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恋人姉妹は図書室で勉強できない

彩歌姉妹が図書室で試験勉強をして結局キスするお話。


作中の先輩後輩カップルは別の短編の登場人物です。


『試験勉強ちゃんとやってる? さくらが良かったら放課後に図書室で勉強みてあげようか?』

 姉からそう提案されたのは前期の中間試験が近づいてきたある日の夜のことだった。

 基本的に勉強は家でしているがあまり捗っていないのは事実。集中力が切れてついスマホをいじったりマンガを読んだりしてしまうのだ。家で姉に勉強をみてもらうのもいいが、自室で姉と二人きりだと勉強に身が入らない。

 学校の図書室なら他の生徒たちも近くにいるので、雑念に邪魔されることなく勉強に臨めるかもしれない。そう考えた私は姉にお願いすることにした。

 私が自慢することではないが、姉はかなり勉強が出来る方だ。塾に行っているわけでもないのにテストの点は良く、試験の順位も上から数えた方が圧倒的に早い。本人いわく、やるべきことをやっているだけとのこと。

 私はというと中学時代の成績はだいたいまんなかくらい。今回が高校での初めての試験なだけに一応頑張りたいとは思っている。

 放課後になって私は図書室に向かった。なかに入ると同じ考えの生徒たちが勉強をしていた。図書室では静かにしましょう――そんな掲示物の言葉通り、図書室のなかは静まり返っていた。室内に響くのはシャーペンを走らせる音やページをめくる音くらいで、試験準備期間に入った今は部活のかけ声も聞こえない。

 きょろきょろと見回すと隅の方の席で姉が小さく手をあげていた。私は足音をあまりたてないようにその席に近づいていく。

「ごめん、待った?」

 ひそひそと小声で聞きながら姉の隣に腰を降ろすと、姉も同じように声をひそめて返してきた。

「うぅん、私も来たとこだから」

 さっそく教科書とノートを広げて勉強を始める。姉に勉強を見てもらうとはいえ1から10まで教わるわけではなく、やっていくなかで分からないことがあったらその都度聞いていくという感じだ。姉にだって試験はある。自分で考えて分かることは可能な限り自分でやらないと。

 黙々と教科書の問題を解いていくこと10分程。さっそく解き方が分からない問題が出てきたので小声で尋ねる。

「もみじねぇ、この問題なんだけど――」

 教科書を姉の方へ滑らせて気付いた。姉との距離が近い。家の自室では普通の距離ではあったが、人前ではこの近さが気になってしまう。ひっつき過ぎてはいないだろうか。姉妹とはいえ仲が良すぎるように見られないだろうか。

「ん? どの問題?」

 姉がずいと体を寄せてきた。私は反射的に体を遠ざける。

「……?」

 私の反応を見て姉が首を傾げた。そして私の顔を見るなり表情をにやりと歪ませる。

(し、しまった。露骨に避け過ぎた……!)

 こういった状況の場合、姉が次に取る行動は容易に想像できる。私を困らせて楽しもうとするのだ。何か言い訳をしなければと私が焦っている間に姉は私の腰に手を回して自分の方へ引き寄せた。

「――っ!?」

「離れたら教えづらいでしょ」

「ぁ、ぅ……」

 姉に触れられた腰が熱い。幸いすぐ近くに人はおらず背後も窓なので見られてはいないだろうが、本を探しに誰かがこっちに来たらばっちりと目撃されてしまう。

「わかった、わかったから離してっ!」

 小声のまま叫んで姉の手を引きはがす。元からすぐに離すつもりだったのか、力の入っていなかった腕はあっさりと引いていった。

「……この問題」

 ページの一箇所を示しながら私が言うと、姉は一度だけ微笑んですぐにその問題を読み始めた。

「あぁ、これは最初に公式にあてはめた方がいいよ。多分前のページに載ってるはず」

 ページをめくる姉の横顔が目と鼻の先にある。長いまつげにすっと通った鼻筋、小さく弾力のある唇……そこまで無意識に目で追って、姉の唇の柔らかさを思い出しまた顔が熱くなる。姉と恋人になり一カ月以上経った今でさえ慣れることはない。

