恋人姉妹は友人たちとお弁当を食べる
彩歌姉妹がお昼に友達とお弁当を食べていちゃいちゃするお話
※時期は『恋人姉妹は留守番で戯れる』作中の冒頭と本編の間。姉妹がキスをする前です。
友人たちは別の短編の登場人物です。
姉からお昼ごはんを一緒に食べようと言われた翌日。昼休みに教室を抜け出た私は屋上へ向かった。
本来は生徒の立ち入りは禁止されているはずだが、姉がうまいことやったらしい。私としても中庭や食堂だと衆目にさらされる可能性があるので、誰も来ない場所というのはありがたい。
(それに屋上でお弁当食べるのって一度はやってみたいもんね)
若干わくわくしながら、屋上へ出るドアの前に到着した。姉に連絡をしてドアを開けてもらう。
「いらっしゃ~い」
姉の出迎えに応えながら屋上へと歩を進める。初めて足を踏み入れたそこは予想以上に何もない広い空間だった。給水塔や室外機は設置されているが他に目ぼしいものはなく、人の往来のないコンクリートの地面は風雨に晒されていたせいで汚れや砂ぼこりにまみれその上を金属のパイプが何本か走っている。落下防止用のフェンスがぐるりと巡らされているが高さは腰程までしかなく簡単に乗り越えられそうだ。生徒を立ち入り禁止にするのも頷ける。
がらんとした光景ではあったが不思議と気持ちは高揚していた。普段入れない場所に来たこともそうだが吹き抜ける風や視界の上いっぱいに広がる青空、遠くに見える山々や小さな町並みが学校という空間にあって新鮮に感じられる。
「こっちこっち」
ドアにカギを掛けた姉が手招きして先導する。入り口の横をぐるっと回り死角になっていたスペースに案内されると、陰になった一角にシートが敷かれていた。その場所ではすでに先客が待っていた。
見るからにお淑やかで大人びた雰囲気の女子生徒。前に姉と一緒にいるところを見たことがある。名前は確か茉里奈先輩といったか。
「あなたがさくらちゃんね。初めまして、私が御園茉里奈です」
「あ、どうも……彩歌さくらです」
自己紹介を返しながら、御園先輩の隣に隠れてもう一人女子がいるのに気が付いた。小さめの体格のその子はリボンの色からどうやら私と同級生のようだが――。
「え、宇佐見さん?」
私の声に少し気まずそうに顔を出し、苦笑しながら頷いたのは宇佐見あゆ、私のクラスメイトだった。
「なんでここに?」
「えぇっと、茉里奈先輩に呼ばれて……あはは、お邪魔してます」
姉からあらかじめ他にも一緒に食べる人がいるとは聞いていたが、それはてっきり御園先輩のことだと思っていた。
姉が私の手を引っ張ってシートの上に座らせながら言う。
「さくらひとりだと上級生に挟まれて可哀想かなと思ってさ。茉里奈に呼んでもらったんだ。同じクラスだし話しやすいでしょ?」
うーん、と私は内心首を捻った。宇佐見さんとは多少話したことはあるが仲が良いというほどではない。そもそもクラスに仲が良い子がいるかという問題はあるがそれは置いておく。顔見知りがいて安心するよりも、むしろ姉と一緒にいるところを見られて恥ずかしいという気持ちの方が強い。
「さぁさぁ、あんまりもたもたしてたらお昼休み終わっちゃうし、ちゃっちゃといただきましょーか」
姉の号令でみんながお弁当を広げだす。私と姉のお弁当の中身は同じだ。朝の残り物や野菜、自然解凍できる冷凍の総菜など、まぁ割と普通な方だと思う。御園先輩のは円筒で段になっている保温機能つきのお弁当で、野菜炒めや魚の塩焼き、サラダなどが彩りよく詰められている。
そんななか宇佐見さんはビニール袋からパンと紙パックの野菜ジュースを取り出した。みんなの視線を受けてはにかんだように笑う。
「私だけパンだと何だか恥ずかしいですね」
そんなことない、と私が言う前に御園先輩が口を開いた。
