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恋人姉妹のホワイトデー / 卒業式

恋人で姉妹の二人が友達と一緒にお菓子を作ってわいわいするお話と、卒業式の帰り道のお話。


【登場人物】

彩歌さくら:高校一年生。姉のもみじと付き合っている。

彩歌もみじ:高校三年生。四月からは大学近くで一人暮らしを始める。


宇佐見あゆ:高一。さくらのクラスメイト。茉里奈と付き合っている。小動物系の可愛さ。

御園茉里奈(みそのまりな):高三。もみじのクラスメイト。才色兼備で大人びている。あゆにベタ惚れ。

恋人姉妹のホワイトデー



 三月十四日、ホワイトデー。

 バレンタインにチョコを渡す習慣が日本発祥のように、ホワイトデーというのもまた日本で始まったイベントだ。

 起源は諸説あり、菓子の製造販売を手掛ける不二家とエイワが協力してバレンタインのお返しに『メルシーバレンタイン』というキャンペーンを開催したとか、老舗菓子屋の石村萬盛堂いしむらまんせいどうがバレンタインデーのお返しの日として『マシュマロデー』を作ったとか、全国飴菓子工業協同組合がキャンディを贈る日としてホワイトデーを制定したとか言われているが、それぞれが起源を主張している為真偽は定かではない。

 それはともかく、昔こそホワイトデーのお返しはバレンタインに貰った物の三倍以上の価値のあるものを返さなければいけないという考えが広まっていたが、いまや同性間の友チョコが流行っている時代。気軽にチョコやクッキーを渡し合い、みんなで甘いお菓子を楽しむ女の子たちも少なくない。

「よし、お菓子作るぞー!」

「「おー」」

 彩歌もみじの元気な掛け声に妹のさくらと宇佐見あゆが続いた。そして少しの間を置いてさくらが問いかける。

「で、私とあゆちゃんは何すればいいの?」

 今さくらともみじは御園みその邸のキッチンに来ていた。理由はホワイトデーのお菓子を一緒に作るため。それをみんなで食べてホワイトデーのお返しにしようというのだ。あゆたちに会うのは卒業式以来なのでさくらは今日を楽しみにしていた。

 御園邸のキッチンは彩歌家よりもかなり広く、中央に大きなテーブルがあるので四人がいたとしても全然狭くない。

 料理手順をプリントアウトした紙を眺めていた御園茉里奈がさくらの問いに答える。

「あゆちゃんとさくらちゃんにはフルーツ飴を作ってもらうわ」

「フルーツ飴?」

「リンゴ飴って知っているでしょう? あれをリンゴ以外の果物でも作るの」

「あぁ、なるほど」

「私リンゴ飴大好きです!」

 あゆがそう言うと茉里奈が優しく微笑み掛けた。

「知ってるわ。だから選んだの」

 茉里奈に見つめられてあゆが照れたように表情を緩ませる。二人の何気無いやりとりを見てもみじがさくらの腕をつつく。

「さくらもリンゴ飴好きだよね?」

「え、まぁ嫌いじゃないけど」

「そこは『好き』って言ってくれないと、『だから選んだんだよ』って言えないじゃん!」

「そんな丸パクリしなくても……」

「あっちばっかりいちゃつかせる訳にはいかないの!」

「はいはい」

 相変わらず対抗意識を燃やす姉にさくらが息を吐いた。いちゃつくのが嫌なわけではなく、友人や先輩の前で堂々といちゃつくことに抵抗があったからだ。せめて辺りが暗ければ家にいるときのように甘えたり出来るのだが、今はお昼時。場所も時間も都合が悪い。


