6.発展途上
名前を知らない。
「モカさん、最近よく笑われますわね」
あれから特筆するような何かが起こることもなく、日々は穏やかに過ぎていた。
朝、起こされて仕度をされている最中に、ぽつりとフレイドルから言われたそんなことに、グレイスは思わず振り返り「えっ?」と眉を寄せる。髪を梳いている途中だったため、すぐに「前を向いて下さい~」と言われてしまい、グレイスは鏡に向き直った。
「そう、かしら……?」
「ええ、はい。グレイス様、最近中庭でモカ様に剣術の指導を受けたりしているでしょう? ですからお仕事中に私もまま見かけることがあるんですけれど、とても優しい表情を浮かべている時がありますわ」
言われて、グレイスが思い返したのは「あの日」から――自分がモカに対して本音を話したあの日から、度々向けられるようになった、酷く自分を甘やかすようなモカの笑顔。それを思い返して、グレイスは何故か顔に熱が集まるのを感じ、内心首を傾げた。
すると、鏡越しにフレイドルはグレイスの顔を覗き込み、鏡の中でグレイスと視線が合えば、にこりと笑う。
「ちなみに、グレイス様もですよ」
「……え?」
「モカ様がいらっしゃってから、前よりたくさん笑われるようになりましたわ。見かけるお二人は本当に仲がよさそうで、まるで兄妹みたいで、微笑ましいです」
ふふっと笑い声を交えて言われたフレイドルの言葉に、グレイスは何故か引っ掛かりを覚え、その引っ掛かりは少しだけグレイスの気分を害した。
「……別に、わたしあいつと血なんか繋がってないけど」
「知ってますよ? それくらい仲がよく見えたって話ですよ!」
言って、「うん、今日も可愛くできた!」とグレイスの髪をフレイドルが結い終わると、グレイスは小さくぽつりと「兄妹……」と呟き、無意識に思う。
――なんか、分かんないけど、ヤダなあ……
嫌だと思う理由は明確には分からず、ただぼんやりとそう思ってグレイスが黙り込んでいれば、フレイドルはグレイスの髪をセットした道具類を片しつつ「そういえば」と言った。
「今日ですけど、お昼に一度モカさんのことをお借りしてもよろしいですか?」
「えっ? 別に、わたしはいいけど……何でよ」
「メイドのミザリーがついとうモカ様に告白をしたいそうで。まあ、ですから用があるのは私ではないのですけれど」
何気なく、さらりと言われたフレイドルの言葉に、グレイスは思わず「はっ?」と声を上げ、フレイドルに振り返る。
「告白って、えっ!? でもあいつ、ここに居る間は――……」
「恋人作られる気はないのですよね? ミザリーにもちゃんとそれは伝えましたけれど、それでも言いたいと申しまして」
「………………」
「ですのでグレイス様の方からモカ様にお伝えしておいてもらえますか? 話だけでも聞いてあげて、と」
「っ、待って、わたしっ――……」
何故か、すぐに肯定の言葉が出てこず、やっとの思いでグレイスが声を出すと、それを遮るようにコンコンっ、と部屋の扉を叩く音が室内に響いた。
「モカです。朝食の準備ができましたので呼びに来ました。仕度は終わっていますか?」
タイミングが良いのか悪いのか、扉の向こう側から聞こえたモカの声に、グレイスの言葉は掻き消され、フレイドルはすぐに「はいはーいっ」と返事を返す。
「――ではグレイス様、よろしくお願いしますねっ」
「っ、あ……」
何か言いたげであるグレイスにもフレイドルは気付くことなく、グレイスに向かってウインクをすると、部屋の扉を開けた。
扉のすぐ外に立っていたモカに対して、フレイドルは「うふふっ」と笑ってモカの横をすり抜けて行く。意味深に笑顔を向けられたことに、フレイドルの姿をモカは少しだけ視線で追って、首を傾げながらグレイスの部屋の中に足を踏み入れた。
