恋人姉妹は看病したい・されたい
風邪を引いた妹となんとか看病してあげたい姉のお話
「37度8分……熱も、ちょっと出てるみたいね」
母が体温計を見ながら私の額に手をあてた。私は寝間着姿のまま居間のソファーに座ってこほこほと咳をしている。朝起きたときから咳が出ていた私は朝食を食べる前に母に体温を計らされたのだ。
体温計を救急箱にしまいながら母が聞いてくる。
「頭はぼうっとする? 気持ち悪い?」
「ちょっとだけ頭痛いけど吐き気とかはない」
「んー、多分風邪かしらね。とりあえず学校には連絡しとくから今日は休みなさい」
「うん……」
「ご飯は食べる? 少しだけでもいいから食べられるものだけ食べときなさい」
「うん……」
力無く返事をしてから立ち上がり、朝食の並べられたテーブルへ向かう。父はすでに出勤しているのでもういないが、姉が食卓に着いて私を心配そうに見ていた。
「さくら大丈夫?」
「大丈夫」
「本当? 結構しんどそうだよ?」
私は姉の隣の椅子に座った。
「頭がぼーっとしてるだけ。それより、もう食べ終わったんだったら私から離れた方がいいよ。もみじねぇも風邪移されたくないでしょ」
「同じ家に住んでるのに今更離れたってもう遅いよ」
姉がテーブルの下で私の太ももをさすった。いやらしい触り方ではなく労るような優しさを感じる。私はその手に自分の手を重ねた。こうやって姉と触れ合っているだけで風邪のつらさも少しマシになる気がする。
「じゃあせめてマスクしといて。私もあとでしとくから」
「えぇ~、マスクしてたら邪魔になるじゃん」
「……それは呼吸するのに、だよね?」
「え? うんそうそう」
嘘だ。絶対キスするのに邪魔だって思ってた。そういう危ない言葉は口に出さないで欲しい。今いる場所がどこか分かっているのだろうか。
母が剥いたリンゴの乗った皿をテーブルに置いた。
「もみじ、それ食べたら早く準備して行きなさいよ。さくらは他に食べたいものある? バナナは食べる?」
姉が渋々返事をする横で私は小さく頷いた。
「うん、食べる」
母がキッチンへ戻っていく。姉はつまようじの刺さったリンゴをひと切れ取り、シャクシャクと食べ始めた。
私も目の前に並べられた朝食に手をつけていく。食欲はあまりないが少しでも食べて栄養を摂らないと。
結局いつもの半分くらいしか食べられなかった。食後に風邪薬を飲んだ後、おでこに冷えピタを貼って二階の自室に戻る。
マスクをしてからベッドに横になったときに部屋がノックされた。
「さくら、入るよ」
入ってきた姉を見て私は掛け布団を顔の半分のところまで被った。
「もみじねぇ、マスクしてって言ったでしょ。近く来なくていいから」
だが私の忠告など姉は聞く耳を持たない。すたすたと私の枕元の近づいてしゃがみ、私と目線を合わせた。
「ねぇさくら、風邪を治すのに一番いい方法知ってる?」
「……誰かに移すこととか言わないよね」
「さっすがさくら、話が早――」
「キスはしないから」
すかさず予防線を張ると姉は露骨に顔をしかめた。
「えぇ~、ひどいよ~」
「ひどくない。私はもみじねぇに移したくないの。だからさっさと学校行って」
「移さなくていいからキスだけしよ?」
「キスしたら移るかもしれないって言ってるの」
「私は鍛えてるから大丈夫」
「その自信はどこから――こほっ、こほ……」
私が咳き込むと姉は心配そうに目を細めて私の頭を撫でた。
「学校休んでさくらの看病しようかな」
「バカなこと言ってないで学校行きなさい」
「今ちょっとお母さんっぽかったね」
「誰だってそう言うよ。三年生でしょ?」
「何年生だろうと、私にとってはさくらが一番大事なの。さくらが大変なときに勉強なんてしてられないよ」
「じゃあもし大学の受験日に私が事故でケガしたらどうするの?」
「受験休んでずっとさくらに付いてる」
きっぱりと即答されて私は思わず口ごもった。受験だって姉にとっては後の人生を決める大事なことのはずなのに、本気で私の方が大事だと考えてくれている。両親や友達が聞いたら窘められるか笑われるかするだろう。正直私も呆れた。けれど呆れた以上に嬉しかった。
