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恋人姉妹は夏の海を楽しむ

恋人で姉妹の二人が友人たちと一泊二日の海水浴に出掛けるお話


【登場人物】

彩歌(あやうた)さくら:高校一年生。姉のもみじと付き合っている。暑いのはあまり得意じゃない。

彩歌もみじ:高校三年生。部活も引退してさくらとの夏休みを全力で楽しむつもり。


宇佐見あゆ:さくらのクラスメイト。最近はさくらと遊びに行ったりするほど仲良くなった。先輩の茉里奈と付き合っている。

御園茉里奈(みそのまりな):もみじのクラスメイト。美術部部長。容姿端麗で部員のみならずファンも多い。



 燦々と降り注ぐ太陽の光。閑静な住宅街はいまや蝉のコンサート会場と化していた。

 歩いているだけなのに肌からは汗がどんどん垂れていく。彩歌さくらはツバ広の帽子を持ち上げておでこをハンカチでぬぐった。帽子で日光は防げても暑さはどうしようもない。服だって速乾性があり動きやすい服を選んだが効果があるようには感じられない。現在の気温が何度なのかはさくらには分からなかったが陽炎の立ちのぼるアスファルトがその暑さを存分に主張していた。

 上り坂を先行していたさくらの姉の彩歌もみじが振り返った。

「さくらー! 見えたよー!」

 さくらは気持ち早歩きで進み、坂の頂上でもみじの横に並び立った。そこから見える遠景にさくらが息を飲む。

 視界の端から端まで広がる空と海。

 高い空は青色が濃淡のグラデーションを作り、そのなかを薄絹のような雲がゆったりと流れている。

 眼下に望む海は空に比べると少しくすんだ青色だったが、ときおり見える白波がよいコントラストとなり目を楽しませてくれる。水平線をゆっくり進む大きな船。波打ち際に浮かぶ浮輪や遊泳客。砂浜に立てられたビーチパラソルの数々。それらすべてがさくらに海水浴場に来たことを改めて実感させた。

「海だ……」

「海っていいよね~。泳いでもいいし海の幸もおいしいし、あー早く海に入りたい!」

 もみじのテンションはいつもより高かった。それは当然恋人でもあるさくらと一緒に来られたからというのもあるが、なによりもあまり海に来た経験がなかったからだ。友達と泳ぎに行くとしてもプールやレジャーランドがせいぜいでわざわざ電車を使って遠くの海に行こうなどとは思わなかった。けれどさくらがいれば話は変わる。最愛の恋人と泊まりで海に行くなんて最高ではないか。だからこそもみじは前もって場所を調べたり両親に許可を取ったりと準備を念入りに進めてきた。

 すべてはさくらと二人きりで泊まるために。

「はしゃぐのいいけれど、先にコテージに荷物を置いてからよ」

 涼しげな声で後ろから来たのはもみじのクラスメイトで友人の御園茉里奈(みそのまりな)だった。黒い日傘を差して歩く姿は散歩をしているお嬢様のようだ。暑さなど微塵も感じさせない表情ではあったが、その頬や首にはしっかりと汗が伝っていた。

「茉里奈先輩、そのコテージはもう近いんですか?」

 茉里奈に続いてやってきたのは宇佐見あゆ。むぎわら帽子を被りひらひらとしたワンピースに身を包んでいる。やはり顔や腕からは汗が次々に流れていた。

「もう五分くらいで着くんじゃないかしら。……本当はあゆちゃんと二人で来るはずだったのに」

「まだそれ言うんですか。四人の方が絶対楽しいですって」

 二人の会話にもみじが割り込んだ。

「すみませんねーわざわざ私達も誘っていただいて。本当は私もさくらと二人で泊まりに行くはずだったんだけどねー」

「もみじねぇ、そういう言い方ないでしょ。御園先輩のお陰で良い穴場教えてもらって、泊まるとこまで用意してもらったんだから」

 さくらがたしなめるように言うと、もみじと茉里奈はフンと互いに顔をそらした。それを見てやれやれとさくらは息を吐いた。



 事の始まりは夏休みの少し前。四人でお弁当を食べているときにあゆが切り出した言葉だった。

「茉里奈先輩の親戚の方が別荘みたいなのを持ってるらしくって、夏休みにそこに泊まりに行くんです。近くに海もあってすっごい良い場所なんですよ」

 その話題は茉里奈としては人に話すようなことではないと思っていたし、もみじも恋人である二人が泊まりに行くと聞いて邪魔するつもりもなかった。しかしあゆと茉里奈が付き合っていることを知らないさくらは違った。

「へぇーいいなぁ。あ、私ともみじねぇもどこか海の近くに泊まりに行くんだよね? どこかもう決めたの?」

「え? いやまだ決まってないよ。キャンプ場とかもいいかなーとか考えてる」

「だったらあゆちゃんと御園先輩が行くとことかどう? 場所教えてもらおうよ」

 その瞬間先輩二人の表情が一瞬固まったことにさくらは気付かなかった。自分の発言がどんな結果を生むかなどさくらには知る由もない。

 そしてあゆは皆の期待どおりの返答をした。

「じゃあ、四人で一緒に行くってのはどうですか?」

 茉里奈の反応は素早かった。

「――あゆちゃん、ダメ。ダメよ。私達二人で行くって話だったでしょう?」

「でも個室が何部屋かあるって言ってましたよね? さくらちゃんともみじ先輩が増えても大丈夫じゃないですか?」

「そういう問題じゃないの。四人で遊びに行くならまた違う機会に、ね?」

「えー、だって絶対四人で泊まった方が楽しいですよ。海で出来ることも増えるし」

「そ、それなら改めて四人で海に遊びに行きましょう?」

「何回も行くより一回で一緒に行く方が楽じゃないですか」

 度重なる反論に茉里奈はむすっと頬を膨らませた。あゆを睨み無言で『そんなに私と二人きりで海に行くのが嫌なの?』と問いかける。

 決してあゆにそのつもりはなかった。茉里奈と泊まりで出掛けるのは初めてのことだったし、海に行くのも楽しみにしていた。けれどそれ以上に四人で遊びに行くことの方が楽しそうだと思ったのだ。

 あゆが少しだけトーンを落として呟いた。

「茉里奈先輩ともみじ先輩がいる最後の夏休みを、この四人で楽しみたいって思うのはダメですか?」

「…………」

 そんな聞き方をされては断ることは出来ない。茉里奈は最後の頼みとばかりにもみじに視線を送った。同じ気持ちのもみじならば助けてくれるはずだ。

 もみじは全員の顔を窺いながら言葉を選ぶ。

「えーと、私としても邪魔しちゃうのは申し訳ないと思うし、やっぱり二人で出掛ける方が色々といいかなーとか思うんだけど、さくらは……?」

「私は御園先輩がいいんだったら一緒に行きたい。別荘っていうのに泊まってみたいっていうのもあるけど、あゆちゃんの言う通り四人一緒にいる最後の夏休みだから」

 ここまで言われてはもみじも同意せざるを得なかった。



 そんなわけで夏休みに入ってから予定を合わせ、電車で一時間半ほど掛かるこの場所へ四人で遊びにきたのだ。

 上級生二人はまだ未練があるようだがそれが本心ではないことをさくらとあゆは知っていた。

 無言で進んでいくもみじたちの背中を見てさくらは一肌脱ぐことを決めた。あゆに近寄り話しかける。

「もみじねぇってあんなこと言ってるけど今日のことすっごい楽しみにしてたんだよ。泊まるとこもコテージって聞いてテンション上がってたし、タダで泊まらせてもらうの悪いから御園先輩に何かプレゼントしようって提案してさ、この近くに洋菓子屋さんとかないか調べるくらい本当は感謝してるの」

