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異世界転生者採用面接試験  作者: ハデス
9/10

5人目 ~無垢な幼稚園生~ 松田明菜



 アブラゼミのようなアラーム音を止めて起きる。

 ダメだな、このアラーム音はテンションが上がらん。

 はー今日も仕事だよ。ダリー。このまま二度寝したい。

 でもやらなきゃな。

 のし上がるためには、サボリは許されない。

 十二神に入りし、ゼウス姉さんの上に立ち、私は天界のトップに立つ。

 そのためにも、仕事場へ向かおう。

 私は高笑いしたあと、クローゼットから仕事用の服を取り出す。


「あれ?」


 なんか窮屈きゅうくつに感じる。

 嫌な予感がする。

 急いで洗面台にある体重計へ向かう。


「頼む、外れてくれ、予感」


 服を全て脱ぎ去り、目を瞑って、そっと体重計に乗る。


「……」


 ゆっくりと目を開ける。


「オーマイガー……」


 太っていた。3キロも。

 はぁー……、これだから太りやすい体質は嫌なんだよなぁ。

 あのクソゼウスのせいだ。シチューなんか大量に食わせやがって。

 ちきしょー、絶対にのし上がってやる。

 あのアホを一発見返さなければ気が済まない。

 手をぎゅっと握りしめ、自室へと戻った。


  ※


「じゃあ、お名前教えてくれるかな?」


「まつだあきな、ごちゃいれす(松田明菜、五歳です)」


「かわいいーッ!」


 私は明菜ちゃんのところまでいき、頭をなでなでする。


「えへへ~」

 

 明菜ちゃんは頬を少し赤らめて喜ぶ。

 くぁ~~可愛すぎる!

 いやー、昨日のクリームシチュー事件がどうでもよくなるくらい可愛い。

 

 私は明菜ちゃんのくりくりしたキュートな目を優しく見て訊く。


「明菜ちゃんって呼んでい?」


「うん!」


「ありがと。私のことはハデスお姉さんって呼んでね」


「うん! よろしくおねがいします、はですおねえちゃん!」


「かわいい~」


 再びなでなでする。

 あーこのさらさらした髪に、すべすべで真っ白なタマゴ肌、素晴らしい。

 しかも礼儀正しい。

 何十億年も生きている私の髪や肌とは大違いだ。

 ゼウス姉さんも幼女のような見た目をしているが、肌はガサガサだし、髪はパサついている。言葉遣いは結構酷い。

 明菜ちゃんを見習え。

 

 それにしても何でこんな無垢な子どもが死んでしまったのだろうか?

 私は面接者シートを魔法で手元にふわりと引き寄せる。

 なになに? 落雷だって?

 なんと可哀想な子なんだ。明菜ちゃんは将来必ず美人になるほど可愛い。

 美人薄命というやつか。

 しかもゼウス姉さんの得意魔法である雷で絶命してしまうとは。

 ……かわりにゼウス姉さんが死ねばよかったのに。

 

 さて、しっかりと面接しないとな。

 

「明菜ちゃん、聞いてほしいことがあるんだ」


「うん!」


「うーんとね。こういうことを言うのはお姉さんも心苦しいんだけど……」


 明菜ちゃんが大人しく私の話を聞く姿勢を取る。

 なんて良い子なんだ。

 あぁ、辛い。言いたくないよー、でも言わなきゃ明菜ちゃんのためにならない。

 意を決した私は、明菜ちゃんの目線より下にするためにしゃがみ、明菜ちゃんの両手を優しく握る。


「明菜ちゃん、明菜ちゃんはね、死んじゃったの」


「えっ?」


 きょとんとする。当然だ。まだ子ども、それも幼稚園生だ。

 もしかしたら死という概念がわからないのかもしれない。

 面説者シートの家族構成を見る。父と母がいる。


「つまりね。もうパパとママには会えないってことなの」


「え―――」

 

 明菜ちゃんの目はみるみる水がまり、そして流れた。

 声をあげてわんわん泣く明菜ちゃん。


「辛いね、辛いね。よしよし」


 かなり早い段階でもらい泣きした私は明菜ちゃんを抱きしめ、背中をさすった。


「いいんだよ、たくさん泣いていいんだよ。お姉ちゃんが一緒にいるからね」


 神が特定の人物や種族に肩入れすることは良くないんだが、そんなのは無理な話だ。私は明菜ちゃんと一緒になって大泣きした。


 