「フレイドルさん……今朝は随分ご機嫌なんですね。何かいいことでもあったんでしょうか」
他人事のように、ぽつりとそんなことを言ったモカに対して、グレイスはギっと強い眼光でモカのことを睨み上げる。
睨まれるようなことをした覚えのないモカが、それに少しだけ身を引くと、グレイスは座っていたドレッサー前の椅子から飛び降り、荒い足取りでモカの横を通り過ぎた。
「――知らないわよ、バカっ!!」
ご機嫌であったフレイドルとは対象的に、かなり不機嫌であるグレイスに、モカは内心「ええ……」と思うのだった。
*
「……ねえ、あんた恋人作らないの?」
午前中、予定は勉学であったため、勉強部屋にてモカの指導の下、グレイスは勉強をしていた。
暫しグレイスは不機嫌そうな表情のまま、モカの授業を受けていたため、一応モカは「僕、何かしましたか?」と聞いてみたものの、すぐに「別にあんたは何もしてないわよっ」と言われてしまったため、勉強も真面目に受けてくれるようだったので、気にすることは止めて勉強を教えれば、そんな不機嫌もその内に消えていた。
休憩も挟みつつ、時刻は気付けばもうすぐ正午になろうとしていた時――唐突にグレイスから言われたそんなことに、モカは当然首を傾げる。
「え……と、突然何ですか? 勉強に飽きました?」
「違うわよ! ちょっと……気になっただけ、で……前そういうこと言ってたじゃない」
そうして、グレイスの浮かべた不機嫌そうな表情は、今朝見たものと一緒であったことにもモカは疑問を浮かべたが、ひとまず質問に答えることにした。
「まあ……、以前も言いましたが今は作る気ありません。王女の護衛がありますし」
「じゃあわたしのことがなかったら?」
「……と言われましても、特には」
「好きな人とか、居ないの?」
「はあ……居ませんかね。それに――、」
流れるように、自分の口から出かけた言葉の悪さにはっと気づき、モカは言葉を止めたが気付くのが遅れ、グレイスに「それに?」と聞き返されてしまったため、仕方なく息を吐く。
「――女の人は等しく面倒臭いですから」
子供であるグレイスに言うことではなかったかな、と思いつつも、試しに言ってみたモカであるが、結果としてモカはグレイスに睨まれることとなった。
「――ムカつくわ」
「えっ?」
「ムカつくって言ったのよ。そんな風に性別で一括りにするの、ムカつくわ」
「はあ……ですが、例えば王女は見目が麗しくあられますが、初対面の人にそれを見初められて好きだ、と言われても鬱陶しいとか思わないですか?」
「あのね、あんた人間なんて一目見たときにどこで優劣みるのかなんてそんなの見た目しかないんだから、そうやって言ってくれる人全部を全部無下にするんじゃないわよ」
「………………」
「その上あんた自分のことなんかほとんど喋らないじゃないの。そんなだって言うのに最初見た目以外のどこ好きになったらいいのよ。あんたがどんな事情でそう言ってるのか知らないし、知りたくもないけど、見た目だけでも好いてくれる人を全部突っ撥ねるなんて傲慢だわ。好かれるのは悪いことではないんだから――……って、何の話だったかしら?」
言っている途中で、自分自身何を言っているのか分からなくなったのか、首を傾げたグレイスに、モカはふっと吹き出し笑ってしまう。
「ちょっと! 笑ってんじゃないわよ!!」
「すみません、ちょっと……」
くつくつと肩を震わせて笑ったことを咎められ、息を吸い込んでそれを止めると、モカは穏やかに微笑んだ。
――本当、こうなってくるとどっちが大人か分からないな
グレイスのくれた言葉にそんなことを思って、穏やかに微笑むモカを見たグレイスは、よく分からないけれど、何故か息が詰まるような感覚を感じつつ、浮かんだ疑問を口に出す。
「ね、ねえ……」
「はい?」
「わ、たしも……――面倒臭い……?」