 ひそひそ話をしている体裁ではあったが、その声量はまったく抑えられていない。それもそのはず、さくらはわざと先行する二人に聞こえるように話しているのだ。

 さくらの意図を汲んだあゆがそれに乗っかる。

「茉里奈先輩もね、この人数で遊びに出掛けるの初めてらしくってさ、みんなで行くって決まったあと『四人で遊べるようなカードゲームとか持っていった方がいいかしら?』とか恥ずかしそうに聞くくらい準備を楽しんでたんだよ。昨日の夜だって『必要なものはもうない? 大丈夫? 本当?』ってめちゃめちゃ心配してて、お陰で私ちょっと寝不足――」

「あゆちゃん、おしゃべりはそのくらいでいいんじゃないかしら」

 前を歩いていたはずの茉里奈がいつの間にかあゆの横にまで下がってきてあゆの腕を掴んだ。

 その反対側ではさくらの腕がもみじに掴まれていた。

「はいはいさくらもその辺でねー。もうコテージに着くんだって」

 息の合った二人の行動を見てさくらが嘆息する。

「……やっぱりもみじねぇと御園先輩ってすごく仲良いよね。普段からそうやってればいいのに」

「べ、別に仲良いとかそういうんじゃなくて、お互いに気兼ねしないっていうか一緒にいて疲れないっていうか!」

「それを仲が良いって言うんだけど。……ちょっとだけ羨ましい」

 最後の言葉はもみじにだけ聞こえる小声で言った。するともみじはさくらに耳打ちした。

「私が一番仲が良いのが誰か、知ってるくせに」

「…………ん」

 もちろん知っている。言うまでもなくさくらのことだ。

 さくらは隣の二人に見られないようにもみじと手を繋いだ。お互いに汗でしめっていようが気にならなかった。だって大好きな人の汗だから。

 いくら声を抑えていたとはいえ姉妹としては不自然な行動を取っていたさくらたちに何故あゆが気付かなかったのかというと、同じように茉里奈とこっそり手を繋いでひそひそいちゃいちゃしていたからだったりする。

 コテージに着くまでの数分間、さくらたちは束の間のデート気分を味わっていた。



 住宅街の一角にそのコテージ風の別荘は建っていた。ログハウスを思わせる外観。庭に突き出たウッドテラスは広く、サンシェードで日陰を作ることもできる。近隣も同じようなデザインの家が多いことからこの周辺が別荘やキャンプ地がわりに利用されていることが窺える。浜辺まで徒歩十分以内という好立地ではそれも当然だろう。

 中に入ると一階部分のほとんどを占めている吹き抜けのリビングダイニングが出迎えた。床や壁だけでなく家具まで木目調で自然の中にいるかのような気分になれる。個室は一階に一部屋、二階に二部屋。お風呂とトイレは一階にあり勿論別。

 一階の個室はあゆと茉里奈が使い、二階の一室をさくらともみじが使うことになった。

 寝る場所を分けたのは茉里奈ともみじによるせめてもの要求だった。そうしないと二人きりでいちゃつけないからだ。

 荷物を置いたあとそれぞれが部屋で水着に着替えるのだがこのイベントを見過ごすもみじではなかった。

「さーくら、今のうちに日焼け止め塗り直そっか」

 満面の笑みでクリーム片手ににじり寄ってくるもみじにさくらは嫌な予感を覚えた。

「……背中側だけ塗ってくれればいいからね」

「分かってるって~。はい、背中こっち向けて」

 さくらが下着を外して背中をもみじの方へ向ける。普段あまり外に出ないさくらの背中は白く滑らかで、思わずそのまま撫で回したくなる衝動に駆られる。さらに少し恥ずかしそうに胸を手で押さえて顔を横に向けている様が(しな)を作っているように見え、しっとりと汗で湿った背中と合わせどこか扇情的な佇まいに感じさせた。

 もみじは生唾を飲み込んだ。

「――じゃあ塗るよ」

クリームを指に出して背中の数カ所にちょんちょんと乗せ、手のひらで延ばしていく。そのときもみじは胸中で悟った。『あ、これダメだ』と。あたたかくスベスベの肌の手触りたるやもみじの正気を打ち砕くのに十分な破壊力を秘めていた。

 もみじは息を何度か吸い直し、素数を数えて冷静さをなんとか保つ。背中一面にクリームを塗ったあと、首、肩、腕へと範囲を広げていく。

「……さくら、腕伸ばして」

「ん」

 さくらの腕を握り左右にしごくように丁寧に塗り込む。余分な贅肉のない二の腕は背中に負けないくらいスベスベで、ずっと触っていても飽きそうにない。

「はぁ~、さくらに日焼け止めを塗る仕事があったら一生それだけやってたい……」

「バカなこと言わなくていいから。塗り終わったら反対もやってよ」

「はいは~い」

 もう片方の腕も塗り終わりさくらに「あとは自分で塗る」と告げられたとき、もみじはふと思った。このまま終わりでいいのか? 海に泳ぎに来て日焼け止めを塗るという定番のシチュエーションを目前にして堪能せずに後悔はしないか? そんなの後悔するに決まってる! 食卓に自分の大好物が出されて食べない人間などいない。食べるなと言われたならじゃあそもそも出してこなきゃいいじゃんという話。いや食べ物と日焼け止めを比べるのもおかしいが、つまりはそれだけもみじにとってさくらが最愛の恋人というわけで。

「もみじねぇ? 早く日焼け止め貸してよ」

「……やだ」

「やだじゃなくて、ほら早く」

「やっぱり私が全部塗ってあげるの!」

 そう叫ぶともみじはさくらの背中に抱き着いた。

「ちょ、ちょっともみじねぇ!?」

「恋人の体に日焼け止めを塗るのって特権だと思うんだ」

「あっ、や、やめ、んっ、お腹触らないで――」

 もみじは多めに取ったクリームをさくらのお腹に付けて徐々に塗り伸ばしていく。お腹から脇腹を経由し、少し浮き出たあばらをなぞりさらに上へとのぼる。前に一緒にお風呂に入ったときを思わせる状況にもみじの興奮は高まっていった。あのときと違うのは、さくらは抱き着いたもみじを振り払うようなことはしていないということ。

 これはもう合意と見なしていいのではないか。つまりさくらの全身に余すところなく日焼け止めクリームを塗っていいと許可が出たも同然。勘違いして欲しくないが決していやらしいことが目的なのではない。日焼けというのはやけどと同じで肌が弱い人なんかは日焼けしたところが水ぶくれになったりもする怖いものなのだ。それを防ぐためには全身にしっかりと念入りにこれでもかとUVカットのクリームを塗る必要がある。その塗る過程でさくらの体のあちこちに触れてしまうのは不可抗力であって、やましい気持ちなんて微塵もない。だからさくらの胸のあたりを特に丁寧に塗ろうとするのはまったくおかしいことではないしむしろさくらの肌を気遣っての行為なので感謝されてもいいくらいで――。

