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恋人姉妹の二年参り

恋人で姉妹の二人が友人たちと共に新年を迎えるお話



【登場人物】

彩歌さくら:高校一年生。姉と恋仲になって初めての初詣が嬉しい。

彩歌もみじ:高校三年生。妹との初詣デートに浮かれている。


宇佐見あゆ:さくらのクラスメイト。可愛い見た目だが割とずばずば物を言う。茉里奈とは恋仲。

御園茉里奈:もみじのクラスメイト。才色兼備で立ち居振舞いに品があるが、あゆの前ではポンコツだったり色魔だったりする。


 12月31日、大晦日。深夜の(こご)える空気が神社の境内を吹き抜けていく。行き交う人々は皆一様に首をひっこめて、家族や友人たちと白い息を吐き合っている。

 彩歌さくらと姉のもみじは、友人の宇佐見あゆ、御園茉里奈(みそのまりな)と共に神社に参拝に来ていた。年をまたいで参拝を行う、二年参りをしにきたのだ。

 四人は鳥居をくぐると手水舎に向かった。もみじが実際にやって見せながら手水を使う作法を教える。

「まず右手で柄杓を持って水を汲む。あ、お水は多めに汲んだ方がいいよ。あんまり何回も汲むのはよくないから。水を汲んだらそれを左手にかけて清める。次は柄杓を左手に持ち替えて右手を清める。で、もう一回右手に柄杓を持ち直したら左手の手のひらに水を溜めて、その水で口をすすいで――」

 もみじが水を口に含んだ後、左手で口元を隠しながら水を足元に静かに吐き出した。

「左手にまた水をかけて清めて、最後は残った柄杓の水を柄の方に流すように立てて洗えば――はい、おしまい」

 柄杓を元の位置に戻したもみじにさくらが素直に感嘆を口にする。

「もみじねぇよく知ってるね。私いつも適当に手洗うだけだった」

「まぁね~。おねえちゃんだからこのくらい知ってて当然だよ~」

 得意気なもみじの横で茉里奈が流麗な所作で手を清めながら言葉を挟む。

「去年やり方を教えてあげたのは誰だったかしら」

「甘いね茉里奈」

「何が?」

「一年も前に教えてもらったことなんて覚えてるわけないから、昨日自分で調べて改めて覚え直したんだよ!」

「威張って言うことではないと思うけれど」

 茉里奈のやり方を見ながらマネをしていたあゆがやんわりと茉里奈に言う。

「まぁまぁ、結果として覚えたことが大事じゃないですか。私も勉強になりましたよ」

「……私だってちゃんと覚えてるし、もみじがいなかったら私があゆちゃんに教えてあげたのに……」

「分かってますって。茉里奈先輩もすごいです」

 もみじが二人のやりとりに生あたたかい目を向ける。

「神社に来てまで後輩に気を遣わせる先輩すごいなー」

「ドヤ顔で覚え立ての知識ひけらかして尊敬を得ようとする先輩よりマシよ」

「ひけらかしてないしぃ」

「気を遣わせてもないのだけど」

「あぁもう二人ともやめてください。参拝に来てケンカしたらバチが当たりますよ? はい、洗い終わったなら離れましょう、他に人もいますから。さくらちゃんももう終わったよね?」

 あゆがさくらを窺うと、さくらは両手を幽霊のように前に出して震わせながら眉をしかめて答える。

「……め、めちゃめちゃ水が冷たいんだけど、なんでみんなそんなに平気そうなの?」

「さくらハンカチは?」

「バッグの中……」

「はいはい私が取るから――」

 手水舎から離れて、もみじがさくらのハンドバッグを開けてハンカチを取りだした。

 その様子を眺めていた茉里奈がぼそっと言う。

「手水舎で清めた手はハンカチやタオルは使わずに自然に乾かした方がいい、としている神社もあるわ。まぁ特に明記していないところもあるし、手がかじかむくらいなら拭いた方がいいとは思うけれど」

 もみじが茉里奈に首だけ振り返る。

「知識ひけらかしてんじゃん」

「知っていることを呟いただけよ。ねぇ、あゆちゃん? 勉強になったでしょう?」

「なりましたからあんまり言い争わないでくださいね。もみじ先輩も」

「「はぁい」」

 あゆに鋭い視線を向けられて二人は殊勝に頷いた。日頃茉里奈の無茶振りに付き合っているからか、有無を言わさない凄みがあった。

 手を拭き終わったさくらがあゆに話しかける。

「いつものことだし放っておいていいと思うよ。もみじねぇの部屋で話してる声聞こえたし、多分今日も二人で何か企んでるんじゃない?」

「企んでるだなんて人聞きが悪いな~。別になにもないよね、茉里奈?」

「えぇ勿論よ。まったくこれっぽっちも身に覚えがないわ。逆に神社で何を企めるのか知りたいくらい」

 さっきのが嘘だったのかと思うくらい息を合わせて否定する二人に、さくらとあゆが苦笑した。普段の言い合いですら台本があるのかと思えてくる。それだけ互いに気を許していることの証左なのだろう。