「さくら、聞いてる?」

「え、う、うん、聞いてるよ」

 呼ばれて頭の中から雑念を振り払う。これではなんのために図書室で勉強をしているのか分からない。

「…………」

 姉は無言で私を見返した後、ノートの端にシャーペンを走らせた。

『私と一緒にいるの恥ずかしい?』

 あまりにも私の挙動が怪しかったのだろう。姉としても試験勉強の妨げになるのなら二人で勉強しない方がいいと思ったのかもしれない。

 私はその文章の下に返事を書いた。

『恥ずかしいけど、イヤじゃない』

 それを読んだ姉は口をぎゅっと引き結んで目を瞑った。あぁ、これは必死ににやけるのを我慢している顔だ。よく見ると頬の筋肉がぴくぴくと動いている。ここが家だったら間違いなく抱きつかれていただろう。それをホッとすると同時に寂しく思う自分がいた。

 やがて多少落ち着きを取り戻した姉が再度文字で話しかけてきた。

『恥ずかしさとか照れによく効くおまじないがあるんだけど』

 おまじない? 手のひらに人という字を書いて飲み込むみたいなものだろうか。

 考える私をよそに姉は自分の筆箱をあさり、ハッと何かに気付いたように周りをきょろきょろとし始めた。

「どうしたの?」

「いや、消しゴムが見当たらなくて」

 姉が机の下に頭を潜らせたとき、「あった」と声をあげた。頭はそのままに私を呼ぶ。

「さくらの足の下にあるから取って」

 ふんづけてしまっていたのかと足を上げて、私も机の下に頭を入れる。足があった辺りや椅子の下を見てみるがそれらしいものは無い。

「どこ?」

「さくら、こっちこっち」

 なんだ結局私の方には無いじゃないか、と私が姉の方を向いた瞬間。

 姉が私にキスをしてきた。

「――――」

 キス、というよりは顔を振り向かせたらたまたま唇が触れてしまったような、そんな短い接吻。それでも確かに姉の唇の感触は私の唇から十分に伝わってきた。

(な、な、な、な――っ!?)

 頭の中ですら私は言葉を忘れてしまった。こんな場所でとか何も言わずにいきなりとか言いたいことは山ほどあるはずなのに、一瞬で沸騰した私の頭は混乱と気恥ずかしさでぐちゃぐちゃになっていた。

 声を出すことも出来ずにひとり机の下で悶える私をよそに、姉は体勢を戻して座り直した。

「…………」

 いつまでもここでこうしているわけにはいかない。怪しまれたりする前に私はのそりと上体を戻して涼しい顔をしている姉を睨んだ。抗議の視線を受けて姉が微笑んで囁く。

「おまじない、効いた?」

(効くわけないでしょ! 余計恥ずかしいわ!)

 とはこの場で叫べるはずもなく。私はノートに殴り書いた。

『見られたらどうするの!?』

「ちゃんとその前に確認したから大丈夫」

 確かに周りをきょろきょろ見回していたが、だからといって見られていない確証にはならない。私も念のため周囲を盗み見てみる。特にこれといって私たちの方をじっと見ているような人はいないようだ。むしろここで騒ぐ方が余計な注目を浴びてしまうだろう。

「ほらほら、問題の続きやるよ」

 姉に言われて渋々従う。問題の解き方を教えてもらいながら、さっきよりも緊張していない自分に気が付いた。ショック療法とでも言うのか。キスに比べたら顔や体が近いくらい何ともない。ここでまた恥ずかしがろうものなら『おまじない足りなかった?』などと(のたま)ってまたキスしてこようとする恐れもある。

