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恋人姉妹と新しい季節の始まり【第一部最終話】

恋人で姉妹の二人が新しい環境で妹の誕生日をお祝いするお話


【登場人物】

彩歌さくら:姉のもみじと付き合っている。今年の四月から高校二年生。四月八日は誕生日。

彩歌もみじ:妹のさくらと付き合っている。大学に行くのを機に一人暮らしを始めた。実家からは一時間以内の距離。



 年度が始まる四月。入学だ進級だと活気づく季節ではあるが、もともと私はこの時期があまり好きじゃなかった。

 四月が来るたびに遠ざかっていく姉の後ろ姿を見るのが嫌だったから。

 追っても追っても追いつくことが出来ない。年齢の差も、思考の差も、なにもかもが私と姉を隔てていた。その差が寂しくて哀しくて、どうしようもなくなるときもあった。

 今思えば本当に情けない。

 追いつけないのなら声を掛けて止まってもらえばいい。振り返って手を伸ばしてもらえばいい。

 それだけで私達の距離なんてなくなってしまうというのに。



 インターホンを鳴らすとドアの向こうからかすかな走る振動が聞こえ、ガチャと開いたドアから満面の笑みの姉が顔を覗かせてきた。

「いらっしゃい、さくら。中に入って入って~」

「お、おじゃまします」

 中に入り玄関のドアが閉まった途端、姉に抱き締められた。

「さくら、誕生日おめでとう!」

「……ありがと」

 今日は四月八日。私の誕生日だ。学校が終わってから家に戻らずにそのまま一人暮らしを始めた姉のところにやってきた。なので服装は制服のままだ。

 ぎゅうぅぅぅ……。

「もみじねぇ、そろそろ離してもらわないと。靴も脱いでないし」

「やぁーだぁー。会うの三日ぶりだからもうちょっと堪能するぅー」

「電話で毎日話してたでしょ」

「声だけじゃ足りないのー! さくらはおねえちゃんがいなくなって寂しくならなかった?」

 そんなの決まってる。

「……寂しかった」

 姉の背中に腕を回して、私もぎゅっと抱き締めた。



「カバンは適当にそこらへんに置いといてー」

 姉に続いて部屋にあがりこむ。6帖の1Kだというその部屋は最低限の調度品しかなくすっきりとしていた。

「荷物全部片付けたの?」

「うん。どうせそんなに量なかったしね。それに、ダンボール箱が積まれてる部屋にさくらあげられないよ」

「別に気にしないのに」

「広い方がゆったり出来ていいでしょー。ほら、このマットレス見てよ」

 姉が壁に立て掛けられたマットレスに触れた。実家で見たことがないので新しく買ってもらったのだろう。

「分厚くて寝やすそうだね」

「それはまぁそうなんだけど――大きさ、何か気付かない?」

「? 何か違うの?」

「お母さんにお願いしてちょっとだけ大きいのにしてもらったんだ。シングルだと狭いかなって」

「…………」

 何故狭くなるのかは分かりきっている。二人で寝るのに、だ。

 伏し目がちに姉を見つめる。

 その、今日はそういうつもりではなかったけど、どうなんだろう。姉の誕生日のときのことを考えるとそういうことがあるかもとは想定して来たけど。

 姉が目を瞑って眉間を手で押さえた。

「さくら、えと、そんな目で見られると何かもう理性とか色々どっかいっちゃうからやめて……」

「そ、そんな目ってなに!? べ、別に普通の目だけど!?」

「欲望が漏れてる」

「漏れてない! 漏れてるとしたらもみじねぇの方でしょ!」

「そりゃそうだよ。さくらと二人きりだもん。意識しない方が無理」

「う……」

 返答に詰まった。姉の気持ちなんて最初から分かっているし、二人きりになれるのを楽しみにしていたのは私も同じだ。私だって後先考えずに欲望のままに姉に甘えたいと思っている。ただ、いきなりリミットを外そうにも勝手が分からず持て余してしまっているわけで。

 姉がマットレスを背もたれにして座布団の上に座った。私もその隣に用意されていた座布団に腰を降ろし、姉の肩にもたれかかる。

「……やっぱり欲望漏れてたかも」

「気にしなくていいよ。ここには私達以外誰もいないんだから」

 優しく肩を抱かれ、何の合図もせずに自然と姉と唇を重ねた。三日ぶりのキス。実家にいるときに数え切れないほどしてきたのに、たった三日あいただけでこんなにも体と心が喜んでいる。