「何で? 色んな家庭があるんだから色んな昼食になるのも当たり前よ。もしパンが嫌なら私のお弁当と交換する?」
「いやいや、それはさすがに申し訳ないので!」
「じゃあ私のおかず一口あげるからそっちのパンも一口頂戴。そのチョコパンとか美味しそう」
二人のやりとりを眺めながら、私の隣にいる姉がくやしそうに呟くのが聞こえてきた。
「そうか、お弁当が違うとおかずを交換するって手が使えるのか。いや、たとえ同じ内容でも違うおかず同士ならばトレード出来るのでは……」
「先に言っとくけど、交換しないからね」
釘を刺しておくと姉が「えー」と非難の声を上げた。諦めきれないのか尚も提案してくる。
「だったらお互いに食べさせあうのはいいでしょ? こういうときくらいじゃないとなかなか出来ないしさ」
「な、なに言ってんの! し、姉妹で食べさせあうとか、バカなこと言わないでよ!」
クラスメイトの前でこの姉は何を言い出すのか。これが二人きりならばまぁ考えてあげなくもないが、人前では無理に決まっている。それが分からない姉じゃないと思っていたのだが。
内心で焦る私に姉が前方を指し示した。
「ほら、あっちだってやってるんだから私達もやろうよ」
視線を前に向けると、そこには御園先輩が箸で差し出したおかずを口で受けとめる宇佐見さんの姿があった。
(え、宇佐見さ、えぇぇぇぇーーーっ!?)
正直目を疑った。もしかしてご飯を誰かに食べさせるのが最近の女子高生の間で流行っているのだろうか。いや、私だって女子高生だがそんな話は聞いたことがない。というか宇佐見さんも私の方を少し気にしているし、恥ずかしがりながらもどこか開き直ったような微妙な表情をしているので、私の感性がおかしいというわけではないはずだ。
宇佐見さんは食べ終わるとパンを御園先輩に差し出した。しかし御園先輩は食べようとしない。
「私に齧り付けっていうの? 小さくちぎってくれると食べやすいんだけど」
その言葉を受けて宇佐見さんが指でパンをちぎり、そのまま欠片を御園先輩の方へと持っていく。
ぱくり、と御園先輩が食いついた。宇佐見さんの指先ごと。
「――ぁ」
宇佐見さんの小さな声が聞こえた。それでも御園先輩は指から口を離さない。それどころか宇佐見さんの指を味わうように艶のある唇を動かし始めた。ちゅ、ちゅぷ、と水音がかすかに響く。赤ちゃんのような行為だが御園先輩のそれはとてつもなくいやらしく感じさせられる。私はお弁当のことなどすっかり忘れて目の前の淫靡な光景に見入っていた。何というか見てはいけないものを見ている気分だ。言うなれば、居間のテレビの洋画で濃厚なベッドシーンが映されたときのような。胸がドキドキと高鳴っていく私の肩を姉が叩いた。
「はい、あーん」
手皿をつくり姉が箸を差し出してきた。逃げようにもすでに箸の先端が私の唇に触れようとしている。
仕方なく私は口を開けてそれを受け入れた。甘い卵焼きの味が広がってくる。
「ほら、次はさくらの番だよ」
箸を抜いた姉が当然とばかりに要求してきた。それはやっぱり恥ずかしい。抵抗を示す私の前方では御園先輩が宇佐見さんの指からようやく口を離していたところだった。
ウェットティッシュを宇佐見さんに手渡しながら御園先輩がくすりと笑う。
「私ばっかりが美味しい思いをするのも不公平よね。次は私がパンを食べさせてあげる」
御園先輩は宇佐見さんの手からパンを奪うと、今度は自分でちぎってからそれを宇佐見さんの口元へ持っていった。
(この先輩、絶対Sだ……! 理由とかどうでもいいから宇佐見さんに指をしゃぶらせたいんだ……! さすがに宇佐見さんもこれは断るよね……?)
私は事の成り行きをじっと見守った。宇佐見さんはちらと私の方を窺って逡巡するような仕草を見せたあと、ぐっと拳を握ってからパン(もとい御園先輩の指)に食いついた。
(う、宇佐見さーーーんっ!!)