 まずはもみじと茉里奈が担当するクッキーの生地作りから始まった。茉里奈が手順を読み上げる。

「バターと砂糖をボウルに入れて、白っぽくなるまで混ぜてちょうだい」

「はいよ」

 もみじがシリコンのヘラで混ぜるのを眺めながらさくらが呟く。

「……私ここに居て邪魔じゃない?」

 さくらはテーブルで作業をしているもみじのすぐ横の椅子に座っていた。ちなみにあゆは茉里奈の横の椅子にいる。

「全然邪魔じゃないよ。むしろさくらが近くにいるからこそお菓子作りに身が入るんだよ」

「そうよさくらちゃん。あゆちゃんが隣にいてくれるということは、たとえばこうやってお砂糖なんかが指に掛かってしまったとき――」

 茉里奈が言いながら砂糖をスプーンで掬い自らの人差し指に振りかけ、流れるようにあゆの口元へ持っていった。

「すぐにあゆちゃんに舐めてもらえるということなの」

 あゆがさくらの顔を一瞬窺ったが、すぐに視線を戻し茉里奈の指を咥えた。

 なにをどう考えれば『すぐに舐めてもらえるということなの』という結論になるのかはともかく、二人の日頃の関係と愛情の深さが感じられる行為ではあった。

「あっ、さくら! 混ぜてたら指に飛んできちゃった!」

 もみじの指に付いたものは、明らかに今ヘラで付けたとしか思えない付き方だった。もみじはニコニコとその指をさくらの口へと持っていく。

「…………」

 さくらは姉の顔を見上げ、友人と先輩を一瞥し、たっぷり数秒逡巡してからぱくりと指に食いつき、すぐに唇を離した。

「もっとゆっくり舐めてくれていいのに~」

「いいから早く作って! あとちゃんと指洗ってよ!」

「ふぁーい」

 さくらに咥えてもらった指をぺろりと舐めて、もみじがシンクに向かった。茉里奈がその後に続きつつ、こっそりと話しかける。

「さくらちゃん、指とか舐めてくれないの?」

「そんなことないよ。二人っきりだったらどんなお願いもたいてい聞いてくれるし。バレンタインのときだってチョコごと私の指を――」

「聞こえてるよもみじねぇ!」

 さくらが顔を赤くして怒鳴った。たとえ相手が自分たちの仲のことを良く知っているとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。目が合ったあゆが『そのくらい普通だから大丈夫だよ』と笑いかけてくれて、さくらも曖昧に頷き返した。


「次は卵黄を加えて混ぜ合わせた後、薄力粉をふるい入れてさっくりと混ぜる。半分はココアを入れるからこっちのボウルに移してちょうだい」

「ほい――このくらいでいい?」

「えぇ、それくらいでいいわ」

 ココアを混ぜ終わると出来た生地をそれぞれ棒状になるようにラップで包み、冷蔵庫で30分から1時間寝かせる。その間にフルーツ飴を作ることにした。

 さくらが手順の紙を読み上げる。

「えっと、まず果物の準備からかな。私がイチゴのヘタを取るからあゆちゃんはミカン剥いてもらっていい?」

「うん」

「リンゴはカットする? 丸ごとの方がいい?」

「さすがに丸ごとは量が多いからカットして大丈夫だよ」

「わかった」

 二人が作業を進めていくのをもみじは邪魔にならない位置で椅子に座って眺めていた。危ないから近くに来ないでとさくらに釘を刺されたからだ。しかし包丁を使うさくらと違い、手でミカンの皮を剥くあゆは側にいても危険じゃない。なので茉里奈はちゃっかりあゆと並んで座り、ミカンの白い筋を取るのを手伝っていたりする。

「さくらぁ……」

 自分たちもいちゃいちゃしようよ、ともみじが訴えてくるのをさくらが遮る。

「すぐ次の工程に行くんだからおとなしくしてて」

「じゃあ果物の味見させて」

「え?」

「私は動いちゃダメでも、さくらが食べさせてくれる分にはいいでしょ?」

 ケガをする原因となりうるのはさくらの使っている包丁だ。だからさくらの方が動けば安全、と。筋は通っているし断る理由もないのでさくらはリンゴを小さく切ってもみじの口元に持っていった。