私は気持ちを隠すようにぼそりと呟く。
「……ばか」
「うん。私って姉馬鹿だからさ。さくらのことになると冷静じゃいられなくなるんだ」
曇りなく笑ってみせる姉を見て私の胸がどきりと高鳴る。
本音を言えば姉にずっと付いていて欲しい。側で看病をして欲しい。キスだってしたい。でもそれはお互いの為にならないと分かっている。
だからこそ私がブレーキを掛けなくてはならない。二人とも全速力を出してしまうと奈落へまっさかさまに落ちかねないから。
「……もみじねぇ、握って」
私が布団から手を出すと、姉が両手で握ってくれた。私は目だけで微笑みかける。
「これで元気もらったから私は大丈夫。もみじねぇは気にせず学校行ってきてよ。帰りに美味しいものでも買ってきてくれると嬉しい」
「分かった。さくらが好きそうなスイーツ買って帰るから楽しみにしてて!」
揚々と姉が部屋を出て行くのを見届けてから、私は目を閉じた。姉の手前ああは言ったが頭痛は治まるどころか徐々にひどくなっている。姉を心配させない為にもぐっすり休んで早く体調を治さなければ。
「さくらー」
うとうとと微睡んでいた私の耳に母の声とドアが開く音が聞こえた。私は薄目を開けて「ん……」と返事をした。
「あぁ寝てなさい。気持ち悪くなってない? 病院行かなくて平気?」
近づいてきた声に目を瞑ったまま微かに頷いて返す。
「んん……」
「ここにポカリと冷えピタ置いとくからね。風邪薬はお昼ごはん食べたら飲んで。食欲なかったら水分だけ多めにとりなさい。もう高校生だし大丈夫よね?」
「ん、ん……」
「じゃあお母さんもうちょっとしたらパート行ってくるから、もし何かあったら電話ちょうだい。繋がらなかったらお父さんでもいいから。分かった?」
「んー……」
おぼろげな意識のままの会話が終わると、母が布団を直し私の頭を撫でてから部屋を出ていった。
私は再び微睡みの海の底へと沈んでいった。
…………。
目が覚めたのは昼の1時を過ぎた頃だった。
薬が効いたのか頭痛は少し治まっていた。ただし咳はまだ出ているようだ。
ポカリで喉を潤してからベッドに戻ろうとしたとき、枕元のスマホの光が点滅しているのに気が付いた。画面を点けて確かめてみると、姉とクラスメイトの宇佐見あゆからそれぞれラインが届いていた。
おそらくあゆは昼食時に姉から私が風邪だということを知らされたのだろう。体調を気遣い励ます言葉が書かれていた。授業のノートも見せてくれるらしい。こういうときクラスメイトの友達は本当にありがたい。
姉も内容は似たようなものだったが最後に『元気になったらいっぱいキスしてあげる』と綴られていた。
(誰かに見られたらどうするの)
胸中で悪態をつきながらも頬が緩むのを感じていた。こんな顔は姉には見せられない。ひとりで苦笑しつつ二人に返事を書いた。
送信し終わり、ベッドに戻る前に一階で昼食を食べることにした。お腹が空いたのではなく薬を飲む為だ。普通のご飯を食べられるほど食欲はなかったので果物とヨーグルトだけ食べて風邪薬を飲んだ。
姉も両親もいないひとりきりのリビングは静まり返っていた。テレビをつけていないので余計に静かに感じる。時計を見て姉が帰ってくるのは何時くらいだろうかと考える。
(部活終わって帰ってくるなら7時前くらい? いや、もみじねぇのことだから部活休みそう。なら帰ってくるのは5時とか? ……もみじねぇにあれだけ学校に行くように言っておいて、いざ居なくなると早く帰ってきて欲しいって思うのは我ながら現金だよね)
人は病気などで弱っているとき誰かに甘えたくなるものだ。私だって姉に甘えたい。ベッドの横でずっと付いて、寝ている私の手を握っていて欲しい。飲み物を飲ませてくれたり、すりおろしたりんごを食べさせてくれたり……。
(ダメだ。考えだすとキリがないからやめよ。本当に今すぐもみじねぇに会いたくなっちゃう)
熱がこれ以上あがっても困る。
私は2階に戻って寝直すことにした。階段をのぼり、姉の部屋の前を通り過ぎようとしたとき、ふと足を止めた。
(……今、家に誰もいないよね……ちょっとだけ。ちょっとだけだから)