 秒針が何周したのか分からなくなるくらいキスを続けたあと、姉がゆっくりと唇を離した。唇と舌が急に寂しくなる。

「ん――ふふ、そんな顔しないでよさくら。私だってほんとはこのまま一緒にシャワー浴びてベッドに入りたいけど、時間があんまりないしね」

 ぽんぽん、と頭を軽く叩かれた。

 学校帰りなのでもう日は傾いている。両親には姉の家に寄って帰ることは伝えてあるが、晩ごはんは実家で食べるのであまり悠長にはしていられない。

 姉の肩におでこを当てて呟く。

「土曜日、絶対来るから」

 泊りに。今度こそ、時間を気にせず姉と二人で過ごすために。

「うん。楽しみにしてる」



「さてさて、暗くなる前にさくらの誕生日をお祝いしないとね。美味しそうなチーズケーキ買ってきたんだ~」

 姉が冷蔵庫から紙の箱を持って来て座卓の上で広げた。中には小さな円柱のチーズケーキが二個入っていた。チーズケーキの表層には赤いピューレが敷かれ、その上にイチゴやベリーが乗せられている。

「すごい美味しそう!」

「でしょ~?」

 ケーキを紙皿に移しロウソクを一本だけ立てて火をつけた。暗くした部屋で姉がハッピーバースデーの歌を歌ってくれた後に火を吹き消し、ジュースを入れたコップで乾杯をした。

 チーズケーキは今まで食べたなかで一番美味しかった。

「さくら、マンションの裏手ってもう見た?」

「ん? 見てないよ」

「じゃあちょっとベランダ行こ」

 姉に連れられてベランダへと出る。ベランダ用の突っ掛けが二人分用意してあったのが少し嬉しかった。本当に二人でここで暮らしているみたいで。

「下、見て」

 姉に言われてベランダから顔を出してみると、そこには。

「桜――」

 マンションの裏には公園があった。あまり遊具はなく広場のような感じではあるが、そこを取り囲むように桜が咲いていた。薄暗くなり始めているのに色鮮やかさがよく分かる。立ち並ぶピンク色のぼんぼりを上から眺め、私の口から息と共に感想が漏れ出た。

「綺麗……」

「これが、私がこの部屋を選んだ理由。桜の木がそばにあるってことは、さくらがいつもそばにいてくれてるのと同じだもんね」

「じゃあ桜の木があれば私はいなくていいの?」

「ち、違うよ! 心はいつも繋がってるよ的な意味ってだけで、ほんとはさくらがいてくれるのが一番だしさくらの代わりなんてどこにも存在してないんだけど――」

「分かってるって。冗談だよ」

 ちょっとからかってみただけなのに姉がめちゃくちゃ慌ててしまったので申し訳ない気持ちになった。言いたいことは分かってる。姉と心が繋がっていることを疑ったことはないが、こうやって目に見える形で表してくれるのは素直に嬉しい。

「ありがとう、もみじねぇ。この部屋にしてくれて」

「えへへ」

 姉はだらしなく笑ってから、微笑みをたたえた眼差しを私に向けてきた。

「さくら、目瞑って、左手こっちに出して」

「…………」

 私は言われた通りに目を瞑った。何が起きるかはもう知っている。私がここに来たときから姉の左手の薬指にはオパールの指輪がはめられていた。私が誕生日にあげた指輪。それを姉が忘れるわけがない。

