3 門番との死闘
女神の後ろにてくてくと黙って付いていく。
途中で暇つぶしに何か話しかけようとしたが、ジト目で睨み返されるだけだった。可愛くない。
そして歩き始めること二十分。
特に何事もなく進んでいると、ようやく森の切れ目が見え始めた。
「やっとか」
代わり映えのしない風景だったため、いい加減うんざりしてきたところだった。
そしてついに森を抜ける。
森を出たところは丘なっており、眼下には街が一望できた。王城的なのも立っており、かなり規模がでかそうだ。
「結構広いじゃん。てかよく森の抜け方とか知ってたな」
「……私を誰だと思ってるんですか。女神の勘は凄いんです」
勘だったのかよ……。
まあ無事に着けたしいいんだけど。
何はともあれ街が見えてしまえば話は早い。
俺達はそのままのペースで城門へと辿り着いた。しかし――
「いやぁね。通行料か身分証明書がなけりゃ通せんよ」
ということらしい。
俺達はがっつり門番に足止めを食らってしまっていた。
持ち物は衣服の類以外何一つなく、当然金銭も持ち合わせていない。
「私を誰だと思ってるんですか。女神ですよ。あなた達下民はもっと口の利き方に気をつけてください」
女神がお決まりの女神文句で突破を試みている。
俺以外の人間にもこの態度だったとは、恐れ入るところだ。
「いやぁ、流石にそんなことを言う人を通すわけにはいかんよ。それにね。女神様の威光を借りて押し通ろうなんて今時そんな甘い世の中じゃないよ。聞く人によっては冒涜だとか言われて怒られちゃうかもしれないからね。分かったかい? お嬢ちゃん」
……思いっきり子供扱いされていた。
まあ確かに見た目は完全にロリだし、服装も見ようによっては年相応の白いワンピースだ。
もうほとんど子供が背伸びしているようにしか見えなかった。
なおも女神と門番のやりとりは続く。
「あのですね。それこそが女神である私への冒涜ということを理解しているのですか? 一つ言っておくと私はあなたなんかよりも遙か年上ですよ? その観点でいっても敬うに値しますね」
「いやぁ、嘘は言っちゃいかんね。つまらない嘘は時に大人を怒らせることもあるから注意が必要だよ」
「嘘じゃないです。この私の女神オーラが理解できないとはどうしようもない愚か者ですね」
「あーどうも話が通じないねぇ。親はどういう教育してんだか……。おい、後ろの兄ちゃん。あんたらはどっから来たんだ?」
目の前の少女では話が通じないと思ったのか、俺に話を振ってくる門番の人。
女神の交渉は失敗。結局は俺がでることになるのか……女神がこれだからな。仕方ない。
「あー、ごめんなさい。この子はちょっと頭がおかしいんです。本当にどんな教育受けたんですかね、ヤバいですよね、ははは……えーとですね、僕達は森の中で迷子になっちゃって、街が見えたのでこうしてやってきたんです」
俺は淡々と何気なく答える。はぁ、こういったアドリブを利かせられるかどうかが出来る人間とそうじゃないやつとの違いなんだよな。
「森で迷子? 元はどこから来たんだね?」
「かなり離れた地域ですね」
「地名は?」
「……」
……ぐ。苦しい質問だ。
ただこの世界の地名なんて知らないしな……ここは正直に答えておいた方が無難だろう。
「えーと、日本って場所ですね」
「ニホン? 聞いたことないのだが?」
「そうとう離れてますからね」
「離れているとはどの程度? 地名を含めて答えてくれるかね?」
……えーっと、マジでこの門番どうやって攻略すんの?
間を空けるのも怪しまれるし……ええい! ここはもう適当に出任せを言うしかない!