遠慮がちに聞かれたのはそんなことで、モカは自分の発言を思い返しつつ、バツが悪そうな表情を浮かべるグレイスに、またふっと吹き出したのだった。
「いえ――王女は……面白いです」
満足気な表情で言われたそんなことに、グレイスは「何よそれ……」と口を尖らせたものの、面倒臭いと言われなかったことに、ほっと安堵し息を吐く。
「――あ、そういえば、あんた昼食中の護衛はライアスと代わりなさい」
「……何故、ですか?」
護衛を代われと言われたことに、「やはり自分が何か王女の気に障ることをしたんだろうか」と思ったモカだったが、モカの質問にグレイスはノートに走らせていたペンを止めて、ふと息を吐いた。
「……メイドの一人が、あんたに話したいことがあるそうよ。それで、時間作って欲しいって」
酷く面白くなさそうに、口を尖らせながら言うグレイスの真意はよく分からなかったものの、その言葉で今朝のフレイドルがご機嫌だった理由と、唐突に始まった今のよく分からない会話の原因が分かり、モカは「はあ……」と息を吐く。
フレイドルの様子からして、モカは十中八九、その「話したいこと」というのが自分の予想通りなのだろうと思った。
「えー……それは、相手がどなたか聞いてますか? 知っていたら教えて欲しいのですが……僕、城の人は皆、顔と名前覚えているつもりですので」
「え? ……ミザリーって言ってたけど」
「――ああ、彼女ですか……」
モカの口から出た、ミザリーを知っている風な言葉にも、グレイスは何か引っかかりを覚えたけれど、その感情の名前が分からなく、グレイスは何も言わず、何とも言えない気持ちでモカのことを眺める。
そんなグレイスの様子には気付かず、モカはミザリーの顔を思い浮かべて、少しだけ考えるような仕草を見せた後に目を伏せた。
「――でしたら、行く必要はありませんので僕は行きません」
きっぱりと、はっきりと、言い切ったモカのそんな言葉に、グレイスは思わず「は……?」と目を見開く。
「行く必要がないって、どうして」
「……何を言われるかは想像がつくからです。そして僕はそれに応える気はありません。それだけです」
「応える気がないからって……、それで、聞くこともしないの……?」
何を聞こうとしているのか、グレイスのして来た質問に対して、モカは不思議そうに首を傾げ「はい」と頷いた。
「聞く必要、ありませんから」
思っていることを正直にそう言って、昼食までまだ僅かな時間があったため、勉強を再開させようとモカが持っていた教本に目を落とすと、それに伴ってだろう、グレイスは開いていたノートをぱたんと閉じて見せる。
もう勉強はしないという意思表示に、モカはグレイスに目を向けたが、グレイスは俯いていたため表情は伺えなかった。
「……王女? どうされましたか――……」
「あんまりだわ」
モカの言葉を遮って、はっきりと言われたグレイスの言葉に、モカが思わず「はっ?」と漏らすと、グレイスは顔を上げてモカのことを睨む。顔を上げたグレイスは何故か泣きそうに顔を歪めていて、ただ、その目から読み取れた感情は確かな怒りだった。
「あんまりだって言ったのよ!! そんな風に勝手にあんたで決めつけて、話も聞かないなんて、あんまりだわ!!」
叫ぶように言われたグレイスの言葉に、モカはぱかりと口を開けて、更に思わず口から零れ落ちてしまったのはこんな言葉。
「……王女がそれを言いますか」
言ってしまったことに、一瞬「しまった」と思ったモカだったが、もう遅く、言い返されたそれにグレイスがかっと顔を赤くしたかと思えば、益々怒りを露わにした。
「――そうよ!! だから言ってるのよ!!」
開き直るように、そう声を荒げたグレイスは、座っていた椅子から降り、モカの近くまで行くとモカの腕を掴んで引っ張る。その力に抗うことは勿論容易であったけれど、モカは大人しく引っ張られる方向について行った。