 差し出した左手を姉の手が支え、薬指に何かが通される。

「もう開けていいよ」

 私が目を開けると、左手の薬指に指輪がはめられていた。リングの上にはカットされた透明な宝石が輝いている。

「これ……」

「四月の誕生石のダイヤモンド――」

「ダイヤ!?」

「はさすがに無理だったので、同じく四月の誕生石の水晶だよ」

「よかった……」

 いくら誕生日のプレゼントとはいえ、ダイヤなんてもらったら心配になる。お金が。

「さくらダイヤ欲しくないの?」

「欲しいとか欲しくないとかじゃなくて、身の丈に合ったものがいいよ」

「じゃあ自分でお金を稼ぐようになったときに身の丈に合ったダイヤ贈るね」

「え、いやそれは……」

「婚約指輪として」

「……うん」

 私達は結婚なんて出来ない。だから婚約なんてする必要もない。そんなの姉も分かってる。

 だからそう。結局のところ指輪も気持ちの代弁でしかないのだ。あなたと一生を共に過ごしますよ、と。

「でもそのときは事前に言ってよ。私だってもみじねぇにちゃんとした指輪贈りたいんだから」

「これだって気に入ってるんだけどな~」

 姉が左手を顔の位置に持ち上げて薬指の輝きに目を細めた。どんなに安くても造りがシンプルでも、自分にとっての宝物なのだと告げている。もちろんそれは私も。

 姉に肩を並べるように移動して、姉の左手に私の左手を重ねた。ちょうど薬指の指輪が隣り合うように指をずらす。オパールと水晶、二つの宝石の異なる輝きがひときわ増したように見えた。

「この指輪、喜んでるみたい」

「運命の相手に巡り会えたからじゃない? 人も、宝石も」

「そうかもしれないね」

 私が頷くと、姉がこつんと宝石同士をくっつけた。

「おぉっと、宝石が私達の前でキスし始めちゃった。こいつは負けられないね~」

「宝石に対抗心燃やしてどうするの」

「そりゃもちろん、見せつけ返してあげないと」

「はいはい」

 呆れるのは言葉だけ。私は顔を横に向けて姉の唇を受け入れた。拒む理由なんてない。私もキスをしたいと思っていたところだから。

 そのまま部屋の中に戻り、帰る時間ギリギリまで私達はずっとキスをしていた。



 水晶の石言葉に『純粋、繁栄』というものがある。

 相手を想う純粋な心を忘れずに、私達のこれからの人生が繁栄してくれればいいなと思う。

 そのために少しずつでいいから私に出来ることをやっていこう。気持ちを伝え、行動で示し、二人の未来について考えていこう。

 私達は姉妹だ。隣にいることが普通で、互いに気兼ねしたりせず、本心で話し合える。そんな関係の下地がすでに出来上がっている。だからそう、不安に思う必要なんてまったくない。

 姉妹として出逢わなければよかったと思うときもあった。赤の他人なら、ただの先輩後輩なら、周りの目を必要以上に気にしなくてよかっただろう。

 でも私は今、彩歌もみじの妹で良かったと心の底から感じている。

 妹だからこそ誰よりも近くで姉を見てきて、誰よりも姉のことを好きになり、誰よりも姉のことを分かってあげられるようになった。きっと他人だったら好意を抱いていたとしても想いを伝えるまでには至らなかっただろう。

 私達は姉妹だからこの世に存在し、恋人であるから生きていける。それがどれだけ幸運なことなのかは考えるまでもない。私達はその幸運の上に成り立つ幸せを享受し、これからも進んでいく。

 月並みではあるけど、改めてここに宣言したい。


 たとえ生まれ変わったとしても、私はまたもみじねぇの妹になって、恋人になりたい。





〈おまけ〉


年上二人の艶話


 ある夜、彩歌もみじは友人の御園茉里奈と電話をしていた。久しぶりの会話で大学生活や私生活について話が弾む中、自然と話題は恋バナへと移っていく。

「茉里奈の方はあゆちゃんと最近どうなの?」

「勿論ラブラブよ」

「茉里奈って実家から大学通ってるんだよね? あゆちゃんが遊びに来る感じ?」

「それもあるし、私があゆちゃんの家に行くこともあるわ」

「向こうの家族には恋人だって伝えてあるの?」

「まだ言ってないけれど、妹さんにはバレちゃったわ」

「え、なんで?」

「あゆちゃんの部屋でいちゃいちゃしてるときにドアの隙間から覗いてたのよ」

「家族がいるのにいちゃいちゃするんじゃないよ」

「あなたにそれを指摘されるのは釈然としないのだけど。仕方ないじゃない、そういう気分だったんだから。ちょうど弟くんが留守でね、いたらいつもゲームに誘われて遊んでるんだけど、いなかったから二人でゆっくりしてたのよ。そうしたら自然と、ね」