誰もいないと分かっていても周囲と階段の下を窺ってから、姉の部屋のドアをゆっくり開けた。
普段から姉の部屋に入ることはよくあるが、しかしそれは姉がいるときの話だ。わざわざ留守を狙って部屋に入ろうとしたことはない。悪いことをしているつもりはないが、無意識にそろりそろりと足を運び、中へ入ってドアを閉める。
おおらかな姉の性格と違って室内は綺麗に整頓されている。姉らしい物と言えばバスケットボールとミニコンポだろうか。どちらも私の部屋には無い。
私は姉のベッドの手前に座りこみ、頭をぽふっとベッドの上に倒した。さすがに風邪の体で横になるわけにはいかない。部屋に入った時点であまり変わらない気もするが、せめてもの配慮だ。
(そうだ、マスクしとかないと)
マスクを装着するが、少し下にずらして鼻を露出させた。ベッドの上の掛け布団を手前に引き込んで顔を押し当てる。
好きな人の匂いというのは何故こんなにも落ち着くのだろう。胸の奥からじんわりとあたたかいものが広がってくる。ここにいるだけで体調が良くなった気さえしてくる。こういうのが心の栄養とでも言うのだろうか。
前に姉が『さくら成分を摂取しないと心が死ぬ』と言っていたが、結局私も『もみじ成分』がないと生きていけないのだ。
「……私が死んじゃう前に早く帰ってきてよ」
口から零れた呟きが静寂の室内に消えていった。それだけ体と心が弱っている証拠なのだろう。今家にひとりだからこそこんなことが言える。もし姉の前で言ってしまったらどうなるかは想像に難くない。たかが風邪ごときで泣き言を言って迷惑を掛けるのは嫌だ。
目蓋が重くなってきた。昼食を食べたからか薬を飲んだせいか。
自室に戻って寝るのが一番いいことは分かっている。でももう少しだけ姉の部屋にいたかった。
(ちょっと休んだらすぐ部屋に戻るから大丈夫。こんなとこで寝ちゃってお母さんに見つかったら困るしちゃんと戻る戻る)
胸中で大丈夫大丈夫と繰り返しながら、私の意識は深く沈んでいった。
小さい頃の夢を見た。
小学校にあがる前くらいだろうか。小さい頃の私が体調を崩してベッドで寝込んでいるときに、同じく小さい頃の姉が私を甲斐甲斐しく看病してくれていた。
看病と言っても母の真似事で、私のおでこに手をあてたり、布団の上からぽんぽんと叩いたり、飲み物をストローで飲ませてくれたりとそんな具合だ。
今であれば姉がそうやって側にいてくれるだけで嬉しいのだが、小さい私はありがとうの言葉さえなく、やれ暑いだの冷たいジュースがいいだのと文句を言って姉を困らせていた。
夢だと分かっていないので私は自分に対してずっとバカバカと罵声を浴びせていた。もっと姉に感謝をしろ、と。
しかしそのときの私は病気で寝ている自分が大切にされることが普通だと思ってしまっている。そりゃあ幼い我が子が寝込んだら両親は一生懸命看病してくれるのだからそう思ってしまうのも無理はない。
そうこうしている内に姉は嫌気がさしてしまったのか私に背を向けた。
(あっ)
そのまま離れていこうとする姉に私は腕を精一杯伸ばした。
(いかないで、おねえちゃん――)
◆ ◆
学校が終わると私は脇目も振らずに商店街を目指し、さくらの好きそうなレアチーズプリンを買い、可及的速やかに家へ帰った。
「ただいまー」
ばたばたとリビングに駆け込むと、ちょうど母がスーパーの袋を置いているところだった。
「おかえり。どうしたの? 今日早いじゃない」
「えっと、さくらにおみやげ頼まれたから早く帰ってあげようかなって」
さすがに一秒でも早く側で看病してあげたかったからとは言えなかった。
母が私の持っている紙袋を見た。
「何? 甘い物?」
「うん」
「あげてもいいけどご飯の後にしなさいよ」
「わかってる。さくらは二階?」
「部屋で寝てるんじゃない? 今帰ってきたとこだからまだ様子見てきてないけど」
「じゃあ私が見てくる」
手洗いとうがいを済ませ、プリンを冷蔵庫にしまってから二階へ上がった。カバンだけ自分の部屋に置こうとドアを開けた瞬間、私の動きは停止した。
さくらが床に座ったまま私のベッドにもたれ掛かって寝ていた。
(えーと……ここ私の部屋だよね?)
