1話 この世は理不尽である
またか……
前方から明らかに敵意むき出しで、大きな声で何かを叫びながら数名の男がこっちへと小走りでやってくる。
隣駅にあるバカの吹き溜まりで有名な尾莫迦高校、通称バカ校だと一目で分かる学ランを着た集団だ。
「おいっ! てめぇ、ゴラぁっ! やっと見つけたぜ! この間はよくも恥をかかせてくれたなっ!?」
「まぁまぁ待てよ。こいつだってこの人数相手に逆らうなんてバカな事はしねぇよ……なぁ?」
学ランの前を開けて腹筋とチンピラ感丸出しの風貌のゴツイ男が、ゴツイ男より一回り小さいリーダー感を出してる男に止められているが、このリーダー風の男の勝ち誇った全力のドヤ顔はなかなかに俺の感情を荒立てる。
そして特徴的な一度見たら忘れられないこの男の髪型……パッと見はスキンヘッドなのだが、後頭部から三本の三つ編みが垂れている。この辺では有名な奴で、バカ校のトップ『丸出三兄弟』の長男だ。
ちなみに、次男は三つ編みが二本、三男は三つ編みが一本。こいつらには是非とも弟が出来てほしいものだ。きっと三つ編み状の髪が一本づつ生えてくるに違いない。
5,6,7……10名か。まぁ前にもっと大勢を相手にした事もあったし問題ないか?
にしても、どうしてこう毎日毎日……
「キミ達はたしか……思い出した。何日か前に、か弱い女性を大勢で怒鳴りつけていた恥さらしだよね? キミ達のむき出しの悪意に晒された善良な女性は、今もきっと心のどこかで怯えてる事を思うと……キミ達のやった事はけして許され――」
「キミキミうっせぇんだよっ! てめぇはバカなのか? この人数が見えてねぇってのか!? ああ”っ!?」
頭に短い三つ編みを二本のちょんまげ風に頭にのせているチンピラ風のゴツイ次男が、リーダー風の長男を押しのけて元気に声を荒げる。
今日もトラブルと真正面から打ち合おうってか……サクよ……
俺の隣にいる男、小さい頃からの腐れ縁、幼馴染のサクこと結城紗玖は黒髪長髪長身のさわやかイケメンでスポーツ万能、おまけに剣道部の主将を務めるという女の好意と男の嫉妬をこれでもかと集める、ザ・リア充だ。さらに性格は正義の味方を体現したかのような、勧善懲悪スタイルで、悪を決して許さない! って感じでよく揉め事の中心にいる。そんな行動と名前から、あだ名は『勇者』と呼ばれている。
「ふぅ~……反省が足りないようだね? キミ達の存在はそれだけで多くの善人を苦しめる。また僕が教育してあげる必要がありそうだね?」
ため息まじりに呆れたようなジェスチャー付きでサクが答えると、バカ校の奴らの顔からますます殺気だっていくのが分かる。
いやいやいや……ため息つきたいのはこっちだって。
俺はいつもこいつのトラブルに巻き込まれてる気がする……こうして一緒にいる時はサクが解決してくれるから問題はないが、いつも一緒にいるとこを見られてるせいで、一人の時にも狙われるのだからたまったもんじゃない。逆にサクは一人の時は狙われないって……そんなこの世の理不尽を俺は小さい頃から味わってきた。
「うっせぇってんだよっ! ちょっとツラ貸せや!」
よし、俺は関係ない……関係ないのだから帰っても良いはずだ。どうせサクは心配するだけ無駄だしな。
「あ、じゃ~俺はこのへんでおいとま――」
「てめぇもだよっ!」
「あ、はい……」
そう、この世は理不尽である。
「勇志、また巻き込んだみたいでごめん」
「そう思うならもう少しうまくやってくれ……」
チンピラ共の後をついていきながら、サクが申し訳なさそうに謝ってきた。が、俺の記憶に間違いが無ければ、このやり取りはゆうに100回を超えている。つまり、こいつには本当に悪い事をしてしまったという罪の意識的なものは皆無であると断言できる。とにかく目の前の悪を……正確に言うなら、サク目線での悪を見逃してはなるものか、という意識が何よりも優先されるのだろう。
『勇者』……やっかいな性格だ。
「でも、剣道部の主将になったのに、こんな事で喧嘩とかして大丈夫なのか?」
「心配してくれてありがとう。でも問題ないよ。だって、こんな恥知らずの悪党共を成敗するのは当然だし、誰も責めたりしないよ。それに、まずこんな悪党共が僕の事を悪く言ったって、誰も信じてはくれないさ」
自分の言ってる事を微塵も間違っていないと信じ切っている顔だ。
……楽観的というか、そんな簡単な話では無いとは思うが、サクの少し残念な思考は俺がどうこう言ったところで改善はされない。というか、する必要が無かったというべきか……不思議とサクの立場が悪くなるような悪い事は今まで起きなかったからだ。
その分のゴタゴタが俺に来てんじゃないか? ってくらい、俺の立場はどん底ではあるが。
自然と俺が悪い人によく絡み絡まれてるという噂が流れ、学校では幼馴染の二人を除いて絡んでくる人はいない。先生にはなぜか目をつけられているし、家に押しかけてくるチンピラもいる……更には警察という味方であるはずの組織からも目を付けられているという噂も……
「ダメだ……折れそう……」
「大丈夫だよ勇志! 僕が守るからね!」
もしや狙ってるのか? と思わずにはいられないサクからの追い打ちでその場で四つん這いになりそうになっていると……
ん? 止まった? 工事現場?
