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恋人姉妹はロールプレイで盛り上がる

彩歌姉妹がごっこ遊びをしながらいちゃいちゃするお話


 早いもので私と姉が付き合い始めてから一カ月程が経過した。

 今のところは家族にバレることなく付き合えている、と思う。姉妹なのだから同じ部屋にいようが並んでテレビを観ていようが変じゃないので当たり前と言えば当たり前か。

 要は逸脱した行為を見られなければいいのだ。手を繋いだりじゃれて抱き着いたりするくらいは仲が良い範疇に収められる。そう理解したから姉のスキンシップにいちいち慌てなくなったし、そこまで目くじらを立てるようなことも減った。

「倦怠期に入った気がする」

 平日の夜。私が姉の部屋で宿題をしていたとき、唐突に姉が言った。さっきから私の髪を後ろでいじっている姉に対して首だけ振り返る。

「倦怠期ってなにが?」

「最近のさくらの態度が倦怠期のそれっぽいってこと」

「そんな変な態度とった覚えないけど」

「変っていうか冷たいというか素っ気ないというか」

 背中から抱き着いてきた姉の腕をどかしながら私はノートに向き直った。

「とりあえず宿題やってるんだから邪魔しないで」

「そういうとこだよ!」

「え?」

 横から姉が顔を出してきた。眉を険しくして不満をあらわにする。

「前は私がこうやってさくらにちょっかい出したら『や、やめてよもみじねぇ……』って恥ずかしがってたのに今じゃ『はいはい後でね』みたいにぞんざいに扱ってさぁ。付き合って一カ月なんて手と手が触れ合うだけでドキドキするもんじゃないの?」

 何を言い出すかと思ったら。というかちょっかいを出してた自覚はあったのか。私は呆れて息を吐きシャーペンを置いた。

「じゃあ何? もみじねぇは私の気持ちが倦怠期みたいに冷えきってるって思ってるの?」

「う、いやそんなことはないけど……」

 私が口調を強くすると姉は目を泳がせた。

 当然だ。家にいるときはほとんど一緒に居て、朝起きてからと夜寝る前には必ずキスをして、休日も定期的にデートするくらい仲良くしているのに何で文句なんか言われなければいけないのか。

「そもそもスキンシップに慣れた方がいいって言ったのはもみじねぇの方でしょ。人前で挙動不審な態度を取らないようにって。なのにいざ私が慣れてきたら態度が冷たいとか素っ気ないとか、言ってること違くない?」

「それはその……人前では平気な顔しても、私の前では恥じらうとこを見せて欲しいっていうか……」

「わがまま過ぎ」

「わがままじゃないの! 恋人として普通なの!」

 別に私は姉が恥じらう姿をそこまで見たいとは思わないが。そばにいてくれるだけで嬉しいし。

 私は自分の肩に置かれた姉の手に触れた。

「まぁ手が触れてドキドキするっていうのはほとんど無くなったけど、そのかわり落ち着くなって思うようにはなったよ」

「落ち着くの?」

「うん。安心するっていうのかな。もみじねぇとこうやって繋がってるとあったかい気持ちになる」

 家族であり姉妹であり恋人であるからこそ、他の誰よりも一緒にいて心地いい。それは普通の恋人と違い常日頃から生活を共にしている分、『暮らす』という事柄に慣れているからかもしれない。家族のいる我が家こそが世界で一番安らげる場所なのだ。

(……そりゃあ私だってもっともみじねぇと触れ合いたいけどさ)

 しかし、いちゃいちゃするにしてもやるべきことはきっちりやらなければいけない。まずは学生としての本分をまっとうしてから、というのが私の考えだ。

 というか実際姉はそれを実行している。家ではこんななのに成績もいいしバスケ部でも活躍してるというまさに文武両道。だから私もそんな姉に少しでも近づく為に勉強を頑張ろうと決めたのだ。

