恋人姉妹の家族旅行 ~湯煙とか慕情とか姉妹いちゃいちゃとか~
【登場人物】
彩歌さくら:高校一年生。大きくなってからの家族旅行は初めてで楽しみにしている。
彩歌もみじ:高校三年生。無事に志望大学に合格し、妹を欲する自分と戦う日々を送っている。
「今度の土日、熱海に旅行に行こうか」
三月上旬のある夜、食卓を囲んでいるときに彩歌家の家長である父親が突然切り出してきた。
一瞬その言葉に面食らった姉妹だったが、すぐにもみじが表情を輝かせる。
「え、熱海!? 一泊するってこと!?」
「あぁ。旅館にでも泊まって温泉でゆっくりしようかと思うんだが」
父の台詞に続いて母が発言する。
「もみじの合格祝いと、あとはほら、もみじが大学に行って一人暮らししちゃったら家族一緒に出掛けられる機会もほとんどなくなるでしょう? だから最後の想い出にっておとうさんが」
「違う違う! かあさんが家族で温泉とか行ってみたいってねだるもんだから――」
「もみじが一人暮らしするから寂しくなるなぁって愚痴漏らしてたのは誰だったかしら?」
「それはかあさんも言ってたじゃないか!」
両親の楽しそうな掛け合いを眺めてもみじがくすりと笑った。どちらが言い出したにせよ二人とも自分を大切に思ってくれているのが伝わってくる。
ふとテーブルの下でもみじの太ももに触れてくる手があった。もみじはその手に自分の手を重ねて隣にいたさくらに微笑みかける。
「家族旅行だって。楽しみだね」
「うん。熱海って温泉のとこだよね?」
さくらの顔にも嬉しさが滲んでいた。家族旅行なんて小さいとき以来。ましてや大好きな姉と一緒なら楽しみでないはずがなかった。
「そうそう。温泉が有名だから露天風呂とかでゆっくりできたらいいね」
「……うん」
こうしてもみじとさくらが恋人になってから二回目の旅行が始まった。
天気に恵まれた土曜日。
もみじたちは朝のうちに出発して電車を乗り継ぎ、東海道本線で熱海駅へと到着した。
休日というだけあって人の数は多く、とくに駅前の商店街は賑わいを見せていた。
その喧騒に負けじともみじが声を上げる。
「あ、温泉まんじゅうだって! すごい湯気出てる! お父さん、食べていい?」
「今からお昼ごはん食べるんだぞ」
「一個だけだから!」
「しょうがないな」
「やったー! さくら、行こ行こ!」
「あ、うん」
もみじはプレーンを、さくらは黒糖の温泉まんじゅうを買ってもらった。もみじが自分のを半分に割ってさくらに差し出す。
「そっちの半分ちょうだい」
さくらも同様に自分のを半分にして渡す。
「はい」
「ありがと」
まんじゅうが冷めないうちに二人ともかぶりついた。
「んー、外側がふわふわもちもちで、中のあんこも美味しい」
「黒糖も結構いけるよ」
「どれどれ……お~! 黒糖の香りがいい感じ!」
商店街を歩きながら美味しそうなものが目に映るたびにもみじはさくらに話しかけていった。
「あれってさつま揚げかな? 美味しそ~。あ、せんべい屋さんとか珍しい。ぬれおかきだって。美味しそうだよね~」
くっついてくる姉にさくらが小声で呼びかける。
「もみじねぇ、あんまり寄りすぎない方が……。お母さんたちもいるんだし」
さくらはちらと後方を窺った。父と母が肩を並べて歩きながら店々を指さして談笑している。今のところはさくらたちの仲を不審に思ってはいないようだ。
もみじが明るく微笑んでひそひそと返す。
「大丈夫。どこからどう見ても、旅行でテンションが上がって妹を連れ回してる姉にしか見えないって。ほら、いつもよりテンション高めでしょ?」
「まぁ……」
「今は仲のいいおねえちゃんのもみじ。恋人のもみじは二人になったときに、ね?」
「……そういうことをあんまり口に出さないでって言ってるの」
素っ気ない口振りではあったがさくらの表情に照れが混じっているのが見えて、もみじはにんまりと笑ってさくらの手を取った。
「ほらほら、さくらもテンション上げて! 熱海だよ! 温泉だよ!」
「あぁもうっ、分かったから引っ張らないでよ!」
はしゃぐ娘たちを両親は和やかに見守るのだった。