周りを見渡すと、並べられた木材やら黒っぽい土(?)を積んだダンプにショベルカーが目に入った。だけど、俺達以外には人は見当たらなかった。
つまり、今日はここか……
「てめぇら、余裕だなぁ? これからボッコボコにされるってのによぉ!?」
リーダーであり、丸出三兄弟の長男が周りの男達に目で合図を送り、俺とサクを囲むようにバラける。
「ふ~ん。悪くないね。ここなら誰にも迷惑をかけずにキミ達を教育できそうだ」
余裕しゃくしゃくといった感じで俺の隣の男、サクが煽っていく……
いや、俺には迷惑かかってるけどねっ! がっつり! 現在進行形でっ!!
そんな想いをのっけたジド目でサクを見続けるが、こうゆう時は絶対に目を合わさない。不自然な程に俺の方を見てくれない。不自然な程に……
「なぁ……気付いてるんだろ?」
「……」
俺の問いかけもきっとサクの耳……いや、胸には届いていないのだろう。反対側の耳から遠く彼方へと旅立っていったに違いない。
そんな事を考えてると、サクは肩から下げた竹刀袋から愛刀を取り出す。いつもの喧嘩道具だ。
「フンッ! 前もそのお上品な棒っきれだったなぁ? こりゃスポーツじゃねぇってんだ! 前と同じようにいくと思うなよ? 今日と言う日のために秘密兵器を用意したんだからなっ!」
丸出長男が鼻で笑いそう言うと腰の後ろあたりに手を伸ばす。それを合図にチンピラ共が一斉にどこからか武器を出した……木刀、ナイフ、ヌンチャク、トンファー、三節根……!?
丸出三兄弟だけが、実際には見た事が無かった珍しい武器を取り出していた。敵に囲まれているという危険な状況であるにも関わらず、なぜか胸が高鳴る。いや、理由は分かっている……一言で言うなら男のロマンだ。
「キミ達みたいな人種は本当に面白いね? 皆同じような事を言って、同じように教育されるのだから――」
「「「「しねぇっ!!」」」」
俺のトキメキを無視して、まるで合図でも決めてたかのように、一斉に同じ掛け声をあげて襲いかかってくる。
サクはいつものように木刀やナイフを持っている奴らの手を狙っていく。おそらく折れてるのでは? と思わせる程に激しく打ち付けて、チンピラ共の戦意を喪失させていく。まるで時代劇の殺陣でも見てるかのように鮮やかにバッタンバッタンと木刀やナイフを持った悪者を退治していく。きっとサクの事を知らない女性がこの現場に居合わせたなら、間違いなく一発で落ちてしまうだろう。そう断言できる。
そういう俺も最初の頃はちょっとした感動を覚えた……が、正直飽きており、今の興味はそう……
「アイヤーッ! あがっ」
「ハイーッ! ふごっ」
「これ、どうやって……」
「……」
ヌンチャクを見せつけるように全力で振り回して後頭部を強打しているリーダー長男、三節根の不規則な動きについていけずに顔面を強打してしまうゴツイ次男、そもそもトンファーの使い方を知らなさそうな真面目なのに兄を見習ってます感がする三男、もはやコントにしか見えない。それっぽい掛け声がますますコント感を演出している……ダメだ、観れば観る程……
笑いを堪えるのに必死で、サクの事を忘れていた! と振り向いたら、すでに三兄弟以外は終わっていた。時間にして、おそらく1分もかかってないだろう。相変わらずふざけた強さだ……きっとゆくゆくは『サクに竹刀』という新しいことわざが出来るかもしれない。
「兄ちゃん、これ難しいよ。どうやって使うんだ?」
「ボクもトンファー? なんて見た事も無いのに使い方なんて分からないよ~兄ちゃん……」
「二人ともちょっと待て。今使い方を調べるからな」
真剣な顔で輪になって話す丸出三兄弟……ダメだっ!
「ぷっ……」
「勇志? 怪我は無いか? 特に頭とか……」
「いやいや、こんなコント見せられて笑わない方が頭おかしいだろっ!」
失礼にも俺が急に笑い出した事に、俺の頭がおかしくなったんじゃ……なんて余計な心配をしてきた。俺は何もおかしくない。こんなコントをリアルで見せられて笑わない方がおかしい。うん。本当その通りだと思う。俺は間違っていない! なのに、なぜ丸出三兄弟……の長男と次男二人に睨まれているのか……
「てめぇ……そのツラ覚えたからな」
「いや、俺よりもそこの無双イケメン野郎の顔を覚えてください。よし、終わったなら行くか」
「……ああ」
丸出長男にちゃんと間違いを指摘して、元凶であるサクを連れてコント劇場……工事現場を後にした。
そして……
「うぉいっ! やっと見つけたぜっ! アニキー! こっちです!」
「よっしゃ! 抑えてろよ! 今いく!!」
いきなり現れたパンチ頭の眉無し男が誰かを呼び、そして遠くから走ってきながらバカでかい声で叫んでいるリーゼント頭のムキムキ男。
今日は大量だなぁ……よし。
「それじゃ、サク頑張れよ」
「……えっ!?」
一瞬何を言われたのか理解できなかったのか、キョトンした顔で俺を見るサクに、グッと親指を立てて最高の笑顔で激励した後、リーゼントムキムキ男の来る逆方向へとダッシュした。
「勇志! ちょっ! ちょ待てよー!」
後方に遠ざかっていく、どこぞのタクヤさん的な叫びをひたすら無視して走り続ける。
何度でも言うが、
そう、この世は理不尽である。
衝動的に書きたくなった異世界チート(?)もの。
もう一つの小説と同時進行でゆっくり楽しく書けたらと思ってます。