「宿題終わったら好きなだけ触っていいから、ちょっと待ってて」

「……好きなだけ?」

「あ、う、常識の範囲内で」

「しょうがない、それで手を打ってあげるか」

 姉が私の視界から消えていった。なんとなく言わされた感があるが、これでやっと宿題に取り掛かれる。かと思ったら姉が再びひょこりと戻ってきた。

「ちゃんと邪魔せず待ってるから、ご褒美ちょうだい?」

 期待に満ちた眼差し。ご褒美なんて言い方をしているが何をしてほしいのかは明白だった。

 なんとなく、ペットとかに芸をさせてそのご褒美にエサをあげるやつに似ているなと思った。さながら姉は待てを命じられた犬といったところか。エサが差し出されるのを今か今かと待ち侘びている。

 私は気恥ずかしさから目を逸らし、姉の顔に近づいて微笑んだその唇にご褒美をあげた。

「――うん、じゃあ終わったら言ってね」

 姉が今度こそ離れていった。

 私はシャーペンを持ち、問題に目を通す。だが、内容が頭に入ってこない。この顔の熱が消えるまでは問題をひとつも解くことが出来ないだろう。

 ドキドキしないなんて大嘘だ。今の私の心臓はこんなにもうるさく内側を叩いている。



「イメージプレイって知ってる?」

 ベッドに腰掛けて私を抱っこするように抱えたまま姉が聞いてきた。この体勢は姉のリクエストだ。この方が密着出来てキスしやすいとのこと。

「イメージプレイ?」

「一種のロールプレイみたいなやつなんだけど、恋人同士が互いに何かの役になりきっていちゃいちゃすることを言うんだって」

「おままごととかごっこ遊びみたいな感じ?」

「そうそうそんな感じ」

 このときの私は『そういうのもあるんだ』くらいにしか思ってなかったが、後日調べてみたら一般的には性的意味合いが強いというのを知って姉に文句を言いに行ったのはまた別の話。

「で、それがどうしたの? もしかしてもみじねぇもやってみたいとか言い出すんじゃないよね?」

「えー、やろうよー」

「ごっこ遊びを高校生でやるのは……。演劇部じゃないんだし」

「大人だからこそやるんだよ。普段の自分とは違うキャラクターになりきることで新しい刺激が生まれるとかなんとか」

「刺激なら間に合ってるから」

「そんなこと言わずにさー。ほら、もし私たちが姉妹じゃなくて普通の先輩後輩だったらどうだったか、とか想像したことない?」

「……ある、けど」

 姉妹だったから出逢えた私たちだが、姉妹だからこそ自分たちの気持ちに素直になって行動できなかった。いっそ血が繋がっていなければもっと早くに想いを伝えられたかもしれない。姉と付き合う前に嫌というほど考えた。

 私の心中を察したかのように姉が優しく笑う。

「私もあるよ。姉妹じゃなかったらどんな風に出逢ってたのかなとか、呼び方も違ってたのかなとか。それで、どうせなら一回そのもしもをやってみたら結構楽しいんじゃないかって思ったんだけど」

「うーん……」

 悩みはしたものの確かにちょっと気になる。先輩として後輩と接する姉を近くで見てみたい。

「……じゃあ、やってみる?」

 私が了承の意志を示すと姉が張り切りだした。

「よし、それじゃあまずは告白するところからね」

「そこから?」

「そりゃ大事だもん。私がさくらに呼び出されたってことにしよっか。この部屋が教室で、時間は放課後」

 ささっと状況を決めると姉は私を膝から降ろして部屋のドアへと向かった。

「ち、ちょっと、なんで私が呼び出したことになってるの? もみじねぇが言い出したんだからもみじねぇが告白してよ」

「私がさくらから告白されたいの! ってことで10秒くらいしたら部屋入るから準備よろしく~」

 自分勝手に言い放って姉は部屋を出て行った。引き留める暇もない。

(準備って言われても何すればいいの)

 私が悩んでいる間に10秒は過ぎ、ノックの音と共にドアが開いた。そこにいた姉の表情を見て思わずドキッとした。さっきまでの緩みきった顔はどこにもなく、引き締まった凛々しい表情をしている。