商店街で昼食を取ったあと、海沿いを軽く散歩しながら軒先の網に並べられた魚の干物に軽く感動したり野良猫の写真を撮ったりして、駅前から送迎バスに乗って旅館へ向かった。
丘の上に建てられたその旅館は入り口は日本家屋風の造りになっているがそこから奥にあるホテルのような宿泊用の建物に続いているようだ。ウグイス色の着物に身を包んだ仲居さんたちに出迎えられ、部屋へと案内される。
エレベーターで四階に上がり通されたのは、12.5帖の広々とした和室だった。テレビや冷蔵庫などの調度品は当然のこと、黒塗りの大きな座卓、座布団の付いた木製の座椅子、床の間に飾られた水墨画の掛け軸が部屋の雰囲気を高級なものにしている。しかし何よりももみじとさくらの目を惹いたのは窓の外に広がる景色だった。
澄み渡った空の下、海が太陽の光を浴びて輝いていた。海岸線は相模湾に沿って婉曲し、湾を挟んだ遠くの方にうっすらと陸地が見える。もし今が夏ならば浜辺のビーチにはカラフルなパラソルが立ち並んでいたかもしれない。
「おーっ! さくらもこっち来てー!」
「はいはい」
もみじが窓際の広縁にさくらを呼び寄せて小さく呟く。
「夏に行った海も綺麗だったよね」
「そうだね。夏だったからか今よりもキラキラしてた気がする」
「なにより水着姿のさくらがいたもんね」
「……それは海が綺麗かどうかに関係するの?」
「するよ。さくらの水着姿には背景を輝かせ、周囲の人間をじゃがいも化する能力があるんだよ」
「そんな能力はイヤなんだけど」
「私だけにしか効かないから安心して」
さくらは溜息をついた後、そっと肩をくっつける。
「……水着よりもすごい格好見てるくせに」
「――――」
このときの心境を、もみじは後にこう語る。
『親の前で妹を押し倒すところでしたよ』
家族崩壊の危機を気合と根性でなんとか乗り切ったもみじは、和室の隅で荷物を整理していた両親のもとへ向かった。
「お風呂入ってきていい? せっかく熱海に来たんだから温泉にいっぱい入らなきゃ損だよ」
母親がふっと笑う。
「別に入らなきゃいけないってことはないけど、そうね。私達も後で行くから先にさくらと行ってていいわよ」
「はーい。さくら、お風呂行こー」
さくらの方を振り返ったもみじの顔には妖しい笑みが浮かんでいた。それを見てさくらが『しまった』と後悔する。この姉、ちっとも欲望を抑えられていない。お風呂に一緒に入ることで、妹の『すごい格好』を見ようとしている。熱海とか温泉とかはどうでもよく、さくらの裸が見られれば何でもいいのだ。
姉の思惑に気付いたところでさくらにはどうすることも出来ない。そもそも温泉ということは元から一緒にお風呂に入るのが分かりきっていた。だからそう。これは家族としても普通のこと。
「……う、うん。行く」
「あ、これ館内用の浴衣だって! お風呂上がったらこれ着よーよ」
浴衣を広げて見せながら、もみじの脳内には次なる一手が浮かんでいた。
一階にある女性用の大浴場はかなりの広さだった。仕切られた洗い場がずらりと並び、大理石で囲まれた石敷きの湯船はプールと見まがうほど広い。加えて天井の高さと外が見える一面のガラスが解放感を与えている。
シャワーでさっと髪と体を洗ったあと、もみじとさくらはさっそく大浴場に浸かった。
「ふぃ~」
縁に後頭部を乗せて、もみじが気持ち良さそうに息を吐いた。隣に腰を降ろしたさくらも声を出さずに息を吐き、表情を弛緩させる。
「いい湯だね、もみじねぇ……」
「ホントにねぇ……広いお風呂に日が高いうちから入るのって最高」
正面のガラスの向こうの空は青く晴れ渡っている。この場所も時間も何もかもがもみじにとっては最高級の贅沢だった。そしてなによりも、一番の贅沢品はすぐ隣にあった。
「こっち見すぎ」
「いやぁつい……」
さくらに注意されたが視線は外さなかった。湯船に浸かった妹のなんて艶かしいことだろうか。しっとりと濡れた髪に白く眩しいうなじ、ぱしゃりと自分に掛けたお湯が肩から流れ落ち鎖骨に溜まる様は艶美としか言いようがない。今すぐデコルテに舌を這わせ至る所にキスマークをつけてやりたくなってしまう。