 完全に言い訳でしかない戯言を胸中でまくしたて、もみじの指はついに二つの小丘に辿り着――くことはなく、さくらの腕に阻まれた。

「そこは水着で隠れるんだから必要ない!」

「水着が流されるっていうハプニングがあるかも」

「絶対ない!」

「体の前側もさ、人に塗ってもらった方が塗り漏らしがなくてすむよ? ほら、歯磨きをお母さんにやってもらうのとおんなじ」

「は、歯磨きはっ、もう、じ、自分で出来る、から!」

 会話しながらさくらの腕の隙間から侵入しようと上下左右に手を動かすもみじ。結果上半身をなで回すことになりさくらが「ん、あっ」と甘い吐息を漏らす。その様がなんとも艶美でもみじのいたずら心をくすぐってくる。

「ほらほら、さくらも本当は私に触って欲しいんでしょ~?」

「そ、そんなこと――」

「素直になっちゃいなよ~。ん? よいではないかよいではないか~」

「なんで悪代官!? テンションおかしくない!?」

「さくらと海に来てテンションがおかしくならないわけないじゃん。これでも抑えてる方なんだからね」

「あぁ……まぁ、確かに」

 このくらいのスキンシップならいつもとそこまで変わらない。さすがに友人たちが近くにいるときに無茶なことはしないということらしい。

「だ・か・ら、日焼け止め塗るくらい好きに塗らせてよ~」

「ん、や、やめっ、こ、こそばすの反則だって――あ、あんまり時間掛かってると怪しまれる、から……!」

 そのころ茉里奈とあゆも日焼け止めを互いに塗り合っていちゃいちゃしていたのだが、それをさくらが知る術はなかった。

「さくらが体を好きにさせてくれればすぐ終わるんだけどなぁ」

「い、言い方――」

「あとで私の体にも日焼け止め好きなだけ塗らせてあげる」

「…………」

 さくらの反応が止まった。脳内で目まぐるしく会議が行われる。姉の体を自由に触って揉んで弄べるまたとないチャンス。そのためなら自身の体を差し出しても致し方ないのではないか。待て待て冷静になれ。自分が好きなだけ触れるということは相手も同じだけ触ってくるということ。そんなことをされてあゆたちとまともに顔を合わせることなど出来るだろうか。

 時間にして数瞬。さくらは喉から声を絞り出した。

「……やっぱりダメ」

「めちゃめちゃ悩んでたよね」

「そ、そんなことないから!」

「まぁそういうことにしておいてあげよう」

 もみじはさくらから体を離した。自分の塗る用のクリームを手のひらに出してからチューブをさくらに渡す。

「そっち塗ったら私の背中もお願いね」

「……なんかあっさり引いたけど何たくらんでるの?」

「何もたくらんでないよ。ここに遊びに来た目的を思い出しただけ」

 さくらは尚も訝しげな視線を姉に向けたが、もみじが塗り始めたのを見て腑に落ちない表情のままクリームを手に出した。

 もみじは微笑みをたたえたまま心の中で呟いた。

(だって悩んでくれたってことはさくらも私に触れたいって思ってくれてるってことだもんね。それが分かっただけで充分)



「うーーみーーー!!」

 砂浜に到着して、もみじが快哉を叫んだ。

「近くで見ると結構綺麗ですね」とあゆが続く。

「このあたりは環境保持も兼ねて定期的に清掃や整備が行われているらしいの。だから磯くささも全然しないでしょう?」

 茉里奈の説明にあゆが「へぇ~」と感心した。

 パラソルを抱えたもみじがうずうずとした様子で急かす。

「じゃあ早くその綺麗な海に入ろうよ~。パラソルの場所あっちでいいよね。ほら行くよさくら、海が私達を呼んでる!」

「恥ずかしいから大きな声出さないで……!」

 周囲にあまり人がいない端の方にレジャーシートを敷きパラソルを立てる。持ってきたのはタオル類と飲み物の入ったクーラーボックスだけ。貴重品はコテージに置いてきたので気兼ねなく四人で泳ぎにいけるという寸法だ。

 それぞれがラッシュガードやパーカーを脱ぎ、水着姿が日光の下に現れた。

「みんな、柔軟はちゃんとやっときなよ!」

 元バスケ部らしく柔軟運動を始めるもみじ。

 彼女の着ている水着は橙色のグラデーションが鮮やかなオーソドックスなビキニだ。胸のところについた結び目のような大きなリボンがアクセントとして可愛さを演出している。だが何よりも水着を一番引き立てているのはもみじ自身の肉体だった。水着に包まれた胸は年齢を考えると大きい部類に入るだろう。バスケで鍛えられた体は全体が引き締まっていて健康的な魅力を備えると共にスタイルのよさを際立たせている。さらにもみじが柔軟で屈伸をするたびに胸が揺れ、瑞々しい太ももが否応なしに眩しい輝きを放つ。まさに正統派な美しい水着姿といえるだろう。

「運動が絡むときは真面目なんだから」

 ふぅ、と息を吐きながらさくらが柔軟運動をする。

 さくらの水着はフリルのあしらわれたビキニで、薄桃色の色彩とあいまってどこかファンシーな可愛さがある。幼さの残る体型がそのファンシーさを助長していた。小ぶりな胸にほっそりとした手足は確かに姉ほどの艶っぽさは感じさせない。しかしこういった水着を着るのが初めてなさくらはしきりに胸元を調整したりフリルを触ったりして、その初々しさがいじらしく守ってあげたくなるような可愛さを見ている人に与えるだろう。

「足が吊って溺れたりしたら危ないからねー」

 笑顔でもみじのフォローをするあゆ。

 あゆの水着はバンドゥビキニというブラの部分が横長のチューブトップ型になっているビキニだ。肩紐は首から下げる形になっている。色は淡い水色で花柄があしらわれている。あゆもさくらと似た体型だがさくらよりもさらに華奢でバストも小さく、見た目で言えば中学生でも通用するだろう。けれど逆に言えば幼い女の子がバンドゥビキニで胸元を大きく開けているというのは少し意外かもしれない。それが背伸びをした女の子として微笑ましく映るか、恋人に色気を見せる為の頑張りとして可愛く映るかは見ている人によるだろう。

「遠くまで泳いでいかないでなるべく足がつく所にいてね。あゆちゃんが溺れたら私生きていけない」

 茉里奈が不安そうに呟いた。

 茉里奈の水着は紅色のシンプルなビキニだが下半身に南国模様のパレオを巻いていた。そのプロポーションはもみじに引けを取らない。胸の大きさはほぼ同じくらい。パレオの隙間から覗いたすらりと伸びた太ももは艶やかで張りがあり恋人でなくとも触ってみたくなるだろう。見た目の印象で言えば長い黒髪に白い肌が合わさりどこか儚げなところがあるが、そこに情熱的な色合いの水着というギャップが蠱惑的な魅力を生み出している。色気という点においては茉里奈がこの中で一番だろう。