「さくら、手、冷たい?」

「? そりゃ冷たいけど」

「実はホッカイロあるんだ」

「ほんと?」

「でも残念なことに手持ちが三つしかない。これじゃあ二人の両手分には足りないな~、三つでどうにか二人の手をあったかくできないかな~……あぁっ!」

 もみじがわざとらしく驚いて茉里奈の方を見た。そこには茉里奈のダッフルコートのポケットに手を入れているあゆがいた。正確には先ほど茉里奈があゆの手を掴み、自分のコートのポケットに突っ込んだ、だが。

「そうか、あぁやってポケットの中で手を繋いで一つのカイロを共有すれば、三つのカイロで二人の手をあっためられるね!」

「……かじかんでるから早くカイロちょうだい」

「はーい」

 さくらはもみじからカイロを受け取り、握ったままコートのポケットに入れた。寒さでかじかんだ指先が熱でほぐれていく。

「こっちの手は私の手を握って」

 もみじが手のひらにカイロを乗せてさくらに差し出した。さくらが握るともみじが手をコートのポケットへとしまい込む。あたたかいのもそうだが、こうすることで手を繋いでいるのが気付かれにくくなる。

「……カイロなくても言ってくれれば普通に手繋ぐのに」

「一応建前的なあれで、ね?」

 もみじがいたずらっぽく笑うと、さくらが唇を少し尖らせた。不満があるのではなく、外で手を繋ぐことの恥ずかしさと嬉しさを誤魔化す為だ。

 二人のやりとりを見終わった茉里奈が隣のあゆに微笑みかける。

「偶然ね。私もカイロが三つしかないの」

「……ほんとに二人とも息ぴったりですね」

 あゆはコートのポケットの中で茉里奈の手を握り、もうあれこれ言うのはやめよう、と思った。



 拝殿でお参りをするのは0時を過ぎてからすることにして、四人はおみくじが置かれているところへ行った。

「もみじねぇ、どのおみくじ引く?」

 木とアクリル板で出来たおみくじの箱がいくつか並んでいる。普通のおみくじ、七福神の小さなお守りの入ったおみくじ、恋愛専用のおみくじなどなど。

「やっぱり恋愛のにする?」

 さくらの問いかけにもみじは難色を示した。

「おみくじってあんまり好きじゃないんだよね」

「なんで?」

「恋愛のことで悪く書かれたらイヤだから」

「まぁそれは分からなくもないけど」

「こんなちっぽけな紙に書かれたことで一喜一憂するのがおかしいんだって。人間は自分の力で道を切り開いていかなきゃ」

「おみくじでそこまで考えなくても……」

 こういうのは縁起物。良かったら喜び、悪かったら所詮おみくじだからと気にしなければいいだけ。

「私ももみじと同意見よ。神様だからって私の人生にあれこれ口出ししないで欲しいもの」

「じゃあ茉里奈先輩ともみじ先輩はおみくじ引かないんですか?」

「もちろん引くわよ」

「引く引く~」

 あっさりと態度を変えておみくじを引きにいく二人。さくらとあゆも苦笑いをしてから後に続いた。

 普通のおみくじを四人で引き、電灯の下に移動しておみくじの紙を開いて見せ合う。

「あ、もみじねぇ大吉だ。良かったね」

「さくらは吉かぁ」

「でも恋愛のとこは『良い人に恵まれる』って書いてるよ」

「『恵まれる』より『恵まれてる』かもしくは『良い人は隣にいる』が正しいけどね」

「そこまで的中させてたらホラーだよ」

「あゆちゃんはどう?」

「私は末吉でした。茉里奈先輩は?」

「私も末吉。恋愛は『今は我慢のとき』? ケンカ売られてるのかしら」

「まぁまぁ」

 しばしおみくじの内容を読み合って歓談したのち、おみくじを近くの柵に結んだ。

「もみじねぇも結ぶの? 良いやつは持ってかえっていいんじゃないの?」

「いいのいいの。もっと良いのあるから」

「?」

 全員がおみくじを結び終わると、もみじがさくらに手を差し出した。手を繋ぎたいのだと思ったさくらはその手を握った。すると手のひらに何か固い物が当たった。

「ん?」

 さくらが手を離して見ると、それは小さな紙だった。細く折り畳まれたその紙はまるでおみくじのようだ。

 もみじがわざとらしく声をあげる。

「なんだろこれ、おみくじかな~? さくら開けてみてよ~」

 だいたいどういうことかさくらには察しがついたが、素直に開けてあげることにした。

「…………」

「なんて書いてあるの? さくら読んで?」

「超大吉……」