 

 結構な時間が経って、明菜ちゃんが泣き止んだ。

 顔はまだ暗いままだが。

 しかし、いつまでもここにいるわけにはいかない。

 私は自分の手を明菜ちゃんの手に重ねて、職務を遂行する。


「明菜ちゃん。これから選んでもらうことがあるの。聞いててほしいな」


 明菜ちゃんは無言でうなずく。

 ああ、なんて良い子なんだろう。


「一つは全く違う人に生まれ変わって、元の世界に生まれ変わること。もう一つは、このまま違う世界に行くこと。明菜ちゃんは、どっちがいい?」


 説明が下手くそだったせいか、明菜ちゃんがうつむく。

 この時ばかりは自分の口下手を呪った。


 急かすことなく明菜ちゃんが口を開くのを待つ。

 沈黙は時間に換算すると短かったが、とても長く感じた。

 そして明菜ちゃんが答えを出す。


「ちがうセカイにいく」


 明菜ちゃんの目には、子どもには到底持つことが無い、純粋なものを灯していた。


「偉いね。よく決断したね。なんでか、訊いてもいい?」


「パパとママのことを、忘れたくないから」


「明菜ちゃん……」


 よし! 決めた!


「明菜ちゃん、あなたに特別な力を与えてあげる!」


 私は明菜ちゃんに魔法をかける。


「はですおねえちゃん、なぁにこれ?」


「これはね、冥府の加護って言って、魔物とお友達になれる力だよ」


「まもの?」


「そう、魔物。明菜ちゃんがこれから行く世界にはね、魔物という人間のみを襲う恐い生き物がいるの。でも、その魔法があれば魔物に襲われるどころか友達になれるの」


「へぇぇー」


「だから、笑顔で、ね?」


「うん」


 明菜ちゃんは少し明るくなった。

 よかった。

 本当は特別な力を授けるのはルール違反だが、構うもんか。

 少しくらいオマケしたって問題ないだろう。


 こうして、明菜ちゃんは旅立つことになった。

 

「ありがと、はですおねえちゃん」


「うん、元気でね」


 今回はしっかりと確認して書類にサインさせた。

 幼稚園生のわりには綺麗な字だった。さすがに漢字ではなかったけど。


 明菜ちゃんの足元に異世界へ通じる水色の紋章が出現する。


「なにこれー? きれい~」


「異世界の紋章と言うの。これが異世界へと通じているんだよ」


「すごい……」

 

 キラキラした目で紋章を見つめる明菜ちゃん。

 私は明菜ちゃんに近づき、小指を差し出して言う。


「これから辛いこともたくさんあるけど、それと同じかそれ以上に良いこともいっぱいあるからね。だから、少しでも多く良いことがくるように、笑顔を絶やさないこと。お姉ちゃんと約束」


「うん!」


 明菜ちゃんは私の小指に、小指を絡めた。指切りげんまん。


「明菜ちゃんの元いた世界にこんな言葉があるの。『笑う門には福来る』という言葉がね。だから笑顔で、過ごしてね」


「うん! やくそく!」


「やくそく!」


 つないだ小指を上下に少し揺らした後、指を切った。

 明菜ちゃんの体が徐々に透明になっていく。


「またね、おねえちゃん」


「うん、また会おうね!」


 ブオン!

 

 明菜ちゃんは紋章の中へと消えて行った。

 見えなくなるときまで、私達はめいっぱい手を振りあった。

 最後は良い笑顔だった。

 

「明菜ちゃんに、幸あれ」


 胸の前で手を組み、想いを込めて呟いた。

 記念すべき私の異世界転生者第一号は、可愛らしい笑顔をした小さな子どもだった。


  ※

 

 後日、私はお忍びで冥界へと舞い戻っていた。

 

「お帰りなさいませ、我が王よ。今日はどうされましたか?」


 冥界の王城『ダクネス城』の中にある、私の執務室へと向かうと、扉の前で私を待っていたネルガルが丁寧にお辞儀した。


「いや、ちょっと異世界を覗きたくてな」


「珍しいですね。王が異世界に興味をお持ちになるなんて」


「まあな。この間、異世界に送った明菜ちゃんがどうなっているか気になってな」


「ああ、王がごひいきにしたとか」


 ネルガルには異世界に送った直後に連絡したので知っている。

 