「……さすがに怒るよ」
姉の欲望のこもった目線に気付いたさくらが低く告げた。ここまでかと観念してもみじは前を向いてお湯を顔に掛けた。
もみじの耳に小さな呟きが届く。
「二人っきりなら別にいいんだけど」
あぁもう、ともみじは内心で息を吐いた。何故この妹はこっちの理性を吹き飛ばそうとするのだろう。今自分が裸だというのが分かってないのか。防御する衣服も逃げ場もないお風呂の中で姉の心を惑わすことがいかに危険なのかを教えてやらなければいけない。
「――ぁっ」
さくらが気付いて声をあげた。しかし私は知らんぷりをする。
「……」
「ちょっともみじねぇ……」
「……」
「手、手が――」
もみじの左手は今さくらの太ももを撫で回している。温泉のおかげかいつもよりすべすべで触り心地がいい。太ももを十分に撫でたら次はお腹へと移動する。
「ま、待って――」
脇腹を撫で、揉み、指の腹を滑らせておへそへ。おへその穴をぐりぐりとこねるとさくらが「ん」と吐息を漏らした。
「だ、誰かに見られたら……!」
周囲を確認するが近くには誰もいない。だがそれでも数人の利用客はいる。
「お湯の中でなにしてようが気付かないって。さくらが変な声出したりしなければ、ね――」
もみじが手を太ももの内側へ滑り込ませた。
「――――」
大きな声が出そうになってさくらが口を手で押さえた。
その反応が可愛くてそそられて、もみじは舌なめずりをする。
「別に何もしないよ。たださくらの内ももを撫でてるだけ。……いつもはもっとすごいことしてるから平気だよね?」
からかうように言いはするが、もみじだってさすがにこんな場所で始めるつもりはない。手だって奥に当たらないように太ももの付け根を撫でるにとどめておく。はずだったのだが。
「――ん、っ、ん――」
もみじが手を動かす度に、さくらの押さえた手の隙間からくぐもった声が漏れ聞こえてきた。
「ふ――んぅ――」
いつの間にか押さえていた手は崩れ、さくらは自身の人差し指を噛んで耐えるようになっていた。しかしその声は快感に喘ぐというよりも、もの足りなくてもどかしいといった声に聞こえ、もみじの理性の壁はどんどんと崩れていく。
「……」
今二人がどこにいるのか、何をしにここに来たのかなんて関係ない。恋人が隣で自分を求めてくれているのに応えてあげない理由があるだろうか。
もみじは生唾を飲み込み徐々に手を太ももの奥へと動かしていく。さくらもそれに気付かないわけがないが嫌がる様子はまったくなく、もみじの手を撥ねのけることもしない。
これはもう、いいよってことだよね――。
もみじが指に力を込めようとしたとき。
「お風呂すごいわねぇ」
母親がもみじの隣に入ってきた。
「「!!!」」
慌てて手を引っ込めて普段どおりに振る舞おうと努める。
「す、すごいよね。ここ露天風呂もあるんだって」
「あぁ、すぐ外に見えてるやつね。後で行きましょうか」
「うん」
「……もみじ、顔赤いけどもうのぼせたの?」
「え? まだ全然大丈夫だよ!」
「あんまり体が熱いようならシャワーで水でも浴びなさいよ。無理して倒れたら元も子もないんだから」
「あー、じゃあそうしよっかな。さくらも浴びとく?」
「う、うん。私もちょっとのぼせたから」
湯船から出てシャワーへと向かいながら、二人は「もーっ」「ごめ~ん」とじゃれ合った。
外の露天風呂も大浴場ほどではないがなかなかに広かった。湯船を囲む大きな石と竹柵の向こうに見える青空がなんとも自然の息吹を感じさせる。お湯は少しだけ濁っていて独特な匂いが立ちのぼっている。
「肌がぬるぬるするわね。アルカリ性なのかしら」
腕をさすりながら母が呟いた。もみじもそれに倣って自分の腕を撫でる。
「ホントだ。これって肌にいいんじゃない?」
「そうね。あなたたちには必要ないかもしれないけど」
「私とさくらだってお肌のケアには気を遣ってるよ。ね、さくら?」
「わ、私はそんなに……」
「さくらの腕ちょっと触らせて~」