「自分で勝手に決めつけて、話も聞かないで、そうやって、わたしは……後悔したもの!!」
「王女……」
「だから……、だからあんたがミザリーの話をちゃんと聞いて来るまで戻って来ることは許さないんだから!!」
言って、グレイスは勉強部屋の扉を開けるとモカの背を押し、部屋の中から追い出して、一言「バカっ!!」と吐き捨てられ、扉はバタンっ!と強い力で閉められる。
部屋の外に放り出され、暫し黙り込んでその場でモカが突っ立っていれば、グレイスの声量がそこそこ大きかったため、辺りに聞こえていたらしく、それを聞きつけたらしい近くに居たライアスが、モカの元までやって来た。
「――どーしたんすか、モカさん。グレイス様になんか怒られました?」
近くに寄って顔を覗き込んできたライアスに、モカは「実は……」とことの顛末を話してみることにしたのだった。
*
「――――はあ~~……そりゃグレイス様の言う通りなんで、とりあえずここは俺に任せて行ってきたらどうです? ミザリーのところへ」
「……やっぱりそう思いますか」
「というか、モカさんもそう思ったからここに居るのでは? 別に王女の力に抗えん筈ないんですから」
やれやれと、息を吐きつつ言われたライアスの言葉に、モカは唇に手の甲を当てて、「うぅん……」と悩ましい声を上げながら目を細めた。
「どーしたんすか? 何か問題でも?」
「問題、と言いますか……」
「煮え切らないっすね。ミザリーだったらいい子だし、モカさんと年齢もいい感じなんで俺はおすすめしますけど!」
「おすすめされましても、今は本当に誰とも付き合う気はないですし――……」
「ですし?」
追及して聞いてくるライアスに対してではないけれど、モカは「はあっ」と一度重くため息を吐くと、そのため息の理由を渋々口にする。
「僕……ミザリーさんに顔、見られたんですよね……昨日……」
言い辛そうに告げられたのはそんな言葉で、言葉の正しい意味が理解ができず、ライアスは「はあ……」とぼんやりとした答えしか返せなかった。
「だから、行きたくないと言いますか……」
「えーと、すんませんモカさん……顔見られたから何が問題あるのか分からないんすけど……」
当然と言えば当然の疑問をライアスにぶつけられ、モカははたりとし、「ああ、そうですね」と言うと一瞬辺りに意識を巡らせ、近くに人が居ないことを確認すると、ライアスに向き直る。
「ライアスさんでしたら別に見せても構いませんので見ますか? 僕の顔」
「へ……、」
ライアスが、王であるヴァイスに紹介されたその時から、モカは今被っているこの鉄兜の姿であった。その上、ヴァイスからは「素顔は暴いてあげないで」と言付もあり、ライアスは気にしないように努め、その内に本当に気にならないようになっていたけれど、今更モカの素顔を見たことがないという事実に、ライアスが思い至った時だった。
モカは、躊躇いなくその鉄兜を両手で持ち上げて外し、頭を振り、手で適当に髪型を整えるとライアスに目を向ける。鉄兜のない状態のモカと目が合い、ライアスは思わず息を止めた。
――茶色のさらさらとした細い、柔らかそうな髪に、甘いマスク。整った目鼻立ちで、翡翠色の瞳は宝石のようであり、おとぎ話の王子様のような見た目の青年が、目の前に現れたことにライアスは目を見開く。
目だけじゃなく、あんぐりと口をも開けて固まったライアスの反応に、自分の顔を認識されたことを悟り、モカはすぐさま、また顔の大部分が隠せれる鉄兜を被り直した。
「えっ……ええー……っ!? モカさん、めっちゃイケメン……美人……お、男前ー……」
ライアスのそんな素直な感想に、モカは特に何も言わず、一度咳払いをしてライアスから視線を外す。
