睡眠時間は無駄だと気付き、ゼロにした結果無事死亡。そして異世界へ
なぜ人は睡眠をとらなければいけないのだろうか? 俺はふと疑問に思った。睡眠時間さえなければ一日をもっと有効活用できるのではないかと。俺の一日の睡眠時間はおよそ八時間。これを分になおすと、四百八十分となる。カップラーメンが百六十個も作れてしまう。俺はこれほどの時間を毎日無駄にしているのかと思うと、絶望した。今日から睡眠時間は俺の生活からなくそう。そう俺は固く決意した。
「朝よ、起きなさい」
いつものように母親から起こされる。だが俺はすでに起きていた。というか寝ていない。早速、睡眠時間ゼロ運動を開始した俺は昨日は徹夜でゲームをしていた。何と有意義な時間だったことか、通常であれば無意味に寝ているだけの時間をゲームにあてることができたのだ。もはや俺の人生は充実しているといっても過言ではない。
「今行くー!!」
いつもなら何度も呼ばれて起きるところが、自分から返事をしてるのだ。これも寝ていないからこそできること。そう、寝なければ、朝弱いという弱点も簡単に克服することができる。ビバッ!! 睡眠時間ゼロ。
多少の眠気は感じるがそのうち慣れるだろう。俺は特に気にすることもなく、朝飯を食い、学校へ向かった。
一睡もしていないおかげで今日は気分がいい。いつもならば朝起きて憂鬱な気分に支配されているところが今はそんなものはみじんも感じない。
「おいおい、どうした? 廉太郎。お前が遅刻ギリギリに登校じゃないなんて、明日はハリケーンタイフーンだな。珍しいこともあるもんだ」
まだ春だというのに真っ黒に日焼けした男が声をかけてきた。なんだよ。ハリケーンタイフーンって…………相変わらずあほな奴だ。
「新しい試みを初めてな。今日は気分がいいんだ。テリヤキ、お前も一緒にやるか?」
「必要ないな。俺はいつも気分がいいんだ。そう、ポジティブバイキングなんだ」
「あ、そうか。ならいいや」
俺は、これテリヤキとの会話を切り上げ、教室を目指した。
「おいていくなよ。一緒のクラスだろ。俺たち。仲良く行こうぜ」
後をついてくるが気が付かないふりをして歩いた。こいつといると俺まであほだと思われてしまう。それは心外だ。こいつの学力は断トツの最下位だが、俺は三位と接戦の下から二番目なんだからな。
授業を受けていると、いつもよりも強い睡魔に襲われた。いつもなら抗わずに寝るところだが、今日の俺は一味違うぞ。意地でも負けてやるものか。秘密兵器スマホがあるからな、今の俺には。
その後、隠れてスマホゲームをしていた俺は、隣の真面目なクラスメイトに密告され、スマホを没収された。
「あほだなぁ。授業中にゲームなんかするからだろ。俺はちゃんとトイレにこもってやったからばれる心配はなかったぞ」
「お前があほだろ。それじゃ、出席にならねぇじゃねぇか」
「なんてことだ…………」
テリヤキの顔は一瞬で青ざめ絶望している。どうやら本気でそんなことにも気が付いていなかったようだ。救いようのないあほだな。どおりでさっきの授業いないと思ったんだよ。まさかトイレでゲームしてたとはな。先生もびっくりだろ。高校生にもなって授業中にゲームとは情けない奴だ。
スマホこそなくなったものの、残りの授業でも無事、睡魔との戦いに勝利を収めることができた。学校での睡眠時間さえも削った俺にはもう死角はない。これで無敵だ。学校がフィーバータイムと化した瞬間だった。
三日が過ぎたころ俺の体にある異変が起きた。
今までに感じたことがないほど眠いのだ。
気を抜くと一気に持っていかれそうだ。しかし、俺にはわかる。これを乗り越えた先にさらなる高みがあるのだと。もう少しの辛抱だ。すでに進化は始まっている。人間という種の限界を超える時だ。めちゃくちゃゲームをして気を紛らわせた。
一週間が過ぎた。もう眠気は感じない。ただひたすらに体が重い。まだいける。俺が次に寝るのは死ぬ時だ。それまでは死んでも寝ないからな!! 体が重いなんてものは全然大したことじゃない。全身に重りをつけて生活していると思えばすべて解決だ。今日も元気に学校に行こう。
「大丈夫か? 目の下すごいことになってるぞ。まるでクマみたいだ」
もうテリヤキのなあほな発言にも突っ込む気力すら起きない。クマみたいってなんだよ。どう見ても普通にクマができてるだけだろ。今の俺は人生で最高に充実した時を過ごしてるんだ。こんな奴にかまってなんていられない。俺はこいつと話しために睡眠時間を削ってるわけじゃないからな。
そして二週間が過ぎたころ、俺の思考はほぼ停止していた。ずっと夢を見ているような気分だ。何をやるにしても現実味が全く感じられない。そろそろ限界なのかもな。でもここであきらめてしまっては今までの努力が水の泡だ。やめるわけにはいかない。
その日の夜、俺はゲームをしている最中に糸が切れたように倒れてしまった。
目を覚ました俺は、死んでしまったことを神様から告げられ、異世界へと転生した。
もう二度と、こんなあほなことはしないと誓った。