「溺れたら人工呼吸してくれるんですよね?」

 あゆが上目使いで茉里奈を見る。しかし茉里奈の答えはあゆの予想と違っていた。

「どうかしら。人工呼吸なんて一度もやったことないからあゆちゃんの生死がかかった場面ではやりたくないわね。それならライフセーバーの方に任せた方が安心じゃない?」

「まぁそれもそうですね。私も逆の立場ならちゃんと知識のある人にやって欲しいって思いますし」

「というわけで前もって人工呼吸の訓練を――」

「ダメです」

 茉里奈のセリフを途中でさえぎるあゆ。ちらとさくらの方を窺う。何も知らない友達の前でキスの話なんてしたくない。だがさくらは何も気付くことなくもみじと話をしていた。

 あゆはこっそり茉里奈に近づいた。

「……部屋に戻ったらいいですよ」

 それを聞いて茉里奈が相好を崩す。普段ならこのまま抱き着くところだがお楽しみが後に出来たとあっては我慢も出来るというもの。

 一方もみじとさくら。

 人工呼吸と聞いてもみじがさくらに話しかける。

「人工呼吸かぁ。確かにいざやるとなったら怖いよね。間違ってたらどうしよーって」

「何もやらないよりはやってダメだった方がマシだと思うけど」

「やった側の気持ちを考えるとつらくない? 自分がああやってればって後悔しそう」

 さくらはもし自分がその立場で相手がもみじだったら、と考えた。考えて、つらくなった。

「……うん、そうだね」

「有事の際に備えてそういう応急手当の仕方とかAEDの使い方とか習う講習に行こっかなぁ。保健体育で習うだけじゃ身につかないもん」

「もし本当に行くなら私もついていく」

「お、いいね、行こう行こう~」

 さくらはちらりとあゆたちの方を窺った。二人は何やら話をしていてさくらたちの会話には耳を傾けていない。聞かれていないことを確認してからさくらはひそひそと呟いた。

「何かあったときに私以外の人にキスされてるもみじねぇを見たくないし……」

 たとえそれが救護活動だとしても、さくらは姉が誰かと唇を重ねているところを見たくはなかった。その想いを聞いてもみじが笑う。

「人工呼吸とキスは違うよ」

「それは分かってるけど、嫌なものは嫌」

「さくら、人工呼吸とキスの一番の違い、知ってる?」

「……息を吹き込むかどうかじゃなくて?」

「正解は『舌を入れてもいいかどうか』でした~」

「全部のキスが舌を入れるとは限らないと思うけど」

「でもキスするときは舌絡ませたくない?」

「あ、あんまり変なことここで言わないで……!」

 あゆたちに聞かれていないか心配になり再び横目で確認する。まだ話に夢中でこちらを気にしている様子はない。

 ほっと胸を撫で下ろすさくらに「ごめんごめん」ともみじが軽く謝った。気を付けてよという意思を込めて睨む。

「もうちょっと周り見て喋ってよ」

「ごめんって。分かってる」

 正直もみじは茉里奈たちになら多少聞かれても問題ないだろうと思っていたが、その理由をこの場で言うわけにもいかず、声量を下げて話しかける。

「じゃあ人工呼吸についてはそのうち一緒に勉強するとして、帰ったらキスの勉強しよっか」

「いやごめん話が飛び過ぎて分からないんだけど」

「考えてみてよさくら、人工呼吸なんて一生のうちにそう何度もする機会なんてないでしょ? でもキスは毎日絶対にする。だったらキスについての見識や考察、経験を深めていくことはとても意義のあることだと思うんだ」

「……たんにキスしたいだけでしょ」

「うん!」

 いつもならここで苦言のひとつでも返すところだが、さくらは言わなかった。それは水着姿で笑顔を見せるもみじにドキリとしてしまったせいなのか、それとも自分も姉とキスをしたいと思ってしまったからなのか。

 ともあれさくらは照れ隠しに腕を交差させて伸ばしながら呟いた。

「……家に帰ってからね」

 にへら、ともみじの笑顔がだらしなく緩んだ。ぺしぺしとその頬を自分で叩いてから元気よく叫ぶ。

「よーし、そろそろ海に入ろ! そんで水の掛け合いっこしよう!」

「そんなバカップルの定番みたいなことやらない」

「えぇ!? 私の海でやりたいことリストに入ってるのに!?」

「なにそのリスト」

「他にもねー、海の中でキスをするとか、浮輪に乗せて体の自由を奪ってからキスするとか、砂に埋めて動けなくなったところをキスするとか――」

「キスしかないの!?」

 大声でつっこんでしまってさくらは思わず口を手で押さえた。念のためあゆたちの方を見ると、向こうも会話と柔軟を終えたところだった。

 さくらは後ろ手でそっと姉に触れた。

「せっかく四人で来たんだから、まずは皆で遊ぶのが先。……もし二人っきりになれたら、そのときに、ね」

 その言葉に答えるように、もみじは妹の手に自分の手を重ねた。



 四人女の子がいると賑やかなもので。

 海に入って最初の冷たさにきゃーきゃー叫んだり、小魚を見つけてはしゃいだり、大きな波を頭にかぶっては笑ったりと何をするにしても楽しく騒いでいた。

 当然泳ぐだけではない。罰ゲームを掛けてチーム戦でビーチバレーをしたり、もみじが格好良く飛び込みレシーブを決めたあと砂の熱さに『あっつ! あっつ!!』と悲鳴を上げて海に走っていったり、仲良く砂に埋められた茉里奈とあゆをからかったりと全力で遊んだ。

 一旦休憩ということでパラソルの場所に戻り、飲み物を飲んで一息つく。

「ちょっとトイレいってくる」

「あ、私も」

 さくらとあゆが立ち上がり仮設トイレの方へ向かっていった。

 それを見送ってしばらくしてから、もみじはぽつりと茉里奈に話しかける。

「連れてきてくれてありがとね」

「何? 悪い物でも食べた?」

「私が素直にお礼を言うのがそんなにおかしいか」

「冗談よ。別にあなたが気にすることではないし、私だって全部納得した上でここに来てるんだから、変な気遣いはしなくて結構よ」

「でもせっかく二人きりのお泊まりデートが」

「私はね、あゆちゃんが楽しそうに笑ってくれることが一番嬉しいの。だからあゆちゃんが四人で来たいって言えば異論はないし、四人で泊まりたいって言えば喜んで宿を提供するわ。もみじだってその気持ちは分かるでしょう?」

「……うん」

 自分のことよりも恋人の方が大事なのはもみじも同じだ。妹という年下だからこそなおさらそう思う。恋人して、姉として、さくらが幸せでいられるように尽くすのは当たり前のことだから。

「口では色々と言ってるけれど、私も今日を楽しみにしてたし、実際充分楽しんでるの。それに関して言えば私の方があなたたちに感謝しなきゃいけないかしらね」

「茉里奈だっていつになく素直じゃん」

「夏だけの特別サービスよ」

「じゃあ私もいっこサービス。茉里奈と出逢えたこと、本当に感謝してる。茉里奈がいてくれたから、さくらへの想いを断ち切ろうとしたときに私の心が死なずにすんだ」

「……それはお互い様よ。私以上の苦悩を抱えている人が側にいたから、私も背筋を曲げることなく生きて来られたの」

 どちらも女性が好きという他人に打ち明けられない悩みを持っていた二人は、素直に自分の想いを吐露した。他の誰よりも互いに共感し、悲しみ、喜べる存在。きっとこういう相手を親友と呼ぶのだろう。

