6話
我が家の庭は二つある。東側と西側によってかなり違う。
東側は表の通りやお客様に見えないので父専用の畑がある。
そこは品種改良や肥料によって成長具合はどのぐらい変わるのかなどの実験も兼ねている。
新婚当時母は「折角好きなことがガーデニングならこういう風に育ててみてくれない?」と異国の知識を此方でも導入出来ないかの実験を任せた。軽~くダメ元で頼んでみたらしい。
父は結婚するまでは小さな花壇でしかガーデニングをやったことがなかったが、試しに小さな畑を作ると見事にハマっていった。
今では他国の農業資料を手に入れた時にはこっそり小躍りしている。
……この家で見ないフリをするのは暗黙の了解なのだよ。
最近だと父は母が仕事を引退したら田舎に土地を買って畑仕事をしながら余生を過ごそうかなぁと言っている。が、母は死ぬまで現役!仕事は辞めない!との事なので父の夢は今のところ夢でしかないようだけど。
東側は父専用の庭で西側は見事な薔薇の花が咲いている。
うちの家にも薔薇専門の庭師がいる。この国の貴族は薔薇職人をお抱えは当たり前。他国に比べて薔薇の庭でガーデンパーティは多い。何故なら見事な庭を見せるのは一種のステータスになるらしい。この国独自の貴族ルールに当たる。
ちなみに父は薔薇以外の花専門。皆がやっていることより違うことをやってみたかったらしい。
王家の紋章に薔薇が描かれているようにこの国の薔薇の種類は沢山ある。今でも品種改良されていて数年に一度は薔薇の種類が更新され続けているのだとか。
城壁にも薔薇の蔓が覆うようになっていることから他国からは通称『薔薇の国』と呼ばれている。
準貴族だった頃は付き合いでここでガーデンパーティを開くことも多かったそうでその時の名残で今でもこの庭が綺麗に維持されているのは薔薇専門の彼らのお陰である。
母のお気に入りの庭でもあるので此方の庭は父は手を出さないようにしている。気づいたら西の庭は野菜畑が出来上がっていましたとか洒落にならん。
私と弟のお気に入りは父が母の為に建てた四阿だ。
濃いピンクから薄いピンクの数種類のピンクローズがグラデーションになっていて綺麗で好きなんだよね。
薄い色が桜の花びらみたいで懐かしくなるのもあるかな。
いつものテーブルにエミールと座って待っていると侍女がお茶を持ってきてくれた。
「ありがとう。そこに置いておいてくれる?入れるのは私がするわ。」
「かしこまりました。何かあればお呼びくださいませ。」
侍女が立ち去るとと私はお茶を入れるために席を立つ。
今日は紅茶だ。この紅茶はうちの店で取り扱っている中でも人気がある品だったかな。
エミールは時間が惜しいようで私の手元を見ながら昨日の勉強で難しいところがあったなどを教えてくれる。
お茶を入れ終えた所で席に戻ると本題だと言わんばかりに顔をしかめた。
「お姉ちゃん。さっきの男は誰なの?」
私はゆっくりお茶の香りを楽しんでいると弟くんの刺々しい反応に少し驚いた。
「今日迎えた奴隷よ。あれ、エミールに伝えて無かったかしら?」
「僕聞いてないよ!奴隷なんて何で買ったんだよ!」
「なら今言いました。奴隷を買ったのは次にやりたいことで必要だからです。それに犯罪奴隷ではないから安心して。」
「それって家族に相談することじゃないの?」
口を尖らせてボソボソとまだ何か言っている。
「お父さんには相談したわよ。」
「いや、お父さんはノーカンでしょ。あの人の最終決定権は実質ロベルト……。」
「ロベルトにはお父さんは泣いて許可を出しましたと伝えたら今日の用意をしてくれたわ。本当に有能よね。」
あら、伝えてないっけ?私の脳内では伝えていたわよ。ヤバイ推しの事で報告してなかったか。
「それにお父さん。私の事信じてくれているもの。」
語尾にハートマークがつく程に私は機嫌が良い。
前世の記憶があることはエミールにも勿論両親たちにも伝えてはいないけど、他の子どもと比べたら私はあまりにも異質だ。
私と対話をした大人は私の事を大人と話しているようで不気味だと陰で言っているのも知っている。まぁ、事実だし否定は出来ない。
「お姉ちゃん……まさか奴隷を使って何か悪い事でもするの?」
何てこった。実の弟の信頼度はかなり低いみたいだぞ?何かやらかしたっけ?現在進行形で心当たりが多すぎるのだが。
「やだな~。そんな危ない橋は渡らないわよ。」
「自分で渡らないから奴隷を買ったんじゃ……。」
「一つビジネスをね、考えているのよ。」
弟くんはまだ疑っているようだけれど、此方としてはかなり昔から推しを保護したときに合法的に私の近くで彼を見守れるのかと真面目に考えていたのだ。
「今は言えないけれど、お母さんが帰ってきて話が纏まったらキチンと話すわ。今日の夕食で自己紹介はしてもらうつもり。」
「でも、お母さんが帰ってくるまであの奴隷はお姉ちゃんの周りを彷徨くんだろ?僕だって一日一回のお茶の時間は楽しみにしているのに。あいつに邪魔されたくないよ!」
可愛いなぁ。
「いいわよ。この時間はいつも通り二人だけでお茶をしましょ。」
「それなら、別にいいけど。」
素直で良い子だわ。
「そう言えば、この時間って勉強の時間ではなくて?」
ギクッと顔色を変えた。やっぱりか、いつもは庭にいくのを急かさないのになぁと変だと思っていたんだよね。
「いや、だって今日は先生が来るの遅れるって言ってたから。」
「少しの遅れではなくて?私とお茶をしてから20分は経っているわよ。お待たせするなんてダメじゃない。」
「えぇー、もう?あの先生の授業面白くないんだよ。」
勉強は興味がない分野だと総じて面白くはないものでしょ?
「好きな勉強だけしても知識は偏るだけよ。ホラ、今日は寝る前に物語を読んであげるから。」
「本当に?なら、アレがいいな!この前さ……」
「ハイハイ、わかりました。早く行ってらっしゃい!!」
「約束だよ!!じゃあ行ってくるね!」
まったく現金な奴め。誰に似たんだか。
駆けていく後ろ姿を眺めながらすっかり冷めた紅茶を胃に流す。