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11 マイペース女神vs.キョドり天然娘

 ギルド内は今、とんでもない状況に陥っていた。

 有名らしい冒険者パーティーの一人、白黒の長髪をもつ女が『青髪の少女』対『女神』の決闘を提案してきたのだ。

 ……マジですか。もう何が何だか全くついていけてないんですけど。

 急に決闘の流れになったのもよく分からないし、なぜ青髪少女と女神との決闘になるのかも分からないが、とにかくそういう流れになっていた。


「な、なななな何で私が!? け、決闘ですか!?」


「そうよ。ユユにもそろそろそういう教育が必要なころと思ってたの。丁度良かったわ」


 慌てふためく青髪少女に、白黒の女が落ち着いた口調で答えている。


 どうやら決闘というのは本気で言っているらしかった。

 これに女神がどう答えるかだが……まあ断るだろうな。


 そう思う理由は明白。女神が勝てるわけないからだ。

 相手は有名冒険者パーティーの一員であり、そんな人物が弱いとは考えづらい。

 逆に女神は、本来の女神としての力を失ったと言っており、その実力は魔物の一体も倒せないレベルだという。

 勝負は目に見えている。


 それに女神なら『そんな下らないことしません』とか言って一蹴しそうだ。

 ……そう思っていたのだが――


「決闘ですか。そちらから仕掛ける以上もちろんルールは私が決めて良いんですよね」


 めちゃくちゃ乗り気だった。


「そうね。平等な条件下であるならばそちらで決めちゃってもいいわよ。ね、ユユ」


「え、えーと……よ、よく分かりませんが、全部エルフーレさんに任せます……」


「そう。というわけで、あなたが決めちゃってオーケーよ」


 おいおいおい、大丈夫なのか? ホントに。

 女神があの少女に勝てるとはとてもではないが思えない。

 何で了承してしまったんだ……そこまでアホだとは思わなかったんだけどな……。


「分かりました。一応言っておきますが、後からやっぱなしだなんて言わないでくださいよ。そのチョロい人が負けたら問答無用で私についてきてもらうので」


「もちろんよ。二言はない。そうでしょ? ユユ」


「あ、え、えーとはい。頑張りま……す?」


「なら、表に出ましょうか。いえ、裏手の練習場で良いかしらね。万が一被害が出ても最小限で収まるように」


「――なら俺が審判を引き受けよう」


 受付の裏から誰か出てきた。顔にいくつもの傷があるごついおっさんだ。


「ギ、ギルド長……」


 どこかの誰かがそう呟く。


「なんかうるせえと思ったら随分もめてんじゃねえか。決闘っつうんならギルドルールに則ってやってもいいが」


「そうね。どうせならお願いしようかしら」


 ……なんかそれっぽい人出てきたんですけど。すげえ大ごとになってるんですけど。……え、マジでどうなるの?


