16話
ハァッ!ハァッ!と自分の息づかいが静かな森に響く。
もう少しでこの森を抜ければ俺は……!
体力はとうに限界がきているがそれでも脚は止めない。いや、止められない。
止めた瞬間俺は血の繋がった実の兄弟に殺される。あいつが俺を生かすわけないのは目に見えている。父の代もそうだ。不要な血筋は消すのが帝国の仕来たりになっている。
どれだけ走っただろうか?今夜は満月でついてない。闇夜が俺を隠してくれないなんてな。
森が途切れた。やった。俺は逃げ切れたんだ!我が儘なお嬢様に振り回されるのも理不尽な命令を下される日々にも。そして、命を狙う兄弟にももう。おさらばだ!
その時、ガサッと草を踏む靴の音がした。
一瞬の希望が絶望に変わる音が聞こえた。
「ここまでだぜ、兄貴。」
目の前には剣を構える弟がいた。そして隣には焦がれてやまない彼女がいる。
「もう、大人しく投降してください!私は誰も傷ついて欲しくないんです!」
「それは、聞けない、ね。」
俺は静かに折れている剣を構える。
フゥッと息を整える。頭が少し冷静になってきた。
傷つけたくない、ね。
目の前の弟はどうみても俺を殺す気満々だ。目に宿る殺意を抑えきれていない。
クソッ、ついてない。利き手である右手の感覚がない。さっきお嬢様を庇って撃たれた魔弾が今になって効いてきた。
俺の身体はボロボロだ。この状態で決闘をしたら間違いなく死ぬ。けど、死ぬなら彼女の目の前がいい。刹那にでも彼女の記憶に焼き付いて欲しいと思うのは、我が儘だろうか。
「兄貴、昔の続きをしようぜ。俺が未熟で兄貴に止めを刺さなかったから彼女が傷ついた。」
「やめて!もう、いいの。お願いだから話し合おうよ!」
「……お嬢さん。悪いけど、昔のけじめをつける時が来たみたいなんだ。」
あぁ、もう少しで逃走用の馬がいる小屋に着くっていうのに。
「そうだな。けじめをつけないとな。兄貴、俺の為に死んでくれ。」
さて、どれだけ足掻けるかな。
あーあ、致命傷だな。肩からバッサリ切られたからこれは助からねぇな。
倒れた俺の傍に弟と彼女が近寄ってきた。
「兄貴!!最後、何で手を抜いたんだ……!」
「好いた、女を泣かすなんて、な。お前もまだまだ、だよ。」
手を抜いたのがわかったのか。でも、俺は彼女をこれ以上泣かしたくないんだ。俺にとって小さな光。
弟が死ねば彼女が悲しむ。この焦がれた思いは墓まで持っていくつもりだったのに。
弟がくしゃくしゃに顔をしかめているのが見えた。目が霞んできて彼女の顔が見えない。
彼女はずっと泣いて、いるのか?もう、耳も遠くて何も聞こえない。
「俺は、君を護れる騎士に、なりたかった、な。」
ーーーーーーー
推しが息絶えた所で私は目が覚めた。
寝汗が髪に張り付いて気持ち悪い。
窓を見ればまだ朝日がうっすら出てきた頃。
今のは、確か隠し攻略キャラのノーマルエンド(特典アニメ版)。
何、今の夢。シンの感情や思考、息づかいも森の匂いも全てがリアルだった。
私がシンになって体験したような……。気持ち悪い。死ぬなんて体験は一度だけでいいのに……。
それにしても、夢で…本当に、よかった。涙がポロポロと止まらない。今すぐシンに会いたい。会って無事なのか確かめたい……。
私を起こしにくる侍女が来るまで私は静かに泣いていた。
鏡を見て目が腫れていないのかを確認する。
うーん。ちょっと腫れているかな?充血も少しだけだしこれなら誤魔化せる。
朝食を終えた私はすぐにシンに会いに行く。
時間ギリギリまで鍛練をすると聞いていたし道場に行けば会えるかな。
歩くスピードが段々速くなるのは無意識だった。気が付いたら息があがっていて、少し噎せた。
あちゃー。また走っているのをロベルトに見られたら宿題を増やされるのに……!見られていないことを願うしかないかな。
深呼吸をして私は静かに道場の扉を開いた。
シンは一人道場に居た。木刀で型の確認をしているみたい。
確か帝国出身の師範に教わっていると報告であったな。
他の人は外周をしているみたいで誰もいない。
道場にはシンと私だけの空間ができていた。
静かにゆっくりと重心がずれないように型を一つ一つ丁寧に確認しているシンは道場に差し込む光に当たって一枚の絵画みたい。
ヤバい……!動く宗教画みたい……!御布施は!どこで払えばいいですか!?
脳内はお祭り騒ぎ。だが私は邪魔しないように静かに道場の入り口で佇む。
誰でもこの神聖な風景に見惚れるわよ!
あぁ、ずっと観ていたい……。
「オッス!お嬢!おはようございますッ!!」
それをぶち壊した大男に腹パンした私は悪くないと思うんだ。