17話
「グハッ!お、お嬢……。イイパンチで……。」
ちょっと涙目になっている大男。考える間もなく手を出してしまった。ちょっと……理不尽かな?一応謝っておく。
「ご、ごめんなさい。後ろをとられたから……つい……。」
そんな見苦しいいい訳があるか!私は某暗殺者ではないよ!
「さっすがお嬢……!考えがベテランの暗殺者ですゼ!」
嘘だろ。通るのか。暗殺者って後ろをとられちゃいけないというルールはどこの世界でも共通しているものなのか……?
ま、まぁ?腹パンはチャラになりそうだしこのまま話を進めますか!
「静かにしてよ。今、シンが集中しているのだから邪魔しないの!」
「へ、へぇ。シンの集中力はスゴいッスよ。午後にくる子どもたちの絡みにも負けねぇんですからな」
ガッハッハッ!と大声で笑い始めた。
だ・か・ら!うるさくするなって言っているでしょ!
私はもう一度腹パンをした。
2度目の腹パンをした後、他の人も外周を終えぞろぞろと帰ってきた。
一気に神聖な空気が男の野太い声が響くむさ苦しい場所に変わった。
シンはそれでも自分のペースを崩すことなく淡々と型の確認をしていた。
私はこっそりと道場を後にした。流石にずっとあそこに居たら邪魔になるのは私の方だ。
道場の裏手にある水場に来た。当分誰も来ないでしょう。
大きな木の下にあるベンチに座りお昼まで時間をここで過ごすことに決めた。
丁度日陰になっているのでザワザワと風に吹かれる葉の音が居心地がいい。
朝の悪夢のせいで寝不足な私はついウトウトとしているといつの間にか寝てしまった。
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誰かに、身体を揺すられている気がする。あー、私寝てたか。
目をゆっくり開けると目の前には推しのドアップ。
……夢かな……?
「~~ッ!」
叫ばなかった私を誰か褒めて!
推しが!推しの顔が!!ヒィッ!!ち、近い!!!
「お、やっと起きたか……。お前、ぐっすり寝すぎだろ……。」
「ちょ、ちょっと。ち、近い……。少し離れて……。」
もう、脳内処理が追いつかない……!オーバーヒートしそう……!
「……呼んでも起きないからだろ。」
シンは一つ溜め息を吐いて一歩下がった。
ホッ。よかった……。これでまともに話せる。
私は口の周りに涎が垂れていないかハンケチでサッと拭く。
た、たぶん大丈夫かな?大丈夫だよね?
うわー!今すぐ鏡が欲しい!
「シンは何か私に用があるの?」
「用っていうか……。師範に一度休憩に行ってこいって……。」
恥ずかしい……。私、今完全に勘違い女じゃないの!
「……水を飲みに来たら、あんたが寝ていて……。春先とはいえ……風邪を引くぞ……。」
う、うおぉぉぉぉ!!推しが!デレた!!
私を心配してくれたの?う、自惚れてもいいですか?いいですよね!
キャーッ!キュン死した!尊いよ……!
お、落ち着けぇ!私よ!落ち着くんだ……!
……私の脳内では多大な負荷がかかり現在処理ができなくなっている。
冷水を……!誰か、持ってきて……!!
「あ、ありがとう。それにしてもスゴい集中力だったわね。」
「……え?あぁ、そうかも…な。一つの事に集中するのって楽しい……かも。」
そういえばもうすぐ用心棒部門の体験は終えるから今後の予定って伝えてもいいかな?
「次の予定を伝えておくね。次は本から知識をつけてもらいたいの。勿論先生はいるけれど他の仕事も兼任しているから基本的に授業は午前中にあるわ。」
彼らが忙しい時は宿題や課題を提出する形になる。
「だから、用心棒部門には空いた時間に行っても構わないわよ。」
そう、用心棒部門は基本的に己を鍛えるのが好きな集団だ。仕事終わりや非番の人って結構多くってね。少し運動したい人は(事務仕事のストレス発散の為等)いつでも利用できるようになっているのだ。
前世でいうスポーツジムみたいなものかな?最後に掃除すれば時間関係なく使えるし。
「そう、なのか……。」
あ、ちょっと嬉しそう。かわいいなぁ。
「一日の課題を達成すればいいのですもの。」
やる気を起こす為に嘘は言っていない。教鞭を執るのがロベルトやレイモンドってだけで……。
「今日はお母さんも楽しみにしているから。頑張ってね!」
「……あぁ。俺はお前の秘書になるんだ。……任せろ。」
ニカッと笑ったシン。彼の笑顔を見て、朝の不安がどこかに吹き飛んでしまった。
シンは道場に戻り私も屋敷に戻った。
約束の時間まで後少し。