「……まあ、そんなわけでミザリーさんには昨日素顔をうっかり見られてしまっていて……話というのも大方予想できるので行きたくないんですよね」
「顔見られたから、告白してくるのが嫌ってことっすか?」
「……端的に言ったらそうですね。もううんざりなんですよ、この顔で寄って来られる人のこと」
それについてのバックヤードは分からないが、嫌味や自慢ではなく、本当に本心からそう言っているのだろう、感情のない目でそう言い捨てたモカに対して、ライアスは「ん~……」と唸り声をあげながら、ばりばりと頭をかいた。
「……俺の知る限り、ミザリーはそーいう感じの子じゃないんすけど……というか、断るにせよ断らんにせよ、相手の話を一切聞かずになかったことにしようとするのはどうかと思いますよ」
「……でも僕は、それを言われたところで」
「だから、それはちゃんとミザリー本人に言えって話でしょ! グレイス様が言ってたのもそういうことでしょう? それだとあまりにもミザリーがかわいそうですし……何より悪者になっちゃうのはモカさんっすよ。多分、グレイス様はそれが嫌なんじゃないっすかねえ……言葉足りてなかったみたいっすけど」
「そう……なんですかね」
「はい、多分ですけど。――ま、だから行って来て下さい。ここは俺に任せて!」
そう言って、胸を叩いたライアスにモカは少しだけ笑い、「じゃあ、お願いします」と頭を下げると踵を返し、カツコツと床を鳴らし歩き出す。
そんなモカの姿が廊下の角を曲がって見えなくなり、ライアスがふと息を吐けば、背にしていた勉強部屋の扉がキッと小さく音を立てて開いた。開いた扉の隙間から、顔を覗かせたグレイスが自分を見上げて来たのに、ライアスはにっと歯を見せ、人懐っこい笑顔でグレイスに笑いかける。
「……あいつ、行った?」
「はい、たった今。いやあ、グレイス様は本っ当~に大人ですねえ。モカさんのためにわざわざこんな風にして」
「扉越しであんまり声聞こえてなかったから、あいつが何をどう言ったのか知らないけど……わたしが嫌だっただけよ。だってあいつ、わたしみたいなこと言うもの」
自分が傷付きたくないから行かないというのは、正に少し前のグレイス自身。
それを気付かせてくれたのがモカだというに、そのモカが自分と同じことをしようとしているのが、グレイスはどうしても嫌に感じたのだ。
「――しっかし、モカさんがあんなにイケメンだったとは……びっくりしましたよ。ねえ、グレイス様」
「――え?」
「はい?」
ぽろりと漏れたライアスの言葉に、グレイスから返ってきた心底の「何のこと?」という響きを持った声に、思わずライアスも疑問の声を上げる。
「グレイス様、モカさんの素顔見たことないんですか?」
「……そうね、無いわ。ていうか、ライアスはあるの?」
「え、いや、あるの、というか今さっきなんか普通に見せてくれましたけど」
「へえ、そうなの」
さして興味もなさそうなグレイスの返答に、ライアスは「んん?」と屈んでグレイスの顔を覗き込んだ。
「グレイス様、モカさんの素顔気にならないんですか? あの感じなら多分、グレイス様が見せてって言ったらグレイス様になら見せてくれると思うんですけど」
そんなライアスの言葉に、グレイスは顔で「何言ってんの?」と言うように、怪訝な表情を浮かべる。
「最初は気になったけど……今は別に、気にならないからどうでもいいわよ」
「えーでも……」
「――だって、あいつの顔がどんなだろうとわたしの中のあいつへの評価はちっとも変わらないもの。あいつの顔が端正であろうが、不細工であろうが、そこに何の意味もないわ。あいつがあいつであるのなら、どんな姿でもわたしはきっと尊敬する。それくらい、あいつはよくできた奴じゃない」