 もみじがこめかみを指でかく。

「やっぱり気持ちを隠さずに言うのってかなり照れくさいね」

「本当に。こういうのは数年後にお酒を飲みながら語るものよ。もしこれが恋愛小説ならこのまま私達のどちらかが告白でもしてしまいそう」

「それはさすがにないかなー。茉里奈を恋愛対象に見るのはちょっと」

「なんで私がもみじに振られてるみたいな感じなの? 私だってあなたみたいなのは御免だわ」

「はぁ? 私みたいなのってどういう意味? これでも後輩たちから結構人気あるんですけどぉ?」

「私だって男女問わずそれなりに慕われているけれど。あなたの方こそ見る目がないんじゃなくて?」

「見る目ありますぅ。だからさくらと付き合ってるんですぅ」

「そんなのあゆちゃんだってそうよ。私のあゆちゃんが世界一、宇宙一可愛いんだから」

「宇宙一は私のさくらだよ!」

「私のあゆちゃんに決まっているでしょう?」

「さくら!」

「あゆちゃん!」

 しばし二人は睨み合ったあと、ふっと息を吐いて力を抜いた。

「まぁひとつだけ言えることは、私達好みが被らなくて本当に良かったよね。同じ子を好きになってたら地獄だった」

「同感ね。もみじと恋敵になるのは避けたいわ。色んな意味で」

 いつも学校で一緒だから知っている互いの魅力。もし二人とも同じ人を好きになったらどうだっただろうかと考える。

「それでもさくらは私のこと好きになってくれるんだけどね」

「それでもあゆちゃんは私のことを好きになってくれるのだけど」

 二人同時に喋ってからまた沈黙する。思考がここまで似ているのはさすがにどうなのだろう。嗜好が似ると思考も似てしまうのかもしれない。

 もみじは、こほん、と咳払いをしてからトイレの方角に目を向けた。独り言のボリュームを上げる。

「さくらたちまだかなー……ん?」

 遠くで見えた小さな人影に、もみじは表情を強ばらせた。



 さくらとあゆはトイレを済ませて自分たちのパラソルのところへ戻っている最中だった。

「ねぇねぇ、君達どこから来たの?」

 軽薄そうな声とともに現れたのはこれまた軽薄そうな見た目の男性三人組だった。明るく染めた髪に浅黒く日焼けした肌。街なかで見かけたらまず近づきたくないタイプの人種だ。

 あゆは警戒を強めて表情を鋭くした。

「……なにか用ですか」

「用っていうか~、ぶっちゃけ俺らと一緒に遊ばない?」

「地元の子じゃないよね? 色々と案内してあげるよ」

「……結構です。行こう、さくらちゃん」

 無視して進もうとするあゆの前に男性のひとりが立ち塞がる。

「そんなこと言わずにさ~」

 残りの二人がさくらたちを囲むように移動した。

「別に彼氏とかいないんでしょ? だったらいいじゃん」

「一緒に泳いだりするだけで変なことしないからさ~」

 下卑た笑みを浮かべながら男たちが距離を近づけてくる。

「いや、あの……」

 無理矢理にでも走って逃げるべきだったのに、とっさのことで逃げる機会を失ってしまった。男性三人に囲まれているという状況が恐怖を生み、あゆとさくらから声を奪う。

 体を竦めたまま二人で手を握り、それぞれが心の中で最愛の人に助けを求めた。そのとき――。

「はーーーーなーーーーれーーーーろーーーーっ!!!!」

 走り込んできた人影が男の一人に体当たりをして吹っ飛ばした。男は砂浜を転がっていき、あとの二人は一瞬呆気に取られたあと乱入者に向かって怒声を飛ばした。

「いきなりなんだ!?」

「誰だてめぇは!」

「その子たちの連れよ!」

 叫び返したのはもみじだった。遠くでさくらたちが絡まれていたのを見つけてから全力で駆けてきたのだ。

 遅れて茉里奈もやってきた。こちらは走ってきたせいで息も絶え絶えだ。すかさずあゆが近寄り背中をさすってあげる。これではどっちが助けにきたのか分からない。

 吹っ飛ばされた男が戻ってきた。三人の男はもみじと茉里奈を見たあとなにやら目配せをして軽薄な笑みを浮かべた。

「君達もその子のお友達?」

「別に俺らは変なことしてたわけじゃなくて、一緒に遊ぼうって誘ってただけなんだよ」

「どう? 君達も俺らと遊ばない?」

 見え見えの下心にもみじが嫌悪を示す。

「あいにくだけど、私達もう間に合ってるの」

「え? なになに? 彼氏いるの?」

「近くにはいないみたいだけどな~」

「ウソついてもすぐにバレるよ~?」

 半笑いの態度にもみじはカチンと来た。衝動的に近くにいたさくらの肩を抱き寄せ、ひときわ大きい声をあげた。

「私の彼女だっ!! 文句ある!?」

 もみじの迫力に押されて男達が黙る。さらに多少回復した茉里奈が「私の彼女にも文句あるかしら」とあゆの肩を抱いた。

 もみじは男達に一瞥もくれずにさくらと共に歩きだした。その後に茉里奈も続き、最後に三人に向かって「次に声を掛けて来たら警察を呼びますので」と冷ややかに告げた。

 男達から充分遠ざかって。

「さくら大丈夫だった!? 何かされた!?」

「あ、だ、大丈夫。なにも、されてない……」

 さくらはもう先程の男達のことは頭から消えてしまっていた。今さくらの脳内を占めているのはもみじが言い放った言葉だけ。私の彼女。はっきりと口にしたその言葉は、さくらの心と体をぽわーっと熱くさせた。

「まったく、海の整備は出来ていてもそこを使う人間を整備しないと話にならないわね」

「茉里奈先輩、物騒なこと言わないでください」

「あゆちゃんは自分が襲われかけたことをもっと自覚して。周りに人もいるんだから何かあったら叫ぶなりしないと」

「……ごめんなさい」

「いえ、本当はあなたが謝ることじゃないのよね。ごめんなさい。とにかく無事で良かったわ。それよりもみじ、考えなしに体当たりしてたけど相手が逆上したらどうするの」

「う、ご、ごめん。さくらたちが危ないと思って体が勝手に……」

「まぁ何事もなくてよかったわ。正直言うと、啖呵を切ったときは胸がすっとしたし」

「あ、あはは、私も頭に血がのぼっちゃって」

「あのときのもみじ先輩、かっこよかったです」

「いやーそれほどでも……――はっ!?」

 照れたもみじがはっと気付き、肩を抱いていたさくらを離した。わたわたと両手を振ってあゆに言い訳をする。

「あ、あれは咄嗟に出たブラフみたいなもので、ああ言えばあの人たちも何も言ってこないだろうと思ったからで決して本当のことじゃないからね!」

「そうなんですか? すごく鬼気迫ってたからそうなのかと」

「いやいやまさかそんなわけないよーあはは」

 必死にごまかそうとするもみじを見て、茉里奈がふっ切れたように言った。

「もういいんじゃない。隠さなくて。あゆちゃんなら分かってくれるわ」

「…………」

 押し黙るもみじを前に、茉里奈がさくらに話しかける。

「じゃあ先に私達の方から言うわ。あのねさくらちゃん、私とあゆちゃん本当に付き合ってるの」

「え……?」

 それまでどこか上の空だったさくらは突然のカミングアウトにほとんど反応できなかった。

「ま、茉里奈先輩」

 戸惑うあゆには構わず茉里奈は話を進める。

「付き合い出したのは今年の春から。もみじはずっと前から知ってたんだけど、さくらちゃんには打ち明ける機会がなくてね。だからここできちんと言っておきたいの。私達の関係を」