もみじがさくらの腕を掴もうとするとさくらが抵抗した。
「ちょっともみじねぇ!」
「おー、ぬるぬるー。これはシャワーで流したあとはきっとすべすべですなぁ」
「もみじねぇ!」
無理矢理腕を触るもみじと振り払おうとするさくら。ばしゃばしゃと湯面が波をたてる。
「こら、暴れないの。もみじは大学生になるんだからもうちょっと落ち着きなさい」
「十分落ち着いてるよー」
さくらから手を離し、もみじは足を伸ばして座り直した。その口調や仕草の子供っぽさに母が息を吐く。
「一人暮らし本当に大丈夫なのかしら」
「大丈夫だって。きちんとやるべきことはやるタイプだから」
「まぁそれはそうだけど。可愛い妹に構わなくなればちょっとは自立出来るかしらね」
「――――」
もみじとさくらが唇を引き結んだ。まさか一人暮らしがもっと妹といちゃいちゃする為だとは思いもよらないだろう。自立どころか、すでにお互い相手がいないと生きていけないほどになってしまっている。二人だけで生きていけると言い換えるのなら、ある意味自立はしているのかもしれないが。
「やだなぁお母さん、私はとっくに自立してるよー」
「そう? 一人になって寂しくなったりしない?」
「しないしない」
寂しくなるとすれば、さくらが側にいないからだ。
「はっきり言い切られるのも親としてはちょっと寂しいんだけど。お父さんだって本当は――」
母が話を続けているのを聞きながらもみじは手を伸ばしてお湯の底でさくらの手に触れた。一瞬びくんと反応したさくらだったが、すぐにもみじの指に指を絡ませる。ぬるりとした感覚に戸惑ったのも最初だけ。逆にそれが良い刺激になって、互いに指で摘まみ、さすり、握り、手を愛撫し合った。まるでそれが大浴場の続きだとでもいう風に。
結局お風呂からあがるときまで二人の手が離れることはなかった。
旅館が用意してくれた浴衣は可愛かった。淡い桃色の花柄の浴衣に小豆色の羽織。浴衣に着替えたもみじたちは父親と合流して館内を散策することにした。散策と言っても昔の大衆旅館にあるような卓球場やゲームセンターがあるわけでもなく、土産物売り場で今のうちに買いたいものを探したあと、中庭に出られそうだったので外に出てみることにした。
日本庭園風に整えられた中庭は見事だった。綺麗に剪定された木々、不規則に見えて美を感じる飛び石の配置、池には朱塗りの橋が掛けられ、一定の間隔ごとに鹿威しの小気味よい音が耳朶を打つ。自然の匂いを孕んだ涼風が湯上がりの肌に心地よく吹いた。
もみじはスマホで写真を撮りながら橋の上でさくらを呼んだ。
「さくら、錦鯉がいるよー」
「あ、ほんとだ」
隣に駆け寄ってきたさくらが橋の上から池を見下ろした。だがもみじの目的は鯉ではない。両親が離れていることを確認してからもみじが囁きかける。
「……さくらの浴衣姿、めっちゃ可愛い」
「あ、ありがと」
「私は今ほど浴衣を発明した人に感謝せずにはいられないよ」
「そんなに?」
「だって……さくら、上なんにも着けてないんでしょ?」
「それは、もみじねぇが浴衣の下はいらないって言うから」
お風呂に行く前、浴衣を用意した際にもみじがさくらにこっそり伝えたのだ。『浴衣はそのまま着るものだから持ってくのはショーツだけいいよ』と。本当は決まりなんてない。胸が透けるのが不安ならブラをつけてもいいし、体を冷やさないためにキャミソールを着たっていい。だがそれを言わなかったのは勿論、もみじが楽しむためである。
さくらの胸元を見つめてもみじがにやりと笑う。
「そこから手を入れたら、すぐさくらの胸に届くんだよね?」
「……えっち」
「私がえっちなんじゃなくて浴衣がえっちなんだよ」
「ひどい責任転嫁を聞いた」
「さくらはそうは思わないんだ?」
「思わな――」
さくらの目に飛び込んできたのは、もみじがわざと大きく開けた胸元だった。ブラはつけていない。隙間から見える豊かな白い膨らみに頬が熱くなる。
もみじが勝ち誇ったように笑った。
「思わ、何?」
「……結果としてもみじねぇがえっちなのに変わりないし」