そこまで彼女を駆り立てるのは何なのか。まさか御園先輩に弱みを握られている? と思ったが宇佐見さんの表情を見るに嫌々させられているようには思えない。
じっと宇佐見さんの横顔を見ていた私の首がぐいと曲げられる。
「あんまりじろじろ見たら恥ずかしくなっちゃうでしょ」
「だ、だって……」
そんなことを言われても目の前でこんなことをされたら見てしまうのが人間というものだ。
姉は私を諭すように耳元で囁く。
「これ以上お友達を恥ずかしがらせない為にも、さくらも私に食べさせるべきだと思うなぁ~」
「それとこれとは――」
「何も指で食べさせろなんて言ってるわけじゃないんだし、お箸でぱぱっと口に運ぶくらい別になんでもないことだって」
「でも……」
「ここでさくらがお弁当を食べさせてくれなかったら私一生言い続けるからね」
「…………」
恨み事のような脅しだが、この姉のことだ。むこう一カ月は確実に当てつけがましく言ってくるだろう。
私は息を吐いてからお箸を握り直し、おかずを摘まんで姉に差し出した。
「……これでいい?」
私が聞き終わるよりも早く姉はおかずを頬張り満面の笑みで味わった後、再度口を開けて私に催促をしてくる。
「次は白ご飯がいいな」
「……はいはい」
お望みどおりに白ご飯を箸で食べさせる。だが姉の要求はそれで終わらなかった。
「次たくわん。あぁやっぱりご飯と一緒にして! そうそう。次は卵焼き! おひたし! ご飯! 豚肉とキャベツ! ご飯! お茶!」
「お茶くらい自分で飲みなさい!」
調子に乗った姉に水筒を押し付けながら私は自分のお弁当を見下ろした。
「もみじねぇに食べさせすぎて無くなりそうなんだけど」
「ちゃんと私のお弁当食べさせてあげるから大丈夫」
それはそれで大丈夫じゃないんだけど、と胸中でぼやきつつ、ふと宇佐見さんの方を見てみると御園先輩と肩を並べて仲良さそうに一緒にお弁当をつついていた。
この場においては私の方が異常なのかもしれない。向かいの二人はもう私達のことなんて目に入っていないようだった。
私だけが気にし過ぎてもしょうがないか。
よし、と腹を括ってから、餌を待つひな鳥よろしく正座したまま目を輝かせている姉に向かって箸をかちかちと動かしてみせた。
「……次は何食べたいの?」
「ごちそうさまでした」
四人で手を合わせた後、姉が大きく腕を伸ばした。
「いや~、お腹も心も満腹だ~」
「おかげで休み時間あんまり残ってないけどね」
スマホで時間を確認しながら私は言った。実質食事時間が二倍かかっているのだから当たり前だ。
「っ!? それは大変だ。はやくしないと!」
姉が何やら慌ただしく動き始めた。どこからかもう一枚敷用シートを持ってくると隣に大きく広げた後、「さくらこっちに来て」と私を呼んだ。
「ここ、ここで正座して」
「?」
よくわからないまま言われた通りに正座をすると、姉はごろりと横になって私の膝の上に頭を乗せてきた。
「――なっ」
「あぁ~、食べたあとすぐ横になるのって最高だよね~。健康に悪かろうが知ったことか、って感じ」
「も、もみじねぇ! や、やめてよ! ほら、はやくどいて!」
恥ずかしさで私の顔がかぁっと熱くなる。頭をどかそうとするが姉は私にしがみついて絶対に離すものかと抵抗してくる。宇佐見さんたちからの視線を感じて私の顔の温度が更に上がった。
「ひ、人前だから! そんなだらしないことしないの! もみじねぇ!!」
「いいじゃん別に~。家ではさくらもたまにやってる――」
「やってない!! やってないですよ!! このバカ姉の戯れ言ですからね!?」
姉の爆弾発言に私は咄嗟に宇佐見さんたちに対して言い繕おうと視線をあげて――私と同じように御園先輩に膝枕をしてあげている宇佐見さんと目が合った。
「…………」
「……えぇっと、御園先輩にお願いされちゃって」
若干恥ずかしそうにしながらも宇佐見さんの手は御園先輩の頭を優しく撫でていた。
「……そっか」
今までのことすべてがどうでもよくなって、言葉と共に深い息を吐き出した。