「~~~~っ」

 あゆが恥ずかしそうに視線を砂浜に落とした。その態度こそ茉里奈の言葉が真実なのだと雄弁に語っていた。

「そう、だったんですね……」

 驚きはしたものの不思議と違和感はなかった。普段のあゆと茉里奈を見ればこそ逆に納得してしまう。

「だからさくらちゃん。今ここであなたたちのことを話しても、この場にはそれを非難したり(けな)したりする人は誰もいないのよ」

 あぁ全部知ってるんだ、とさくらには分かった。そのうえで本人の口から打ち明けて欲しい、と。

「さくら……」

「もみじねぇ、私が言う」

 さくらは覚悟を決めた。自分のことは自分で友人に話したい。

「あゆちゃん」

「……うん」

「私ともみじねぇもその、付き合ってる、んだ」

「うん」

 …………。

「え、それだけ? 驚いたりしないの?」

「たぶんそうなんだろうなーって思ってたから」

 あゆの発言にさくらの気力がしぼんでいく。気付かれていたのならもっと早くに打ち明けていればよかった。

「まぁまぁ、これでお互い隠し事がなくなったということで」

 もみじがうきうきと声を弾ませてさくらと腕を組む。

「四人でいるときも気兼ねなくいちゃつけるわね」

 同様に茉里奈があゆの腰を抱いた。

「そういうことじゃ――ちょっともみじねぇ、くっつきすぎ!」

「ま、茉里奈先輩、そ、そこ触っちゃダメ……!」

「さて、海に入り直すとしますか」

「そうね、海だと死角も多いから何しても大丈夫だものね」

 生き生きとしだす先輩二人とは対照的に後輩たちは意義や抗議を唱える。もちろんまったく意味はなかった。

 このあと、もみじの海でやりたかったことリストを四人で実行していったのは言うまでもない。



 日が傾き始めた頃にコテージへと戻り、庭のホースで水浴びをして着替えてから近くのスーパーへ買い物に行った。購入したものは野菜やお肉や海鮮類――今夜の夕食の材料だ。

 夏、旅行、泊まりとくれば当然夜のメニューは決まっている。

 そう、バーベキューだ。

 ウッドテラスに炭コンロを用意して網の上に材料を並べる。串に刺さった一口大のお肉とネギ。色とりどりの夏野菜にエビやイカ。アルミホイルの中にはホタテの身や鮭、じゃがいもが入っている。

 バーベキューの醍醐味はなんといっても大人数でわいわい話しながら焼く過程にあるだろう。料理としての美味しさならキッチンで丁寧に作る方が絶対に美味しい。けれど外で友達や恋人と一緒に準備をして作ったご飯というのはそれだけで極上の料理になるのだ。何を食べるかではなく誰と食べるかで味が変わるといっても過言ではない。それで言えば四人で食べるバーベキューはまさに格別の美味しさだった。

 付き合っていることを互いに打ち明けたことで四人の心の距離は縮まり、ここに来たときよりもさらに仲良くなっていた。加えてこそこそと恋人同士でやりとりをしなくてもよくなり自然体で接することが出来るようになったのも心的負担を減らす要因になった。

 バーベキューのシメにもみじが茉里奈へのお礼にこっそりと買っていたケーキを皆で食べた。

 食事が終わり夏の夜にやることと言えば、そう花火だ。

 ファミリーパックの手持ち花火とはいえ四人でいっせいに火をつけると勢いがあって楽しい。空中に円を描いたり花火の火を移し合ったりするのは定番だろう。そして最後には線香花火。ぱちぱちと咲く火の花を眺め、夏の風情を存分に楽しむ。

「さくら、先に落ちた方が罰ゲームね」

「なにするの?」

「相手にキスする」

「……それ罰ゲームにする必要ある?」

 そのときもみじがこっそり横を指さした。何だろうとさくらがその方向を見てみると、家の明かりの届かない暗がりで線香花火をしていたあゆたちがキスをしていた。

「――――」

 友人のキスをする光景というのは何度見ても慣れない。けれど目をそらそうと思ってもつい見てしまう。普段は明るく元気なクラスメイトが恋人と睦み合う姿はそれだけ蠱惑的で胸がドキドキしてしまう。

(私がもみじねぇとキスしてるときもあんな感じなのかな)

 ずっと見ているわけにもいかない。さくらは視線を手元に戻した。

「あ」

 あゆたちを盗み見るのに夢中になっていたせいか線香花火がいつの間にか落ちてしまっていた。もみじの線香花火も同様だ。

「さくら、どっちが先に落ちたか見た?」

「見てない。もみじねぇは?」

「私も見逃しちゃった」

「……この場合どうするの?」

「うーん、二人一緒に罰ゲームっていうのはどう?」

 さくらともみじはしばし見つめ合ったあと、どちらからともなく顔を近づけていく。あゆたちに見られるかもしれないという懸念はあったがどうでもよかった。今はただこの人とキスをしたい。

 二人の手から落ちた線香花火のこよりが地面の上で重なった。



 夜のイベントはまだ終わらない。

 お風呂に入って寝間着に着替えたあとはリビングに集まってトランプ、ウノ大会。単純なカードゲームでも四人いれば意外と白熱するものだ。それがお泊まりの夜ならば尚更。いつもならテレビやスマホで消える時間を友人たちと遊ぶというのは最高に楽しい。

 時計の針は0時を回ろうとしている。今日は疲れたしそろそろお開きにして眠ろうかという話が出たとき、もみじが切り出した。

「最後に恋バナしない?」

「恋バナ?」とさくらが眉をひそめる。

「修学旅行とかでお馴染みの、寝る前の恋バナだよ。このあと部屋に戻ったら別々になっちゃうから今しようよ」

「なんで急にそんなこと」

「だって、みんなで集まって恋バナって今まで一度もやったことなかったからちょっと憧れてたんだ。この四人だったら何でも言えるでしょ? ということで今から恋バナやりまーす。異論は?」