「胸がちょっと見えただけで過剰反応する方がえっちだと思うなぁ」
「過剰反応してない。……見慣れてるし」
「ふふ、そっかー、見慣れてるのかー。じゃあ私も浴衣に心を乱されないように、さくらの胸を揉み慣れておかないとね」
「……ばか」
部屋に戻って少しゆっくり休んだあと、夕食が部屋に運ばれてきた。海鮮をふんだんに使った料理の数々に舌鼓を打ったり、娘二人で両親にお酒を注いであげたりして楽しい夕食を終えると、もう一度お風呂に入った。さすがにずっと母親と一緒だったのであまりヘタなことはせず普通に温泉を堪能した。
お風呂から戻ると部屋に布団が四つ敷いてあった。しばらくテレビを観ながらまったりと過ごし、歯磨きをしてから早目の就寝をする。明日は午前中にチェックアウトをしたあとに軽くこの辺を観光してから帰る予定だ。そしてもみじには明日の朝もう一つやりたいことがあった。
「おやすみなさい」
「おやすみー」
家族四人で並んで寝るのなんていつぶりだろうか。少なくとももみじには記憶はない。しかし今はそんなことよりすぐ隣にいる妹のことしか頭になかった。
なつめ球が和室を橙色に暗く照らしている。
何分経っただろうか。もみじの左側からは両親の寝息がかすかに聞こえてきている。お酒を二人に勧めた甲斐があったようだ。
もみじが右側に顔を向けると示し合わせたかのようにさくらと目が合った。何も言わなくても何を望んでいるかがお互い手に取るように分かる。
さくらがゆっくりともみじの方へにじり寄っていく。それをもみじが布団を持ち上げて迎え入れた。
「……」
音もなくキスをする。唇をあまり動かさず、舌は深く絡ませず。たったそれだけのキスなのに、二人の体はどんどん熱くなっていった。両親がすぐ隣で寝ているからか、ここが旅館の布団の中だからか、その両方か。
もみじは半ば無意識でさくらの胸元に手を伸ばしていた。
「――っ」
触れられて漏れ出そうになった声をもみじの口が飲み込んだ。キスを続けるほどに息が荒くなっていく。音をたてられないのがもどかしい。本当は音も声も気にせず肌を重ねたいのに。
いつしかさくらの手がもみじの胸元に滑り込んでいた。優しい刺激が嬉しくてもみじは相好を崩す。
(やっぱりさくらもここに手を入れたかったんじゃん)
元より感性の似た姉妹。惹かれる要素も似ないわけがない。
(まぁ着てるものが浴衣じゃなくて普通のパジャマだったとしても、同じことをしたんだろうなぁとは思うけど)
それはそれとして浴衣ならではの風情があるということで。
しかしこのまま行為をエスカレートさせるわけにはいかない。さすがにこれ以上は声を抑えられない。しばらくして両親のどちらかが寝返りする音が聞こえたのでやめることにした。名残惜しいがそのうちまた機会はある。
元の位置に戻ってから布団を被りなおし、二人は声に出さずに『おやすみ』と言い合ってから就寝した。
興奮したせいでなかなか寝付けなかったが。
「ん……」
もみじが目覚ましのバイブの音で重い目蓋を開けた。時刻は朝の五時。こんなに早くに起きたのには理由がある。それは――。
「やったー! 一番風呂だー!!」
誰もいない大浴場を眺めてもみじが叫んだ。テンション高く近くの洗い場に腰を降ろしてシャワーのお湯を出す。
「ほら、さくらもさっと汗を流したらお風呂に飛び込むよ!」
「飛び込んじゃダメでしょ」
「あ、さくら、ここ! 私の横に来て!」
もみじの隣の洗い場に行こうとしたさくらを捕まえて無理矢理自分の椅子の半分に座らせた。二人まとめてシャワーを頭からかける。
「一緒に浴びれば時短だよ!」
「……朝からテンション高いね」
「さくらと二人きりだからね!」
父と母はまだ部屋で寝ている。昨日のうちに朝風呂を提案したら二人だけで行ってきてと言われたのだ。旅行だからと言ってわざわざ休みの日に朝五時起きはしたくなかったのだろう。明日からは普通の仕事だし。
「ということで、おはようのキスは~?」
「……」
さくらはジト目で見つめた後、キスをした。そのジト目も姉の緩み切った笑顔を見てすぐに崩れてしまった。