 執務室に入ると、机の上に直径20センチくらいの水晶が置いてある。

 その水晶は異世界が覗ける、特殊な水晶である。名前はまだない。

 

「いやぁ、偶然拾った水晶を捨てなくてよかったな、ネルガル」


「そうですね。そういえば名前をつけてませんでしたね。せっかくだから名前つけませんか?」


「じゃあ、『アキナ』で」


「理由は?」


「異世界へと旅立った明菜ちゃんを見るためだけに使う水晶だからね」


「なるほど。私も賛成です」


 この水晶からアキナとなった。

 さて、さっそく見るかな。

 アキナに両手をかざし、明菜ちゃんと強く念じる。

 明菜ちゃん、明菜ちゃん、明菜ちゃん。


「うー……ん、ハァッ!!」


 すると、水晶に映像が出てくる。


「あ、出てきましたよ。この女の子が明菜ちゃんですか?」


「うん、そうそう」


 映し出されたものによると、明菜ちゃんは森の中にいた。

 四足歩行の獣族の魔物の上に乗っていた。

 後ろには魔物をぎょうさん引き連れて。


「どうやら王がかけた冥府の加護が効いているみたいですね」


「ふぅー安心した。異世界にたどり着いてすぐ死ぬことなくて」


 それじゃあせっかく異世界に来た意味がないもんな。


「そうですね。でもこの明菜ちゃんは普段どう過ごしているんでしょうか? さすがにこんなに魔物を引き連れていたら町のなかとか入れませんよ」


「……確かに」


 つーっと一粒、汗が流れた。

 いやいや、まさかそんな、ねぇー、あるわけない。

  

「あっ」


「どっ、どうした!?」

 

 ネルガルの声にビクッとした

 

「明菜ちゃん、森の中を通っている人間の隊商を襲ってますよ」


「嘘だろ!?」


 水晶をがしっと掴み、覗き込む。

 そこには魔物を巧みに操って隊商を襲撃している明菜ちゃんが映っていた。

 腕を滑らかに動かして魔物を指揮している姿は、オーケストラの指揮者を想起させる。

 

「圧倒してますよ。明菜ちゃん。屈強な戦士を蹴散らしていますが、隊商の荷馬車は壊さないようにしてます。器用ですね」


「いや、きっとこの隊商は悪い奴らなんだよきっと。明菜ちゃんは依頼かなんかで戦っているだけさ」


 そうだ、きっとそうに違いない。


「明菜ちゃん、もの凄い笑ってますよ?」


「それはほら、私との約束を果たしているだけだから! 笑顔を忘れないって約束を律儀に守っているだけだから!」


「この笑顔は、果たして笑顔と呼べるものでしょうか?」


 明菜ちゃんの顔を拡大する。口角が異常に上がっている。

 これは狂気の笑顔としか見えない。

 ほどなくして、明菜ちゃんは隊商を壊滅させた。

 

「あれ、荷馬車のほうへ近づいていきますね。なにやっているんでしょうか?」


「荷馬車が壊れてないか確認しに行く――――」


「あっ、中にあった食材を食べてますよ。魔物達にも食べさせてます」


 言い訳は不可能だった。


「明菜ちゃん、苦労してますねぇ。生きるために隊商を潰したんですか」


「まるで山賊みたいだ……」


 あとはもう、彼女の行く末を見るしかない。

 私としては、勇者が現れて明菜ちゃんの心を浄化し、人の道に戻らせる展開になってほしいと考えている。というか、切実に願っている。


「あれ? 誰かが明菜ちゃんに近づいてきますよ?」


「なんだと!?」

 

 頼む! 勇者だ、勇者来い!


