奢り。
「俺が出します。『女の子』に支払わせるのは気が引けるので」
俺の言葉にキクちゃんさんは一瞬だけキョトンとしたけれど次の瞬間には目には見えない満開の花を辺りに咲き乱れさせていた。
嗚呼・・・本当に・・・キクちゃんさん・・・可愛い・・・。
「春くんはアタシのこと『女の子』って言ってくれるんだぁ~?」
キクちゃんさんのその言葉に俺は迷いなく頷いた。
そんな俺の反応にキクちゃんさんは本当に嬉しそうにニコリと微笑んだけれど、その微笑みのあとには何となく裏があるようなそんな表情を浮かべていた。
「けど、悩むこともあるでしょ? ずっとアタシの喉元、見てた」
「あ・・・ご、ごめんなさい・・・」
キクちゃんさんのその言葉にコートへと伸ばしかけていた俺の手の動きはピタリと止められた。
嗚呼・・・バレてた・・・。
「いいよ~。大丈夫! こんな格好もしてるのにあるモノはちゃんとあるんだから悩まない方が無理だよね~」
そう言って淡く微笑んだキクちゃんさんはどこか悲し気だった。
「おあいそはアタシがするよ!」
キクちゃんさんはそう言うと俺の手から二人分の注文が記載されている伝票をスッと抜き取って店の出入り口前にあるレジへとトコトコと向かって歩きだしていた。
「あ! ちょっ! 今日は俺がっ!」
俺がそう声を発した頃にはキクちゃんさんは財布を取り出し開いて戸惑っている店員さんに『一緒でいいです~』と言っていたので俺は黙るしかなかった。
「ご馳走さまでした~」
キクちゃんさんは会計を済ませるとそう言ってニコリと微笑み店を出た。
俺は困りながらも微笑み返して来てくれている店員さんに『美味しかったです』と言葉を返してキクちゃんさんのあとを追った。
「キクちゃんさん!」
「ん~? なぁに? 春くん」
キクちゃんさんは俺の前を歩きながら長いアッシュピンク色の髪を弾ませていた。
「今日は俺が出すつもりだったのに! この前もその前もその前の前もキクちゃんさんが・・・」
そう言う俺の言葉を遮るかのようにキクちゃんさんはクスリと笑った。
「後輩に奢ってもらおうなんてアタシは思わないの~。アタシは甘えん坊だけれど、後輩には無条件に甘えて欲しいのよ!」
キクちゃんさんはそう言うと長いアッシュピンク色の髪を踊らせて俺を振り返り、ニコリとして『ダメ?』と可愛らしく小首を傾げて上目遣いに見つめてきたから俺は苦い笑みを溢して『いえ・・・』と返すことしかできなかった。
もし、高校時代にキクちゃんさんのような明るい可愛い女の子が身近にいたのなら・・・俺はそんなことを途中まで考えてやめた。
もし、なんて考えても仕方がない。
それにキクちゃんさんには今、彼氏がいる。
彼氏・・・と、言うよりは彼女・・・らしいが・・・。
「わかったなら早く帰ろ? アタシの可愛い恋人も春くんの愛しいヒトも待っているだろうから~」
「い、愛しいヒトって・・・」
「アハハハ~♪ 春くん、照れてる~。可愛い~!」
そう俺をからかって再び歩きだしたキクちゃんさんの背中を俺は追った。