7話
お茶を入れ直して一人で時間を潰していると侍女が呼びに来た。どうやら推しの準備ができたらしい。
お茶の片付けを頼み私は応接間に向かう。
そこは母が家で仕事の契約を結ぶための特別製の部屋だ。
誰にも盗聴も透視をされなくて魔法が使えなくする部屋。
本店にも同じような部屋があるがあそこはもっと凄い。武器持ち込みや魔道具の持ち込みを制限しその部屋に入るためには受付けで毎回本名でサインしないと入室しなければいけないのだ。
契約した書類は直系血族しか開けれない金庫で父に開け閉めして貰っているのかな?って思うでしょ。
うちの母はそんなに甘くはないんですよ。あるものを使って鍵擬きを作ってしまったんですよね。作り方を聞いたとき本当に聞かなきゃ良かったと後悔したもの。
他にも専属の魔法使いやら用心棒やら一種の要塞だと私は思う。
これを実際始めたのは祖父だったらしい。『情報は制した者が勝つ!』と昔からの信条で、如何に情報が漏れないのかと考えた先がコレである。
家にあるタイプは本店に比べたら入室制限がない分ちょっとショボいかもしれないけど、大事な話を盗聴されずに安心して出来る唯一の部屋だ。
私は応接室に用意をしておいた書類を持って入室した。
入るとお香みたいな匂いが私を包み込んだ。この匂いを吸う事で魔法が使用出来なくさせる魔法使い殺しと呼ばれるお香だ。
部屋にはロベルトと清潔な白いシャツと黒いズボンを履いてソファーに座っている推しがいた。
ロベルトは部屋の隅に立っていて私に目礼した。
キャーッ!幼いけど面影があるある!!
黒い髪を後ろで1本で縛ってて少し湿っているのがマジでヤバい!!私今日命日?キュン死にするわッ!!
表情筋を解いたらニマニマが止まらない。平常心!平常心!!
「あら、サッパリしたようね。……そういえばもうすぐお昼ね。ロベルト、此方で軽く食べれるものを持ってきて。」
「かしこまりました。直ぐにお持ちいたしましょう。」
ロベルトは一礼すると退出してくれた。
よし、ロベルトがいない間に早速本題に入ろう。
「ゴホン。では早速本題に入りますね。」
そう言って私は深呼吸をし資料を並べた。さぁ、推しの救済を始めようか。
「まず、貴方には色々と適正を調べたいと思います。例えば剣の腕に覚えがある等ね。言いたくなかったら黙秘でもいいわ。まぁ、アンケートだと思って気軽に答えてね。」
あわよくば好き嫌いなどの食べ物を知りたいです。
「まず、名前はある?出身は何処かわかる?」
「……帝国側から売られた。名前は棄てた適当に呼んでくれ。」
眉間にシワを寄せて忌まわしそうに嫌々答えている。無理しなくて良いのになぁ。
「そう、では貴方のことをシンと呼びますね。」
「シン……。」
「そうよ。遠い異国の月の神から貰ったわ。これからはそう名乗りなさい。」
お、推しの名前を名付けてしまったんだけど……。原作では名前は通り名みたいなのは出ていてそれを名乗っていたんだよね。本名は隠れ攻略時に凄く拒否していたから本名から遠い名前にしたんだけど。嫌だったかな?
「月の神、か。皮肉だな。」
推しは帝国語でボソリと呟いた。
「帝国の言葉が解るわね。なら王国の言葉は?文字や他の言葉が解るとかある?」
「王国の言葉は、買われた先で聞いて覚えた。文字は単語しかわからない。」
「じゃあ、十歳って言ってたけど魔法適正を調べたかしら。教会には行ったことはある?」
「……ずっと昔に魔力があるかどうかは調べてあった気がする。」
「あら、なら属性まではわからないのね。調べたいなら調べるけど。」
「いらない!俺は魔法は使わない!」
「……そう、わかったわ。では貴方には用心棒の部署に1週間研修をしてもらおうと思います。」
「はぁ?研修?奴隷なら命じればいいだろ?」
「そうね。けど、貴方の可能性って出来る出来ないと決めつけるには早いわよ。……アンケートが終わったら説明しようと思っていたんだけどね。」
手元の資料を机において真っ直ぐにシンの眼をみる。
「貴方の奴隷からの解放の条件は生きるための技術を身につけること。嫌なら安いけど過酷な船の下働きでお金を貯めて私に支払う。かな。」
「なっ!」
「働いてもらった賃金から貴方を買った時の金額を一定額引きます。その場合船の下働きでは30年かかるかな?」
ペラリと資料を捲る。
「部署によっては金額に差はあるけれど生活する分には足りると思うわ。」
「あ、技術を身につける期間の間は私が衣食住の負担をするからそこは安心してね。」
「えぇっと、この試みって貴方が第一号だから貴方の実績によっては定期的に奴隷を買い、うちの従業員になって働きながら技術をつけて解放奴隷になるっていうサイクルが出来ないかな?って思っていて。」
「解放奴隷になってからの仕事の紹介状をうちから出すし、そのまま働きたいって人がいればそのまま働かせるし。どうかな?」
「それってお前の所の店の技術が奪われるだけじゃないか。」
「ふふっ、そこは安心して。うちの店って系列店を入れたらこの国で5本の指に入るほど大きいから。人手はいくらあっても足りないもの。もちろん奴隷解放時に機密事項は忘却するように契約書に組み込まれているわよ。」
「あと外国にも店舗があるから私が把握しているだけでも10は越えているし。今は無理だけど、帝国にも店や系列店があるからそっちに行きたいならなんとかなるわよ。」
「嫌だ!絶対に帝国なんかに帰りたくない!」
いきなり大きな声を出して驚いた。
「まぁまぁ、落ち着いて。まだ可能性の話よ。この案が母に通らなかったら貴方にはロベルトの元で下男からのスタートで最終的に執事になるってのもあるわよ。それはそれで別の契約になるんだけどね。」
ロベルトの後継者として私の近くにいてほしいなぁ。いつかは嫁ぐからそれまではずっといたいもの。
あわよくば弟をサポートしてくれる存在になってくれるのを望んでいる。狡いことを望んでいるなぁ。
「言葉や礼儀、色々と学んで貰うつもりよ。で、貴方はどうするの?自由になったらって想像してみて?」
「奴隷から解放されたら……。」
「そう、今のままだとならず者か物盗りになるしかないと思うんだけど。」
「少しずつでいいわ。解放まで早くて7年はかかる計算だし。」
「技能を身に付けた人は何処でも生きていけるもの。」
私がいない所でも幸せに暮らしてほしいから。
「さぁ、どうする?直ぐに店で働くか私の元で学び生きる選択肢を増やす?」
「……7年って何の部署だよ。」
かかった!!
「それはね。私の秘書よ!」