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恋人姉妹はコインランドリーではしゃぐ

恋人で姉妹の二人がコインランドリーでセクシーな下着を見つけてはしゃぐお話。


 梅雨入りしてから青空を見る機会がかなり少なくなった。

 かんかん照りばかりだと暑いし肌が焼けるしで困るのだが、こう連日雨や曇りが続くと気持ちがげんなりしてくる。

 日本の移ろう季節には様々な趣があり良い部分もたくさんあると思っているが、いかんせんじめじめとしたこの時期は良くないことも多い。

「さくら、悪いんだけどカーペットにコーヒーこぼしちゃって、ちょっとコインランドリーで洗ってきてくれない?」

 土曜日。朝ごはんを終えてリビングでゆっくりしていた私に母が話しかけてきた。

「えー」

 嫌な顔をして振り向く。休みの日に外に出るのは面倒くさい。ちらと敷かれたカーペットに目をやると確かに黒いシミが広がっていた。多少はシミ抜きをしたようで薄くはなっていたが。

 母が腰に手を当てて息を吐く。

「別にいいでしょう。どうせ家でごろごろしてるだけなんだから」

「うー……」

 基本的に彩歌家(わがや)では母の命令には逆らえない。というよりも逆らって良いことがないので従わざるを得ないのだ。

 結局やることになると分かっていても嫌がる素振りを見せてしまうのはせめてもの抵抗というわけで。

「さくら、テーブルそっち持って。カーペット引き抜くから」

「はーい」

 私がテーブルの足を片側ずつ持ち上げて母がカーペットを引き抜いた。カーペットの下に溜まった白い砂ぼこりを見て母が「ここも掃除しなきゃ」と嘆く。

 そのときちょうどお手洗いから姉の彩歌もみじが戻ってきた。

「どしたの?」

「カーペットが汚れたから私がコインランドリーに持っていくんだって」

「ふーん……」

 数拍おいて、姉が目を見開いた。頭の上にピコンと電球が浮かぶ幻が見えた。

「お母さん、私もさくら手伝うよ。ひとりじゃ大変だろうし」

「模試の勉強は?」

「大丈夫だって。この前の判定だって良かったでしょ?」

「そうねぇ……じゃあもみじが行ってくれるならタオルとかまとめて洗ってきてもらっていい?」

「うん、おっけー」

 母が脱衣所の方へ向かっていったのを見て、私は姉に耳打ちする。

「……ありがと。一緒に来てくれて」

「私がいればおつかいだってデートになるからね。行きたくないときは私にも声掛けてよ」

「……うん」

 確かに姉が来てくれるとなった途端に外に出るのが嫌じゃなくなった。

 コインランドリーデートなんて聞いたことはないが、場所がどこであろうと姉と一緒なら幸せになれる。

 だって私達は姉妹で恋人なのだから。



 二つのボストンバッグにそれぞれカーペットとタオルを詰め込んで私達が一つずつ持ち、徒歩七、八分のところにあるコインランドリーに向かった。

 灰色の雲が空に広がっているが雨は降っていない。念のため傘は持ってきたのでもし雨が降ってきても問題はないだろう。

 そのコインランドリーは最近リニューアルしたばかりのようで外観や内装が綺麗になっていた。私達が着くと中から若い女性二人が大きなカバンとカゴを持って自動ドアから出てきた。洗濯を終えて帰るところだったのだろうか。中では動いている洗濯機、乾燥機が何台もあり、この時期はみんな考えることは同じなんだなと思った。