室内を見回して自室であることを確認してから、さくらを起こさないようにそろそろと中へ入り、ドアの横にカバンを置いた。
(なんでさくらがここにいるのかはまぁなんとなく想像ができるんだけど、なんでベッドに横にならなかったのかが気になる。寝づらいでしょ、普通に考えて)
さくらに近づいてみるがまだ起きる気配はない。私の掛け布団を抱きかかえるようにして顔をうずめている。そのせいかマスクが口のところまでずれていた。すぅすぅと可愛らしい寝息が聞こえてくる。
(まぁとりあえずベッドに寝かせてあげるか)
さくらの腰と膝の裏に手を入れて一気に持ち上げる。さくらの体は軽く、とくに苦労せずにベッドに移すことができた。
降ろしたときに「ん……」とさくらが身をよじったが完全には起きなかった。こんな状況でも熟睡しているのは私の部屋だからだろうか、とうぬぼれてみる。
さくらを寝かせたついでにマスクが邪魔そうなので外してあげた。ウイルスが私の部屋に広がろうが知ったことではない。むしろ私に移して欲しい。風邪は移すことで早く治る――というのが根拠の無い俗説なことは知っているが、こういうのは気持ちの問題なのだ。さくらのつらさを少しでも共有出来ればそれでいい。
ベッドを整えて最後にさくらの体に布団を掛ける。これでよし、と私が離れようとしたとき、私の腕がさくらに掴まれた。
起きたのかな? と様子を窺ってみるがまだ寝ているようだ。しかし何か寝言が聞こえてきた。
「……ないで……」
(ん? なんて?)
「……いかないで、おねえちゃん……」
「――――」
やばかった。あまりの可愛さに理性が飛んでいってしまいそうになった。今すぐさくらを抱き締めてあげたくなる衝動と必死に戦う。さくらは病人さくらは病人と呪文のように胸中で呟いて精神を落ち着かせる。
なんとか冷静さを取り戻した私は、ふぅ、と息を吐いてからさくらを見つめた。
「どこにも行かないよ」
囁いてから私はさくらの隣で横になった。腕はまだ掴まれたままだったが解く必要もない。
いつだったか小さい頃にさくらが病気で寝込んだときのことを思い出していた。あのときもさくらの側について看病という名目で色々と世話をしてあげていた。たまにさくらに怒られながらも看病していて楽しかった気がする。
(確かこんなことやってたっけ)
自由になっている方の手をさくらのお腹の上に乗せて、優しくゆっくりと一定のリズムで叩く。この振動が心地いいのは母親の胎内にいるときの鼓動を思い出すからだ、と何かで聞いたことがある。だから子供を寝かしつけるときによくするのだと。
(子供じゃない、って怒られるかな)
大きくなるにつれてさくらが病気になってもあまり構わなくなった。それは成長して免疫力が上がり、側にいてあげなくても自然に快復するようになったからというのもあるが、私自身が妹離れをしなくてはと考えるようになったからだ。
それが今やこうやって一緒のベッドに横になって看病を出来る仲になれたのだから、私は運が良かったのだろう。神様が本当に存在するのならいくら感謝してもし足りない。さくらと恋人にしてくれてありがとう。さくらと出逢わせてくれてありがとう。
(ありがとうついでにさくらの風邪も早く治してください。元気にならないとデートも出来なくて困るんです。どうかお願いします)