「さくら、あっち頭撫でてるよ! ほら私の頭も撫でて!」
対抗意識を燃やすんじゃない。騒ぐ姉の鼻をぎゅっとつまんでから、私も宇佐見さんに倣って姉の頭を優しく撫でてあげた。
姉は満足げに息を吐いてから目を瞑った。
なんとも奇妙な光景だ。
お昼休みの屋上で、ご飯を食べたあとに膝枕をされている最上級生が二人。枕役はどちらも一年生。
ともすればイジメなどの誤解をされそうなシチュエーションだが、屋上を公園に、先輩後輩を恋人に置き換えればなんの違和感もない。
まさか学校で、しかも人前で姉を膝枕するなんて想像もしていなかったが、これはこれで良いかもしれない。嬉しそうな姉の顔を見ると殊更にそう思う。
今日から毎日こうやって姉とお弁当を食べられるのだろうか。いちゃいちゃしようとしてくるのは困り者だが、それでも明日からのお昼を楽しみにしている自分がいる。
姉が学校にいるのもあと一年しかないのだ。二人一緒だからこそ学校で出来ることを今のうちにたくさんやっておこう。
こんなことを姉に言うとまた色々と無茶なことをやろうとするだろうから、絶対に言ってやらないけど。
予鈴が鳴るまで残り数分。膝の上にある確かなぬくもりに目を細めながら、私は穏やかな風と共に姉の髪をゆっくりと撫で続けていた。
〈おまけ〉
ある上級生たちの会話
「いや~、今日はありがとね。そっちが見せつけてくれたお陰でこっちもやりやすかったよ」
「それはいいんだけど、あんまり私達を当て馬にしないでね。後でやりすぎって怒られちゃったんだから」
「私も家に帰ってきて怒られたよ。さすがにクラスメイトの前はまずかったみたい」
「こっちでも『もしかしてバレたかも』って心配してたから、『バレて何か困ることあるの?』って諭してあげたわ」
「いいなぁ~。こっちは色々と制約がね」
「その部分に関しては同情するわ」
「とりあえず今年一年の目標は、学校の中でキスをすること! なんだけど」
「あぁ、まだだったの」
「そっちと一緒にしないでくれます? 私は職権濫用して無理やり後輩の唇を奪うとかしませんから」
「あら、嫉妬は見苦しいわよ。今日のお昼も隙をついてキスしたんだから」
「ウソ!? いつよ!?」
「片付けて荷物まとめてる最中に後ろを向いたところを狙ってね」
「くぁぁ~、ずっる! この色魔!」
「誰が色魔よ。まぁそのせいもあって余計に怒られたんだけど、でもあの恥ずかしがる顔は最高だったわ」
「それは分かる。頬を染めてめっちゃ照れてるのに必死に感情を隠そうとしてるのっていいよね~」
「だからあなたもさっさとキスくらいしたらどう? 見た感じ、強く迫れば受け入れそうだったけど」
「そりゃ断らないだろうけどさぁ、強引にしたせいで嫌われたらとか思ったらなかなか……」
「一度して嫌われたなら二度三度としてあげればいいのよ。そうして数え切れないくらいすれば心も体も開いてくれるわ」
「やっぱ色魔じゃん」
「誰が色魔よ」
「はぁ~……今度の土日に親がいないからさぁ、そこで勝負かけてみようと思う」
「なんだ、キスできるシチュエーション揃ってるじゃない」
「そうだけどさぁ~、だからこそ余計に緊張するっていうか」
「ひとつだけアドバイスしてあげる」
「何?」
「自分の気持ちに素直に行動すること。それに尽きるわ」
「別に日頃から素直に接してるつもりなんだけど」
「自分の欲望に素直って言った方が良かった?」
「欲望だと途端にいやらしく聞こえる不思議」
「欲望も立派な気持ちよ。逆に言えば、自分の欲望を相手がどれだけ受け止めてくれるか、という話ね」
「さすが自分の欲望を後輩にぶつけまくってる人は言うことが違う」
「もう電話切っていいかしら」
「あぁごめんって。とりあえず、貴重なアドバイスありがとうございました。出来るだけ頑張ってみるよ」
「そうね。じゃあダメだったときだけ連絡して頂戴」
「……何で?」
「他人の惚気話は聞きたくないでしょう?」
「あぁ、そですね……」
終