 姉がドアを後ろ手に閉めてからゆっくりと近づいてくる。

「私に話があるって呼び出したのはあなた?」

 親しいようで上級生らしい堂々とした声は確かに学校で姉が後輩と話す声に似ていた。何というかよくここまで瞬時に切り替えられるものだと感心する。

 私がぽけーっと惚けていると姉が無言で手をちょいちょいと動かした。早く喋れということらしい。私はベッドの縁から腰を上げて返答の言葉を探した。

「あ、えっと、は、はいそうです」

「あなた、新入部員の子だよね? 名前は確かさくらちゃん、だったっけ」

 いきなり同じ部という設定を追加された。しかもちゃん付け。聞き馴れないからか少し耳にくすぐったい。

「…………」

「…………」

 何を話せばいいのか分からずに黙っていると姉が小声で催促してきた。

「……はやく告白……!」

「だってどう言えばいいか分からないし……」

「適当に好きになった理由を挙げて、最後に『付き合ってください』って言えばいいから」

「うー……」

 簡単に言うが私は姉みたいに器用じゃない。好きになった理由をぽんぽんでっちあげることなんて出来ない。

(そういえば、私がもみじねぇを好きになったのってなんでだっけ)

 私が姉を恋愛の対象として意識したきっかけは覚えている。中学に上がったある日、教室で女子たちがデートに行くならどこがいいかみたいな恋愛トークをしていて誰かがこう言ったのだ。

『目をつぶってデートをしている自分を想像してみて、隣にいる人が理想の恋人なんだよ』と。

 今考えると当たり前というかなんの捻りもないし、結局好きな芸能人やアイドルになりそうなものだと分かるのだが、当時の私はへぇそうなんだと自分の席でひっそりと試してみたのだ。

 結果は誰も思い浮かばなかった。デートというイベントが遠い世界のこと過ぎて想像力が及ばなかったのだろう。

 なんだ、私の理想の恋人なんていないじゃないか。だったら姉と出掛ける方がよっぽど楽しい。そう思ったとき、それをデートって言うんじゃないの? と気付いたのだ。

 意識してからは自分の感情を認めるのにそう時間は掛からなかった。だって、姉とまともに目を合わせて話すことすら難しくなったのだから認めざるを得ないじゃないか。私は本当に(この人)のことが好きだったんだな、と。

 だから具体的に何か要因があって好きになったわけじゃなく、ずっと前から好きだったことに後から気付いたという感じだろうか。

(もみじねぇの好きなところはたくさん思いつくんだけど)

 あぁそうかそれを言えばいいんだ。私は言葉を選びながら口を開いた。

「えっと……もみじねぇの笑顔は見てるだけで癒されるし私までつられて笑顔になれるから好き。あと手も好き。いつも優しく触ってくれるから。たまにデレデレしすぎて本当に年上なのかって思うときもあるけど、それだけ私のことを大事にしてくれてるからだし、ちゃんとしてるときは頼りになるおねえちゃんだし……」

 言いながらどんどん恥ずかしくなってきた。思えばこれまで姉にきちんと『好きだ』とほとんど言ってない気がする。付き合うときも姉の方から『さくらって私のこと好きだよね?』って聞かれて頷いただけで、自分の口で気持ちを全部伝えるのはやっぱり恥ずかしくて照れくさい。

 ちらと姉の方を窺うと姉は両手を鉤状にしてわななかせていた。不思議に思い尋ねてみる。

「もみじねぇどしたの?」

「『どしたの?』じゃなーーーい!」

 叫んだあと姉は慌てて口を抑えた。あんまり夜に騒ぐと母に怒られるからだ。

 姉が私に顔を近づけてからボリュームを下げる。

「ロールプレイって言ったでしょ? 呼び方も『もみじねぇ』じゃなくて『もみじ先輩』。あ、いやそんなことより、不意打ちで普通に好き好き言われたら抱き締めたくなるでしょーがぁ!」

