
「そうですね……お金を稼ぐ目的なら一応すぐに成せる職はありますが」
「え、マジ? どこ? なんてとこだ?」
「はぁ、今の流れで分からないんですか……。それはですね――」
○
「ようこそ! こちら冒険者ギルドコラド支部です。今回はどのようなご用件ですか?」
元気にそう挨拶してくれたのは、美人で華奢な受付嬢だった。
思わずこちらも笑顔になってしまような笑み。
なんか遊園地のスタッフさんに雰囲気似てるな……。
現在俺たちはこの街にある冒険者ギルドへと来ていた。
女神がいう金稼ぎの職はここだったわけだ。
「えーと、冒険者になりたいのですが」
とはいえぶっちゃけ冒険者というものがどんなものか分かっていない。
女神もそれは同様のようで、じゃあ軽々しく進めるなよとも思ったが、他にできることもその場では考えつかなかったためとりあえず来てみたって感じだ。
実際のところ、魔物退治とかできる気がしないし、不安だらけなんだよな。
いろいろ聞いて、もしダメそうなら撤収しよう。
「冒険者登録をご希望ですね。かしこまりました。では登録前に一つだけ注意事項をお伝えいたしますね」
「あ、はい。お願いします」
なんだ。割といけそうな感じあるぞ。
「正直な話、我々冒険者ギルドは来る者拒まず。冒険者になりたいという方はどなたでも歓迎しております。年齢制限などもございませんし、もちろん赤ん坊もオールオーケーです」
……赤ん坊はヤバいだろ。まあ誇張してるだけだろうけど。
「しかし冒険者になるということはそれだけリスクが伴います」
そりゃそうだろうな。
怪我したりとか死んだりする危険はそれなりにあるだろう。
「というのもこちらの水晶に登録してしまうと、いくつかの個人情報が半永久的に我々ギルド員に流出してしまいます」
……ん? 個人情報?
「こちらの水晶は魔導具になっておりまして、個々の魔力を記憶し管理する能力を持っています。それだけではなく、世界のどこにいてもこの水晶に捕捉され続け、場所はもちろんのこと大体のコンディションなんかも筒抜けになってしまうのです」
「え、世界中どこにいてもですか?」
「そうですね。一部例外はございますが、おおよそ世界中と捉えていただいて問題ありません」
マジかー。すげーなその水晶。
つまりあれか。犯罪とかしてばれたら永遠と追いかけられ続けるってことだよな。
それはえげつない。
けいどろで一人の警察に散々追いかけ回された後で、途中で体力満タンの他の警察にスイッチされるのが無限に繰り返されるみたいなことだろ。地獄だな。……あれだけはマジで止めて欲しい。
「因みにこの水晶はあくまで複製品で、核となる水晶は厳重に保管されているとのことです。ですので、たとえこの水晶を壊したとしても全く意味はありませんのであしからず。と、ここまでが最初にご説明させていただくことになっている注意事項です。以上を踏まえて改めて聞きます。本当に冒険者登録されるということでよろしいでしょうか?」
……うーん。要するに今後一生監視され続けることになるってわけか。
「その水晶の効果って対象の人の映像も見ることができるんですか?」
「映像、ですか? いえ、把握できるのは場所や精神状態くらいですよ。精神状態といいましても、平常だとか荒れているだとか大ざっぱなことしか分かりませんので、そこについてはご安心ください」
「なるほど……」
流石に行動や内面が全部筒抜けというのは気持ちが悪いと思っていたのだが、そのくらいであれば問題なさそうだな。
まあ、俺は何かやらかすとかいうことはないだろうからな……たぶん。
「お前はどうなんだ?」
俺は後ろに地味にいた女神に尋ねてみる。
大体真顔なので、喋らせないと何を考えているのかほぼ分からない。
「……私は構いません。早く次に進めてください」
ということらしい。
「じゃあ僕たち二人とも登録お願いします」
「かしこまりました。それではこちらを」
差し出されたのは一枚の用紙。
項目は名前だけというシンプルさだ。
「登録名をご記入ください。もしお望みでしたら代筆もいたしますが?」
代筆か。別に読めるしいらないな…………て、あれ? どうして読めるんだ? 今気付いたが書かれている言語は日本語じゃないし、なんなら会話の言語すら日本語ではない。やべーなんだこれ。違和感がすごいんだが。
「……自分で書けるので大丈夫です」
とりあえずその違和感は無理矢理呑み込むことにして、渡された羽ペンを手に名前を考えることにする。……まあシンプルでいいだろ。
「コタツ様、ですね。了解しました」
「……あなたそう言えばそんな名前でしたね。変な名前ですね」
女神が後ろでなんか言ってくるが無視だ無視。
…………別にそこまでおかしくないと思うけどな……。
その後針を一本渡されたので、それをチクリと指に刺し、出てきた血を一滴、差し出された大きな水晶へと垂らした。
さらに受付嬢が俺がたった今書いた紙を水晶に近づけると、次の瞬間紙が水晶に吸い込まれるようにして消えていく。すごい仕組みだと感心してしまった。
「はい。これにて冒険者登録は終了です。今日から晴れてコタツ様も冒険者の一員となります。今後のご活躍期待していますよ」
これで終わりか。随分と早いものだな。
「では後ろの方の登録がお済み次第、当ギルドの規約等々についてご説明いたしますので、少しお待ちください」
そうして次は女神が登録する番になった。
そしてなんと――その過程で発覚したことがあり、それは女神の名前が『アルト』だということだった。
思わず尋ねてみたところ、この世界の響きではそういう呼び方になるらしいが、本来の名は少し違うらしい。
……が、そんなのぶっちゃけどうでも良い。女神はこれからも女神で十分だ。
そして女神の登録が済んだところで、冒険者ギルドのルールについての説明を受ける。
冒険者って何? ってところから、ギルドの基本的な決まり、依頼の受け方などについて丁寧に教えて貰えた。やはり魔物狩りを専門とする職業らしいが、それ以外にも意外と仕事があるようだ。
そうこうして全ての説明が終わると、受付嬢が俺たちに一枚ずつカードを差し出してくる。
「はい、どうぞ。これが冒険者の証である冒険者カードです。ランクごとに色も更新されますので張り切って頑張ってください。ちなみに紛失した場合は1000リッチの再発行料をいただきますので、そのつもりでお願いいたします」
俺たちが白色の冒険者カードを受け取ると、それで手続きは全て終了となった。
というわけで俺は今日から冒険者になったのだった。
なんか随分あっさりだったな。
――さて、お金を稼ぐとしますか。