 私は気合を入れ直して問題に集中した。

 ただし、姉の思惑に乗せられるのが釈然としなかったので、姉の手の甲をシャーペンで(芯は出さずに)刺してやった。

 何で!? と手をさすりながら無言で訴えてくる姉に、私は半目を向けて答えた。

「自業自得」



 三十分ほど経っただろうか、真面目に勉強を続けているときに不意に机の向こうから声が聞こえてきた。

「あ、彩歌(あやうた)先輩だ」

 顔をあげるとそこには女子生徒が二人いた。リボンの色が青。二年生だ。一方が机に体を乗り出して尋ねてくる。

「先輩も試験勉強ですか?」

 姉はまず唇に人差し指を当てた。静かに、というジェスチャーだ。二年生二人が申し訳無さそうにそれぞれ小声で謝った。

 その二人に穏やかに微笑みかけながら姉が声をひそめて質問に答えた。

「ここだと集中して勉強できるからね。二人もそうでしょ?」

「はい。家に帰ったらどうせテレビとか見ちゃうんで」

 自嘲気味に笑うともう一人も追従するように笑った。姉も頷いて返す。

「私だって同じだよ。家だと色んな誘惑があるし。だからこういうところで追い込みかけないとね」

「えーっ、彩歌先輩でも――」

 声が大きくなりかけて、その二年生は慌てて口を押さえ声量を下げる。

「……彩歌先輩でもそんなことあるんですね。そういう誘惑なんか負けそうにないって感じなのに」

「そんなことないよ」

 控えめに笑う姉の横で、その誘惑のひとつであろう私は教科書に視線を落としていた。

(なんだか胃のあたりがむかむかする……)

 多分この二年生は姉の所属しているバスケ部の後輩なのだろう。私にとっては先輩だが、面識が無い以上会話に加わるつもりもない。

 人見知りが強い私にとって今のこの場は敵地(アウェー)だ。私の知らない姉が私の知らない人たちと仲良さそうに話している。部活中だったならまだいい。でもこうやって目の前でやられると、居場所がなくなったように感じてしまう。

「彩歌先輩、この子は?」

 声の雰囲気から察するに二年生のどちらかが私のことを聞いたようだ。私は体を強ばらせたまま耳だけをすませる。

「私の妹のさくら。勉強教えてあげてるの」

「えぇー、いいなー。私も彩歌先輩に勉強教わりたーい」

「私も私もー」

 私のむかむかはどんどん大きくなっていく。もしこの先輩二人も一緒に勉強することになったら……。イヤだ。ここは私と姉だけの空間だ。誰にも邪魔されたくない。

 この感情が嫉妬だということは解っている。みっともない、情けない感情だということも解っている。けれど頭で理解していても心はちっとも理解しようとしない。

 姉を疑っているわけでは断じてない。自分で言うのも照れくさいが、私のことを一番好きでいてくれている、と思う。それに姉にだって私以外の交友関係があるのも当たり前のことだ。

 以前にも姉がクラスメイトと仲良く話す姿を見て同じような感想を抱いたし、同じように嫉妬をした。そのとき姉は私が嫉妬していることに気付くとすぐ抱き締めてくれた。でも今はそれを期待することは出来ない。

 私はずっと俯いたまま焦点も合わずに教科書の文字を眺めていた。

 不意に、私の太ももに触れるものがあった。姉の手だ。姉はスカートの上から私の太ももを一定のリズムで優しく叩き始めた。それは赤ちゃんを寝かしつけるときにトントンと叩くのに似ている。

「教えてあげたいところなんだけど、ごめん、今は妹の専属家庭教師だから」

 姉のその一言で私の嫉妬は吹き飛んでいった。胸の中のどす黒い暗雲が涼風で流されすっきりと軽くなる。私の気持ちに気付いてくれたこと。はっきりとそれを口にしてくれたこと。そうして姉と心が通じ合っているのだと教えてくれたことが本当に嬉しい。