「ちなみにいちゃいちゃってどのレベル?」

「服に手を入れるところまで。さすがに全部見せるのはあゆちゃんが可哀想だったから途中でやめにしたわ」

「もしかしてあゆちゃんは妹に見られたこと……」

「まだ知らないわね」

 妹の心境、それを知ったときのあゆの心境を思いもみじは天に祈った。どうかあちゅちゃんが恥ずかしさで死にませんように。

「……そういや茉里奈」

「何?」

「こういうのって聞きづらいんだけど、その……」

「何よ?」

「茉里奈がするばっかり? それともあゆちゃんにもしてもらってるの?」

「あら、人に散々色魔だなんだって言っておいて、そういうこと聞くのかしら?」

「む、無理に答えなくていいよ」

「別にいいわよ。もみじ相手に隠す理由もないし。答えはどっちも。始めるのは私からが多いけれど、私がしてあげた後は大抵あゆちゃんがしてくれるの」

「声とか出てる?」

「……やけに込み入ったことまで聞いてくるじゃない。さくらちゃんと何かあった?」

「いや、私のとこはほとんど私がする方なんだけど、さくらがどうしても声我慢しちゃってさぁ」

「家でしてたときのクセなんじゃない? 今はもみじの所なんでしょう?」

「そうだよ。鉄筋だし多少は大丈夫って言ってるんだけど、やっぱり声は抑えてて」

「一応確認しておくけれど、あなたが下手とかじゃなくて?」

「そ、そのへんは問題ないから!」

「だったらいいじゃない。わざと大きな声を出させるようなものでもないし、きちんと満足させられればそれで」

「そりゃそうだけど、でも相手の声聞きたいじゃん」

「まぁ、ね。私もあゆちゃんの嬌声は大好きだもの」

「ど、どうやって出させてるんですか?」

「そうね。声を出してもいい環境を確保するのは当然として、お手本を見せてあげることかしら」

「お手本?」

「相手の声が聞きたいのなら、自分の声を相手に聞かせてあげないと。声を出すのは恥ずかしいことじゃないのよって」

「なるほど」

「あとはもう、声を我慢してると思ったらキスして無理矢理口をこじあけて声を引き出してあげたり、指を咥えさせて閉じないようにしたりとかかしら。無理強いは良くないわよ。きちんと『声が聞きたい』って相手に伝えて、それで自然と出してもらうようにしないと」

「ふむふむ」

「というか、そのくらい自分でなんとかしなさいよ。あなたの彼女でしょう?」

「いやぁそうなんだけど、あんまり要求し過ぎて引かれたらヤダなぁと」

「引かれるような相手なの? さくらちゃんは」

「……そんなことない」

「もう答え出てるんじゃない。じゃあ私はもういいかしら?」

「うん、ありがとう。茉里奈」

「別にいいわよ。あゆちゃんにあなたとこういうこと話したっていうのを伝えて恥ずかしがらせて楽しむから」

「あー、あゆちゃんにごめんって言っといて」

「私が楽しんだ後にね」

「あはは。それじゃ、また何かあったら連絡する」

「そうね、惚気(のろけ)以外なら聞いてあげる」

「へいへい」

 もみじが電話を切ろうとした間際、茉里奈が呼びかけた。

「もみじ」

「ん?」

「あなたたちは姉妹だったから今まで一緒に暮らすのが普通だった。けれどこれからはそうじゃない。だから余計なことを気にしたりせず、恋人として過ごしなさい。他の人達はそうやって少しずつ絆を深めていってるの。慌てる必要はないわよ」

「……ありがと」

 電話を切り、もみじは息を吐いた。妹だから大切にしなければいけないし、恋人だからもっと深く繋がりたいと思う。どっちかを優先することはない。どっちも大事なことなのだから。

「会いたいなぁ」

 最愛の恋人()に。

 週末が来るのが待ちきれない。

 今の気持ちをいち早く伝える為に、もみじはその番号に電話を掛けてスマホを耳に当てた。



     終


お待たせいたしました。

本当は四月八日にあげたかったのですが……。反省。


第一部と表記しましたが、今回でとりあえず彼女たちのお話は一区切りです。

もともとリアルタイムに合わせて姉妹百合を書く、をコンセプトに書き始めたこのシリーズ、一年終わってみるともうちょっと色々書いてあげられることもあったかな、と思ったり。

ただ、書かなかった毎日の何気ない日常も彼女たちにとっては最高に幸せな日々だったのは間違いありません。それはきっとこれからも。


大学以降の話は今のところ書く予定はありませんが、時系列気にせずに書きたくなったときに書こうかなと思っています。もしくは何かリクエストがあれば。


これまで読んでいただいて本当にありがとうございました。

一年書き続けられたのも皆様のお陰です。


また次の作品も楽しんでいただければ幸いです。


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