「あぁその震えてる手は……」

「抱き締めたい衝動を必死に我慢してるの! 今は恋人じゃなくて普通の先輩後輩設定だから……!」

 変なところでこだわりがあるらしい。正直設定のことなんか頭から抜けてしまっていた。

 はぁはぁと息を荒げていた姉は深呼吸を何度か繰り返し、精神を落ち着かせてから仕切り直す。

「今のはナシにして告白やりなおしね。好きになった理由は部で見かけて好きになった、とかでいいから。はい、じゃあもう一回いくよ」

 一呼吸置いた後、姉が何事もなかったかのように演技に戻った。

「……話って何?」

 その切り替えの早さはどこかでこっそり演技の勉強でもしていたのかと疑いたくなるレベルだ。とりあえず言われた通りに言葉を返す。

「えっと、もみじね――もみじ先輩がバスケしている姿を部活で見て、格好いいなって思って、その、好きになりました。つ、付き合ってください……」

 途中詰まりながらもなんとか言い切った。たとえ演技だと分かっていても面と向かって告白するのは恥ずかしいものがある。

 バスケをしている姉を格好いいと思っているのは本当だ。この前の連休のときに初めてバスケ部の練習試合を見に行ったが、真剣にプレイしている姉は家にいるときとは別人のようだった。的確に指示を飛ばしながらパスを回し、華麗にシュートを決めるその姿に私の胸も高鳴った。部員たちから慕われているのも良く分かる。

 私のへたくそな告白を受けた姉は一瞬驚いた表情をしてから笑顔になった。

「うん、付き合おっか」

 その返答の早さと簡潔さに思わず役を忘れてつっこむ。

「……返事早くない?」

「いやいやこんなもんだって。実は私も前々から気になってたっていう設定だから」

「そんな都合のいい……もっと考えたり返事を待ってもらったりしそうなもんだけど。性別のこともあるし」

「それが案外簡単に恋人になったりするんだよね~。現に同じ部活で付き合ってるのが近くに――」

 姉が不自然に言葉を伸ばして話を続ける。

「――いるかもしれないって噂で聞いたことあるなぁ」

「なにそれ。噂なんて当てに出来ないでしょ」

「あ、あはは、そうだねぇ」

 姉の笑い方がどこかぎこちない。怪しみの眼差しを向けると姉が床に座布団を二枚並べた。

「さて、無事交際が始まったってことで次のステージに行くよ」

「まだやるの?」

「次がメインだから」

「はぁ」

「シチュエーションはずばり、付き合って初めて先輩の部屋に来た後輩! 嬉し恥しドキドキ家デート!」

「……つまり今の状況ってこと?」

「そうだけど大事なのはさくらが先輩の部屋に初めて来たってことだからね。はい座って座って」

 姉が座布団をぽんぽんと叩いて促した。役者じゃないんだから言われても難しいんだってと思いながら座布団に座る。姉も目の前の座布団の上に腰を降ろした。

「それじゃあいくよ? よーい、アクション!」

 姉は指を映画とかで使うカチンコのようにして振った。そのノリの良さはどこから来るのだろうか。呆れる私に構わず姉が話し始める。

「ねぇ、初めて私の部屋に来てどう?」

 別にいつもの見慣れた姉の部屋だと思うが。しいて言えば私の部屋よりも小物が多く配置にも気を配っている感じがするくらい。

「かわいい部屋だと思う――思います。気が付いたら小物の場所が変わってたり種類が増えてたりするし、私の部屋より華やかっていうか……」

 私の率直な感想に姉が大仰にリアクションを取った。

「へぇー、初めてここに来たのに小物がどうとかよく知ってるねー」

「あ……」

 そうだった。演技と言いつつ私を基準に考えてしまってどうも役になりきれない。

 視線だけで謝ると姉が穏やかに微笑んだ。

「でもまぁ褒めてくれたのは嬉しいかな。ありがと」

姉はあくまでも先輩として演技を続けている。

 こういう年上然とした姉は新鮮だ。もちろん普段でもたまに年長者として私に接することはあるのだが、それと今の姉はやっぱりどこか違うのだ。雰囲気というか言葉の色というか。うまく説明は出来ないけど。