「これは……」


「な―――――」


 そこには黒衣のロングコートに身を包み、二本のたくましい角を頭に生やしている人型が現れる。

 その姿に見覚えがあった。ヘラに見せてもらったからだ。


「魔王だ」


「そのようですねぇ」


 魔王が明菜ちゃんに近づくと、明菜ちゃんはすかさず敵意を向ける。


「お、よかった。とりあえず魔王とは繋がってなかったようだ」


「そのよう――――ん?」


 魔王が明菜ちゃんに軽く挨拶し、名刺を渡す。

 最初は躊躇ちゅうちょするも、結局受け取った。

 

「会話、聞いてみましょうよ?」


 そう言うとネルガルが勝手に念じ、アキナから二人の会話音声が流れる。


”やぁ、君は人間達とは違う世界で生きる、とっても魅力的な女の子だね。どうだい? 私と共に来ないかい?”


”ふん。私に仲間はいらない。ここにいる皆が私のかけがえのない仲間だからな。それに、種族の違いもある。問題の火種となるだけだ”

 

 声音は記憶の通りだが、記憶にある優しい口調と礼儀正しい言葉遣いはない。

 

「明菜ちゃん、本当に幼稚園生ですか?」


「修羅場を……くぐってきだんたよ」


 修羅場をくぐったのは間違いない。

 その修羅場は、強く生きられるよう、明菜ちゃんにとってプラスに働いたのだろう。

 人類にとってプラスではないが。

 

”種族なぞ関係ない。君が強いか強くないか。見るのはただそれだけだよ”


 明菜ちゃんは考えこむ。

 すると魔王はこう重ねた。


”ちなみに、私は君ともっと話がしたい。どうかな? 一度、私の城へきてお喋りでもしないか? そのあと、私達と共に来るかどうか決めてくれればいい”


「騙されちゃ駄目だ明菜ちゃん! これは罠だ! 魔王が君を騙すために言った甘い罠だ!!」

 

 私が立ち上がって叫ぶなか、ネルガルは冷静に、


「これ、非常にまずいですよ」


 と言った。ネルガルに腹が立った。

 お前の恩人がピンチなのになぜそんな冷静なんだ。


 そして、運命の発言がされる。


”条件がある。ここにいる皆も城に連れていけ”


”構わない。むしろ歓迎だ”


”なら、お前について行ってやる”

 

「終わった……」

 

 私は力なく椅子に座り、天井をぼんやりと見つめた。

 可愛い明菜ちゃんが、あろうことか魔王側に行ってしまった。


「終わりましたね」


 ネルガルが何の感情も乗せずに言った。

 その後は言うまでもない。

 魔王城に着くなり、明菜ちゃんは盛大に歓迎され、ついに正式に魔王側となった。そして驚くほどのスピード昇進で、魔王軍の幹部となった。ヘルシェードの枠を埋めたのだ。

 明菜ちゃんは『小さな悪魔』という呼び名で人々から恐れられるようになった。


 この一連の流れを見終え、あまりの急展開に放心状態となった私に、ネルガルが一言。


「これは……天界の長い歴史の中でも名が残るレベルでやばい事件ですよ」


「言うな」


「それよりどうするんです? これ十二神にバレたら、面接官クビになるどころか天界に帰れなくなりますよ」


「そうだろうな」


「異世界の均衡を保つために採用面接をしているのに、その結果異世界のバランスをさらに崩壊させてますね」


「ああ……」


「ゼウスお姉様は天界のトラブルメーカーですが、かろうじてトラブルを天界内に留めてます。だが王の場合、異世界を揺るがすほどの大事件をおこしましたからね、今。これってゼウスお姉様越えですよ」


「ぐッ……!!」


 ゼウス姉さん越えというワードが一番効いた。致命傷レベルで。

 

「ま、冥界の王としては満点ですがね」


 フォローするネルガルの顔に、笑みは一つも浮かんでいない。無表情だった。

 私はその場で項垂れる。

 どうしよう……マジでどうしよう……。

 取り返しのつかないことをしちゃったよ。

 うーん…………よし、決めた。


「やってしまったものはしょうがない」


「はい?」


「びっくりした。でも数十億年も生きていれば、このような大事故の一つや二つ起こっても不思議じゃないよな?」


「……つまり?」


「見なかったことにする」


「すんげぇメンタルしてますね」


「まぁな」

 

 そう言い放ったあと、私は何食わぬ顔で天界へと帰った。

 アキナは箱につめたあと、押し入れの奥深くにしまうよう、ネルガルに指示した。

 


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