「……はい」

「あーん」

 もみじがそれに食いつくと指を咥えられないようにすぐ引っ込める。

 シャリシャリと噛みながらもみじが「むー」と唸った。さくらの指を吸って舐めてする予定が崩れてしまったということらしい。

 尚、さくらたちの後ろではあゆと茉里奈がミカンの食べさせ合いをしながらいちゃついていた。


「えっと、鍋に砂糖と水を入れて混ぜ合わせ、中火にかける」

 さくらがカチとコンロに火をつけた。まもなく砂糖水の中心あたりからぐつぐつと泡がたってくる。

「このとき掻き混ぜたりしちゃいけないんだって」

「へー。おぉ、なんか全体が沸騰してきた」

 数分して色がうっすらキツネ色に変わってきたら火を止めて、お箸の先に付けてから水の中に入れて冷やし固め、きちんとパリパリになるのを確かめる。

「よし、いい感じ。あとはここに果物をくぐらせて飴のコーティングをしてませば完成」

 さくらとあゆが竹串に刺した果物を飴にくぐらせ、クッキングシートを敷いたバットの上に並べていく。

 つやつや出来立てのフルーツ飴を眺めながらもみじが頬を緩ませた。

「この下側の方に飴が寄ってさ、こうぐにゃってして飴だけが固まった部分好きなんだよね~」

「わかる」「わかります」「わかるわ」

 三人の声が被って笑いが起きた。口々に食感の感想を語り、またそれに対して同意を示す。

 談笑しながら全部のフルーツ飴を作り終わり、残った飴は再びあたためてからアルミのおかずカップに流し入れた。これが固まるとべっこう飴になるらしい。

「それじゃあクッキーの仕上げにかかりましょうか」

 茉里奈が冷蔵庫で寝かせた棒状の生地を取りだし、ラップを剥がしてまな板の上で数センチごとに切っていく。ほぼクッキーの原型になったそれを、クッキングシートを敷いたオーブン皿に綺麗に並べていく。

「あとは170度に予熱しておいたオーブンで25分くらい焼けば完成」

 ぱたんとオーブンを閉じ、セットを済ませて茉里奈が微笑んだ。

「つまり、焼き上がるまでは好きなことが出来るわね」

 細くなった目が獲物あゆに向けられた。受け入れるつもりで身構えていたあゆだったが、茉里奈がすぐに肩の力を抜いた。

「――と、そうしたいところなんだけれど、テーブルの上片付けたり紅茶の用意をしたいからまた後でね」

 結局後でいちゃつくつもりなんだ、と誰もが思ったが口に出す人はいなかった。

 四人で協力していつでも食べられる準備を終えたころ、キッチンにバターのいい香りが広がってきた。洋菓子の焼ける匂いは何故こうも人を幸せにするのか。自然と顔をほころばせ、気付けば全員がオーブンの中を覗き込んでいた。今か今かと待ち侘びて、オーブンが焼き上がりの音を告げた。開けた瞬間、凝縮された香ばしいクッキーの香りが四人の鼻腔を抜けていった。

 出来上がったのならあとは食べるだけ。さくらともみじがクッキーを大皿に移し、あゆがフルーツ飴を皿の上に綺麗に並べ、茉里奈が紅茶を用意し――全部整ってからみんなで「いただきます」をした。

 一斉にクッキーに手を伸ばし、食べ始める。

「めっちゃさくさくしてて美味しい~!」

「ね、バターの風味もすごくいいし」

「ココアの方も美味しいですよ!」

「あゆちゃん、食べさせて。私がプレーンの方食べさせてあげる」

 さっそく目の前で食べさせ合いを始めた二人を見てもみじが感心する。

「隙あらばいちゃつくその姿勢は見習いたいよね」

「見習わなくていいから」

「ホントに?」

 いちゃつかなくていいの? と意地悪く笑う姉にさくらがぽつりと答える。

「……場所による」

「茉里奈とあゆちゃんの前だったら別にいいと思うんだけどなぁ」

 お互いの関係をよく知っていて、学校で一緒にお弁当を食べていた仲だ。いちゃつく光景も見慣れているし、見られてもいる。今更と言えば今更の話だが、どうしても気持ち通りに行動出来ない。恥ずかしいのもそうだが一番の理由は。