「ところで、さくらちゃんはこの部屋に来て何とも思わないの?」

「え?」

「恋人の部屋に初めて来たんだから色々あるでしょ? 緊張とか」

「いや別に――」

「そこは緊張してますって言うの……!」

 一瞬普通の姉が顔を覗かせて、すぐに先輩役に戻っていった。

「――で、さくらちゃんは恋人である私の部屋に初めて訪れてどんな心境なのかな?」

「き、緊張してます」

 言われた通りに返すと姉はうんうんと頷いた。

「やっぱり緊張するよね。だって恋人の部屋で二人きりなんだから、ドキドキしない方がおかしいもんね」

「そ、そうですね」

 確かに状況だけを説明されたらドキドキするシチュエーションだと思う。マンガなんかでも同じようなシーンを見たことがあるが、たいていは部屋の匂いに高揚したりきょろきょろと挙動不審になったりすることが多い。

 けど私達の場合は姉妹だ。同じ家に住んでいる家族の部屋に入ったからといって今更緊張するようなことはない。

 ふと姉がゆっくりと私の方へ近づいてきているのに気が付いた。座布団を引きずりながら姉が目を細める。

「もうこんな時間になっちゃったね」

 時計を見ると夜の11時を過ぎようとしていた。そろそろお開きにするのだろうか。尋ねる前に姉が私の背中に腕を回し、私の顔に接近する。

「今からじゃ遅くなるし、泊まってく?」

「とま……え?」

「帰る気配がないってことはそういうことだよね?」

「いや、そういうこともなにも――っ」

 いきなり押し倒された。正確には私の背中や頭が床にぶつからないように姉が自分の腕で支えながら寝かせた、だが。

 姉が四つん這いになるような格好で私に馬乗りになった。

「やっぱり抵抗しないんだ」

 抵抗しないのではなく急展開についていけずに混乱しているだけだ。

「え、演技だよね?」

「演技? 私はいつも本気だよ?」

 顔が近い。鼻先がかするくらいの距離で姉が妖艶に笑う。

「さくらちゃんも覚悟して私の部屋に来たんでしょ? じゃないと恋人の部屋にこんな遅くに来ないもんね」

「それは……」

 住む家が同じなんだから夜遅いとか関係ない、というのは姉妹だから通じる理屈だ。しかしこれが普通の先輩後輩として考えたとき、確かに姉の言い分にも一理ある。少なくとも一理あると納得してしまう自分がいる。

 私の沈黙を肯定と捉えたのか、姉は私の頬に唇を寄せた。そのまま滑るように首筋に下りていき、キスをする。

「ん――」

 姉の唇が私をくすぐる度に鼻から甘い声が抜けていく。なまめかしい吐息が聞こえ、次第に私の胸の鼓動が早くなっていく。

 不意にTシャツのすそから姉の手が侵入してきた。

「っ!?」

 その手はお腹からゆっくりと上へ這いあがりながら私のシャツを捲っていく。お腹を露出させられて私は慌てて止めた。

「ま、待って……! もみじねぇ!」

「もみじねぇ? 誰それ? もみじ先輩でしょ?」

 姉の手は止まらない。いつの間にかキスをやめて両手で私のシャツを捲り、ついにはブラの上にまで押し上げてしまった。

「可愛い」

 薄ピンク色のブラに包まれた私の胸を見下ろし、姉がうっとりと呟いた。

 私は顔を横に向けて姉から目を逸らした。恥ずかしいこともそうだが、これから何をされるかを思うととても直視していられない。

「さくらちゃん……」

 姉が私の胸元に顔を近づけていく。全身が熱い。触れられた肌に電気が走る。

 私はぎゅっと目を瞑り、自分の胸の高鳴りが増していくのを聞いていた。

 …………。

「はい、カット!」

 私の両頬をむにっと挟まれて目を開ける。そこにはいつも通りに笑う姉がいた。

「どうだった? ドキドキしたでしょ? 我ながら迫真の演技だったね~」

 めくれた私のシャツを整え、体を引き起こしてから私の髪や背中を手で払う。だんだんと状況を理解するに従って怒りが湧いてきた。

「もみじねぇ!」

「ん?」

「私をからかって遊んでたの!?」

「からかってないよー。ロールプレイだって最初から言ってるじゃん」

「げ、限度ってものがあるでしょ」

「限度をわきまえてるから途中でやめたんだけど、あのまま続けた方がよかった? さくら抵抗するどころか手すら動かさなかったもんね。もしかして期待しちゃってたんじゃないの~?」