「……普通に考えて森の近くか…………えー、結構近くというか、森よりのひっそりとしたところにある感じです」
ついに嘘をついてしまった。
「ん? さっき離れた地域って言ってなかったか? それだと矛盾してるぞ」
「いや、離れてますよ? 森の近くといってもそもそも森自体が広いじゃないですか。森の近くなんですけど、ここからは結構離れた場所にある集落ですね」
「そこの森ならそんなに広くないんだが……?」
「…………あれですね。距離の感覚が僕と門番さんとでは違うんでしょう」
「そもそも、迷っていたと言ったがその割には切羽詰まっている様子じゃないよな? 服も驚くほど綺麗だし、何より手ぶらだ。普通手ぶらで森の中になぞ入るかね? 絶対何か誤魔化してるよな? 子供に悪いことはせん。全部吐け」
「…………」
――俺の、負けだ。
「そうですね。その辺りはこの自称女神さんがよく知っているので、彼女の口から聞いてください」
結果、再び女神に折り返すことになった。
さらに悪化させた上の丸投げだ。
「ゴミですか……。まあいいです。そもそもですね、私をここまで足止めしている時点で罪なんです。この世界は私の管轄内、つまりこの世界のものは全て私のものです。だからこの街のあらゆる権利も私の思うままというわけですね。というわけでこのまま通らせていただきます」
女神が堂々と門番の横を素通りしようとする。
首根っこを掴まれていた。
「放してください……! その薄汚い手で私に触らないでください……!」
「こらこら。随分暴力的なお嬢ちゃんだなぁ。そんなに街の中に入って何がしたいんだ?」
「大神殿に行くんです。あなた達愚民には分からない深い事情があるんです」
「大神殿? ビクト様に祈りを捧げようというわけかい。なら尚更不審人物を近づけるわけにはいかないなあ」
門番が困った顔で手元で暴れる女神を窘めている。
これじゃあ、街に入るなんて夢のまた夢だぞ……。
もうこうなったらプライドを捨てるしかないか。
「女神、ちょっとこっちに来い」
「――さえあれば、あなた方だって……!」
暴れていた女神の動きがピタリと止まる。
やはり俺の手助けになる命令なら能力で強制できるみたいだな。女神と俺との間でパスがつながる感覚が確かにある。
女神は門番の手から逃れると、大人しく俺の横まで歩いてきた。
「僕達が見るからに怪しいのは非常に分かります。実際その通りだと思います。でも僕達は今どうしても街に入りたいんです。絶対に怪しいことはしないと約束します。通行料が必要とあれば後で絶対に払います。ですからどうか、僕達を中に入れて貰えないでしょうか? このままだと一生壁の外で暮らすことになるんです。この通り、どうかお願いします」
そして俺は綺麗に頭を下げた。
横目でチラリと横を窺ってみる。
女神は突っ立っていた。
「……おい、お前も頭を下げろ……」
「ぐっ……」
俺が小声で指示すると女神は小刻みに震えだした。
どうやら頑張って抵抗しているらしい。
よっぽど頭を下げたくないんだな……。
しかしその努力も数秒と持たず、女神はロボットのようなぎくしゃくした動きで頭を下げ出した。
「……こ、コノ通リ……お、オ願イシマス」
そうして二人で頭を下げ続ける。
そのまま待つことしばし。
ついに折れたのか門番の溜息が聞こえてきた。
「はぁ……仕方ねえ。まだ子供だしな。通行料は借金ってことで入れてやるよ。こっちに来な」
俺はゆっくりと頭を上げる。
……どうにか突破したみたいだ。ふぅ……。
そうして門番の指示の元に俺達二人の仮身分証とやらを作成し、ようやく街に入れることとなった。
借金は一人2000リッチということらしい。
リッチとはこちらの世界の共通通貨の単位のことで、広く使われているっぽい。
2000リッチが高いのか安いのか分からんが、まあそのうち分かる時がくるだろう。
女神の女神っぽい服にはポケットがなかったため、女神の分の仮身分証まで俺のポケットに入れながら、街へと踏み入る。
「余計なことして困らすんじゃねえぞー」
後ろから門番の声がしたため適当に手を振っておく。
女神といえば、もちろん完全に無視していた。
「どうしてこの私が愚鈍な人間などに……」
そしてめっちゃ怒っていた。
頭を下げたことが随分と不服だったらしい。
「いいじゃんか。おかげで入れたんだからさ。これで大神殿にいけるんだぞ?」
「……一刻も早くこの世界からおさらばします」
早歩きで大神殿へと向かう女神の後を追っかけながら、俺は溜息をつく。
女神のプライドの高さも困ったものだと思いながら。