「今ここで私たちまでいちゃついたら多分ホワイトデーどころじゃなくなるだろうし」

 今日は四人でお菓子を作って食べておしゃべりをするために来たのだ。それに一度歯止めが効かなくなったらお菓子そっちのけでいちゃついてしまうに決まっている。

 会話を聞いていた茉里奈がさくらの方を向いた。

「さくらちゃん、バレンタインとホワイトデーは恋人同士でいちゃいちゃする為にあるのよ? ということであゆちゃん、飴も食べさせて」

 さくらたちが見る中、あゆがイチゴ飴の串を取り茉里奈に食べさせる。カリっとイチゴの先を噛み美味しそうに口のなかで転がす茉里奈。その表情はとても幸せそうだ。

 もみじがリンゴの飴を取った。

「ちなみに飴をホワイトデーにお返しすると、『あなたのことが好き』って意味があるんだって」

 そんなことを言われては差し出されたリンゴ飴を食べるしかない。さくらが少し照れながらかじりついた。歯に当たる固い飴。そのまま一気に力を入れるとパキっと飴が割れてリンゴの層にたどり着く。リンゴの小気味よいシャリシャリ感と共にあふれてくる酸っぱい果汁、それが甘い飴と混ざり合い得も言われぬハーモニーを生んでいる。

「美味しい?」

「……うん」

 リンゴ飴を食べ切った後は、さくらがもみじにミカン飴を差し出す番だった。


 クッキーや飴を半分くらい食べ終えたころ、茉里奈がどこからかマシュマロの袋を取り出してきた。

「是非みんなに食べて欲しいものがあってね」

 袋を開けて準備する茉里奈にもみじが横から茶々を入れる。

「マシュマロをお返しにあげると『嫌い』とか『お断りします』みたいな意味があるんだって」

「あら、じゃあもみじはコレ食べたくないのかしら?」

 マシュマロに串を刺す茉里奈を見て、もみじがわななく。

「ま、まさかアレを――」

 茉里奈は串を持ってコンロの前に立った。火をつけてゆっくりとあぶっていく。

「あ、あぁ……焼きマシュマロ……!」

 茉里奈が横目でふふんと笑った。綺麗に焼けたマシュマロを前に、もうひとつお菓子の箱を取り出す。パーティーで定番のリッツクラッカーだった。

 これから起こることを予期してもみじが目を見開く。

「茉里奈……なんてことを……」

 茉里奈はあゆにリッツを二枚取り出してもらうと、そこにマシュマロを挟みかじりついた。咀嚼をしながら口元を押さえて微笑む茉里奈。何も言わずともその美味しさは明らかだった。

 もうじっとしていられない。茉里奈以外の三人もマシュマロに串を刺してコンロで焼き始める。表面がキツネ色になったらすぐにリッツに挟み、押し潰しながら一気にかぶりついた。サクっと割れるクラッカー。甘い物ばかりなので塩気が舌に嬉しい。そして中からとろりと溢れてくるマシュマロの破壊力。しょっぱさ、甘さ、焼けた香ばしさ……それら全てが脳に襲いかかってくる。

「……いやぁ、これはヤバい」

「板チョコもあるから小さく割ってマシュマロの上に乗せて挟んでもいいわよ」

「なんという悪魔的誘惑……茉里奈は色魔じゃなくて悪魔だったのか」

「もみじは要らないのね」

「いるいる! 茉里奈さんはチョコの天使です!」

 コンロの横にマシュマロとリッツを移動させ、立ったままマシュマロを焼いては挟んで食べる。カロリーの四文字が頭をよぎっても誰も食べることをやめない。今日はホワイトデーだ。甘いものを食べて何が悪い。