 他の三人が顔を見合わせる。まぁやりたいというなら別にいいんじゃないかと各々が頷く。

「じゃあ言い出しっぺの私からね。あ、今からみんなお互いの好きな人が誰かは知らないって(てい)でお願い。茉里奈、好きな人いるかどうか私に聞いて」

「もみじは好きな人いるの?」

 茉里奈の順応が早い。さすがにもみじと長く付き合ってきただけのことはある。

 さくらとあゆもようやくこの恋バナのシステムが分かった。本当に友達同士のお泊まりでの恋バナをやるつもりなのだ。

「いるよ~。もう大っ好きな人が」

「どんな人なの?」

「ん~、いつもは少し素っ気なかったりすることもあるんだけど、それは愛情の裏返しでね。誰よりも私のことを大切に想ってくれてるんだ」

「――まっ!」

 思わず声をあげたさくらを、もみじがきょとんと見返す。

「ん? さくらどうかした?」

 知らないフリをしているつもりだろうが目が笑っていた。これがもみじの狙いかと気付いたが、今更止められるわけもない。さくらは「な、なんでもない」と言って引っ込んだ。

「えっとどこまで話したっけ。そうそう、それでその子は人前だと恥ずかしがって私と離れようとするんだけど、二人っきりになったら全然抵抗せずにむしろ自分から私を求め――」

「もみじねぇっ!!」

 今度こそ話を止める為にさくらが叫んだ。するとあゆが小さく手を挙げた。

「あの、もみじ先輩はその子のどこを好きになったんですか?」

「あゆちゃんっ!?」

 意外な伏兵にさくらが信じられないといった面持ちで見やる。

「ただの恋バナだよ、さくらちゃん」

 この場にさくらの味方は誰もいなかった。愕然とするさくらを放ってもみじが質問に答える。

「具体的にどこを好きになったのかは分からないんだよね。好きなところはいくらでも言えるよ。見た目も声も性格も仕草も、嫌いなとこなんてひとつもない。だから、うーん、もうその子の全部をいつの間にか好きになってたって感じかな」

 これはもう恋バナという皮を被ったただの告白だった。さくらは真っ赤になった自分の顔を覆い、亀のように床に突っ伏した。誰とも目を合わせたくない。

「さくらは何か質問ないの?」

 なんという意地の悪さだろうか。そんなにも妹を恥ずかしがらせて喜びたいのか。さくらはわずかに顔を上げてもみじを見た。策略だと分かっていても聞いておきたいことがあったから。

「も、もみじねぇは、その子のこと、ど、どのくらい好き、なの……?」

 もみじは自然に微笑んだ。

「生涯を共に歩みたいくらい、かな」

「――――」

 さくら、撃沈。うつ伏せになったまま再起不能になってしまった。

「ありゃりゃ、ちょっとやり過ぎたかな」

「もみじ……良いものを見せてもらったわ」

「でしょ?」

 固い握手をかわす二人を見てあゆが乾いた笑みを浮かべる。

「えっと、一人潰れちゃいましたしこれでお開きってことで……」

「ダメよ。私があゆちゃ――好きな子のことをたっぷり話すのを聞いてもらわないと」

「それはまた四人揃ったときにでも――」

 突然さくらがガバっと飛び起きた。

「あー! 私も御園先輩の好きな人の話聞きたいなー!」

 耳まで真っ赤になったさくらのテンションはおかしくなっていた。分かりやすく言い換えるとヤケクソだった。

「さ、さくらちゃん、リタイアしたはずでは!?」

「ふ、ふふ、あゆちゃん、私がこれだけ辱められたのに逃げようったって許さないからね……」

「逃げるなんて人聞きの悪い! あーもう、いいよ! 存分に茉里奈先輩の好きな人の話を聞こうじゃないですか! 日頃から茉里奈先輩に恥ずかしいことされ慣れてる私の耐性を見せてあげますよ!」

 数分後。

「――でね、その子の耳たぶを舐めてあげるとすごく切ない声で鳴いてくれて、でもそれを悟られないように必死で声を殺してるの。その姿がもう言い表せないくらい可愛くて(なまめ)かしくて――」

「あぁぁぁぁぁぁああああっ!!!」

 あゆ、撃沈。

「まだ全然語り足りないのに」

「いや、うん。ちょっと茉里奈のは生々しすぎかな。さくらも黙っちゃったじゃん」

「…………」

「これでも少し抑えたつもりだったのだけど」

「じゃあ一生全力出さなくていいよ」

「大丈夫。全力を出すのはあゆちゃんと二人きりのときだけだから」

「ならいいや」

 さて、と上級生二人がやおら下級生たちに視線を向けた。その瞳が妖しく光った、ような気がした。

「まだ恋バナ半分しか終わってないんだけど、誰が休んでいいって言ったかな~?」

 びくっとさくらが震える。

「あなたたちの好きな人についても微に入り細を穿ちたっぷりと聞かせてもらわなくちゃね」

 びくっとあゆが震える。

 退路は失われた。あとは這ってでも前に進まなければいけない。たとえそこが見えている地雷原だとしても。



 二階の客室に戻ったさくらともみじはバルコニーに出て夜風に当たっていた。

 付近にビルがなく外灯も少ないおかげ空の星がよく見える。遠くの海は暗く、昼に見た印象とは正反対だ。辺りは喧噪ひとつない静かさで、庭の木の梢が優しく揺れる音だけがかすかに聞こえてくる。

 煌々と輝く月に照らされて、もみじは手摺りに体を乗せたまましみじみと呟いた。

「夜空が綺麗だね~」

「うん。この景色を私達だけで独占しちゃうのが申し訳なくなるくらい」

「茉里奈たちのことは気にしなくていいって。自分で一階の部屋を選んだんだから」

「それは私達に気を遣ってくれたからでしょ?」

「そんなことないよ。一階の方が冷蔵庫も近いし便利じゃん。あっちにはあっちの理由があるから心配しないの」

 一番の理由はすぐシャワーを浴びに行けるからだとは言わずにおいた。さすがに本人のいないところであれこれ言うのは憚られる。さくらには刺激が強いし。

「ねぇさくら」

「なに?」

「今日はごめんね。ちょっと、いやかなりテンション上がりすぎてさくらに無茶なことしすぎたかも。さくらが本当は嫌がってたかもしれないのに」

「そういう反省は実際に無茶なことをしてるときにやって欲しいんだけど」

「ごめんなさい……」

 さくらはもみじの肩に頭を寄りかからせた。

「全然嫌じゃなかったよ。そりゃあ恥ずかしかったしもうやめてって何回も思ったけど、でも嫌じゃなかった。だって今日でもみじねぇのことますます大好きになったから」

「……何かあったっけ?」

「もう、何で本人が忘れてるの。海で変な人達から助けてくれたでしょ」

「あぁあったあった」

「あのときもみじねぇが『私の彼女だ』って言ったとき、すごく、すごく嬉しかった。目の前の人達のことなんてどっかいっちゃうくらい頭がもみじねぇのことでいっぱいになって、胸の奥がとくとくと疼いて……あぁ、きゅんってするのはこういうことなんだって思った。だからなのかな。あゆちゃんたちにすんなり打ち明けられたのは。もみじねぇと私は恋人同士なんだぞって誰かに言いたくなっちゃった」