シャワーを浴びたら大浴場は飛ばして外の露天風呂へと繰り出した。冷たい風が体に吹き付けてくる。寒い寒いと言いながら二人は誰もいない露天風呂に浸かり空を見上げた。太陽の昇っていない空はまだ暗く、星がいくつか瞬いていた。
お湯の中でしっかり繋いだ手を握り締める。
「最高だね~」
「うん」
「こうやってさくらと二人で大きなお風呂に入ってると、誕生日のこと思い出しちゃった」
「……うん」
十月のもみじの誕生日、さくらは一泊二日で二人きりの旅行に誘った。そのとき初めて、二人は身も心も結ばれた。
「家族で旅行も楽しいんだけど、さくらと思う存分いちゃいちゃ出来ないのだけが難点かな~」
「……うん」
お湯の中で繋いだ手は、徐々に腕を絡ませるようになり、肩がくっつき、自然と互いの頭を傾け合っていた。
「二人きりだったら昨日の夜ももっと出来たのに」
「……うん」
素っ気なくも聞こえるさくらの返事は、それが彼女の本当の気持ちだった。周りに誰もいないから素直に姉に伝えられる。
「……でも、これからだよね、もみじねぇ」
「ん?」
「これからまだまだ色んなとこに行って色んなことが出来るよね?」
「当然! 姉妹としては歴は長いけど、恋人としては一年も経ってないんだから、まだまだたっくさんいちゃいちゃしないと生きてけないよ!」
「……うん。いちゃいちゃ、したい」
無言で見つめ合う二人。別に合図を決めているわけではない。ただ、相手の目を見た瞬間に分かるのだ。あぁ、相手も同じなんだな、と。
顔を近づけ、鼻と鼻が触れる位置で濡れた吐息を吐きながらもみじが聞く。
「……人は誰か来てる?」
「まだ誰も」
「じゃあ、来たら終わりで」
「うん――」
さくらが返事を言うのと同時にもみじが唇を重ねた。昨夜のように遠慮したキスではなく、口中全てでさくらを感じ取ろうとするような激しいキス。さくらももみじに負けないくらい強く激しく唇と舌を動かした。
温泉でぬるぬるになった肌を密着させ、抱き締め、撫で、ひっかき、官能を高め合う。吹き抜ける冷風も、今は二人の熱情を冷ますには至らない。息を吐き、声をあげ、湯面を揺らしながらひたすら全身で互いを求め合った。
大浴場に人が来ているのに気付いて慌てるまでキスは続けられた。
午前中に旅館をチェックアウトしたあとは、熱海城に登って景色を楽しんだり、来宮神社で大楠を見て縁結びをお願いしたり、駅前の商店街でお土産を買ったりしてから電車で帰路についた。
家に到着して荷物を置いて、一段落してからもみじは自分の部屋のベッドに仰向けになった。
旅行は行っている間は楽しくても、帰って来た瞬間に疲れが湧いてくる。きっと体がまだ旅行をしていたいと訴えかけているんだろう。
ただ、冷静になった今、旅行を思い返して色々とやり過ぎたなぁと思う。お風呂場でのこともそうだし、布団の中でのこともそうだ。いくらテンションが上がっていたとはいえ、両親にバレる可能性のあることはするべきではなかった。いい加減母親にバレても仕方ないような状況が多い。
妹と付き合うようになって、もし両親にバレてしまったらという想像をしないときはない。
非難されるだろう。泣かれるかもしれない。それでも、さくらと共に生きていくことを決めた。その点においてもみじには後悔はまったくない。
だからといってバレていいわけではないが。
(さくらが可愛すぎるのが悪いんだよー。天然な言動と仕草でいたいけな姉を誘ってさぁ。そりゃこっちもちょっと暴走しちゃうってもんよ。あれは天然姉キラーだね、姉キラー)
勝手に妹に変なあだ名をつけてぷんすかと怒る。
どれだけ言い訳をしようとも『我慢して』の一言で終わってしまうのは姉としてつらいところ。
(でも最近はさくらだって積極的だし、私ひとりが悪いんじゃないよね。さくらが我慢できないことは私には我慢できない。うん、じゃあオッケー。解決)
ひとりで納得して頷く。だがこうやって悩むのもあと一カ月。あと一カ月すればもみじは大学の近くで一人暮らしをする。実家から電車で数十分の距離なので通えなくもないが、それでも一人暮らしを望んだのは生活力を身につけるためと、誰にも邪魔されないさくらとの時間が欲しかったから。