茉里奈がふとあゆの方を見た。

「あゆちゃん、口の横、マシュマロついてる」

「え、ふぉんほえふは?」

 ほお張っていたあゆが指でぬぐおうとする前に、茉里奈が顔を寄せてぺろりと舐め取った。

「やっぱりあゆちゃんが一番美味しい」

「あ……」

「口の中甘くなったから紅茶飲みましょう?」

 茉里奈があゆを連れてテーブルの方に戻った。

 二人がいなくなってもみじがこっそりとさくらに言う。

「私もさくらが一番美味しいと思ってるからね」

「そこ張り合わなくていいから」

「でもさくらに勘違いされてたらヤダなーって」

「勘違いしてない」

「よかった。じゃあさくらは私のこと何番目に美味しいって思ってくれてる?」

「……美味しいっていう味覚で比べたりは出来ないけど、選ぶなら一番にもみじねぇを選ぶよ」

「えへへ、嬉しい」

 もみじがさくらに唇を近づけていくとさくらが小声で止める。

「待って、火ついてる」

「じゃあ消すね」

 カチリとコンロの火を消して、再びもみじが迫っていく。さくらは後ろを窺いながら尚も止めようとする。

「す、すぐ近くにあゆちゃんたちいるから」

「向こうはとっくに自分たちの世界に入っちゃってるけど?」

「え?」

 さくらが首を動かしてよく見てみると、茉里奈とあゆがキスをしていた。目をつむり、相手の唇を食べてしまいそうなくらい激しく唇を動かし、抱き合っている。

鼻にかかった声。切なそうな吐息。唇がくっついては離れる水音。広いキッチンにあって、しかし彼女たちが発するすべての音が生々しくさくらたちの耳に届いてくる。

「――――」

 あゆと茉里奈がキスをしているところを見るのは初めてではない。とはいえ密室かつ近距離で見る二人のキスは、色っぽくなまめかしく、どこか背徳的なものを感じてしまう。

 視線に気が付いた茉里奈がちょんちょんとあゆの肩を叩いた。目を開けたあゆもさくらたちに気付き、顔をいっそう赤らめて体を固くする。ただそれもわずかのこと。すぐに目をつむり濃厚なキスを再開させた。

 それをおかしいとは思わない。彼女にとっては友達に見られることよりも、恋人の求めに応じることの方が大切なだけだ。現にあゆに嫌がっている様子はまったくない。

「……っん、あゆちゃんの名誉の為に言っておくけれど」

 じっと見つめるさくらに教えるように茉里奈がキスを中断して言う。

「人前でキスをするのに慣れているわけではないのよ。人がいる所で隠れてキスをするのは好きだけど、見せつけるようにキスするのは好きじゃないの、私。だって、キスするときのあゆちゃんの可愛い顔を他の人に見せたくないでしょう? でもさくらちゃんともみじは特別。貴女達になら見られてもいいわ」

 茉里奈が優しくあゆの頭を撫でる。

「信用してるのもそうだけど、貴女達に見られれば見られるほど、後で『お友達にいっぱいキスを見られてどうだった?』って聞いて楽しめるもの」

「…………」

 あゆが目線で『こういう人だから何も言わないで』と訴えかけてくる。さくらも何も言わずに頷き返した。

 それとは別にもみじが一人顎に手を当て感慨深そうに頷く。

「なるほど。友達に見られた恥辱を後々になって思い出させる、というのは確かにイイ手だね」

「全然イイ手じゃな――ん――」

 言葉の途中でさくらの唇がもみじに塞がれた。腰と頭をがっちり抱かれ逃げることが出来ない。口内に侵入してきた舌に思考を奪われながら、さくらはあゆの方に視線を向けるとちょうど目が合った。

 年上の恋人に翻弄されがちな二人。言葉で語らずとも意思は伝わる。

『もう諦めよう』

『うん』

 姉のキスに答えるべくさくらが背中に腕を回したのと同時に、あゆも自ら茉里奈にキスをして求めた。先程よりも声や音が大きくなったのは抑えるのを止めたからだろう。聞こえてくるあゆたちのキスに感化されるように、さくらたちのキスもより激しく、より情熱的になっていった。