 おみくじには大きく『超大吉』と書かれていた。そして肝心の内容はたったひとつの事柄についてのみ。

「恋愛……未来永劫幸せ間違いなし。今日神社で恋人とキスすると最高にハッピー……」

「すごいねそのおみくじ! 完璧に私とさくらのことを書いてるよ!」

「……ありがと」

 もみじがこのおみくじを作った理由は簡単で、たとえ神社で引いたおみくじの結果が悪かろうが、これで上書きしてしまえばいいと考えたのだろう。

 突っ込みどころしかないが、さくらはお礼を口にした。実際このおみくじの内容はその通りになって欲しいし、その通りになるようにこれからも一緒に歩んでいきたいと思ったから。

 さくらたちの横では茉里奈が同様のおみくじをあゆに渡していた。あゆもまたさくらと同じ気持ちだった。ばかばかしいおみくじであっても、向けられる愛情は変わらない。

「そろそろ時間よ」

 茉里奈がもみじに呼びかけた。 時刻は日付が変わる五分前。もみじたちは電灯の光の当たらない端の方へ移動した。

「こっちに来て何かあるの?」

「さくら、二年参りは知ってるよね?」

「え、うん。年をまたいで参拝することだよね。もみじねぇが言い出した気がするけど」

「そう、つまり年が変わる瞬間にお参りをすることで二年分の効力を得ることが出来るんだよ」

「……だから?」

「キスをしながら年を越す――二年参りならぬ二年キスがしたい!」

「…………」

 さくらは全てを悟った。姉が茉里奈と何を相談していたのか。今日の本当の目的は何だったのか。

「さっきのおみくじ読んだよね。今日神社で何をすると最高にハッピーになれるって書いてあった?」

 さくらはちらりと友人たちの方を窺った。そこには塀を背にして顔が見えないようにキスをしているあゆと茉里奈の姿があった。

 躊躇いがちに、しかしはっきりとさくらは呟いた。

「……キス、すると……」

 その返答は了承と同義だ。もみじは優しく微笑むとそっとさくらに唇を重ねた。

 吹き抜ける寒風がさくらたちの肌を撫でては冷やしていく。けれど今は四人とも寒さのことなど気にも留めていなかった。最愛の人とキスをしている時間を邪魔出来るものなんてなにもない。それはきっと神様でも。

 新しい年がやってきたことにも気付かず、恋人たちはキスをし続けた。



 キスの後四人で新年の挨拶をして、姉に二礼二拍手一礼を教わりながら参拝を終えても、さくらは顔と体の火照りが治まらなかった。冷静になるとなんて場所でキスしたんだと顔を覆いたくなる。なのに他三人はけろりとしていたことがさくらには釈然としなかった。

 神社を後にして終夜運転の電車に乗り込み別々に帰路についた。

 深夜の電車に揺られながらもみじがさくらに尋ねる。

「今日楽しかったね」

「うん」

 去年までのさくらなら二年参りなんてまったく興味はなかった。けれど今年からは違う。大好きな姉や友達と一緒にお参りに行ってくだらないことを話したり笑い合ったりすることがどんなに楽しいかをもう知っている。

「来年も、もみじねぇとあゆちゃんと御園先輩と、みんなでお参りに行きたいね」

「うん」

 もみじが頷いてからくすりと笑う。

「新年になったばっかりなのにもう来年の話しちゃった。鬼に爆笑されちゃうんじゃないかな」

「爆笑されてもいいよ。来年も再来年もその先も、みんなで行こ」

 未来を望み描くことに何を恥じる必要があるのだろうか。鬼に笑われようが関係ない。財布の中に入れてある姉からのおみくじのように、自分の人生は自分で決めていかなければ。

「あ、そういえばさくらはお参りのときになにをお願いしたの?」

「えっとそれは」

 さくらがお願いしたのは三つ。

 一つはもみじの受験がうまくいきますように。

 一つは四人がいつまでも健康で仲良くいられますように。

 そして最後の一つは――。

 さくらは二人の未来を見つめ、幸せを噛み締めて笑った。


「もみじねぇとおんなじだよ」



      終


お待たせいたしました。

二年キスが言いたかっただけです。


そして新年明けましておめでとうございます。

いつも読んでいただいてありがとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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