心の中で柏手を叩いてお祈りする。
薬を飲んでゆっくり休むのが一番早く治るだろうが、当てに出来るものは何でも利用しなくては。
(まぁさくらに一番効く薬は私の愛情だけどね)
自信満々に胸中で言い切ってから付け加える。
(僅差で二番がお母さんかな。お父さんは……まぁいいや)
お父さんが聞いたらさぞかし悲しむだろうが、聞かれなければ問題ない。
余計な思考を頭から追い出して私はさくらの寝顔を見つめた。私の視線から、触れた手から、愛情よ伝われと念じる。
今の私に出来る最高の看病がそれだと信じて。
◆ ◆
なんとなくいつもと違う寝心地に違和感を覚えて私はゆっくりと目蓋を開けた。気配を感じて横を見ると、穏やかに私を見つめている姉がいた。
私は思わず目を見開いた。眠気も一瞬でどこかへといってしまった。
(え? え? なんで起きたらもみじねぇが目の前で一緒に寝てるの……?)
混乱する私に姉が優しく話しかける。
「まだ寝てていいよ。ご飯になったら起こしにきてあげるから」
姉は制服姿のままだった。姉の手が私のお腹の上に乗っている。そうして部屋を見回したときにようやく今の状況が理解できた。
(あのまま寝ちゃってた!? しかも、もみじねぇが帰ってきたのも気付かないなんて。ってことは留守中に部屋に忍び込んだのもバレたってことだよね? あぁぁぁ、恥ずかしい……まともにもみじねぇの顔が見れないよ……)
私は極力姉から目を逸らして体を起こそうとした。
「わ、私自分の部屋で寝るから」
起き上がった体を姉が腕で押さえてベッドに倒した。
「ここでいいじゃん。私がいなくて寂しかったんでしょ? 満足するまでここに居ていいからね」
かぁっと私の顔が熱くなる。寂しさを見抜かれていたことがどうしようもなく恥ずかしい。
「い、一緒の部屋にいて風邪が移ったら困るし……あ、マスク。私のマスクは?」
「邪魔そうだったから外したよ」
「ダメだって。まだ咳も出てるから――んむ」
私の唇が姉の唇で塞がれた。姉は味わうようにゆっくりと唇を動かし、私の頬に指を這わせる。
唇を離し、おでことおでこをくっつけたまま姉が囁いた。
「もうウイルスもらったから手遅れ。これで気兼ねなく私の部屋に居られるでしょ?」
「……元気になったらキスするって言ってたくせに」
「風邪のときにキスしないとは言ってない」
「そんなの詐欺だ」
「でもそういう割にさくら抵抗しなかったけど?」
図星を指されて私は口を引き結んだ。私だってキスしたかったんだから仕方ないじゃないか。
姉は嬉しそうに微笑むともう一度唇を重ねてきた。
今度はそれに応えるように姉の手を取り、ぎゅっと握った。
キスの合間にぽつりと呟く。
「……熱が上がったらもみじねぇの所為だからね」
「大丈夫。キスって健康にいいから」
キスで病気が治るのならこの世から医者が消えてしまうのだが。
野暮な突っ込みは無しにしよう。熱が上がったら下がるまで姉に看病してもらうだけだ。私にとっても悪いことばかりじゃない。
もし姉が風邪を引いてしまったら、今度は私が看病をする番だ。
健康にいいというキスをたくさんして思いっきり看病してあげよう。
されて嬉しいことを返すのは妹として、恋人として当たり前のことだから。
なお、一週間経っても風邪どころか体調ひとつ崩すことのなかった姉を見て、納得のいかない私がいた。
終