 先輩二人は残念そうな反応を返しながらもあっさりと引き下がった。

「そうですよねー、家族優先ですよね」

「うぅ、私も彩歌先輩の妹に生まれたかった……」

「まぁどうしても分からない問題があったらそのときは聞いてくれていいよ。教えてあげるから。まぁ文系の私にも解けるやつなら、だけど」

 ここで譲歩をしてあげるのが姉の優しいところだと思う。優しくて頼れる美人の先輩……人気があるのも当然だ。

「はーい」

「お邪魔してすみませんでした。妹ちゃんもごめんね」

 呼ばれて私は顔を少し上げて目礼を返した。そのまま先輩二人は本棚から辞書らしきものを抜いて遠くの席に戻っていった。

 悪い人たちではなかっただけに今更ながら申し訳なくなってくる。さっきまであんなに嫌がっていたくせに我ながら現金なものだ。胸中で『ごめんなさい』と二人に謝った。

 姉の手は変わらずに私の太ももの上だったが、今は叩くのはやめて撫でるだけになっている。

 私は姉の顔を窺った。優しく微笑んだ眼差しが私の心をすべて見通している。

 姉が誰にも聞こえないくらいの声で囁いた。

「奥、行こっか」

 机の下で姉の手に自分の手を重ね、私は小さく頷いた。


 この図書室の本棚は少し入り組んでいるせいで、一番奥は読書スペースからは死角になっている。本棚と本棚に挟まれた狭いスペースで姉が私に顔を寄せた。

「機嫌は直った?」

「…………うん」

 しらを切ろうとして、やめた。どうせ全部バレているんだから素直になった方がいい。

 姉はやれやれと息を吐いた。

「やきもちを焼いてくれるのは嬉しいんだけど、私が誰かと話す度にそれだとさくらの精神もたないよ?」

「……でもそしたらもみじねぇが抱き締めてくれるんでしょ?」

 前に姉が言っていたことだ。私が嫉妬をするようなことがあったらすぐに抱き締めてあげる、と。

 姉はにんまりと笑い、目を輝かせた。

「当たり前だよ~」

 がばっと抱き着かれ、私は腕のなかで姉に体を預けた。姉の体温が私を包むこの感覚は、いつだって私を落ち着かせてくれる。

「でもさ、抱き締めるだけじゃ足りないと思うんだ」

 私の首筋に顔を埋めていた姉が話しかけてきた。

「何が足りないの?」

「ハグだけじゃ私が物足りない」

 きっぱりと言い切った姉は当然のように続ける。

「これからはさくらがやきもちを焼く度にハグとキスを一回ずつっていうのはどうかな?」

「…………」

 随分と欲望に忠実な提案だ。けれど私にそれを断る選択肢はない。

「……じゃあさっきの分、してよ」

「ふふ、今からするね」

 姉が唇を重ねてきた。机の下でやったキスと違い、唇全体で繋がるような深いキス。先輩二人のことや今居る場所のことも忘れて、互いに口を動かして相手を求め合った。

 ゆっくりと唇が離れた。鼻が触れ合う距離で姉は息を弾ませながら呟く。

「――……、あの子達二人だったから、キスも二回でいいよね」

 私の返事なんて待たずに姉が再びキスをした。抵抗なんてしない。腕を姉の背中に回してぎゅっと力を込めた。

 どのくらいキスをしていたか分からない。口元から唾液があふれそうになった頃、姉はようやく口を離した。

「……ん……」

 二人して息を吐きながら見つめ合う。もう嫉妬の回数がどうのなんて関係なかった。私は姉とキスがしたい。姉も私とキスがしたい。だったらその欲求に従えばいいじゃないか。

 どちらからともなく三度目のキスをしようと口を近づける。二人の唇が触れ合うそのとき、カツン、と靴の鳴る音が聞こえた。

「!!?」

 大慌てで体を離した私たちは互いに背を向けて本棚の本を探すフリをする。適当に一冊抜いてぱらぱらとページをめくった。宇宙の成り立ちについての本だった。

「あら、もみじ、とさくらちゃん? こんなところで会うなんて奇遇ね」

 棚の向こうから顔を出してきたのは姉のクラスメイトの御園(みその)茉里奈(まりな)先輩だった。続いてその後ろから私のクラスメイトの宇佐見あゆさんが覗き込んでくる。

「あ、ホントだ。何か探し物ですか?」

「う、うん。試験勉強で……」

 よくよく考えれば試験勉強に使うような本がこんなところにあるわけないのだが、もちろん私にそこまで気を回す余裕はない。

 すかさず姉がフォローをしてくれる。

「ちょっと気になったことがあってね。事の背景を知りたくてさくらに手伝ってもらってたんだ」

「へぇー、中間試験でそこまでするなんてすごいですね。私なんて答えが合ってればいいやって感じです」

 宇佐見さんの純粋なリアクションに、胸が張り裂けんばかりにドクンドクンと脈動している私は笑って相槌を返すのが精一杯だった。

「あまり勉強の邪魔をしては悪いし、行きましょう、あゆちゃん」