 言葉ひとつひとつを大事に噛み締める。自分の想いを確認する為に。自分の想いを最愛の人に伝える為に。

 もみじがさくらの肩を抱いた。

「私は今のさくらの言葉できゅんってなっちゃった。まぁ普段から毎日ずっときゅんきゅんしてるんだけどね」

「……毎日そんなになってて大丈夫?」

「だいじょぶだいじょぶ。むしろそれが心の栄養になってるから」

「栄養とりすぎて腐らないでよ」

「そんな植物じゃないんだから」

「生涯、その栄養をとるんでしょ?」

「……それはさくらも生涯をかけて私に栄養をくれるってことでいい?」

 さくらは小さく頷いた。その振動が寄りかかった肩に伝わり、もみじに届く。たったそれだけのことがもみじの心の栄養となる。

「ね、さくら。もっといっぱい栄養欲しいなぁ」

 甘えた声。その栄養が何を指しているのかさくらにはすぐ分かった。

「それ、キスしたいだけじゃないの?」

「うん」

「…………」

 夏の夜空の下で二人は唇を重ねた。今日だけでも何回キスをしただろうか。けれどこのキスは明日からもずっと続いていく。二人が生涯を共に歩んでいく限り。

「さくら、キスの勉強の予行練習やろっか」

「勉強の予行練習ってもう意味わかんないんだけど」

「家に帰ってからが本番。今日は予行練習。おっけー?」

「はいはい、おっけーおっけー」

 体を寄せたまま二人はベッドの方へ歩いていく。

 窓とカーテンが閉められ、誰もいなくなったバルコニーを月の光は変わらず照らし続けていた。



「な、なにこれーっ!?」

 翌朝、顔を洗いにいったさくらは鏡を見て声をあげた。遅れて洗面所にもみじが入ってくる。

「どしたのさくら」

「も、もみじねぇ、これ、これ!」

 さくらが自分の首筋や胸元を指さす。そこには小さな赤い跡がいくつも付いていた。

「あー、昨日ちょっとやりすぎちゃったてへぺろ」

「やりすぎにもほどがあるでしょ!」

「でも私にもついてるしおあいこおあいこ」

 もみじが鏡で自分の首を確認して言った。確かにそこにも赤い跡がついていた。一カ所だけ。

「数が全然違う!」

「まぁいいじゃん。夏だし蚊にかまれたってことで」

「私だけかまれすぎ!」

「蚊って確かO型の人が一番かまれやすいんじゃなかったっけ」

「私A型! もみじねぇもA型!」

「まぁ、うん……まぁいいじゃん」

「諦めないでよ!」

 そのとき茉里奈が洗面所にやってきた。

「おはよう二人とも」

「あ、おはようございます、御園先輩」

「おはよ~」

「さくらちゃん、もみじ先輩、おはようございます」

 茉里奈に続いてあゆも挨拶しながら入ってきたのだが、そのあゆを見てさくらたちは固まった。

 不自然な反応にあゆが小首を傾げる。

「なにか私の顔についてます?」

 もみじがちょいちょいと指で鏡を示す。あゆは鏡で自分の顔を確認して既視感のある叫び声をあげた。

「な、なにこれーーっ!?」

 あゆの首や胸元、鎖骨のあたりにたくさんの赤い跡がついていた。その数はさくら以上だった。

「あら、蚊にかまれたのかしら。あゆちゃんO型でしょう? だから狙われたのよ」

 我関せずといった様子で顔を洗い始める茉里奈。茉里奈には赤い跡はひとつもついていなかった。

 あゆは茉里奈に抗議しようと口を開き、近くにさくらたちがいたのを思い出して開いた口を閉じた。そのときさくらにも同じ赤い跡があることに気が付いた。

「さくらちゃん、その跡……」

「え!? あ、あー、なんか私のとこにも蚊がいたみたいで、はは」

「そ、そうなんだ。夏はたいへんだよねー、あはは」

 互いにそれがキスの跡だと気が付いていても指摘はできない。指摘することは白状するのと同じだからだ。これは蚊のせい、これは蚊のせいと胸中で唱えながらさくらとあゆは笑い合った。

 そのやりとりの横では、がっしりと握手を交わし健闘をたたえ合う諸悪の根源の年長二人がいた。



 二日目は午前中に軽く海で泳いだり海岸沿いを散策したあと、午後からは近くを巡り家族へのお土産を購入。お世話になったコテージの掃除を済ませて帰りの電車に乗ったときには夕方の六時近くになっていた。

 夏なのでまだ空は明るいが、地元の駅に着くころには日が落ちきっているだろう。

 電車のボックス席で揺られながらこの二日間の楽しかったことを話していた四人だったが、疲れが溜まっていたからか一人、また一人とまどろみに落ちていった。

 ついには起きているのはもみじだけになってしまった。静かになった他の三人を見てくすりと笑う。

 さくらやあゆはともかく茉里奈まで熟睡とはよほどこの二日間を楽しんだのだろう。向かいの座席であゆと肩を寄せ合って眠る姿はまるで姉妹のように仲睦まじい。

(それを言うなら私達も、か)

 自らの肩に頭を乗せているさくらの寝顔に微笑みかける。さくらもよく眠っているようで、繋いだ手を少しにぎにぎとしてみても起きる気配がない。もちろん起こす気も最初からなかったが。

(今、すごく幸せだなぁ)

 すぐ隣には最愛の妹がいて、目の前には親友とその恋人がいる。ずっとこの四人が一緒なら、きっといつまでも楽しい時間が続くのだろう。

 それがあとどれだけ続くのかは分からないが。

(私達四人で過ごす最後の夏休みだってあゆちゃんは言ってたけど、私は逆だと思う。今年の夏が、私達が四人で過ごした最初の夏。大学生になっても社会人になっても、私はまたこの四人で遊びたい。別に難しいことじゃないよね。日本に、世界にいる限り、会おうと思って会えないことなんてないんだから)

 いつだったか、もしさくらとのことが両親にバレて引き離されるようなことがあったら、さくらを連れて駆け落ちしようと考えたことがある。誰も知らない場所へ行ってやり直せば幸せになれるんじゃないか、と。

 でもこの二日間でその考えが変わった。

 一緒に笑ってくれる友人のなんとありがたいことか。自分たちの仲を認めて祝福してくれることがなんと嬉しいことか。

 二人だけの世界で幸せを完結できるのならそれでもいい。だが人間の心はそう簡単に出来ていない。

 友人がいて家族がいて、そして最愛の人がいる。そこでようやく心の底から幸せだと言えるのではないだろうか。

 目指すべき目標が定まり、そこに至るまでの困難を思いもみじはふっと息を吐いた。

(大変そうだけど、でもやってみせないとね。さくらと将来を約束したんだし)

 さくらの為に頑張る。さくらが笑顔になる。さくらの笑顔で元気をもらう。

 この三つがあればきっとなんとかなる。楽観ではなく確信としてそう思う。

 考え事をしていたもみじに眠気がやってきた。なんとか起きていようと目蓋に力を込めるがどんどんと閉じていってしまう。

 完全に目蓋が降りきる前にスマホを操作し電車の乗り換え予定時間の少し前にバイブでアラームをセットする。これで大丈夫だろう。最悪寝過ごしたとしても夏休みなので問題はあんまりない。

 もみじは睡魔に抗うことをやめて目を閉じた。そして隣のさくらの方へそっと体を傾ける。

 妹のぬくもりに心安らいだもみじは、あっと言う間に眠りに落ちた。意識が完全になくなる寸前、四人で遊んだ海のなかにいるような心地がした。



            終


半分くらい彩歌姉妹ではなく友人たちの話ですみません。

もしあゆと茉里奈に興味を持たれましたら短編『そしてあなたにデッサンを』も是非。

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