 私は大きなドラム式の洗濯機に畳んだカーペットを入れて、説明を読みながらお金を投入して操作を進めていく。

「さくら分かる?」

「多分」

「分からなかったらこっち終わったら行くから待ってて」

 姉は姉で普通の洗濯機にタオルをまとめて入れて私と同じようにパネルを操作していた。

「もみじねぇ、乾燥時間は六十分でいいんだよね?」

「それでいいよ。取り出してまだ乾いてなかったら追加すればいいってさ」

 設定を終えた。洗濯機がゆっくり回り始め、ほどなくして水の音が聞こえだした。終了予定時間を見る。乾燥まで一時間四十分くらいかかるらしい。

 姉が私の方へやってきた。

「そっちも終わった?」

「うん。結構時間あるけど一回家帰る?」

「なんで?」

 姉が私の腕を引っ張ってベンチに座った。引っ張られたせいでバランスを崩して姉の体にしがみつく。

「せっかく二人っきりなんだからここでゆっくりしてこうよ」

 そう言って私の唇を奪いに来たので素早く手を間に差し挟みブロックする。私の手のひらとキスをした姉が不満の声をあげた。

「ちょっと~、なんで嫌がるの~」

「場所考えてよ!」

「えー、だって今ほかに人いないし」

 姉がきょろきょろを周りを見回す。確かにこのコインランドリーに私達の他は誰もいない。けれど洗濯機が複数回っているということはそれを取りに来る人がいるということで、加えて言えば新しく誰かがやってこないとも限らないのだ。

「誰かが急に来たらどうするの。ガラス張りで外から丸見えだし」

「外に背を向けてれば大丈夫だって。入ってきたら分かるし離れればバレないよ」

「さすがにキスしてたらバレバレだと思うけど……それにほら、監視カメラあるし」

 私は天井の角を指さした。そこには半球状のカメラが設置されていた。

 けれど姉はまだ引き下がらない。

「さくら、もしカメラで見られていたとして、それが何か困る?」

「困るに決まってるでしょ」

「まずああいうカメラは二十四時間ずっと見られているとは限らないし、仮に見られたところで女の子のカップルがいちゃついてるようにしか思わない。違う?」

「そうかもしれないけど……」

「どうせ映像も荒いだろうし顔もちゃんと見えないよ。だからキスしても大丈夫」

「でも結局外から見られたら危ないことには変わりないよね」

 私も頑として譲らない。家の近所なだけに知り合いに見られないとも限らないからだ。

「やーだー! キスするのー!」

「駄々っ子みたいに言わないの。もみじねぇのが年上なんだから自重しなさい」

「だってデートでキスしないなんてツナマヨにツナが入ってないみたいなものだよ? そんなの許せる?」

「その例えはちょっと分からないけど……」

 眉をハの字に曲げた姉の顔を見つめる。本当のことを言うと姉がこうなるのは予想していた。私と二人っきりになって触ったりキスしたりするのはすでに日常レベルで当たり前になっている。

 だからまぁ、コインランドリーでもキスをするんだろうな、とは思っていたのだが。

「……家に帰ったら、じゃダメ?」

「ダメ。今がいい」

 きっぱりと断られ、私は息を吐いてから仕方なく告げた。

「わかった。いいよ」

「ホント!? やったー!」

「けどいつ人が来るか分からないしちょっとだけ――」

 私の言葉の途中にも関わらず姉が唇を重ねてきた。

 あぁもう、まったくこの(ひと)は。

 胸中で毒づきながらも姉を突き放したりしないのは、私自身がまんざらじゃないからだろう。私だって誰の目を気にする事なく姉とキスがしたいのだから。

 とりあえず外を通る人がいないかだけ私がチェックして――。

 突然自動ドアの開く音がした。

「!!」

 私達は弾かれたように体を離し、何事もないかのように装った。私はスマホを取り出して意味もなくラインをチェック。姉は立ち上がり回っている洗濯機に近寄ると中を覗き込んでふむふむと様子を見る振りをしている。

 コインランドリーに来たのは初老の女性だった。私達に気付くと軽く会釈だけして持ってきた洗濯物を空いている所に入れ始める。

 慌てて会釈だけ返して私は視線を手元に落とした。私達のしていたことに気付いたうえで知らない振りをしているのか、それとも本当に気付かなかったのか。何も言ってこないならもうそれだけでいい。

