訃報。
「戻りました~って!? ど、どうしたの!? この花の量!!」
キクちゃんさんのその驚いた反応に俺は小首を傾げながらゆっくりと店の中へと目を向けた。
「うわっ!? す、凄い・・・」
俺は店の中にこれでもかと詰め込まれた大量の段ボール箱の山に圧倒させられていた。
その大量の段ボール箱はどれも店の床から俺の背丈ほどの高さまで積まれていて、とてもお客さんが出入りできる状態ではなかった。
「おかえりなさい。キク。春海くん」
そう落ち着いた低音の声がしたかと思うと積み上げられた段ボール箱の壁の向こう側からヌッと覗くスキンヘッドでブルース・ウィリス似の顔があった。
そして、その光景は何となく俺に某有名アニメの名シーンを彷彿させていた。
それは壁の外側から攻めてきた巨人が壁の内側をヌッと覗き込むあの有名な名シーンだ・・・。
「あ、戻りました。あの、柴・・・」
「ただいまー!! 忍~!!」
俺の言葉をことごとく遮ったキクちゃんさんは段ボール箱の壁の通路をするすると抜けて段ボール箱の壁の向こう側へとその姿を消していってしまった。
「おかえりなさい。キク。ゆっくりできましたか?」
段ボール箱の壁の向こう側へと消えたキクちゃんさんに続き、段ボール箱の壁上からヌッと覗いていた顔も消えてしまって俺はポツリとそこに一人残されてしまっていた。
何となく壁の向こう側へは行く気にならなかった。
と、言うよりは行っちゃいけない気がした。
きっと壁の向こう側では今頃、恋人同士のイチャイチャタイムがはじまっている頃だろうから・・・。
キクちゃんさんの彼氏・・・彼女は柴田 忍さんと言う男性でその身長は199センチとかなり高く、もちろんそれだけガタイもいい。
そして、その容貌としたらハリウッド俳優のブルース・ウィリスさんによく似ていていつも綺麗なスキンヘッドをしている。
ちなみに柴田さんの年齢は40歳でキクちゃんさんの年齢は34歳。
そして、そして、柴田さんとキクちゃんさんの身長差はなんと驚異の45センチ・・・。
見事な体格差カップルだ。
「おかえり。春海」
そう声がした。
その声は後ろからではなく右耳の耳元からだった。
「あ・・・た、ただいっ!?」
両膝が急にガクンとなった。
床に膝を突く寸前で俺は後ろから腕を掴まれた。
「ごめん。思ったよりひどくしちゃった」
そう言ってクスリと笑った顔は爽やかなのに妖しくて嫌味なほど整っていた。
俺はその顔に微笑み返して『大丈夫です』と答えてちゃんと立ち直し、改めてその顔の主を見つめ見た。
黒い髪に黒縁の眼鏡。
整った顔は知的でその声音は落ち着いていて包容力があり、身長は180センチの俺よりも数センチ高い。
この人が先程から話にあがっている花咲月くんこと、花咲月 秋人くんだ。
「ゆっくり休めた?」
花咲月くんのその質問に俺は『はい!』と答えて知らないうちに微笑んでしまっていた。
花咲月くんと話していると俺はついついへにゃへにゃしてしまう。
「そう。よかった」
花咲月くんはそう言うと俺から視線をそらし目の前に積まれている段ボール箱の山へと目を向けていた。
そして、俺も花咲月くんにつられて自然とそれらに目を向けていた。
「花咲月くん。この段ボール箱の山は?」
俺は堪らず隣にいる花咲月くんにそう訊ね聞いていた。
「それ、アタシも気になるー!!」
俺の質問が聞こえていたのか段ボール箱の壁の向こう側からキクちゃんさんの溌剌とした高い声が入り込んできた。
けれど、その姿が段ボール箱の壁の向こう側から覗くことはなかった。
「キクもおかえり。葬儀が入ったんだよ。大峰歯科の院長が亡くなったらしい」
「えっ!? 大峰先生が!? なんでっ!?」
花咲月くんの返答にキクちゃんさんは驚愕の声を漏らすとその姿を段ボール箱の壁にぶつけながら現して今にも泣きだしそうな表情を滲ませていた。
「昨日の早朝、一人で海釣りに出掛けたらしい。夜になっても帰らないから家族が捜索願いを出したところ今朝、海で遺体が見つかったと・・・」
花咲月くんは淡々とそう説明をしていたけれど、声もなくボロボロと泣きだしたキクちゃんさんを見て話すのをやめた。
「・・・生花を生けるのが無理なら帰っていいと笠井店長から連絡があった。・・・どうする?」
花咲月くんの質問にキクちゃんさんは悩んでいた。
俺はただ、じっとそんなキクちゃんさんを見つめていた。
キクちゃんさんは半ば放心状態で涙を流していて微かに震えていた。
「・・・返事は2時間後の3時まで待つから。・・・柴田さん」
「あ、はい・・・」
花咲月くんの声掛けに柴田さんはそろそろとその大きな身体を段ボール箱の壁に擦りながら現した。
「キクと一緒に出て来てください」
「え? けれど・・・」
柴田さんは花咲月くんのその言葉に困惑の声を漏らしていた。
「店なら大丈夫ですから。笠井店長から店を閉めてもいいと許可も出ているし、春海がいるならなんとかなります」
花咲月くんのその言葉に俺は『え?』と声を漏らしていた。
「・・・わかりました。・・・キク。行こう?」
柴田さんはそうキクちゃんさんを促すとキクちゃんさんの背中にそっとその大きな手を添えて歩き出した。
それにキクちゃんさんは大人しく従った。
「・・・花咲月くん」
柴田さんとキクちゃんさんの姿が見えなくなってから俺はようやく花咲月くんの名前を呼ぶことができた。
俺の呼び掛けに花咲月くんは『うん?』と返事を返してくれて俺へと目を向けてくれた。
「亡くなった人って・・・キクちゃんさんの知り合いの人・・・なの?」
本当ならそんなこと、聞くべきではないのかも知れない。
けれど、聞かずにはいられなかった。