4 必死に祈る女神さん
この街はコラドの街と言うらしい。
中世ヨーロッパ風のレンガ造りの家々が目立つ風情だ。
行き交う人々も明るい感じで雰囲気は良さそうである。
俺達は街に入るや否や真っ先に大神殿とやらを目指していた。そして――
「ここか……」
目の前には白くて立派な神殿がそびえ立っていた。
いくつもの巨大な柱が突き立つ様は、厳格さをこれでもかと伝えてくる。
どうやらここが大神殿らしい。
「ふう、ようやくですか。ちゃっちゃと済ましちゃいましょう」
一息漏らした女神がスタスタと入り口の方へ向かって歩いて行ってしまう。
女神は元いた天界に帰るため、この場を訪れたのだ。
俺もその後を追いかけていくと、女神が出入り口に控えていた神官らしき中年の男と話をしていた。
「そこをどいてください。私を誰だと思ってるんですか」
……またこのパターンだった。
「ここは我が主神ビクト様を奉る箱庭にございます。いかなる用でこちらまで?」
門番とのやりとりが再現されようとしていた。
この世界よそ者に不自由すぎませんかね……。
ていうか女神も反省しないよな。
もうちょい痛い目でも見れば多少は治る部分もあるんじゃないか?
「ビクトとやらは知りませんが、アウレポウネ大母神様にお祈りしようと思ってます」
うわ、最悪だ。ビクトとかいう神を呼び捨てしやがった。
明らかにこの人達が敬っている存在なのに、その杜撰なあしらい方はアウトだろう。
それこそ冒涜とか言われて拘束されてもおかしくない。
これはこじれるぞ……。今のうちに他人面しとこうか――
「なんと、ビクト様の旧姓をご存じでしたか……! あまり伝わっておりませぬ名前ですので些か驚いてしまいました。ここにおきましては信仰心ある者であれば、隔たりなく歓迎するようにという御触れがなされています。ささ、どうぞ中へ。思う存分祈祷をお捧げください」
そうして女神は中へと入っていった。
……マジで……?
女神は予想外の方向から突破していた。
これは俺もびっくりだわ。
「あの……僕もビクト様にお祈りしたいのですが……」
「はい。もちろん構いませんよ。信仰ある方なら大歓迎です」
一応俺も中に入っておくことにした。
中に入るとそこは思ったよりも広く、かなり厳かな感じだった。
デカい石柱なんかも幾本も立ち並んでるし。
こんな場所には入るのは初めてだし結構緊張してしまう。
心なしか神のエネルギーに満ちているような錯覚すらするな……。
そして女神はといえば、すでに奥のほうまで歩いて入ってしまっている。
にしても初めての場所のはずなのに行動が随分と機敏だ。
これも女神の勘というやつだろうか。
俺も女神を追いかけ奥まで進んでいくと、天から光の柱が降りている場所に辿り着いた。
柱から離れた場所にバリケードが張られており、その周囲にて他の信者も祈りを捧げている。
そしてその誰もがすごい真剣な顔をしていた。じっと見つめてたらにらめっこをしているみたいで、何となく笑いそうになってしまう。
馬鹿にしているというわけではもちろんないが、それにしても我ながら酷い性格だ。ちょっと凹む。
因みに女神はと言えば……
「アウレポウネ様……アウレポウネ様……応答してください……お願いします……」
普通に信者の中に混じって祈っていた。
マジかよ。何か特別なことするかと思いきやただ祈るだけとか……。
とはいえ必死にアウレポウネ様アウレポウネ様連呼している割には、特に変わったことが起きるでもない。
あーあ。これじゃ周りに完全に迷惑じゃん。みんな静かにお祈りしてるのに。
「……おい、女神。迷惑になってるぞ……」
「アウレポウネ様……どうしてですか! 助けてください……下界に堕ちてしまってマジでヤバいんです!」
女神は聞く耳を持たずに超必死にすがっている。
この声は果たして本当にアウレポウネ様とやらに届いているのだろうか。ていうかアウレポウネ様って誰だよ、今更だけども。女神の上司的な人なのか?
「……女神、もう無理だ……! 諦めよう」
「いや、まだです。そんなはずはありません! アウレポウネ様が私を放っておくなんてこと……」
そうして諦めかけていた時だった。
ふと、天井から射し込む光に影が差した気がした。
見てみると光に照らされながら一枚の紙がひらひらと舞い降りてきていた。
「ほら……! やっぱり大母神様は私をお見捨てになることはなかったんです……!」
そう言うと女神は勝手にバリケードの中に侵入し、光の柱の中に落っこちている紙を拾いに行く。
あーあ、大丈夫なのかね……そんなことして。
すると案の定騒ぎになり周りにいた神官たちが駆け寄ってきた。
マズい状況だが、しかしそれ以上に天から降ってきた紙が気になるところだ。
恐らく女神の思いが届いたのだろうが、なんと返事が来たのだろうか。
「中の者! 一体何をしているのです!」
駆け寄ってきた女の神官がバリケードの中にいる女神の腕を掴み、バリケードの外へ引きずり出す。
しかしその間、女神は何の抵抗もせずなされるがままだった。
……あれ? なんかおかしい?
よく見れば女神は放心状態だった。
心ここにあらずといった様子で、目に光がない。もう死んでそうな勢いだ。
「その紙が天から……!」
すると周りにいた信者の一人が、女神の手に収まっている紙を指さして叫ぶ。
それを聞いた女の神官は女神の手から紙を引ったくると、じっと見つめた。
俺も流石に気になったので駆け寄ってみる。
「――なんて書いてあるんですか!?」
俺は全力で駆け寄りながら尋ねた。
他の信者の人も気になっている様子だ。
すると女の神官は首を傾げながら呟く。
「『そっちで頑張ってください』……?」
――どうやら女神は振られたようだった。