小さな自尊心。
「そんなこと、少しも思っていませんよ。キクちゃんさんには忍さんがいるし」
俺はそう言って洒落たマグカップに注がれたホットココアへと口を付けた。
ほんわりと香るココアの香りにほんのりと甘く、温かいココアが口から胃に落ちてゆっくりと身体を温めてくれる。
「そうだね~。春くんには花咲月くんがいるしね~」
「ぶっ!? ゲホッ!! ゴホっ!!」
「あ~・・・ごめんね? 図星過ぎてむせちゃったぁ?」
キクちゃんさんはクスクスと笑いながらそう言うとむせ続けている俺の横に来て俺の背中をその小さな手で優しく擦ってくれた。
キクちゃんさんのその小さな手から伝わる温もりと優しさに俺は何とか『ありがとうございます』とお礼の言葉を口にした。
それにキクちゃんさんは『どーいたしまして!』と言って席へと戻って行った。
「けれどさ~・・・これから春くんはどうするの~?」
席へ戻り、そう訊ねて来たキクちゃんさんのその愛らしく高い声は明らかに男性のものではなかったけれど、ほんの少しのイラつきが窺えた。
俺はキクちゃんさんのその少しのイラつきに戸惑いつつも『どう?』とキクちゃんさんに訊ね返していた。
そんな俺に向けられたキクちゃんさんのその視線はこれでもかと冷たかった。
「そんなこと当然、決まってるでしょ? 花咲月くんとの今後! 一緒に寝たりする気はないの?」
それを『当然』と言い切るキクちゃんさんに俺は目を丸くした。
「い、一緒に・・・寝る!? そ、それって・・・どう言う意味で?」
『一緒に寝る』と言う意味がどう言った意味のものなのかを聞くのは野暮かとも思ったが俺は聞かずにはいられなかった。
「・・・春くんって・・・処女?」
「いえ・・・違います。あ、いえ・・・。処女・・・ですね。童貞ではないです。はい」
俺は馬鹿真面目な顔をしてそんな答えをキクちゃんさんにお返ししていた。
「童貞じゃないなら『一緒に寝る』の意味くらいわかるよね? 異性が同じベッドで一緒に寝て何もナシなんてあり得ないでしょ? ハメハメペロペロするでしょ?」
確かにそうだ。
異性が同じベッドで寝て『何もありませんでした~』や『何もシてません~』なんて言っても俺は信じない。
しかし・・・だ。
「あの・・・俺も花咲月くんも男同士で同性・・・なんですけど・・・」
「あ。そこは全然大丈夫。春くんの全然大したことのない『うまい棒』と『ゴールドボール』は近日中に撤去するから。動物病院で」
そう言ってウフフと声を漏らして微笑むキクちゃんさんは本当に天使だった・・・。
いやいや・・・。
いやいやいや!!!
ちょっと・・・いろいろ待って頂けません!?
俺の全然大したことのない『うまい棒』と『ゴールドボール』ってつまりは俺の股の間にぶら下がっている男の子のシンボルのアレですよね!?
そのシンボルを『大したことのない』と言われた俺の気持ち、わかりますか!?
「あれれぇ? 春くん、自分のご自慢のモノをアタシに貶されて自尊心、傷ついちゃったぁ?」
キクちゃんさんはそう言うと面白そうにクスクスと笑っていた。
俺は乾いた微かな笑い声を漏らしたあと『それなりに・・・』と答えてキクちゃんさんのその大きな目から視線をそらしていた。
「ごめんねぇ? アタシ、自分の股の間に・・・」
「言わないでください。俺の小さな自尊心と何かが傷つくので」
俺はそう言ってキクちゃんさんの言葉を遮り、額に手を当てて大きな溜め息を吐き出した。
そんな俺の様子を見てキクちゃんさんはキャハハハハと女の子特有の甲高い声で笑った。
キクちゃんさんのその可愛らしい容姿も高い声もちょっとした柔らかな動作も女の子そのものなのにキクちゃんさんの本当の性別は男・・・。
そのどうしようもない事実に俺は半年以上も苦しめられている。