 結局、さくらが予想していた通り、一度歯止めが効かなくなるとホワイトデーなんてどうでもよくなってしまっていた。

 ただまぁ、バレンタインのキスのお返しにキスをしているのだと考えれば、これも立派なホワイトデーの過ごし方なのかもしれないな、とさくらは思った。



 ちなみに、余ったお菓子の半分をさくらたちが家に持ち帰ったのだが、両親に食べてもらうときに恥ずかしさがぶり返してきたという。






恋人姉妹の卒業式



 卒業式が終わり、友人たちとの挨拶を済ませてからもみじはさくらと一緒に帰路についていた。見にきてくれていた母親は一足先に家に帰っている。

「いや~、これで高校も終わりか~。最後の一年はなんかあっと言う間だったなぁ」

「うん、私もそんな感じがしてる」

「でも、最高の一年だった」

 もみじは遠い空を見上げながら、さくらと共に過ごした一年間に思いを馳せた。

 お互いに好き合っていることを知って、恋人になれて、色んなことを話し、色んなことをした。毎日一緒にいたからこそ、一日一日が大切な想い出だ。

「……最高なの?」

 さくらが伏し目がちにもみじに尋ねた。

「ん? ホントに最高だったよ?」

「えっと、そうじゃなくて……最高ってことは一番良かったってことでしょ? じゃあその、来年以降は……」

 この一年以上に最高の一年は無いのか、と不安そうに見つめる妹の手を握り、もみじが微笑む。

「今の私はこの一年間が最高で、来年の私は来年の一年間が最高になるんだよ。そうやってさくらとの一年をずっと更新していくの。それじゃダメ?」

「……ダメじゃない。私も、そうなると思ってるから」

 二人の気持ちはいつだってひとつだ。だから嬉しい。二人一緒ならきっと望む未来を作っていける。

「でもよかった。さくらが卒業式で泣いちゃったらどうしようかって思ってたよ」

「泣くわけないでしょ」

「泣かれるのも困るけど、平気な顔されるのもおねえちゃん的にちょっと悲しい」

「……平気ってわけじゃないけど」

 さくらが握った手に力を込める。

「もみじねぇが受験の為に自由登校になって、一人で登下校するのってこんなに寂しかったんだって思った。でも心のどこかでそれを受け入れてない私がいて……。こうやって卒業式が終わってもみじねぇと歩いてたら、本当にいなくなっちゃったんだなって今さら実感が湧いてきた」

 遅いよね、と言って笑うさくらはつらそうに見えた。

 思わず『一人暮らしなんかやめる』と言いそうになってもみじは自制した。すでに住む部屋は決まっているし、一人暮らしを始めるのは将来を見据えてのことだ。ここで撤回しては意味が無い。

 だから安易な謝罪やその場しのぎの提案はせず、本心をそのまま伝える。

「私も寂しいよ。さくらの居ない家で、おはようもおやすみも聞けない家で生活するのは、すごく、寂しい。でも寂しく感じた分、土日にさくらと会えることがもっと嬉しくなると思う。もうね、今からどうやってさくらと一日中いちゃいちゃしてやろうかめっちゃ考えてるから!」

「なにそれ」

 くすりとさくらが笑った。もみじも一緒になって笑う。

「そりゃもう実家じゃ出来ないことをたっぷりとね!」

『外でそんなこと言わないの』と怒られるのを予想して待ち構えるもみじの耳に、消え入りそうな声が届いた。

「……うん」

 三月の上旬、お天道様が昇ったお昼時は少しずつ春を感じるあたたかさになってきた。

 春一番の名残の風が二人の間を吹き抜けていく。穏やかに頬を撫でる風は、新しい季節がすぐそこまで来ていることを教えてくれる。

「何があっても、ずっと一緒だから」

 固く繋いだ手は、二人の心も結んでいる。たとえあと何回、何十回季節が変わってもそれだけは変わることがない。

 もみじとさくらは最後の下校を慈しむように、歩幅を揃えてゆっくりと歩みを進めた。



       終

お待たせいたしました。


短めの二本立て。時系列的には卒業式の方が前なんですが、リアルに合わせてホワイトデーを先にしてます。

四人を書くと描写が増えて難しい……細かいとこまで書いてあげたくなるんですよね。


おそらく次の更新が四月の初旬。それでこのシリーズが一区切りになります。

最終回ではない(予定)ですが、楽しんでいただければ幸いです。


〈あまり関係ない裏ネタ〉

御園家の両親はかなりの百合好き夫婦で、茉里奈と結美(茉里奈の姉。別の短編のキャラ)が小さい頃から百合教育をしてきました。なので二人ともが彼女を作っている現状にすごく喜んでいたりします。キッチンを貸したりしてるのもその為。邪魔しないように出かけてます。

幼少期の茉里奈と結美がおままごとで姉妹百合してたこととか、百合の方向性の違いにより百合姉妹にはならなかったこととか、正月に結美と恋人が一緒に帰省して茉里奈たちと顔を合わせ互いに恋人を見て『姉妹で好みが被らなくてよかった』と言ったりとか、結美の恋人とあゆが仲良くしてるのを見て姉妹で嫉妬するとかあったんですが、完全に蛇足だったので書かずじまい。


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