 私は下唇を噛んだまま全身の熱が引いていくまでじっと動かずにいた。


 数分後、その女性がコインランドリーから出ていって、再び平和が戻ってきた。

 姉が安堵の息を吐きながら笑う。

「いやー、危なかったねぇ」

「だから言ったのに……!」

「まぁ大丈夫そうだったし、結果オーライ」

「……そーだね」

 言い合う気力もなく私は体から力を抜いた。緊張した分疲れがどっと出てきた。そんな私の目の前で姉がにやりと不敵に唇を歪ませる。

「さくら、今洗濯機のとこ見てたらすごいもの見つけちゃったんだ」

「?」

 じゃーん、と姉がそれを私に見せた。

 女性用の黒のショーツ。ただしその布面積は極端に狭く、レース地が主体となっている為ほとんど下着の体をなしていない。後ろ側に関しては紐と言っていいレベルだ。左右を結んで止めるタイプのようで、姉は両手でその細い紐をつまんで持っている。

「すご……じゃなくて、人様の下着を触らない!」

「洗ってあるからへーきへーき」

「そういうことじゃなくて」

 私の苦言を気にも留めずに姉が瞳を輝かせる。

「この下着つける人ってどんな人なんだろうね」

「詮索もやめなよ」

 とは言うものの私も想像してしまう。きっとスタイルがよくて色っぽくて、それで夜にこの下着をつけて恋人に見せてそれから――ダメだ。これ以上は想像とはいえ下世話が過ぎる。

 だいたい私と同じことを考えついたのか、顔を赤くした姉と目が合いお互いにぎこちなく笑った。

 姉がショーツをぴらぴらと振る。

「でもさぁ、こんな下着をコインランドリーで洗うわけないから紛れ込んじゃったんだろうね。それでたまたまこれを忘れちゃうってのは運がないとしか言えないけど」

「もしくは洗い方とか気にしない人かも」

「あー、たとえば持ち主が男性だったり?」

「う……変な想像させないでよ」

「まぁ趣味は人それぞれだから。さすがに私もそれを見たいとは思わないけど」

「見たいって言われても困るよ……」

「……さくらは、こういう下着をつけた私、見たい?」

 姉がショーツを自分のハーフパンツの前側へ持っていった。位置が重なることで否応無しに身につけたところを思い浮かべてしまう。

「あ、う、えっと――」

 すぐに答えられない。見たいか見たくないかで言えば見たいのだが、きっと胸がドキドキしすぎて直視できないだろうというのも容易に想像できる。ここで頷いて本当に見せられたらどういう反応をしていいかも分からない。

 言いよどむ私の耳元に姉が顔を近づけて囁いた。

「ちなみに私は、こういう下着をつけたさくら、すっごく見たい」

「――――」

 頭の中がパンクした。

(こ、こ、これを、わ、私が――!?)