「あ、はい。じゃあ失礼します」

 二人の足音が聞こえなくなってから、私は大きく安堵の息を吐いた。まだ心臓の鼓動が収まらない。

 とりあえずあの様子だと見られてはいないようだ。姉とのキスシーンをクラスメイトに目撃されたら明日から学校に来られなくなる。

 姉も私と同じく息を吐きながらおでこをぬぐった。

「いや~、間一髪ってとこだったね」

 あまり緊張感のなさそうな姉を見て、私は言い放つ。

「……学校でキスするの禁止」

「えぇっ!?」

 大声をあげた姉の口を手で塞ぐ。また人が来たらどうするのか。姉はふがふがと口を動かして続ける。

「さくらだってあんなにノリノリだったのに」

「…………」

 反論は出来ない。暴走しがちな姉を止めるのが私の役目なのに、ついキスの誘惑に負けて自分を見失ってしまった。さっきは運良く見られなかったが次はどうなるか分からない。

 私は姉の口から手を離し、俯き加減で姉の制服の袖を引っ張った。

「……ちゃんとキスするなら落ち着ける場所がいい」

「――――」

 姉はハッと目を見開いて私の腕を掴んだ。

「よし、帰ろう」

「え?」

 そのまま私を連れて本棚を進んでいく。

「やっぱり勉強は家でやらなくちゃ。うん」

「え、ちょっと待って」

「大丈夫。落ち着ける場所だから」

「勉強するんだよね?」

「するする。勉強“も”する」

「も!?」

 結局その後すぐ家に帰って私の部屋で試験勉強をした。問題を1問解く度にキスをされながら……。

 なんだかんだでそれを受け入れた私が文句を言えた義理はないんだけど。


 なお、試験の結果は平均よりかなり上だった。

 テストを解きながら、『この問題、耳たぶにキスをされたときのだ』などと思い出して顔を赤くしていたのは内緒だ。




〈おまけ〉



とある上級生たちの会話 after the library



「もう少し周りに気を配るべきじゃなくて?」

「面目ない。ちょっと夢中になりすぎちゃって……。チュウだけに」

「……電波悪いみたいだから切るわね」

「待って待って、じょーだん、じょーだんだって」

「はぁ――来たのが私で良かったと思いなさいよ。あゆちゃんに見られる前に足音で知らせてあげたんだから」

「それは本っ当に感謝しております。バレてたら多分さくらが口利いてくれなくなってたよ」

「そのときは責任とって駆け落ちでもしてあげなさい」

「いやぁ、それは最終手段にしときたいなぁ。お金も無いし、お母さんたちと疎遠になりたくないし」

「だったらきちんとあなたが守ってあげないと。おねえちゃんでしょう?」

「う……いつになくお説教モード。何かそんなにお気に召さないことでもありましたか?」

「えぇ。私もあそこに連れ込んでキスするつもりだったの。それなのに先客が人目もはばからずにいちゃいちゃいちゃいちゃしてて――これが頭にこないとでも?」

「そんなのまた明日にでも行けばいいじゃん。私たちはもう図書室行かないし」

「連続で連れていったら怪しまれるじゃない。今日は部室でおしゃべりした後に『探したい本があるから』って自然な感じで連れていったの」

「だったら部室で好きなだけキスしなよ」

「それじゃあ恥ずかしがる顔が見られないじゃない」

「…………」

「…………」

「引き分け、ってとこかな」

「そうね」

「まぁさくらにも言われたから外では自重するよ。せめてトイレの個室とか誰にも見られないところだけにする」

「嫌な匂いのなかでキスしたいのなら止めはしないけど」

「じゃあ体育倉庫とか」

「ほこりっぽい」

「~~っ、じゃあどこならいいの!?」

「知らないわよ。あくまで私の感想。恋人とよく相談して決めたら?」

「相談して決まるなら苦労しないよ」

「ならもう諦めるか、不意打ちでキスするかの二択ね」

「あの、不意打ちは今日やったんだけど。図書室の机の下で」

「まぁ――ということは不意打ちでキスしたはいいけど結局我慢できなくなって本気でキスしてしまった、ということ?」

「ち、違う! あれはさくらから誘ってきて――」

「この色魔(しきま)

「うぅっ!?」

「人を散々色魔呼ばわりしておいてこれだもの。人間って本当に恐ろしいわ」

「くぅ……今日は言い返せないっ」

「さて、すっきりしたところでもう切るわよ。あゆちゃんともお話ししたいし」

「あぁごめん。うん、切っていいよ」

「じゃあまた明日ね。……あぁそうそう、屋上でお昼ごはんを食べるときなんか狙い目よ。前に私もやったし。どうせ私達しかいないし」

「……アドバイスどうも」



            終

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