じゃあ、寺で殺人事件とか起きたら、どうすんだ?
えーと……。
争う二人を前に固まっていた瞳だが、
「あのー、両方にルミノールをかけてみたらいいんじゃないですかね?」
と提案してみた。
触るなと言っているが、なにかかけるくらいはいいのかなと思ったのだ。
ところが、武田は、
「鑑識ならもう帰ったっ。
石仏にルミノールとか罰当たりめっ」
と叫び出す。
ええっ?
寺で殺人事件とか起きたら、どうすんだっ!
と思う瞳に、カピバラ様が訊いてきた。
「瞳よ、ルミノールとはなんだ?」
「かけると血のついていたところが青白く光るんですよ。
お茶で流してても」
「ふむ、便利なものがあるのだな。
誰か、私の前に捨ててくれないだろうか。
……そしたら、絶対手放さぬのに」
と低く呟くカピバラ様に、怖いよ、この神様、と瞳は思う。
今、イケメンだが、強面な冬馬の中に入っているので、余計怖い。
「ルミノールなんて、鑑識の人くらいしか持ち歩いてないですよ。
他に血に反応するものがあればいいんですが」
と瞳が言うと、カピバラ様は言い出した。
「血に飢えたサメとかクマとか連れてきたらよいのではないか?」
……まず、我々が死にます。
のんびりなカピバラさんも一撃ですよ、と思いながら、瞳は言った。
「そんなもの来たら、我々が全滅しますよ。
これが凶器かどうかわかる前に」
うーん、と唸ったカピバラ様は問題の石を見ながら呟く。
「どうしたら、これは石仏ではないと、この頭の固いジイさんにわからせることができるんだろうな?」
「……お前、全部口から出てるからな」
と武田が言ってくる。
瞳は草はらに近づき、腰を屈めて、石を上から眺めてみた。
これが石仏なのか、ただの石なのか、瞳にはわからない。
だが、そういえば、お茶臭いような気もする。
だとするなら、他の登山者と揉めて、いきなり殺されたということもありうるな、と瞳は思っていた。
計画的殺人ではなかったので、その辺にあるもので撲殺したあと、持っていた水筒のお茶かなにかで血を洗い流し、凶器を石仏に偽装したのではないか。
被害者はひとりで山に登っていたようだが、山で他の登山者と遭遇したのかもしれない。
すごい山なら、登山届とか出している人も居るから、登山者を把握できたのかもしれないが。
此処は、ご老人が椎茸やタケノコを取りに来たり、塞の神様にお供え物を持って来たりできる程度の山だ。
困ったなーと石を見ていた瞳は思いついた。
「そういえば、石って記憶するって言いますよね。
この石が凶器であるにせよ、ないにせよ。
此処にあったのなら、事件を見ていたはずですよね?
この石がカピバラ様……
失礼。
塞の神様みたいにしゃべってくれればいいのに」
と小声で側に来たカピバラ様に言ってみる。
「あっ、そうだ。
この石を拝み続けて、神様になったら、塞の神様みたいにしゃべり出しますよね?」
と言って、
「気の長い話だな……」
と気の長そうなカピバラ様にまで言われてしまった。
武田は、お前はこの石になにか恩でもあるのか、という感じに、石を守ろうと仁王立ちになって、こちらを睨んでいる。
まあ、この世代の人は信心深いからなー、と思いながら、
「しかし、ルミノールかけたくらいで神様怒りますかね~」
と瞳は呟いた。
横からカピバラ様が、
「怒るぞ。
仏は知らんが」
と言ってくる。
そういえば、この人、ガラクタ持って逃げただけで怒る人だったな、と思っていると、
「いや、私は私のために怒っているのではない。
それを供えてくれた人のために怒っているのだ」
と主張してくる。
そうなんですか、と呟きながら、瞳はチラと細い木々が生えている斜面の下を見た。
ガラクタ……
失礼、供え物の中のトンカチが見える。
あっちにルミノールかけられたらな。
それで反応がないことがわかれば、武田さんも納得してくれるかもしれないのに。
いや、どっちが凶器か、本当のところはわからないのだが。
じっとトンカチを見下ろしている瞳に気づき、カピバラ様が溜息をつき、言ってきた。
「わかった。
大負けに負けて、あのトンカチを他の貢ぎ物とかえてやろう。
あとは煮るなり、焼くなり好きにしろ」
「ええっ?
でも、代わりの貢ぎ物と言っても……」
ああ、割れた茶碗とかでもいいのか。
いや、今、ないぞ、割れた茶碗、と思う瞳の足許をカピバラ様は見つめている。
……見つめている。
「カピ……
いや、塞の神様、もしや、この靴が欲しいとか?」
渋い色合いではあるが、金色の靴だからか、物珍しそうにカピバラ様は眺めておられる。
裸足になってしまうんだが……。
いや、靴下は履いているが。
だが、このままこうしていても、この神様もジイさんも……失礼。
武田さんも折れそうにはない。
瞳は溜息をつき、靴を脱いだ。
「あげます」
と両手で抱えたそれをカピバラ様に差し出す。
「だから、トンカチ代わりにください」
「しかし、それではお前が困るよのう」
とソックスのまま土の道に立つ瞳を見て、カピバラ様は言ってくる。
「いや、いい加減帰りたいので」
このままだと、日が暮れるまで、此処に居ることになりそうだ。
血に飢えたサメとかクマとか出るかもしれないではないか。
いや、山でサメは出ないか、と思ったのだが、そういえば、日本の山でカピバラもないと思うのに出て来ている。
そんなことを考えていると、カピバラ様がいきなり、頭の上のキーホルダーを取った。
溜息をつき、
「しょうがない。
俺がおんぶしてやろう」
と言い出す。
「え、小早川さん……?」
冬馬は別にカピバラ様に身体を乗っ取られていたわけではないようだ。
自分の意思もありながら、様子を見ていたのだろう。
頭の上から、ひょいとキーホルダーを取った冬馬が瞳の前に背を向けてしゃがむ。
「ほら、乗れ」
「えっ、そんな……」
と瞳は赤くなる。
普段は怖い先輩とはいえ、話を聞きにいっただけで、容疑者の女性に惚れられたりもするイケメン様だ。
背中に乗るとか恐れ多いな、と思ったのだ。
「どうした。
足でも痛めたのか」
と少し離れて見ていた武田が言ってきた。
瞳がいきなり靴を脱ぎ、冬馬が背負おうとしたので、そう見えたのだろう。
「そんな金色の靴を履いてくるからだ」
と武田は言う。
いや、色関係ないですよね~と思う瞳の前にしゃがんでいる冬馬が、武田を振り向き言っていた。
「いや、俺が瞳を背負えば、事件が解決するんです」
……間、はしょりすぎですよ、小早川さん。