 自分が履くのも姉に見せるのも私にとって難易度が高いというレベルではない。恥ずかしさで死ぬ。

「今度二人で下着買いにいかない? お互いに着て欲しいやつ選ぼうよ」

 姉が更に追い打ちをかけてくる。買いにいったら絶対に着ないといけないじゃないか。私の顔が真っ赤なのは分かってるくせに恥ずかしがらせて楽しんでいるのだ。

「わ、わ、私は……い、いい、から」

「なんで? 恋人に下着を買うのくらい普通だよ? 女の子同士だから一緒にお店にも入りやすいし」

「そ、それはそうかも、しれないけど……」

「でしょ? じゃあ今日の午後にでも行こっか」

「今日!? いやいやいや、無理! 無理だって!!」

「無理じゃないよ。なに? 自分の下着はひとりで買いに行けるのに私とじゃ行けないの?」

「そ、そういうことじゃなくて」

「それにさ、夏前なんだから一回きちんとお店でバストとか測っといた方がいいよ。水着だって買わないとだし」

「水着は学校ので間に合ってるから」

「ダメです。それだけは絶対に許しません」

「なんで!?」

「ちゃんとビキニタイプのやつじゃないと私が憤死する」

「たかだか水着で憤死しないでよ!」

「私にとってはそれだけ重要ってこと。その代わり私も可愛い水着新しく買うから。でさ、二人揃って海かプールにでも行こうよ。ね?」

 姉と二人で泳ぎに行くのは絶対に楽しいだろうし、姉の水着姿なんて見る前から似合っているのは分かりきっている。

 私は小さく頷いた。

「……うん」

「というわけで、今日は近いとこのランジェリーショップに行くから」

「それは行くとは言ってない」

「いやほら、下着を買う買わないはともかく測りに行くってことで」

「自分のサイズくらい分かってるよ」

「成長期なんだからこまめに測定しないと」

「もみじねぇと違って発育よくないので」

「そんなことないよ。最近見てて大きくなった気がするし」

「な、なにをいつ見たの!?」

「あ、そうだ。じゃあ私が測ってあげる」

「ヤダ! 絶対測るだけじゃない!」

「違うよ~。測るときに手や指が当たるのは仕方ないんだよ~」

「測る前から言い訳してるし!」

 私達がわいわい騒いでいると自動ドアが開き、二人の若い女性が入ってきた。どこかで見たことがあるなと思ったら、私達がここに来たときに出てきた人達だ。

 二人はなにやら焦ったような表情で空いている洗濯機を見て回り、ふと姉の方を見て顔色を変えた。おとなしそうな外見の女性がおずおずと話しかけてくる。

「あ、あのぉ……その手に持っているのって……」

 女性が姉の手に握られていたショーツを指さした。その時点で私達は察した。この人達が持ち主だ。

 姉が頭をさげてショーツを差し出す。

「ご、ごめんなさい! 洗濯機の中に残ってたからつい!」

「い、いいのよ。忘れたこっちも悪いから」

 ショーツを素早く受け取ってカバンにしまい込むと二人はそそくさとコインランドリーを後にした。ガラス張りの向こうで姿が見えなくなる直前、おとなしそうな女性がもういっぽうの女性に怒っているのが見えて、あぁあの人がやってしまったんだろうな、と思った。

 ガタゴトと洗濯機の回る音だけが響くなか、姉が呟いた。

「あの下着を着て二人で見せ合うのかな」

「だからそういうのやめなよ。ルームシェアしてる友達かもしれないでしょ」

「最初は軽い気持ちで見せ合っていたのがやがて友達の下着姿に気持ちを高ぶらせるようになり、ついに二人は結ばれる――とかどう?」

「あーはいはい」

「リアクション薄っ! じゃあ私達が見せ合う為にどこに買いに行くかお店調べよっか」

「買うんじゃなくて測定の為じゃなかったの?」

「どっちもおんなじだって」

「思ったんだけど、水着ってどうせ試着するしわざわざ測らなくてもいいよね」

「…………」

 スマホを操作していた姉の動きが止まった。少しして、すごく悲しげに表情を曇らせる。

「うぅ……さくらと一緒に下着見に行けると思って喜んでたのに」

 いじける姉を見て私は息を吐いた。仕方ない。どのみちお願いしようと思っていたことを話すとしよう。

「なら水着一緒に見に行くのは? それで私に似合いそうなのをもみじねぇが選んでよ。私が選ぶよりも安心できるから」

 途端に姉の表情が明るくなる。

「行く行く! さくらに似合うの選ぶ!」

「でももみじねぇのは自分で選んでよ。私自信ない」

「えー、自信なくてもいいよー。さくらが良いなって思うやつを言ってくれれば」

「……もみじねぇならどんな水着着ても全部良いなって思うの分かりきってるし」

 姉が満面の笑みで私の頭を撫でた。恥ずかしくはあるが私の偽りのない気持ちだ。


 その後、洗濯がすべて終わるまで二人でひとつのスマホを見ながらどんな水着がいいかを話し合った。やれ過激すぎる地味すぎる、ガラは有りか無しか、パレオは必要かどうか、ラッシュガードはどうするか。

 楽しく相談していたその時間は間違いなく、梅雨を終えて青々と晴れた夏の訪れを私達に感じさせていた。



            終


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