「し、してないっ!」

 口では否定したものの、言われてみればまったく姉を拒んでいなかったことに気付いて私の顔がさらに温度を上げた。

 しばらくにやにやと愉しそうに笑う姉だったが「じゃあ次なんだけど」と切り出した。

「次!? もう終わりでいいよ」

「まぁまぁ、次はさくらが好き勝手出来る番だから」

「……どういうこと?」

「今度は、もし姉妹で生まれる順番が逆だったらっていう設定でやろ? 私が妹で、さくらがおねえちゃんね」

「私がもみじねぇになるってこと?」

「別に私になりきらなくていいよ。さくらはさくらのままで、姉として私に接するの。あ、付き合ってるのはそのままでね」

「……わかった」

 すんなりと了承したのは妹になった姉をちょっと見てみたいと思ったからだ。ついでにさっきの仕返しをするのも面白い。

「お、さくらも乗り気だね~。じゃあよーい、アクション」

 指で開始を告げた次の瞬間、姉が私のお腹のあたりに飛び込んできた。

「さくらおね~ちゃ~ん」

 猫なで声を出しながら私の膝の上で丸くなる姉。妹とはいえ退行し過ぎな気がしなくもないが。私は手頃な位置にきた姉の頭に手のひらを乗せた。そのままそっと撫でる。

(あ、撫でるのいいかも……)

 頭頂部を撫でたり髪を手櫛で()いたり耳たぶや頬を触ったり。いつも姉にされていることを自分でやってみて思った。感触が良いのもそうだが、姉が「んー」とくすぐったそうな気持ち良さそうな声をあげるのが何よりも嬉しい。

「さくらおねえちゃん、ぎゅってして~」

 甘えて抱き着いてきた姉の要望に応えて抱き締め返す。私よりも大きな体に思わず笑みがこぼれた。

「ずいぶん体の大きな妹だことで」

「発育がいいからね~」

「……発育が良くなくて悪うございました」

「さくらおねえちゃんはそのままで十分可愛いから大丈夫~」

「フォローありがと」

 抱き締めたまま頭をぽんぽんと叩く。まるで子供を抱っこしてあげてるみたいだ。

 そのとき姉の首筋が髪の隙間から覗いた。私はひっそりとほくそ笑む。やり返すなら今がチャンスだ。

 私は姉の首筋にキスをした。

「ん……」

 姉のキスを思い出しながら動きを真似る。吸い付き、離し、舌先でくすぐり、何度も何度もキスをする。

「ん、さくらおねえちゃ――」

 姉の手が私の手を探しあて、すがりつくように握った。そのか弱い反応は私の情念を高ぶらせ、ますますキスは激しくなっていった。

「ね、おねえちゃんも、私の名前、呼んで……?」

 息も切れ切れに姉が言った。

(それって『もみじ』って呼び捨てにしろってこと?)