 そうして流れのままに決闘が行われることになった。



 ○



 ギルドの裏には広いスペースがあった。ここが練習場らしい。


 その中心には、向かい合う二人の小柄な少女。


 一人が肩口までの白髪にじとっとした目。鉄板無表情マイペース毒舌少女、女神。


 対するのは、青髪に丸っこい瞳。立派でお洒落な杖を持った、純粋キョドりチョロ天然少女。名をユユと言うらしい。


 両者は中心部で各々の姿勢で待機している。


 因みに俺は周囲を取り囲む大勢のギャラリーの中に埋もれていた。

 うん、もう完全に他人面だ。

 こんなヤバすぎる舞台に俺なんかがのこのこ出て行けるはずもない。

 たぶん興味の視線を受けただけでビビり散らすわ、こんなもん。

 この騒動の中心にいて全く動じていない女神がすごい輝いて見えた。

 その堂々とした感じだけ見ると大物感が出ているが、果たして大丈夫なのだろうか。


 ……いや、大丈夫なわけないんだよな。

 相手は杖を持っているし、おそらく魔法使い系のポジションなのだろう。

 仮に何かしらの魔法を一発撃ってきたとして、それを女神がかわせるビジョンがまるで見えない。


 言葉だけはいっちょ前の女神のことだ。

 言うだけ言って、後のことは何も考えていないということは十分に考えられる。


 ……マジで大丈夫なのか……? 普通に心配なんですけど……。


「ウォーミングアップとかは必要ないのかしら? 必要なら時間はとるけれど」


「そんなのいりません。とっとと始めましょう」


「そう。なら良いけれど…………ぶっちゃけね。あなたがユユに勝てる見込みはゼロだと思うの」


 白黒の女が余裕たっぷりの表情で話す。


「私はね。『理の邪気眼』を持っているの。それを使えば対象がどんな資質を秘めているのかが一発でわかっちゃうのだけれど――あなた、全然大したことないわよね? 保有魔力は一般人、いや、それ以下。肉体の発達もおろそかで、それじゃ大の大人のパンチ一発も持たないでしょう? そんなあなたが今不思議で不思議でたまらないの。この状況でなぜそんなに動じずにいられるのか。その答えをこれから見せてくれるんでしょう? ねえ?」


 どうやら女神の実力の程度はあの女に全て見透かされているようだった。

 そして結局女神の強さはシンプルに貧弱らしい。


 ……これはもういよいよダメかもしれない。


「ではそろそろあなたの言うルールを教えて貰えないかしら? 恐らくそこに秘策があるのでしょう? 言っておくけど、見かけによらずユユは古武術の達人でもあるわ。正直魔術師としてよりも、そちらの方のポテンシャルの方があるのではっていうレベルなのだけどね。それでもあなたにこの状況を打破できる方法があるというのかしら? さあ、教えてちょうだい。あなたが唱えるこの決闘のルールとやらを」


 場の全員の視線が女神一人へと集まる。

 その口から紡がれる答えを、誰しもが固唾を呑んで待っているのだとわかる。

 俺はというと、心配で胃が痛くなってきた。

 そして、ついに女神が口を開き――






「言い渡します。今回の決闘のルールは…………『にらめっこ』です」






 全ての時が止まった。




「………………はい……?」




 思わず間抜けな声が漏れてしまう。

 ちょ、ちょっと待てよ……理解できない。え、今なんて言った?


「……今、なんと言ったのかしら?」


「ですから、にらめっこです」


「にらめっこ……?」


 白黒の女はその言葉を反復しながら、首を傾げている。


「……ギルド長さん。それが何か知ってる?」


「い、いや。知らねえな。コイツの郷のルールとかじゃねえの?」


 どうやらにらめっこを知らなかったらしい。


「ああ、この世界の方はにらめっこを知らないんですか。ルールは簡単です。顔を見合わせて笑わせた方が勝ちってだけです」


「笑わせた方が……勝ち?」


 白黒の女は理解ができないといった顔をしていた。


 ……そ、そういうことか……!

 確かに決闘をするとは言ったが、バチバチに殴り合って戦うなんてことは誰も言っていない。

 例えどんなに下らないルールであったとしても、決闘のルールは女神が決めれるんだから何だってありなんだ。


 ……マジかよ。先入観の裏を付いたというある意味上手い手ではあるが――これは卑怯なやり口と言わざるを得ない。


「さあ、理解ができたところでさっさと始めましょう。勝負は一回。笑った時点で即負けです。そこの人、はやく合図を」


「え? あ、ああ……って本当にそれでいいのかよ!? 確かにルールはこっちの白いのが決めるってことだったが……」


 流石にアレな事態に戸惑うギルド長のおっさん。

 そして面食らった様子だった白黒の女はと言えば……


「……ふふふ。あっははははは…………いいじゃない。そうよねぇ、そういうルールだもの。これに関しては確認をしなかった私たちが悪い。――でもね。だからといって勝ちが決まったというわけではないのは分かってるでしょう? ルールとしては対等。ユユが笑わずにあなたを笑わせることができればこちらの勝ちになる……問題ないわ。申し訳ないけどユユは強いわよ? いろいろとズレてるから、一般的に笑うことを笑わないなんてことざらにあるもの」


