2 女神は返品不可能のようです
「……そんな……。返して……天界に返して……!」
女神が滑らかな白髪を振り乱しながら叫ぶ。
あんなにも淡々と話していたのに、今は随分と取り乱してる様子だ。
今俺は森の中にいる。
女神に異世界転生させられたわけだが、どういうわけか今、すぐ横にその張本人がいた。
「うそ、そんな…………」
女神が力なく地面に膝をつく。
先程までの強気な感じが嘘のようだ。
……何してんのコイツ?
「え、なんでお前がここにいるんだ?」
「…………」
女神はうなだれたまま何も言わない。
放心状態のようだ。
「……参ったな」
どうして女神がいるかは知らないが、これでは会話もままならない。
流石にこのまま放置というわけにもいかないんだが……まあひとまず現状確認か。
今俺がいるのはどこかも分からない森の中。
そして装いはデフォルトっぽい旅人風の服装になってる。ポケットなども探ってみたが持ち物などは特に持っていなかった。
「てか能力貰ったんだっけ。何だろ……」
転生の際能力をランダムな能力を貰う手はずになっていたはずだ。
そこで体に何か変化はないかと思って調べてみる……
…………。
……特に変わった感じはない気がする。
「……です」
女神がぼそりと呟いた気がした。
「ん? なんだ?」
「……最悪です。私が、私がどうしてこんな目に……」
一人で勝手に凹んでいるらしいが、横でおめおめされていても鬱陶しいだけだ。
そろそろ説明くらい欲しい。
「なあ。凹んでるとこ悪いんだけど、いい加減何があったか教えろよ」
すると女神がぼうっとした目をこちらに向けてくる。
「……あなたのせいです。一生恨みます」
それだけ言うと立ち上がり、一人でどこかへ歩き去ろうとする。
「えぇ……」
言動がマジで意味不明だ。
流石にちょっとイラっとくる。
こちらはただでさえ転生したてで戸惑いも多いのだ。
「おい。ちょっと待てよ」
「誰が待つもんですか。気持ち悪いから話しかけな……」
そこてピタリと女神の足が止まる。
明らかに不自然な止まり方だ。
「どういうことか説明しろよ」
「……私は元の天界に帰れなくなりました。だから今から大神殿に行って天界に言葉を届けて貰います」
え、急にめっちゃ素直。
よく見れば歯をギギギと食いしばっている。
まるで逆らえない何かに強制されているようだ。
まぁよくわからんが……
「帰れなくなったってどういうことだよ」
「……あなたの能力のせいです」
「俺の能力?」
「……あなたの能力は『女神の加護』。女神があなたの傍に遣え、見守るという能力です。その制約で私はあなたを裏切ることができません。まさしく今のように」
最後は恨みがましく眼力を飛ばしてきたが、表情筋がほとんど動いてない中やられても可愛らしいだけだ。
というかなるほど。急に素直になってどういう事かと思えば、女神はどうやら俺の命令に逆らえなくなっているらしい。
そしてそれはどうやらランダムで選ばれた俺の能力が『女神の加護』になったからであるらしく、そのせいで女神はこの世界に強制召喚されたということだろう。うーん、でも確かに言われてみれば命令を飛ばした瞬間、ほんのりと女神とパスみたいなのが繋がったような気もするな。それと同時にエネルギーのあふれた深い湖に腕を突っ込んだような妙な感覚も……うーむ、なんとも不思議な感じ。
ていうか……ふつうにこれ……超入らねー能力じゃん。女神がついてくるって何? ハッピーセットの引っ張って離したら走るおもちゃよりいらないんですけど。
「……ランダムでこれが当たるとかついてなさすぎだろ……」
お互いにとんだババを引いてしまったものだ。
まあ女神の場合は自業自得だがな。
仕事をさぼったバチが当たったというわけだ。
にしても命令……か。どんなことまでできるんだろう。
「お手」
俺は女神に向かって手を差し出す。
俺の予想通りなら、子犬のように手をちょこんと乗せてくるはずだ。
「ふっ、バカですか」
しかし女神は鼻で笑うだけだった。
「この加護は女神があなたの旅をサポートするという能力。そんな旅になんの影響もない軽薄な命令なんて効くわけないじゃないですか。得意げにお手とか言っちゃって恥ずかしすぎです。笑っちゃいます」
さっきの憂鬱さはどこへやら。偉そうに女神はそう言ってくる。
なんかめっちゃ煽ってくるし。普通にいらつくんですけど。
――あっそう。ならもういいや。
「あーじゃあもう別にいらないわ、この能力。話しててもイライラするだけだし他のに変えてくれよ。そしたらお前も解放されるだろ」
こんな面倒くさい奴がついてくるだけなんてハズレ能力にもほどがある。何にせよ他の能力に変えて貰うのが一番良いだろう。
しかし、それに対し女神ははぁ、と小さく溜息を吐く。
「その程度私が試していなかったとでも? そんなことができてたら一も二もなくやっています。私はもう天界にいた時の力を発揮することができなくなりました。というより女神としての力を全て失っています」
「え、何それ。完全にお荷物じゃん」
なんなんだようるさいわ能力の枠もとるわで最悪じゃねえか。
「……これも全部あなたのせいです。……あなたがいなければ、こんなバカけた事態にはならなかったんです」
「いや、こうなったのはほぼお前の怠慢のせいだろ。仕事ちゃんとやってれば能力もちゃんとしたやつになってたんだから」
確かに俺が能力を決めきれなかったのも要因の一つとしてはあるのかもしれないが、しかしこればっかりはやはりコイツの自業自得という部分が大きいのではなかろうか。
そして再び意気消沈とする女神。
……どうすんだよこの空気。
――はあ……ま、見方によっては可愛そうではあるかもな。
俺だって別にこの世界にそこまで来たかった訳じゃないし、そこのところはまあ共感できなくもない。ってあれ、さっきコイツなんか言ってたよな。
「でも神殿に行けばどうにかなるんだろ? 神に言葉を届けるみたいなこと言ってたじゃんか」
「……可能性は低いんです。それがダメなら私は……」
「この世界で一生暮らすことになるってことか? でも別に俺と一緒にいなくても良い訳だろ? 俺もお前といたくなんかないし、とりあえず神殿まで行って天界とやらに帰れるならそれでよし。ダメならそこで別れようぜ」
「……恐らく別れるのは不可能です。その能力の効果は私が一番知っています」
「え、そうなのか」
よく分からんが俺の能力『女神の加護』はかなり効力が強いものらしい。
てかそもそもなんでそんな能力がランダムで抽選される中に入ってるんだよ……その辺も仕事の適当さが仇になってる感じか。
「まあとりあえずその神殿とやらに連れてってくれよ。さっきの感じだと場所は分かってるんだろ? 神殿があるくらいだから町もあるだろうし、とりあえずこの森は抜け出さないと」
「……言われなくても分かってます」
そう言って女神はとぼとぼと歩き出した。
お互い異世界に来たくないとかマジで最悪な異世界転生だな……。
そうして俺たちは女神の先導のもと、神殿目指して進むことになった。