 いつも姉が私を呼び捨てにするように。

 抵抗はある。曲がりなりにも年上の姉に対して呼び捨ては気が引けるし、先輩と違い言い慣れていないからこそ恥ずかしい。

 これは演技これは演技と胸中で唱えてから私は唇を姉の耳元へ近づけた。

「も、も、もみ、じ……」

「ちゃんと繋げて」

「っ、もみじ……」

「もっと気持ち込めて」

「もみじ……!」

 次の瞬間、私の唇が姉に奪われた。

「――――」

 姉は無我夢中といった様子でひたすら唇と舌を動かしている。そのまま1分近くはキスをしていただろうか、ようやく唇を離した姉が呼吸を整えながら謝った。

「ごめん、ちょっと呼び捨てにされたら脳が溶けそうになって、もうロールプレイとかどうでもよくなっちゃった」

「自分から振っといて……」

「あはは、さくらは私にとって麻薬なみの破壊力があるってことだね」

「じゃあ変な影響出る前に摂取は控えた方がいい?」

「あーっ、違う違う、麻薬じゃなくて健康食品! ビタミン、ミネラル、必須アミノ酸!」

 言ってる意味は分からないけど、まぁ言いたいことはなんとなく分かる。私を必要としてくれるのは嬉しい。その点に関してはお互い様なのだし。

「もう終わりでいいの?」

「そうだね。演じるのが結構疲れるって分かったし。あとやっぱり恥ずかしい」

「あ、もみじねぇも恥ずかしかったんだ」

「そりゃそうだよ。『さくらおねえちゃ~ん』なんて開き直らないとやってられないって」

「でも意外と可愛かったよ。妹になったもみじねぇ」

「それ言ったらさくらもおねえちゃん感出てて良かったよ。いつもあのくらい積極的にキスしてくれると嬉しいなぁ」

「……無理」

「えぇ~」

 不服そうに唇を尖らせたあと、姉が私を抱き締めて囁いた。

「これからもたまに姉妹逆転しよっか」

「…………」

 私は無言で頷いた。認めるのは恥ずかしいけど、楽しかったのは事実だ。

 姉の頭を撫でてあげるのも、脳を溶かしてあげるのも、たまになら良いかもしれない。

(もみじねぇが正気を失わない程度にね)

 内心でくすりと笑ってから私は回した腕に力を込めた。



 翌日の朝、私は呼吸のしづらさに目が覚めた。

「ん、ん……――んんっ!?」

 視界いっぱいに広がる姉の顔。呼吸しづらかったのも当然だ。私の口が姉の唇によって塞がれていた。

 私は両腕で姉を押して引きはがした。

「も、も、もみじねぇ!」

 寝てるときにキスはやめて欲しい。起きた瞬間に心臓が止まりそうになる。

 抗議の意味を込めて睨みつけるが姉は涼しい顔でとんちんかんなことを言い出した。

「良かった、目が覚めたのですね」

「……はい?」

「悪い魔女のせいで眠りについたと聞いていましたが、どうやら私の愛の力が毒を打ち消したようです。というわけで念のためもう一回愛を注入しておきましょう」

 再びキスしようと近づいてきた姉の顔を挟んで止める。

「魔女って何? 説明」

「ひらうひひえほっほ」

 手を離す。

「白雪姫ごっこ」

「…………」

「あ、原作の方じゃなくて子供向けの方ね」

「……はぁ」

 私は深く溜息を吐いた。朝っぱらから何をやってると思ったら、昨日のイメージプレイとやらの延長らしい。

「起こすなら普通に起こして、そのあとにキスすればいいでしょ」

「だって~、眠ったお姫様をキスで目覚めさせるのって憧れない?」

「憧れない」

「え~」

「ほら、着替えもまだなんだから、もみじねぇも早く自分の部屋に戻りなさい」

「ちぇー、てっきり目が覚めたさくらが頬を染めて恥ずかしがってくれると思ったんだけどなぁ」

「恥ずかしいより驚きの方が強いから」

「ふむ。一理ある」

 やっと姉が部屋に返っていった。多分あの顔はまた違う案を考えていそうだけど。

(自分も一回やられてみたら分かるのに。本当にびっくりするから)

 あぁそっか。姉にも体験してもらえばいいのか。

 私はさっそく明日のアラームの時間を早めに設定し直した。これは決して私が姉をキスで起こしたいわけじゃなく、あくまでどれだけ心臓に悪いかを知ってもらう為なのだ。

 ベッドから出て制服に着替えながら、私はキスでお姫様を目覚めさせる童話は白雪姫以外に何があったっけと頭の中でタイトルを挙げ始めた。



            終

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