 さらりとユユって子をディスる白黒の女。

 どうやら向こうもやる気らしい。


「じゃあ決まりですね。早くしてください」


「え、えええ!? や、やるんですか? 私!?」


「ユユ。あなたならいけるわ。いつも通りでいい。少なくとも負けることはないはずよ」


 ユユという少女はかなり慌てながらも、おずおずといった感じで女神と向き合う。

 多少なりとも決意は固めたらしい。


「えー、それでは。『青の深窓』所属、Aランク冒険者“ユユ・ホーリック”対、無所属、Fランク冒険者“アルト”との決闘を始める。ルールは……にらめっこ、で、一発勝負の最初に相手を笑わせた方の勝利とする。それでは両者、構え!」


 両者の距離は二メートル弱ほど。かなり近い。

 ぶっちゃけ構えも何もないと思うのだが、お互いが顔を向き合わせ、視線をぶつけ合っていた。

 笑った時点で負けなのだ。ここで十分に真顔を作っておく必要はある。


「決闘――スタート……!!」


 そしてバンというスタートの音が鳴る。審判が手に持った丸い何かによって発せられたものだろう。


 景気よく鳴り響いた合図音だったが、お互いは何をするでもなくじっと見合っていた。


 まさににらみ合いの膠着状態だ。


 ――とはいえそれも当然なのかもしれない。


 笑ったら一発アウトなのだ。

 まずは相手の様子を見て、その動きに注目しておく必要がある。

 もし予想だにしない方法で不意を突かれてしまうと、防御が間に合わずにそれだけで笑ってしまう可能性があるのだ。


 そして攻撃に出る方も慎重にならねばならないだろう。

 開幕いきなり笑わせにかかっても、相手がまだ場の雰囲気に溶けきっていなかった場合、驚かせるだけに終わってしまうことも考えられる。

 一回不発してしまえば、相手からしたら「ふーん、そういう風に来るんだ」とこちらの手口が露見してしまい、今後の心構えを作らせてしまうことになるだろう。


 どんな攻撃がくるか分かっていればいなすのも容易い。

 もちろん分かっていてもかわせない攻撃もあるだろうが、やはり不意を突くという行為はどの戦局においても最強なのだ。


 ゆえにタイミングを見計らう必要がある。


 お互いのにらみ合いはしばらく続き――そして一方が動く。


 女神が唐突に顔を伏せ、ユユという少女にジリジリとにじり寄った。



 これは……溜め攻撃……!



 顔を作る過程を見せないことにより、不意を突くという行為に特化させた技だ。

 デメリットは特にない。

 相手にとっては伏せてる間に練りに練った変顔が、急に目の前に現れるということになる。


 だがそれをやるのはあの真顔お化け、女神だ。

 そんなに凝った顔を作れるとはとてもではないが思えない。


 さらに対するのは今も絶賛キョドり続けている、天然少女。

 些細な変顔ではそうそう笑ってくれそうもない感じだ。


 本当に大丈夫なのか……? 女神……!



 そして動揺するユユという少女に対し、女神がついに顔を上げる……!




 ――女神はめっちゃ頑張っていた。




 両手をいっぱいに使い、目尻と鼻の穴と口を思いっきり横に引っ張り、顔を歪ませている。


 目は垂れ、鼻は広がり、前歯は出て、もうとんでもない化けもんに仕上がっていた。


 あの女神が……ここまで……! というレベルの仕上がり。


 それまでの無表情とのギャップもあって、これは破壊力がある。

 食らう側にとってはたまったものではないだろう。


 とはいえ対するのはあのオドオド少女だ。

 防御力はかなりのものと推察できる。

 これはワンチャン笑わないのでは――







「ぶー!」






 ……思いっきり吹き出していた。



 大量の唾を女神の顔にぶっかけ、それはそれは盛大だった。



「ぷぷ、ぷぷ……はへへへ、ご、ごめんなさい……ぷぷ」



 軽くツボに嵌まってしまったようで、その後もしばらく笑い続けていた。

 やはり至近距離での特大バズーカは、流石に耐えきれなかったようだ。



「しょ、勝負あり! 勝者――アルト!!」







 こうして前代未聞のにらめっこによる決闘は、女神の圧勝で幕を閉じた。



 ……いや勝っちゃうのかよ。本当にこんなんでいいのか……?



 少し困惑しながらも、不安でいっぱいだった胸からそっと溜息を漏らす。



 ――笑ったユユって子めっちゃ可愛いやん、と思いながら。



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