そう、真っ直ぐに言い切ったグレイスの言葉に、ライアスは思わず「はあ~……」と感嘆を漏らした。
「今の言葉、モカさんに聞かせてあげたいですねえ……ていうか、是非目の前で言ってあげて下さい。彼、どうやら顔で評価されるのに何かトラウマあるみたいですから~」
「ふうん、あいつもバカね。そんな顔だけで評価するような浅い奴の言葉なんて覚えてなくってもいいのに」
「ははは、言いますねえ、グレイス様。――でもあの顔じゃー仕方ないような気がしますよ? グレイス様も見て置いた方がいいと思いますけど、モカさんの素顔」
「もう気にならないからいいの。……それに、兜を被って隠している以上、それをわたしから言って暴くことはしないわ。あいつが自分からその兜を外して見てもいい、って言うなら見るけれど、そうじゃないってことは見られたくないってことでしょう? 嫌なことならしないの」
「ふうーん、そうですか~……あ、そういえば昼食の用意が出来たんで呼びに来たんでした。向かいましょうか」
「ええ、分かったわ」
そうして、食事部屋に向かってライアスと横に並んで廊下をつかつかと歩き、その途中でグレイスは「ねえ、」とライアスに問いかける。
「……あいつ、ミザリーのこと何か言ってた?」
唐突に聞かれたそんなことに、ライアスは「へっ?」と間抜けた声を上げて、グレイスの顔を覗き込んだ。すると、グレイスは顔を赤くして俯いてしまったのだった。
「何かって……何、ですか?」
「た、例えば、かわいいとか、そういう……!」
「あ~……特に何も? 俺がいい子なんでおすすめしますって言ったら今は誰とも付き合う気はないって言ってましたし」
「そ、そう……」
そんな自分の答えに、明らかにほっと胸を撫で下ろした反応を見せたグレイスに、ライアスは「おやおやあ?」と言って、にたりと厭らしい笑みを浮かべる。
「何です、グレイス様、やきもちですかあ?」
「――え」
言われたライアスの言葉に、グレイスは一瞬固まって、そうしてじわじわと這い上がってきた羞恥心に、顔を更に赤くさせた。
「ち、――違うわよっ! ただちょっと気になっただけで……!」
「へええ~? モカさんの素顔は気にならないのに、そういうのは気になるんっすね~?」
「だっ、から違うってば!! やめなさいよ! その笑い方!」
「いやいや、いいんじゃないっすか~? グレイス様の年齢だとモカさんくらいのお兄さんって憧れますよね~うんうんっ!」
「だから本当にそんなんじゃ、なくて……っ!」
ライアスの言葉に反発しながら、グレイスは何かに気付いたようにはっと目を見開き、ぎゅうっと拳を握る。
――わたしは、あいつに憧れはしている。けれどそれはハンターとしてのあいつの技量や知識にで
――それに近づきたいと思う。間違いなくこれは尊敬で、憧れで……
そんなことを考えながら、不意にグレイスが思い返したのは、最近自分に向けられる、モカがよくするようになった、溶けるように甘い笑顔。
思い返して、グレイスはやはり息が詰まるような思いを感じた。
――じゃあこれは、この思いは、あいつに対して感じるこの、何とも言えない感情は……一体何と言うのだろう
――誰とも付き合う気はないと聞いて、ほっとしたのと同時に、悲しくなったのも何でなんだろう
――わたしには、何でか分からない
――だって、こんな感情、知らない
――この感情に、名前はあるの……?
「……グレイス様? どうかしました?」
呼びかけられ、グレイスははっとして顔を上げると、こんな風に自分の頭を悩ませてきたライアスに異様に腹が立ち、ぐっと眉を顰めて睨みつけた。
「――どうもしないわよ! バカっ!!」
急に機嫌を損ねてしまったグレイスに、ライアスが「年頃の女の子は難しいなあ」と嘯くのに、グレイスはふんっと顔を背けるのだった。