ずっと切望していた二人だけの時間。今から楽しみで仕方ないが、不安がひとつあった。
(これ以上さくらに依存したらどうしよ……)
現段階ですでに依存してるというのはなしにして。
(依存って言い方が悪いよね。よし、大好き度にしよう。大好き度ならいくら上がっても大丈夫)
結論を出してからもみじは起き上がった。悩みが片付いたらさくら成分が足りなくなってきた。
(晩ごはんまでさくらの部屋で大好き度を上げるとしよう)
もみじは満面の笑みでさくらの部屋のドアをノックした。
「さくら~、入るよ~」
〈おまけ〉
合格発表の夜の彩歌姉妹
夜の部屋に、コンコン、と控えめなノックが聞こえ、ベッドに寝転んでいたもみじが体を起こす。
「どうぞー」
ドアを開けて顔を出したのは妹のさくらだった。さくらは神妙な面持ちで部屋の中へと入ってくる。寝間着に着替えたさくらの髪はほのかに湿っており、シャンプーの香りが漂ってきた。
さくらはベッドの端に腰を降ろすと姿勢を正した。どうしたんだろうと見守るもみじに向けて口を開く。
「もみじねぇ、合格おめでとう」
「ありがと。って、私が帰ってきたときも言ってくれたし、そんなに改まって言わなくても」
すでに家族全員から祝福されて豪華な晩ごはんを食べたあとだ。それをわざわざ夜に尋ねてくるのには何か理由があるのだろうか。
「その、こういうのはやっぱりちゃんとお祝いしてあげたいなと思って」
「お、なになに~? もしかして合格のお祝いくれるの?」
「……うん。物とかじゃないんだけどその……」
「?」
「私に何かして欲しいことない?」
「して欲しいこと……何でもいいの?」
「……いいよ」
恥じらいを含んだ頷き。さくらはきっと、そのつもりで部屋に訪れたのだろう。もみじとしても嬉しい限りだし、正直今すぐにでも抱き寄せてから描写が躊躇われるようなことをしたいくらいではあったが、辛うじてその衝動を抑えた。
もみじはさくらの隣に座り直して手を握る。
「さくらが合格のお祝いをしてくれるなら、私は合格のお礼を言わなくちゃ」
「お礼?」
「私が無事に合格出来たのは、さくらのお陰だよ」
「そ、そんなことないよ。もみじねぇが勉強を頑張ったからでしょ」
もみじが静かに首を横に振る。
「うぅん。さくらがいなかったら勉強なんて頑張れなかった。さくらが元気をくれて、愛情をくれて、励ましてくれたから勉強を続けられたし、何よりもさくらと一緒に暮らす将来を思えばこそやってやるぞって気持ちになれた。だから、ありがとう」
もみじが見つめるとさくらが照れながらもみじの手をぎゅっと握り返した。
「私がもみじねぇの助けになったんだとしたら、嬉しい」
「一番助けになったのはやっぱり、録音してくれた応援ボイスと、試験当日にキスして送り出してくれたことかな~」
「……それ、人には言わないでよ」
「言わないよ。私の一生の宝物」
「…………」
くすりと笑ったもみじと、静かに嬉しさを噛み締めるさくらの目が合った。言葉はいらない。ただ今の気持ちに素直に従って、顔を近づけていき唇を重ねた。
互いのぬくもりを肌と唇と舌で感じ合い、吐息混じりにもみじが問いかける。
「……さくらは私に何してほしい?」
「……多分、もみじねぇが考えてるのとおんなじ」
さくらの答えに幸せの笑みを返し、もみじはさくらと一緒に布団の中へ入った。
終
お待たせいたしました。
家族旅行中にいちゃつく姉妹が見たい、との要望があり書いてみました。
バレないように、という彼女たちの最低限の理性があるので起きている両親のそばで~とかはほとんど無いです。
あんまりやり過ぎると年齢制限の方に行きそうなので……すみません。
本編は姉妹がメインなので省略したんですが、旅行に際して、
もみじ「一人暮らしもするのに旅行なんて連れてってくれていいの? その、お金が……」
母「いいのよ。子供なんだから今のうちに親に甘えときなさい」
みたいな会話があったりします。




